異世界転生チートマニュアル

小林誉

第96話 殺一警百

「敵の街、戦力はどれほどのものなのだ?」
「は! 物見からの報告によれば、少なく見積もって二千。多くて二千五百となっております!」
「ふむ、我等新生デール王国の初陣としては物足りん数だが、兵に実戦経験を積ませるにはちょうどいい相手か」


デール王国の先鋒を任されたのは、近隣の中で一番大きな勢力を誇っていたアドリアン伯爵だ。彼はフランからの命を受けると近隣の貴族軍を糾合し、整然と隊列を組みながら日ノ本公国へと進軍してきた。そんな彼等の装備は二年前と違い大きく様変わりしている。使い手によって大きく差が出る弓は数を減らし、一般兵の多くは新たに開発された弩を手にしているし、後方では戦場で組み立て可能な大型バリスタが数多く運ばれている。これらは剛士からフランにもたらされた技術なのだが、彼等の多くはその事実を知らなかった。


「まったく、成り上がり者には困ったものだ。大人しくフラン様に従えば良いものを、無駄な抵抗をするから余計な犠牲者が出る。巻き込まれる民や兵は貧乏くじを引いたな。このような新兵器を大量に用意できる我々に勝てるはずがないと言うのに」


アドリアンはそう言うと、腰にぶら下げていた弩を手に持ちかざして見せた。真新しい木の香りが残る弩は汚れ一つ無く、舷は新品同様に固いままだ。使い込まれた弩を持つ彼の部下達とは大違いだった。


「アドリアン様、目標の街が見えてきました」
「ほう……思ったより守りがしっかりしているようだな。ん……? あの穴はなんだ?」


先鋒軍の前に現れた福岡の街は立派な市壁に囲まれた城塞都市だ。それ自体はこの世界でも珍しくない。しかし、アドリアンの眉をひそめさせたのは、市壁に空いたいくつかの小さな穴だった。彼は傍らに立つ部下に視線を向けるが、部下の方も見た事が無かったらしく、頭を捻るだけだった。


「まあよいか。市壁に穴を空けるなど正気とも思えんが、わざわざ敵が自分の首を絞めてくれているのだ。遠慮無く攻撃させてもらうとしよう。……準備を始めよ」
「ははっ!」


彼の指示を受けた部下が忙しく動き始める。前衛では大きな盾を手にした兵士達が破城槌や大きな梯子を守りながら突撃する準備を始め、その後ろでは新式の弩を手にした兵士達が矢を装填している。最後尾では大型バリスタの組み立てが始まり、それらの準備が完成したら、街への距離を詰めて攻撃が開始されるのだ。


「大型バリスタは改良が加えられて射程が伸びているからな。今はどのぐらいだったか?」
「六百まで伸びています。伯爵様」
「では組み立てが完了次第、全軍を前進させろ。相手が手の出させない距離から一方的に攻撃してやろうではないか。連中の驚く顔が目に浮かぶな」


部下からの返答を受けたアドリアンは上機嫌だった。内戦終結後初の実戦。しかも相手は成り上がりで、本来はデール王国のものだった土地を不法に占拠している不届き者だ。それを遠距離から一方的に攻撃するだけなのだから、味方に被害など出ようはずが無い。この戦いで自分の名はデール王国中に轟き、誰も彼もが褒め称えると信じて疑わなかった。しかし、彼の輝かしい未来は即座に粉砕される事になる。味方が攻撃の準備で忙しく動き回っている中、正面にある福岡の市壁が一瞬光を放つと同時に、凄まじい轟音を響かせたからだ。


「な、なんだ!?」


聞いた事も無い音と衝撃に狼狽える先鋒軍。直後、彼等は本物の混乱に見舞われる事になった。福岡の市壁に備えられた十五門のカノン砲は、とっくに攻撃準備を終えて敵が進軍を止めるのを待っていた。理由は簡単。行軍中で縦に伸びた軍隊より、攻撃準備を始めて密集している軍隊に砲弾を撃ち込んだ方が、被害が大きいからだ。


この世界で初めて実戦投入されたカノン砲から飛び出した砲弾は、猛烈な勢いと回転が加えられて、文字通りあっという間に足を止めた先鋒軍に殺到すると狙い違わず命中した。


撃ち出された砲弾は地面に激突した衝撃で大地を抉り、猛烈な速度で破片や土砂を周囲に撒き散らす。たとえ小石とは言っても衝撃で加速されれば時速数百キロは下らない。そんなものが命中したらどうなるか? 人体など木の葉同然に引き裂き、重厚な鎧すら簡単に貫通してしまう。たとえそれらの被害を受けなくても、爆風と衝撃だけで周囲の人間はなぎ倒される。鼓膜は破れ、目が飛び出し、内蔵を損傷してしまうだろう。まさに地獄だ。砲弾一発だけでもその有様なのに、それが合計十五発分――先鋒軍の各所でそれだけの地獄が出現したのだった。


「ぎゃああああ!」
「目が見えない! 音も聞こえない! どうなってるんだ!?」
「誰か! 治癒士を! 速く助けてくれ!」


大混乱に陥った先鋒軍。状況が全く理解出来ない兵士達が右往左往する事で更に混乱に拍車がかかり、収拾のつかない事態へと陥ってしまった。


「な、何が! なんだこれは!?」
「攻撃です! 敵の攻撃です!」
「馬鹿な! まだ一キロ以上は離れているのだぞ!」


大型バリスタですら届かない距離からの攻撃。しかも見た事も聞いた事も無いような武器でだ。現実を認められないアドリアンが部下に怒鳴り声を上げている時、再び市壁から放たれた砲弾が混乱する先鋒軍のまっただ中へと叩き込まれた。吹き飛ばされる人体。剣も槍も通さないはずの鎧は飴細工のようにひしゃげ、衝撃で軍馬が天高く舞い上げられる。組み立て途中だった大型バリスタは無残に砕かれながら周囲に破片を撒き散らし、それらに巻き込まれた犠牲者が量産されていく。そんな光景を目にして頭に血の上ったアドリアンは、部下達に対して血迷った命令を下した。


「お、おのれ! よくもこんな! 者ども! 進め! 足を止めるとやられるだけだ! 前進して市壁に取りつけば数の差でこちらが勝てるぞ!」
「無茶です! 攻城兵器の援護も無しに接近したところで、弓の的になるだけです!」
「ええいうるさい! 良いからサッサと攻撃しろ!」


自分の名声を高めるはずだった戦いなのに、蓋を開けてみればこの有様だ。このままでは敗軍の将として歴史に名を残してしまう――それを何よりも恐れたアドリアンが強引に攻撃を命じようとした時、飛来した砲弾が彼を周囲の部下ごと肉片へと変えたのだった。


「は、伯爵様が!?」
「もうだめだ!」
「逃げろ! ここに居たら殺されるだけだ! みんな逃げろ!」


指揮官を失ってはもう攻撃どころでは無い。まだ無事な先鋒軍の将兵達は我先にと逃げだした。しかし福岡の守備兵達は、そんな彼等の背後から容赦なく砲弾の雨を降らせていく。撤退すればそれで問題ないように思うが、敵は徹底的に叩けと剛士からの厳命を受けていたので、攻撃の手を休めるわけにはいかなかったのだ。守備兵を纏める指揮官は、戦いの前に行った剛士とのやり取りを思い出す。


『作戦を説明する。カノン砲の射程は二キロだが、攻撃するのは敵が行軍を停止するまで待て。敵の動きが止まってからカノン砲で攻撃を開始しろ。そして逃げる敵を徹底的に叩くんだ。引きつけるのは敵の犠牲を増やすために必要な事だからな。焦って先頭集団に攻撃するんじゃないぞ』


指揮官は剛士の指示に疑問を持ったものの、彼の命令通りに動いた。彼には説明されなかったが、今回の作戦、剛士の狙いは二つあった。一つは敵の犠牲を増やすためのもの。もう一つは敵に心理的ダメージをあたえるためのものだ。


カノン砲の射程内に引きずり込まれた先鋒軍は、彼の狙い通り大混乱に陥った。混乱が混乱を呼び前後不覚になった彼等は良い的だ。間断なく浴びせられる砲撃で多くの兵を失った彼等が、再び攻撃してくる機会などもう無いだろう。死傷率は実に九割に及ぶ大損害だったし、敵の犠牲を増やすという剛士の目的の一つは達成されている。


もう一つの精神的なダメージとは何か? これは先鋒軍そのものではなく、その後ろに控えるデール王国本体や、フラン本人にプレッシャーを与える事を目的としていた。


中国に『殺一警百シャーイージンパイ』と言う言葉がある。一人を無残に殺しておいて、残りの敵に警告するという意味の言葉だ。無残に切り刻まれた死体を敵対者の家の前にでも転がしておいて、次はお前だと警告するわけだ。この場合無残に殺されるのが先鋒軍であり、警告されるのがデール王国軍本体とフランと言う事になる。未知の兵器の攻撃で、五千人からなる軍隊が敵と剣も交えず壊滅したとなれば、その精神的衝撃はいかほどだろうか? ただ敵を追い散らすより、ほぼ全滅近くまで追い詰めた方が警告としては強烈になる。剛士が危険を冒してまで射程に引き込んでから攻撃を命じたのは、それが理由だった。


先鋒軍の壊滅。その衝撃の情報が敵味方に届けられたのは、それから少し後の事だった。







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