異世界転生チートマニュアル

小林誉

第85話 雌伏

エルネストとマリアンヌが小競り合いを続ける中、剛士とフランは着実に力を蓄えていた。特に剛士の領土では三笠の同型艦が二隻同時に就役し、大幅な戦力増強が図られていた。まだ二隻とも乗員の訓練課程にあるため、実戦投入はしばらく先の事になるだろうが、現段階でも他国の船舶を蹴散らす程度造作もないだろう。


そして三笠型の造船はこれで終了となる。大砲や銃が実用段階に入ったため、これからは三笠型より多くの砲を装備でき、防御能力が高く、速力の早い船が必要になったのだ。


「次に造る船の外装は全て鉄だ! 大がかりな作業だが、俺達の実力なら問題なくやり遂げる事が出来る! 三笠を作った時以上に世間をあっと言わせてやろうじゃないか!」
『オオオオオー!』


新たに拡張された造船所内でポルトが気炎を上げると、多くの職人達が拳を天に突き上げながらそれに応えた。各地で活躍する海軍人気の影響で、今や職人の数も以前の倍近くまで増えている。常識を覆すような巨大船を作る造船所の新たな技術を身につけたいと思った世界中の職人達が、この島に集まってきているからだ。


軍事面で考えれば極秘にするべきなのだろうが、剛士は特に問題ないと言った態度だ。彼等が技術を持ち帰って本国で広める頃には、今造られている船は旧式化しているはずなので、技術を盗まれたところで大して困らない――と言うのがその理由だった。


「銃には厳しい持ち出し規制がされているし、船に備え付ける大砲は完成してからの持ち込みだからな。船はともかく武器をどうやって作るかまでは、わからんだろう」


それより今は戦力増強が優先だとして、剛士は船造りに関してポルトに全てを任せていた。


大陸の造船所で邪魔者扱いされていたポルトは、今や職人達が憧れる超一流の親方扱いされている。そんな彼が次に造る船、それは戦列艦だった。戦列艦――17世紀から19世紀にかけてヨーロッパで活躍した軍艦の事だ。ガレオンから発展したこの船は、従来とは比較にならないほど多くの砲を搭載し、単縦陣で敵に砲撃の雨を降らせる事を目的としている。


ヨーロッパの列強が多く手がけたこの船。ポルトが建造に着手したのは、その戦列艦の中で最も普及し、長く使われた74門艦だ。フランスの生み出したこの船は帆走能力と砲撃能力のバランスが良く、蒸気機関が誕生する19世紀初めまで常に海戦の主力であり続けた。


搭載する砲の数はその名の通り74門。片舷37門の砲を二層になった砲列甲板から発射する事が出来る。砲列甲板とは、簡単に言えば大砲を撃つために作られた船の階層の事だ。文字通り甲板の事を指す場合もあるが、ポルトが造るこの船の砲列甲板は船内に作られた物を意味する。ともかく、片舷37門は現在主力として活躍している三笠型――つまりガレオンの倍だ。単純に倍になったかと言えばそうではなく、速力や兵員輸送能力でもガレオンと比較にならないために、潜在的な戦闘力という面で考えると二倍どころでは済まないだろう。


74門もの砲を扱うためには必要な兵員の数も今まで以上に増え、現時点で600名が乗り込む予定だ。船の大型化に伴い全長は大きく伸びて、全長50メートル。全幅14メートルになっている。その上普通の74門艦と違い、外装を鉄で補強する事が決まっているので、完成すれば一隻でエルネストやマリアンヌの海軍を壊滅させる事が出来るようになるかも知れない。


しかし、実際に戦列艦が実戦投入に間に合うかどうかは微妙なところだ。なにせこれだけの巨艦と新技術の融合だけあって、誰も彼もが手探り状態で物事を進めているので、作業は遅々として進まない。完成まで早くても半年以上、普通に考えて一年以上かかると考えられている。


その間作られた大砲は三笠型三隻に搭載されるので、74門全ての製造は心配しなくてもいい状況だった。


次に銃だったが、これはある程度数が集まり次第、島の防衛部隊に回されていた。新しい武器を手にした彼等は弾数の制限こそあるものの、連日射撃訓練を続けていて、日々装填能力と射撃能力に磨きをかけている。火縄銃の生産が一段落してエギル達職人の腕が上がってきた頃、彼等は新式の銃を手に、大陸各地の戦いへ投入される事になるだろう。


そしてマリア達魔法使いに作らせている通信棒も現段階で三組が出来上がっている。剛士はこれを、海軍を率いるロバーツ、陸軍を率いるファング、そして再び大陸へと渡らせた商会員のローズにそれぞれ渡してある。ファングとロバーツは緊密に軍事行動が取れるように持たせために当然の処置だが、ローズは諜報員の筆頭として必要なのだ。彼女はフランの街ロシェルにある日ノ本商会出張所を切り盛りしつつ、フランの動向や、各地にある駅から集まる情報を剛士に届ける密命を帯びていた。


剛士が力を蓄えている中、同じようにフランも戦力増強に励んでいた。彼女は貴族達を取り込んだ正規軍を増やす一方、冒険者や傭兵などを雇い入れている。彼等は正規軍に比べて容易に数を揃えやすいと言う利点はあるものの、金次第であっさり裏切る可能性が高い連中だけあって、戦力として過剰な期待は出来ないだろう。同時に彼女は野良ペガサスなどの捕獲を強化し航空騎士の数も増やしていた。これは大勢力と比べて、あまりにも脆弱な航空戦力を整えるのと、空からの情報収集をしやすくするためだ。


そうやって剛士達が力を蓄える事約二ヶ月、小康状態を保っていた内戦はいきなり急展開を迎える。エルネストとマリアンヌ、その二大勢力の正規軍が、ついに正面切って激突したのだ。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品