異世界転生チートマニュアル

小林誉

第88話 第三勢力

フランは総力を挙げて出撃し、軍を真っ直ぐ北――つまりはエルネストとマリアンヌ、両陣営の中間地点を目指して進んだ。彼女の動向は両陣営とも既に掴んでいたようで、行軍中の軍に対してひっきりなしに使者が訪れていた。様々な文面で脅し空かしは入っているのだが、書いてある内容を要約すると大体同じだ。


『自分の味方をして相手と戦え』――だった。


それに対してフランは即答を避け、自らが最大限の利益を得られるように様々な条件を突きつけた。やれ土地を寄こせ、金を寄こせ、利権を寄こせと遠慮無しに。一時的に力が衰えているとは言え、本来なら自分達と敵対するのも無謀な勢力であるフランからの要求に、エルネストとマリアンヌの両名は苦々しく思いながらもある程度応じてきた。


フランの軍は国王の直轄地最北端にとどまると、簡易の城を築き始めた。そこは一応国王の直轄地なのだが、咎めるものは誰も居ない。内戦が始まってからと言うもの、国王は城に引きこもって自分の子供が起こした戦いに一切関わろうとしていないのだ。そんな彼が今更口出ししてきたところで、誰も聞く耳を持ったりしないだろう。


それはともかく、フラン軍は城とは名ばかりの野戦陣地の構築を急いだ。この世界に普及している立派な石造りの城など短期間で作りようがないので、木の柵を周囲に張り巡らし、簡単な堀や罠を設置した砦もどきだ。どうせ長時間布陣するわけでもなく、決着はすぐつくだろうという判断なので、一時的な滞在場所としてなら十分な防御力を持っていた。


「ここに布陣して一週間も経っていないというのに、随分と集まったものですね」


後方の本拠地――ロシェルに向けて送り届けられた物資の目録を読み上げながら、フランは華のような笑みを浮かべていた。現在のところ、両陣営からは莫大な金額が貢がれている。内戦前だったフランの領地の規模なら、これだけで年間予算に匹敵していただろう金額だ。そんな金額を受け取った場合、普通の神経の持ち主ならプレッシャーに耐えきれなくなって、即座にどちらかの味方をしただろう。以前のフランならそうなっていたかも知れない。


しかし今の彼女は違う。剛士の策に乗ったフランは彼に感化されたのか、こと交渉ごとに関してだけ遠慮や慎みというものがなくなっていた。取れるだけのものがあれば遠慮なく搾り取る。まるで商人のような欲深さを見せる今のフランは、見る人が見れば一皮剥けたように思うだろう。


この一大決戦には剛士が派遣した島の戦力も当然参戦している。ブリューエットの本拠地を押さえるのに参加したベテランの弩兵は勿論、新たに補充された戦力を合わせると総勢500名ほどが参戦していた。万単位で戦う軍隊の中では微々たる数だが、ブリューエット戦と同様、使い方によっては状況を変える事も出来るだろう。


フラン軍が中間地点に居座り、尚且つ両陣営に対して協力を確約している事もあり、エルネストとマリアンヌの両者は軍を素早く立て直すと、日を置かずに再び出撃してきた。フランとしてはこのまま両軍がぶつかるまで静観し、どちらかが敗退寸前まで軍を動かすつもりはなかった。しかし物事がフランの思惑通りに全て運ぶはずもなく、ここに来て事態は急変する。激突寸前まで兵を進めた両軍の内マリアンヌ軍だけが、急に後退を始めたのだ。


無秩序に後退するのではなく、整然とした後退だ。これではエルネスト軍もおいそれと手が出せない。ジリジリと後退するマリアンヌ軍と、同じような速度で進軍するエルネスト軍。このまま距離も詰めずに後退するだけでは罠にかかる可能性が高い――エルネストがそう考えたかどうかは不明だが、彼は決心して全軍に攻撃命令を下そうとした。しかしその直前、再び事態は急変する。マリアンヌ軍の後方に新たな軍隊が出現したのだ。


「何だあれは!? マリアンヌは全軍でここに現れていたはず! まさかあれだけの戦力を予備として隠しておいたのか!?」


エルネストが狼狽えるのも無理はない。新たに現れた軍の規模は、今この場で展開しているマリアンヌ軍とほぼ同規模――つまりエルネスト軍と互角というわけだ。それがマリアンヌ軍を攻撃する第三者なら、エルネストは今頃躍り上がって喜んだに違いないが、謎の軍隊はマリアンヌ軍を攻撃するどころか、その横に堂々と陣取っている。つまりマリアンヌの味方と言う事だ。これで数の上ではエルネスト軍の倍。フランを味方に組み入れなくても勝てる戦力になったのだ。


この事態に狼狽えたのはエルネストだけではない。予定の狂ったフランも同じだ。彼女はすぐに間者を走らせて、謎の軍隊の情報収集に当たらせた。すると彼等が帰るのを待つ前に、当のマリアンヌ軍から使者がやって来たのだ。


「あれはマリアンヌ様の助勢をするために参戦した、クライン王国の軍勢です。この機を逃さず、フラン様は我等と共にエルネスト軍に攻撃を仕掛けていただきたいと言うのが、我が主からの要望です」


クライン王国――フランの国であるデール王国が隆盛を誇っていた頃、属国として扱われていた小国の事だ。位置的にはデール王国の北。ユーラシアの世界地図で言うところの、パキスタンの東部から中国の西部にかけて国土を持つ国だ。特にこれといった産物もないが、欠点という欠点もない、そんな目立たない国――それがクライン王国だった。


なぜそんな国が内戦にちょっかいを出し、尚且つマリアンヌに味方をしているのか? そんな疑問をフランが口にするより早く、使者は語ってくれた。


「この内戦が終結した後、マリアンヌ様はクライン王国の第二王子を婿として迎え入れるおつもりのようです。婚約者の助勢をするため軍隊を派遣した……これはそう言った事情なのです」


どこか誇らしげに語る使者を苦々しく思いながらも、フランはマリアンヌの要請を受諾したと彼に伝え、その場を退去させた。一部始終を見ていたフラン軍将軍ジェラールは、心配そうな表情を隠そうともせず彼女に近寄る。


「よろしいのですかフラン様。この状況で味方すると言う事は……」
「解っています。この状況でマリアンヌお姉さまの味方をすると言う事は、お姉さまによる国内の統一を認めるのと同じ。それだけは絶対避けなければなりません!」
「ならば……」
「ええ。取るべき方法は一つです。味方をするフリをして、マリアンヌ軍に奇襲を仕掛けます。ジェラールはそのつもりで準備なさい」


仮にフランが手出ししなくても、マリアンヌはクライン王国の力を借りてエルネストを倒す事が出来るだろう。しかしその場合、返す刀で確実にフラン軍を攻撃してくるはず。一対一で戦っては勝ち目などなく、フラン軍が生き残るには、エルネストを助けて、共同でマリアンヌ軍と当たるしかなかった。


苦渋の決断を下した彼女に、静かに頭を下げ天幕を出ていくジェラール。そんな彼の姿をフランは無言で見送った。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品