異世界転生チートマニュアル

小林誉

第78話 呼び出し

ブリューエットを乗せた三笠が港を出航した後、残された襲撃部隊は今まで以上に忙しく動かねばならなかった。投降した捕虜を捕らえて武装解除し、牢屋なり広間なりに閉じ込めなければならない上に、破壊された防衛のための設備を修繕する必要があったからだ。彼等にはまだブリューエット軍主力が敗れたと言う情報が伝わっていないため、自らの命を守る備えが必要なのだ。


惨敗したブリューエット軍主力は散り散りになりながら逃げ帰ろうとしたものの、多くの者が途中で力尽きて追撃してきたフラン軍に捕らえられていた。それもこれも食料や医療品などが全くと言っていいほど前線へ届いていなかったためだ。これが補給路を叩くために後方で暗躍した部隊の影響だと、彼等は知らない。


食料も水もなく、傷ついた体を癒やす寝床もないブリューエット軍主力が命からがら戻ってきて見たものは、既にフラン軍によって占拠された城の姿だ。いつもなびいているブリューエットの旗はフランのものに変えられていて、城の周りには死んだ兵の遺体がそのままになっている。その光景は、何とか気力を振り絞って戻ってきた彼等の心をへし折るのに十分な威力を持っていた。


後に追いついてきたフラン軍が、全ての兵を武装解除させるまでにかかった日数が丸二日、ちょうど、三笠と日本丸がフランの本拠地ロシェルへと戻ってくるのと同じ日数だった。


§ § §


捕らえられたブリューエットは、フランの城にある一室に閉じ込められている。窓もなく、出入り口が一つしかない、要人監禁用の部屋だ。部屋の前では屈強な騎士が小隊単位で二十四時間監視しており、何者かが彼女を奪還しようとしても、かなり難しい警備が布かれている。


流石に王族だけあり、食事や寝具は一流の高級品が使われていて、望めばワインまで提供される。囚われの身とは思えない生活環境だ。


ブリューエットがそんな生活を始めてから数日後、剛士は仲間と共にフランの城を訪れていた。今回の作戦は剛士が発案し、日ノ本商会の大型バリスタや弩兵が敵に大きな被害を与えたのだ。力を見せつけた彼等を、フランは下にも置かない対応で出迎えたのだ。


「なんか、前来た時と扱いが全然違うな」


港に到着した時から大勢の出迎えがあり、豪華な馬車と警備の騎士まで用意されていた事に、剛士は少々戸惑い気味だ。最近忙しい四人であったが、フランから是非歓待したいと請われれば否も応もない。やりかけの仕事を中断し、急いで海を渡ってきたのだ。


「今回の戦いは派遣した連中が大活躍したからな。当然だろ」


ファングは今回防衛の任に当たっていたため、大陸での戦いには参加していない。本人はやる気だったようだが、剛士が守りを優先させたので島から出なかったのだ。本人はそれが随分不満らしく、次は必ず自分も出撃すると主張している。


「今回の戦いじゃ弩兵にも犠牲者が出てるからね。独り者はともかくとして、家族が居たら見舞金を出さないと。それに、通常弾、特殊弾共に消費が激しいかったら、しばらく大きな戦いは回避したいわね」


経理を任されているナディアは予想以上の出費に頭を痛めている。後でフランに払わせると解っていても、目先の現金を確保したいのだろう。


「それにしても、まだ戦争は続いているんでしょ? 戦勝パーティーには早すぎるんじゃないの?」


フランが剛士達を招待した建前は、日ノ本商会の貢献に感謝するためと、ブリューエットを捕縛して勝利した祝いのためだ。しかし、リーフの言うとおりまだ内戦は続いているし、エルネストやマリアンヌの勢力は健在だ。ブリューエットの支配地域を手に入れた現在、まだ一対一では厳しいだろう。浮かれるのには早すぎる――リーフでなくてもそう思うのが普通だった。


「日ノ本商会の皆様がお越しです」


そんな案内の声と共に四人が案内されたのは、フランの城にある大広間だった。既にパーティーは始まっていたらしく、多くの貴族や騎士などが杯を片手に雑談をしている。目覚ましい活躍をした日ノ本商会の重鎮が現れたと言う事で一斉に注目を浴びているが、その視線は好ましいものばかりではない。あからさまに成り上がりと蔑んだり侮辱したりしないが、どうやって利用してやろうとか、どう取り入ればいいだろうと言う、己の野心として品定めをする目ばかりだ。


「ようこそ皆さん。遠い所ご足労いただき、ありがとうございます」


人混みをかき分けて現れたのは上機嫌なフランだった。一か八かの賭に勝ち、当面の敵であったブリューエットを短期間で撃破出来た事で、心理的に余裕が出来ているのだろう。少し酒が入っているのか、普段より顔に赤みが差していた。


「フラン様。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


代表して剛士が感謝を伝え四人が頭を下げると、フランは笑顔で首を振った。


「礼を言うのはこちらの方です。今回の戦、皆さんのお力で勝てたようなものですから。本日はささやかながら労いの席を設けさせていただきました。お楽しみください。それでは後ほど……」


主賓だけあって、フランは挨拶回りで忙しそうだ。彼女に味方した貴族や商人など、有力者達と今後の話し合いをしているのだろう。フランが離れた後、剛士達には人々が殺到してきて、ここぞとばかりに褒め称え、おべっかを使い、何とかして四人を――特に会頭である剛士を利用しようとセールスに忙しい。しかし昔と違い、今の剛士には金も領地もある。後足りないのは女だけだが、面食いの剛士が顔も知らない女性を紹介すると言われたところで、話に乗っかるはずがなかった。


周囲の押し売りをのらりくらりと躱している内に宴の終わりも来たようで、三々五々に人々は帰っていく。


(日本の飲み会みたいに、最後は店の前に集まって、更に無駄話を続けるって習慣はないのか。感心感心)


広間に残ったのは僅か数人の貴族や商人達だけだった。顔も見せたし、自分達も帰ろうかと四人が思ったその時、見覚えのある老婆がスッと近寄ってきて、剛士に耳打ちをした。


「剛士様。フラン様がお待ちです。こちらにどうぞ」


そう言って、返事も待たずにセルビーは歩き出す。無視するわけにもいかず、四人は顔を合わせて彼女の後に続いていく。


「やっぱり何かあるんだな」
「予想はしてたけどな」
「剛士、何か頼まれても軽々しく決断しないでね」
「そろそろ飽きたから帰りたいんだけど」


わざわざ四人を宴のためだけに呼び出したとは誰も考えていなかった。今度はどんな話を持ちかけてくるのか、剛士は気合いを入れてセルビーの後を追った。

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