異世界転生チートマニュアル

小林誉

第89話 混乱

フランが覚悟を決めている間に事態は動いた。マリアンヌ軍を追い詰めていたはずのエルネスト軍は、援軍の出現と同時に不利を悟って元来た道を戻り始めたのだ。当然そんな事をマリアンヌ軍が見逃すはずもなく、彼等は勢いに乗ってエルネスト軍へ襲いかかった。突出した騎兵の集団が槍を構えつつ迫るのを見るとエルネストは後退を諦めたのか、迎え撃つ構えを見せた。


騎兵に対して長槍隊が数メートルはある長槍を構える。串刺しにされては敵わないと左右に分かれた騎兵に、後方から矢の雨が降り注いだ。


「ぎゃあ!」
「ぐあ!」


短い悲鳴を上げて落馬する騎士達。彼等はほぼ全員が全身鎧で身を固めているため、本来なら飛んできた矢ぐらいでダメージは受けない。しかし彼等の乗っている馬は別だ。矢を受けた馬は痛みに驚き、嘶きを上げながら騎士の思っている方と別の方向に動く。そうなれば当然乗っている人間はバランスを崩して落ちるしかない。この場合は安全を保証する全身鎧が凶器に早変わりするのだ。落馬した途端その鎧の重さで負傷する者が続出し、仮に軽傷だとしても後続の騎馬に踏み潰される事になる。走って逃げようにも鎧が重すぎるのだ。


しかし、そんな犠牲を出しながらも彼等の攻撃力は依然高いままで、長槍隊を回避した彼等はエルネスト軍の横腹に突っ込んでいく。それを阻止するためにエルネスト軍の騎兵も立ち向かうが、なにせ数が倍ほど違うのだ。全てを防ぎきれるわけもなく、中央部に敵の侵入を許してしまった。


マリアンヌ軍が取った戦法は単純明快。数が増えた騎兵の突進力を活かして敵中央に突撃し、前後を分断してから、自身に近い前半分を袋だたきにするつもりなのだろう。一見騎兵の損害が大きくなるような戦法に見えるものの、もともと騎兵は突進力を活かして戦う兵種だ。使い方としては間違っていない。


分断されたエルネスト軍は四倍の敵と戦う事になってしまう。それが解っているだけに、必死の防戦を続けていた。しかし騎兵の勢いは強く、そう長く持ちこたえられそうにない。エルネストが焦りを濃くしたその時、事態は大きく動き出す。


今まで静観していたフランは、マリアンヌ軍騎兵のほとんどがエルネスト軍に向かったのを確認すると、全軍に前進命令を出した。向かう先は当然マリアンヌ軍だ。先ほど彼等の見せたお株を奪うように、フラン軍から多数の騎兵が突撃していく。いつまで経っても動かないフランに不審を覚えていたマリアンヌ軍は、ある程度それを予想していたのだろう。慌てず騒がず、長槍隊を前面に押し出してきた。


しかし、迫り来るフラン軍は突然手前で足を止めたかと思うと、多くの矢を放ったのだ。従来では考えられない距離からの射撃に戸惑うマリアンヌ軍は、次の瞬間大混乱に陥る事になる。今彼等に向けて飛んできた矢は、弩兵が放った特殊弾だ。香辛料や刺激物を満載した矢は兵や地面に激突すると中身をばらまき、周囲に居た兵の呼吸すらままならなくしていく。


「ゴホッ! ゲホッゴホッ!」
「め、目が! なんだこれは!?」
「水をくれ! 誰か水を! 目が開けられない!」


突出した騎兵はその全てが騎士ではなく、弩兵を乗せただけの一般兵だったのだ。彼等の任務は弩兵の足になる事。射程と攻撃力は高いものの、足が遅いと言う弱点を抱えている弩兵をフォローをするため、フランは彼等の足に馬を用意したのだ。


「上手くいった! 後一斉射して俺達は一旦離脱だ! 後続の騎兵に道を空けろ!」


騎馬弓兵と化した弩兵を率いているのは、彼等と共に島から出てきたファングだ。彼はやっと活躍の場が出来た事に喜び、生き生きとして配下の兵に指示を出している。率いられる弩兵も島で散々彼のしごきを受けていただけに、まるで一つの生物のように一糸乱れぬ動きを見せていた。彼等の任務は主に攪乱だ。敵の迎撃や足止めはフラン軍本体に任せて、一撃入れた後は遊撃兵として動く事になっている。敵の前線を混乱させたのを確認したファングは素早く兵を纏め、サッサと前線から退いた。


間髪入れずに突撃してきたのは、今度こそ本物の騎兵の一団だ。長槍による壁がなくなったと言う事は、彼等の突進力を止められる者が居なくなった事を意味する。槍で突き崩され、馬に蹴り上げられ、マリアンヌ軍の前線は大混乱に陥った。そうして分断された敵に対して、フラン軍本体による攻撃が始まった。距離の関係無い大魔法が次々と飛来しては炸裂し、被害を拡大していく。剣や槍を構えた兵が雄叫びを上げながら斬りかかると、たちまち周囲では凄惨な殺戮劇が繰り広げられた。


「死ねぇぇ!」
「その首もらった!」
「ぎゃあああ!」


勢いに乗ったらフラン軍に対してマリアンヌ軍は押されまくっている。数こそ増えたものの、なにせ急遽見知らぬ軍と混成軍になったのだ。一度混乱が始まれば収拾がつかなくなる。そこに一旦敵中を突破したフラン軍騎兵部隊が引き返して再び襲いかかったため、マリアンヌ軍は数の優位を活かすどころではなくなった。


せっかく分断したエルネスト軍に対して、後詰めである本体が動かない事を不審に思ったマリアンヌ軍騎兵部隊が後ろを振り向くと、そこには予想もしない光景が広がっていた。後詰めどころか敵の攻撃を受けて大混乱に陥っているのだ。苦労して敵中を突破したのに、ここで追撃がないと自分達の苦労は水の泡になる。焦った彼等が引き返そうとしたところ、復讐に燃えるエルネスト軍が襲いかかった。


エルネスト軍の騎兵部隊は味方の損害に構う事なく、悠々と離脱を図っていたマリアンヌ軍の騎兵部隊の横腹から突っ込んだ。兵種は騎兵同士。機動力が同じなら数がものを言うのだが、エルネスト軍の騎兵の目的は足止めだ。足さえ止まればマリアンヌ軍騎兵部隊は後詰めを得られず敵中に孤立している状態になる。一度足の止まった騎兵などもろいもので、一般の兵に囲まれた彼等は嬲り殺しの運命を待つだけだった。


「今の所互角……いえ、少しこちらが押していますか」
「はい。エルネスト殿下の軍が思ったより踏ん張っているようです。こちらの攻撃でマリアンヌ軍の足並みも乱れました。このままいけば勝てるかと」


フランのつぶやきに側に控えていたジェラールが応える。彼女が見つめるその先では、敵味方入り乱れての激戦が繰り広げられていた。

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