とある魔族の成り上がり

小林誉

第4話 旅立ち

麦神を祀る洞窟から姿を現した俺の姿を見た住民達は、アンジュに言われるまで誰だか解らなかったようだ。村のつま弾き者。力仕事も出来ないごく潰し。俺に対する認識など概ねそんなところか。だがそんなちっぽけな存在が村一番の強さを誇るヴォルガーからスキルを奪い取り、その弟たるディウス共々叩きのめした。二人がアンジュを襲おうとした事よりも、その事実の方が連中にとっては大事だったらしい。


普段俺の事など召使程度にしか扱わない親父は半殺しにされた愛息達を見るやいなや、髪を振り乱して狼狽えていた。喚きながら周囲に当たり散らし、必死に犯人を捜している。その様はまるっきり狂人のそれだ。村人達も関わりたくないのか、絡まれたと言うのに顔を逸らすだけだ。何人かに同じような真似をしている内に俺の変化に気がついた親父は今更事情が呑み込めたのだろう。俺の胸ぐらを掴みかかり、汚らしく唾を飛ばしながら絶叫し始めた。


「なんて事をしやがったケイオス! 自分が何をしたのか解っているのか!」
「言われなくても解っているとも。お前が普段から自慢していたご立派な子息様が、あろう事か婦女子を乱暴しようとしていたところを、たまたま出くわした俺がお止めして差し上げたのでございますよ。まあ物の弾みで顔を陥没させたり急所を潰したりしたみたいだが、可愛い息子同士の喧嘩じゃないか。そう騒ぐなよ」


ワザと逆上させるように顔をニヤけさせながら必要以上にへりくだる俺に、糞親父は顔を真っ赤にしたまま怒りのあまり体を小刻みに震わせていた。こう言うところはヴォルガーそっくりだな。無自覚に他人を自分の格下扱いする尊大な態度、反吐が出るね。


「ふざけるな! お前を息子だと思った事など一度も無い! 女の一人や二人が何だってんだ! 今すぐスキルを返して二人の傷を治しやがれ!」


流石は我が親父殿、なかなかのクズっぷりだ。伊達に俺の母親を魔物の餌にしていないな。だがこの男、これだけ怒ってみせても自分からは決して手を出そうとはしない。こいつは自分より強い者には絶対に喧嘩を売らず、相手を見てからキレるかどうかを決める姑息さを持っているからだ。そんな男に未だに胸ぐらを掴まれたままの状態が鬱陶しいので、少々乱暴だが拘束を解いてもらう事にした。少し腰を落とし、何の躊躇もなく鳩尾みぞおち目がけて拳を振り上げる。


「げええっ!」


重い音と共に腹に深々と拳をめり込ませるた糞親父は、胃の中身と共に少量の血液をぶちまけながら地面にうずくまった。痛みのあまり声も出ないのか、金魚の様に口をパクパクとさせている様子はヴォルガーの玉を潰した時とよく似ていた。


泡を吹いて倒れたままのヴォルガー、顔面を陥没させたディウス、そして腹を抱えて苦しみ続ける自分の父親。奴らの苦しむ姿を見ると少しだけ溜飲が下がる。今まで俺が受けてきた虐待に比べれば児戯にも等しいが、これから先のこいつ等の生活を考えると、それもどうでも良くなった。なにせご自慢のヴォルガーはモヤシみたいな体形に変化して力を失い、小賢しいディウスは言葉を発するのにも苦労する有り様。頼みの息子達がこの状態では、糞親父も今まで通りデカい態度はとれないだろう。力ずくで押さえていた反動は必ず出る。下手に出ていた魔族達の事だ、ここぞとばかりにやり返すに違いない。


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祭りの最中に起こった騒ぎはあっと言う間に村中に伝わり、目玉である踊りを行わずに終了の流れとなった。一世一代の覚悟で踊りの相手を申し込んだ男達は肩を落とし、申し込まれた女達は晴れ舞台を台無しにされた事に激怒した。もっとも、そんなのは一夜にして村の勢力図が書き換えられた事に比べれば些細な出来事だ。最底辺の半端者が最強の力を得る。その事実にある者は復讐に怯え、ある者は無関心を装った。


その話題の中心人物である俺だが、一人家に戻った後今後の去就を決めかねていた。このまま村に留まれば、今まで好き放題してきたヴォルガー達と自分の立場はそっくりそのまま入れ替わるので、奴らをこき使っては死なない程度にいびり抜いては楽な生活が出来るだろう。もう一つは村を出ると言う選択肢。ワイズの話にあった外の世界への憧れは未だに捨てきれないでいる。こんな小さな世界で完結した村など忘れて、自分の力一つで生き抜く賭けに出てみたい。


「そうだな、やるだけやってみるか」


どうせ何処へ行っても邪魔者扱いされるなら、この力で他人を押しのけてでも成り上がってやろう。そうと決まれば身繕いだ。もともと自分の持ち物など無いに等しかったのでそれ程時間はかからない。家にあるくたびれた道具袋に護身用の刃物とディウスから奪った衣類を詰め込み、糞親父達のなけなしの財産も根こそぎ押し込んでおく。世話になったワイズとアンジュにだけは挨拶して出て行こうかと思って探したんだが、姿が見当たらなかったので止めておいた。


村の門――扱いの木で出来た柵を開き、初めて外の世界に向けて歩き出す。嗅ぎ慣れた濃い空気を胸いっぱいに吸い込み、森の中の草木を踏みしめて先に進んで行った先には街道に続く小道が見えてくる。するとその前に見覚えのある姿が佇んでいるのに気がついた。


「……行くの?」
「……ああ。世話になった。親父さんにも礼を言っておいてくれ」


一人俺を見送ってくれるのはアンジュだった。普段の気の強そうな表情は鳴りを潜め、少し俯きがちにしている彼女からはいつもの快活さが失われている。あんな事があったばかりだし、元気が無くなるのも無理はないだろう。止まった歩みを再開させてそんな彼女の前を横切る。何か言いたい事があったような気がする。今までありがとうだとか、助けられたとか、そんな事を言うべきだと。だが実際に口から出す勇気も無く、振り返らずに歩いていると、俺の背中にアンジュの叫びが聞こえてきた。


「ケイオス! 私……私もそのうちここから出て行くから! 必ず後を追いかけるから! だからその時は……!」


足を止めて振り返れば、アンジュは泣きそうな顔で何かを必死にこらえていた。あいつは俺と違って仲の良い親父さんも居るし、村にも居場所がある。簡単に出て行くと言う選択肢は取れないはずだ。自分自身これからどうなるか解らないが、もし俺が成功してアンジュと再会出来たなら、あいつの居場所ぐらいは作ってやろう。


「また会おう! アンジュ!」


それだけ言って、俺は再び歩き出した。今度は振り返る事は無い。背中越しにアンジュに手を振り、街道を目指して歩き続けた。



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