とある魔族の成り上がり

小林誉

第7話 ヴィレジ

俺は山小屋の中で一人落ち込んでいた。単に体が変化すると言うのはヴォルガーや兎のスキルを得てきた事で慣れてもいたし、覚悟もしているつもりだった。だが性別まで変わってしまうのは想定外だ。本来あるべきところにあるべきモノが無い。ただそれだけの事なのに、その事実をなかなか受けとめきれずにいた。出て来るのはため息ばかりで、腹が減っているはずなのに食欲もわかない。千切れた服を結び合わせた原始人のような恰好のまま、今の俺は圧倒的な脱力感に見舞われていた。


モノが無くなった事で不都合な事があるだろうかと、両ひざに頭を埋めながら深く考える。トイレは今までと違い、座ってやる必要があるのだろうか?立ったまま気軽に出来なくなるのは困るな…なんか歩く時もバランスが取辛かったし、あれって無自覚にバランサー代わりになっていたんだろうか?他に困る事は……あれ…無い?なんだ、思ったより困らないじゃないかと考えてハタと気づく。いやいやいや、問題はそこじゃない。あまりのショックに一番肝心な部分が頭から抜けていた。戦闘力だ。修行に来たと言うのに、修行する前より弱くなってどうする。落ち込んでいる場合ではないと、俺は再び山小屋の外に飛び出した。


まず新しく手に入った『魅了』の検証をしてみる必要がある。相手の精神に干渉するのは間違いないと思うが、それが誰にでも、どんな生物にでも通用するのかは謎のままだ。使い方は今までのスキル同様何となく解る。自分の体を意識しないでも動かせるように、スキルもまた発動できるのだ。


とりあえず、まずは小動物から試してみようと思う。いきなり魔物や大型の動物で試そうとして怪我でもしたらシャレにならない。今の体の防御力は紙に等しいのだから、危険はなるべく避けて行きたい。運よく小屋の近くにカエルが居たので、さっそくそいつ相手に試してみる事にした。対象を視界に収めてゆっくりと精神を集中させると、体の中から力が沸き上がってくる感覚があった。これが魅了の元になる波動だろう。後はこれを対象にぶつける様に念じれば成功するはずだ。


俺にしか見えない波動が触手のような形状でカエルに伸びて行き、奴の体を絡めとる。これで成功した筈…なのだが、なぜか手応えと言うか上手くいった気がしない。カエルは最初と変わらぬ態度で、何処を見ているのか解らぬ目でこっちを見ていた。


「あれ?えーと…とりあえずその場で跳んでみろ」


命じてみたが、カエルは微動だにしない。無視だ。こいつの好物である虫とは違う、態度で示す方の無視だ。カエルごときに無視されたのは屈辱的だが、スキルが上手く使えてないのなら仕方が無い事だと心を落ち着ける。カエルに言葉が通じるはずが無いのだから。とりあえずコイツの事は諦めて、今度はもう少し知能の高い生物相手に試す事にした。以前に比べると自分でも嫌になるぐらいの遅さで山小屋周辺を歩き回り、息切れして荒い息を吐くぐらい徘徊した後、やっと見つけた動物の背後に忍び寄る。


今度はイノシシだ。と言ってもまだ子供なのか、牙も生えていないし体もそれほど大きくない。息をひそめながら対象を視界に収め、さっきと同じ要領で意識を集中すると、地面を掘り返して何か食べているイノシシに対して触手を伸ばす。触手は問題なくイノシシを捕らえたが、奴は特に変化も無く口をもごもごと動かすだけだ。心の中で振り向けと念じてみると、命じた通りイノシシはこちらをパッと振り向いた。やっと成功した!と思ったのもつかの間、イノシシは興奮した様子でこちらに向かって突進してきたのだ。


「え!?と、止まれ!止まれー!」


こちらの指示など一切聞かない。そのまま突進して来た猪の体当たりを喰らい、俺は背後にはね飛ばされた。ゴロゴロと地面を転がりながら、通り過ぎて行ったイノシシが再び方向転換してくる前に体勢を立て直す。奴の突進は勢いこそあるものの、基本直進しかしてこないので、この体でもなんとか避けるぐらいは出来る。しつこく何度も何度も突進してくるイノシシの体当たりを必死の思いで躱し続けるうちに、いつの間にか街道の方まで移動していた事に今更気がついた。


もう山籠もりどころじゃない。今はこの猛獣(子イノシシ)から逃げなければ命にかかわる。既に体中擦り傷や切り傷だらけだし、動物相手にも立ち向かえないこの体で山の暮らしは無理がある。ここは一旦人里に降りて、何か新しいスキルを獲得する必要があった。しかしこのイノシシ、諦める気が無いのかいつまでもついて来る。いい加減うんざりしていた何度目かの突進の時、横から飛び出してきた何者かがイノシシを一刀両断してしまった。


「大丈夫か?」


呆気に取られていると、イノシシを斬りつけた何者かが剣に付いた血を拭いながらこちらに近づいて来た。若い男だ。白髪を肩まで流し、そこそこ身長が高くがっしりとした体格をしている。身なりも立派な事から、ある程度の身分にある魔族だと思われた。男は助けた人影が女だと解ると特に警戒する様子も無い。戦う力など無いと思っているのだろう。まあ…子イノシシ相手に逃げ回る奴が強いわけないんだが。


「お前…ハーフか?ふむ、汚らしい人族の血が混じっているとは言え、なかなか見栄えの良い女ではないか。そんな恰好をしているところを見ると、どうせ何処かから逃げ出してきたのだろう?俺が飼ってやるからついて来い」


そう言うと、男はこちらの返事も待たずに俺の手を取ると強引に歩き始める。この糞野郎!こいつもハーフを魔族と思わない口か。人の事をまるで荷物か何かみたいに扱いやがって、目に物見せてくれる。今までの俺ならただやられっぱなしでいただけだが、今の俺にはスキルがある。動物には成功しなかったがちょうどいい、こいつで試してやろう。俺は手を引いて歩く男を視界に収め、魅了の触手を伸ばし始めた。


「うっ」


触手が男を絡めとった瞬間、男が体をビクリと震わせその場で動きを止める。これは今までにない反応だ。成功…したのか?恐る恐る動きを止めた男に対し、指示を出してみる事にした。


「手を離せ」


言われた瞬間、男は俺の腕を握っていた手をパッと離す。成功している!小躍りしそうな程嬉しい気持ちを抑えて、続けて指示を出す。


「こっちを向いて自己紹介しろ」
「はい」


ゆっくりと振り向いた男は、どこか眠たげな表情のまま指示された通り自分の身分や環境を話し出した。それによると男の名はヴィレジ。ここから一番近い農村の地方領主であり、近くの街まで視察に出た帰り、山の中から飛び出してきた俺を助けたと言う訳だ。独り者で家族も無く、村人ともあまり交流が無い。特に娯楽も無い村では金の使い道も無く、そこそこの財産をため込んでいるようだ。この男の状況は、まさに俺が身を寄せるのにふさわしい環境だった。普段交流する事の無い領主の館に、見知らぬ女が一人増えたところで誰も気にしないだろう。まずはそこを拠点にして、スキル持ちを気長に探すのも良いかも知れない。


「いいか?俺は今からお前の家の客人だ。丁重に扱って失礼のないようにしろ。あと、俺の事は自分から他人に話すな。もし聞かれたら、大事な客とだけ言っておけ」
「承知しました」


ヴィレジはさっきの態度とはまるで正反対に俺に向かってひざまずくと、深々と頭を垂れた。それと同時に魅了スキルの性能を何となく把握することも出来た。これもスキルを成功させた影響かも知れない。魅了は魔族や人族と言った、ある程度の知性を持つ生物にしか効果が無いらしく、持続効果は俺が他の対象に魅了を仕掛ける間まで。つまり一度魅了にかかったこいつは、俺の気分次第で一生奴隷と言う訳だ。


「使えないスキルかと思えば、使い方次第で下手なスキルより強力だな」


俺は前を行くヴィレジの後に続きながら、沸き上がる笑みを抑えることが出来なかった。

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