とある魔族の成り上がり

小林誉

第1話 日常

その世界には様々な種族が生息していた。人族、獣族、魔族、妖精族、姿形の違う彼らは、それぞれが独特の文化を保ちそれぞれの国を形成していた。中でも人族と魔族は太古の昔よりいがみ合い争い続け、お互いを憎み合う間柄だった。


人族にとって魔族とは唾棄すべき存在であり、邪悪で好色で欲望のままに動く悪魔だと教えられていた。魔族達の異形の姿は創世記における邪神に与した者達の末裔だと言う証拠であり、世界から駆逐するべき相手であった。


魔族にとって人族とは軟弱な存在であり、国と言う制度にすがらなければ生きていけない腰抜けと教えられていた。力ある者が全てを手に入れる事の出来る魔族の価値観からすれば、自らの欲望を律する事を美徳とする人族の姿は滑稽に映った。


当然そんな両者が相容れるはずが無く、戦乱の度に凄惨な殺戮や暴行が起きるのは当然の帰結であった。人族が勝てば魔族の街は焼かれ、男は殺され女は乱暴される。労働力として使えない老人は生きたまま炎にくべられ、子供は奴隷として連れ帰られた。


魔族が勝てば、人族の街でも同じ光景が見られるようになる。両者の行いは戦場だけに留まらず、新たな悲劇を生み出す事になる。暴行を受けたものの命からがら逃げだした女達は、安全な土地に移った後望まぬ子を産む事になった。


それが人族と魔族の間の子、『ハーフ』の存在である。


彼等、あるいは彼女達ハーフは、人族と魔族両方から忌み嫌われ迫害の対象となった。どちらの陣営でも一人の人間と認められず、常に半端者としてこき使われる。下男の様な立場にあるならまだマシで、大抵のハーフは子供の内にいじめ殺されるのが常であった。だが運よく…あるいは運悪く生き抜く者も中には存在する。


魔族達が暮らす領域、所謂魔族領の一角に、ド田舎と言っていい集落がある。そこに、一人のハーフが暮らしていた。彼の名はケイオス。今年で16歳になる小柄な男の子だ。一般的な魔族と違って彼の肌は人間と大差のない、人族に近い色だ。なかなか凛々しい顔立ちをしていて、体の線は細いが意志の強そうな緑色の眼をしている。そんなケイオスは今日も腹違いの兄弟達にいじめられ、召使の様にこき使われながら怯えた目で周囲を見渡し、隠れる様に、無様に、みっともなく生活していた。


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「ケイオス!この愚図が!今日の分の薪割りは終わったんだろうな?」
「すいません……まだ全部終わってな――」


言葉の途中で俺の小柄な体は蹴り飛ばされる。周囲に散らばる小道具にぶつかり、地面を跳ね、壁に叩きつけられるまで転がり続けた。俺を蹴り飛ばした人物の名はヴォルガーと言う名の魔族で、血縁上は腹違いの兄だった。ヴォルガーは俺より頭二つ分は体が大きい。ろくに畑仕事もしないくせに、生まれつき恵まれた体格の良さで、この小さな村で大きな顔をしている奴だ。


「がはっ……!」
「ほら立てよケイオス。大丈夫か?」


そう言いながら一人の魔族が倒れたままの俺の手を取り、無理矢理立ちあがらせる。だが間髪入れずに足払いをかけられ再び地面に倒された。出来たばかりの打ち身や擦り傷が更に酷くなった事に顔をしかめながら、悔しさを表に出さないように必死で努力する。俺が悔しがっていると解れば性根の腐ったこいつ等の事だ、喜々として暴行を続けるだろう。


「ぐっ……!」
「おいおい、ちゃんと避けろよ。こんな程度も避けられないとか、お前人族以下だな。流石半端者だ」


自分で足払いをかけておきながら、完全に見下した表情と声音で罵倒してきたこの魔族の名前はディウス。コイツも血縁上は腹違いの兄だ。俺は三兄弟の一番下の末っ子であり、その体の小さのせいで兄達にとってストレスのはけ口となっていた。ディウスはヴォルガーに比べれば小柄だが、それでも俺よりは体格が良い。先頭切って戦うより、裏でコソコソするセコイ性格の奴だ。


そんな奴等は、うずくまったままの俺を口汚く罵倒しながら更に殴るけるの暴行を加える。他人から見ればまるでリンチだが、この村では――いや、俺に関してだけは日常的な光景だった。やがてそれにも飽きたのか、ヴォルガー達は亀のように丸まって動かない俺に唾を吐きかけ、下品な笑い声を上げながら去って行った。


「糞がっ……!」


嵐が過ぎ去るのを黙って耐えていた俺はゆっくりと身を起こし、体に付いた土埃を手で払った後、何事も無かったかのように仕事に戻った。俺にとってこんな出来事は、食事をとるぐらい当たり前に起きる事なのだ。


薪割り用の小さな斧を振り上げ、振り下ろす。麦の収穫が終わると、これを朝から晩まで繰り返す。そうしないと家の糞親父から食事を与えてもらえないのだ。他の兄弟が食べ残した、一日に一食だけの食事と言う名の残飯を。その時、黙々と作業を続けている俺の側に人の気配が現れた。


「ケイオス、またヴォルガー達にいじめられてたの?」


声のした方に目を向ければ、そこには一人の美しい少女が立っていた。意志の強そうな緑色の眼が真っ直ぐこちらに向けられていて、赤みがかった薄い唇をギュッと結んでいる。やや褐色の肌と同化するような茶色い髪を腰まで伸ばし、両手を腰に当てて俺を睨んでいた。彼女の名はアンジュ。歳は俺と同じ16で、俺達三兄弟とは幼馴染の関係だ。


「いつもの事だから、気にしてないよ」
「少しはやり返しなさいよ情けない! それでも男なの?」


彼女の感情が波立つ時はいつも緑色の眼が怒りの感情を露わにするようにギラリと光る。この世界に住む魔族達は様々な姿かたちをしているが、一つだけ共通点があった。それは緑に光る眼の色だ。腕が四本あろうが頭が二つあろうが、尻尾が生えていようが人間と変わりない姿だろうが、瞳の色が緑色なら魔族である証拠なのだ。


「やり返したら、もっとひどい目に遭うだろ……」
「……悔しいと思わないの?」
「悔しいけど……! 俺に何が出来るんだよ!」


ヴォルガー達から受けた体の痛みが、アンジュの一言でぶり返してきたような錯覚を覚える。彼女を睨み思わず怒鳴り返してしまったが、完全に八つ当たりだ。俺はそんな自分の心の弱さが嫌になる。彼女なりに励ましてくれているのは解っているのに。いつも情けない八つ当たりしか出来ない自分に嫌気がさしていた。


「そう。じゃあそうやっていつまでもウジウジしてなさい。こんな調子じゃ明日の麦祭りでも一人で過ごす事になるんだから」


クルリと背中を向けたアンジュは吐き捨てるように言うと足早に去って行った。呼び止めようと一瞬手を伸ばしかけるが、それも途中で力なく下ろす。何を言えばいいと言うんだ。


「麦祭りか……」


祭りの事を思うと自然と気分が沈んでくる。麦祭り。一年に一度収穫される麦に感謝を捧げ、村に住む者達で盛大に祝う祭りだ。この祭りの目玉は十五歳から二十歳までの男女がペアになり、住民達の前で踊りを披露する事だ。男は勇気を振り絞って女に声をかけ、踊りの相手を申し込む。受けるかどうかは女次第だ。ただ、祭りで踊った男女は高確率で結婚している。そう言えばアンジュは去年誰とも踊っていなかった。なんだ、人の事言えないじゃないか。


俺は頭を振って祭りやアンジュに言われた事を追い出し、仕事の続きに戻った。今の俺には数日後の祭りより目の前の薪割りの方が重要だった。荒い息を吐きながら、ひたすら斧を振り続ける。それからしばらく、周囲には薪が割れる乾いた音だけが響いていた。



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