とある魔族の成り上がり

小林誉

第6話 ラミア

短剣の能力を調べる必要がある。新しく手に入れた『脚力強化:弱』のスキルで楽々仕留めた野鳥の肉を火で炙ってかじりながら、おれはふと思った。俺がスキルを手に居入れる事になった切っ掛けでもあり、一人立ちする機会をくれた謎の短剣。なんの捻りも無く見たまま考えると、麦神の石像の下に隠されていたのだから麦神に関係しているのだろう。だがその能力はスキルを吸い取る事以外全くの未知数で、気軽に使う物でもないように思える。


検証その1、物理攻撃に使えるのか。


ヴォルガーや角の生えた兎を攻撃した時、スキルを吸い取りはしたが直接的なダメージは無かったと思う。現にヴォルガーの服に穴など開いていなかったし、兎も体は縮んだが元気に逃げて行ったのを見ている。だが生物以外、例えばスキル持ちの身体に触れてもいない家屋や自然物などにも同じ現象が起きるのか、試してみる事にした。肉を食った事で油まみれになった手を舐め取り、意識を集中して短剣を出現させると、相変わらずほんのりと不気味な光を放つ短剣を構えて、山小屋の壁を斬りつけてみた。


シュンっと風を切る音がして短剣は壁を素通りする。手応えなど無かったし、今斬りつけた壁を注意深く観察してみても傷一つついていない。次に小屋の外に出た俺は、近くに転がっている石を目掛けてさっきと同じように短剣を振り下ろしてみた。結果はさっきとまったく同じで、石には何の変化もない。次に周辺を捜索して、動物か魔物の姿を探す事にした。ひょっとしたら生物には効果があるかも知れないからな。


たまたま近くに居た野兎を発見したので、自慢の脚力で一気に接近するとその背に短剣を突き立てる…はずだったが、短剣はそのまま野兎の体を素通りしてしまった。突然現れた俺に驚いた野兎は当然逃げ出し、あっと言う間に距離が離れる。だがまだ逃がす訳にはいかない。急いで後を追いつつ、今度は直接振るうのではなく短剣を投げてみせたのだ。遠距離攻撃ならひょっとしてと思ったが、これも命中したと思ったらそのまま素通りしてしまった。地面まで貫通したら無くしてしまう!一瞬冷や汗をかいたが、短剣は地面に沈む前に霞のように消え去った。恐る恐る短剣を意識すると、再び手の中に現れたので一安心だ。


これでこの短剣は一切の物理攻撃には使えないと確信した。効果があるのはスキル持ちの場合のみで、普段これを使う機会など皆無だろう。


検証その2、相手の反撃を封じる事が出来るのか。


ヴォルガーと角の生えた兎からしかスキルを奪った事が無いので、短剣を刺した時に相手が反撃してくるかどうかが解らない。ヴォルガー達は短剣で刺した時、体が急激に縮んで反撃どころではなかったように見えた。全てのスキル持ちに同じ反応が返ってくればいいのだが、中には刺されてる事もお構いなしに反撃する輩が居るかも知れない。その場合、途中で中断された吸収はどうなるのだろうか?中途半端に体が変化したままってのは嫌だなと思うが、こればっかりは新しくスキル持ちを見つけて検証する必要があった。


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スキルの入れ替えが起きてから二週間程経っただろうか、俺は相変わらず山の中を彷徨っていた。やはりそう簡単にスキル持ちの動物や魔物が現れるはずもなく、一日中探しても影も形も無い日々の連続だった。その間筋トレでもしようかと思ったのだが、止めた。どうせスキルを入れ替えれば体が変化するのだし、鍛えても無駄に終わると思ったのだ。そんな中で変化のあった事と言えば、脚力強化:弱のおかげで行動範囲が飛躍的に増えた事だろうか。なにせ軽く走っただけでも今までとは比較にならない速度なのだから、自然と山の中のあらゆる場所を探索するようになっていた。


日が昇り、新しく見つけた小さな池まで日課である水汲みに向かったのだが、そこで思わぬ珍客と遭遇する事になった。上半身が裸の女で下半身が蛇と言う魔物、ラミアだ。かなり腕の立つ剣士でも数人がかりでないと倒せない程強力な魔物のはずだが、なぜこんな所に?物音を立てないように注意深く観察すると、魔物の身体はほんのりと光を発している様に見えた。スキル持ちの反応だ。久しぶりにスキル持ちを見つけたが、これほど強力な魔物だと失敗すれば命にかかわる。


だがやるしかない。強力な魔物だけあって、持っているスキルも今より優れているはずだ。この機会を逃すと次はいつスキル持ちに出会えるか解らないし、どの道格上を倒して行かなければ成長は見込めないんだ。俺は覚悟を決めると短剣を右手に出現させ、いつでも飛び掛かれるように身を沈めた。幸い相手は水を飲んでいるのでこちらに気がついた様子は無い。今なら行けると飛び出そうとした瞬間、ラミアは突然こちらを向いて、口を大きく開いた。


なにかヤバい!直感的に危険を感じた俺はラミアに飛び出す事をせず、その場から横っ飛びで身を躱す。すると大きく開かれたラミアの口から衝撃波のような物が飛び出し、俺の居た場所のすぐ近くにあった木々が粉々になるのが見えた。


「あ、あっぶねえ!」


もう少し身を躱すのが遅ければ、今頃俺もああなっていただろう。ラミアは俺を追撃するため追って来るが、水の中ならともかく陸上ではそれほど素早く動く事は出来ないらしく、それこそ蛇のようにゆっくりと体をうねらせて移動している。逃げながら観察してみたが、どうやら奴の衝撃波は連続では撃てないようだ。それならそれでやりようはある。俺は逃げるのを中断して反転すると、ラミアに向かって全力で駆け寄った。


「あああああっ!」


雄たけびを上げつつ手に持った短剣をラミア目がけて投擲する。投げられた短剣は木々を貫通しながらラミアに迫る。物理攻撃に使えない短剣の性質を利用すれば、こんな事も出来るって訳だ。俺の思惑通り短剣は後を追って来たラミアの体に深々と突き刺さった。だがヴォルガーや兎の時と違い、ラミアにも俺にも変化が訪れない。スキル持ちにだけ突き刺さるのは解ったが、吸収が発動しないのなら普通の短剣で攻撃したのと大差が無いじゃないか。


「しまっ…!」


短剣が刺さった事で油断したのか、ラミアが口から吐き出す衝撃波を避けそこない、足にかすらせてしまった。バランスを崩された俺は足元にせり出していた木の根につまづき、そのまま近くの幹に勢いよく叩きつけられる。


「ぐはっ!」


衝撃で呼吸をするのも困難になっている間にも、ラミアはどんどん近づいて来た。まずい!このままじゃ殺られる!慌てて逃げ出そうとしたが、そんな暇もなくラミアの太い蛇の体が巻き付いて来た。強烈な締め上げで全身の骨が軋み、逃げ出すどころか身動きする事も出来ない。あまりの激痛に声も出ない。肺の中の空気も絞り出されて意識が混濁する。もう駄目かと諦めかけた時、最後の力を振り絞って手の中に短剣を生み出すと、体に巻き付くラミアの体に突き立てた。


「ギャアアアアアッ!」


耳をつんざく悲鳴を上げたラミアの体から俺を締め付ける力が徐々に弱まって行き、それと同時に俺の体にも変化が始まった。みるみるうちに上半身の女の部分が蛇の頭に変化していったラミアは最終的に一匹の小さな蛇まで変化して、うねうねと体を捻りながらその場から逃げ出した。


「がはっ…ゲホッ!ゲホ!」


締め付けから解放された事でやっとまともに呼吸が出来る。大の字になりながら胸いっぱいに空気を吸い込み、生きている事を実感していた。横になりながら目をつむり、どんなスキルを獲得したのか確認してみると『脚力強化:弱』が消えて『魅了』と言うスキルが新たに備わっていた。魅了…言葉の意味から考えて、対象者を魅了して精神的に操るといったスキルだろうか?俺としてはさっきの衝撃波が欲しかったんだが、思ったようにいくわけがないか。


とりあえず自分の体に起きた変化を確かめようと身を起こすと、俺の胸のあたりに見慣れない二つの膨らみがあるのに気がついた。


「ん?」


何処かで似た様な物を見た記憶がある。村の女達が水浴びしている場面にたまたま出くわした時にも見たし、さっきのラミアも同じ物をつけていた。腕も足も細くなり、村に居た頃の俺より貧弱だと確信できる。それにさっきまで下半身は兎の形をしていたから何も履いてなかったので、今はよく観察する事が出来るんだが、長年親しみのある俺の大事な部分が無くなって、代わりに割れ目のような何かが出来上がっていた。


「いやいやいや……いくら変化するって言っても、これはおかしいだろ?」


誰も返事をする事など無いのだが、言葉を発せずにはいられなかった。なぜなら、俺の体は完全に女の物へと変化していたからだ。池の水面を覗き込むと、そこには肩まで髪を伸ばした、どこか俺の面影のある可愛い女が映っていたのだ。


「な、なんじゃこりゃあああっ!?」


無人の山中に、俺の叫びがこだました。

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