異世界転生チートマニュアル

小林誉

第76話 激突

数日経ち、フランとブリューエットの両軍が再び戦闘を開始した頃、フランの本拠地の港は船に乗るための兵でごった返していた。フランはこの作戦に全てを賭けているらしく、民間船舶全てを一時的に借り上げて、それに兵を乗せる決断をしたようだ。三笠と日本丸には弩兵がそれぞれ分乗し、いつもより喫水線が深くなっている。他の船も似たようなものだ。


「提督。準備完了しました」
「わかった。では三笠と日本丸は先に出港して、敵の警戒と排除の任に就く」


ロバーツの指示に従い、二隻の巨大船は帆を全開にして海の上を滑るように進み始めた。兵員を乗せた主力船団はフランの海軍が護衛しつつ進む事になっているので、三笠達とは違ったルートを進む事になっている。三笠と日本丸は艦砲射撃を行いつつ敵の目を引きつけて、上陸部隊から目を逸らさせる。そして上陸した兵達が港を守る敵の背後から奇襲を仕掛ける予定だ。


日数にして数日の距離にある敵の港まで、彼等は緊張の航海を続ける事になる。


§ § §


「ここが正念場だな。ここで負けたら洒落にならん。演技ではなく、本当に我々が戦争に負けてしまうぞ」


フランの軍を指揮する将軍ジェラールは、窮地に立たされている状況に冷や汗を止められなかった。フランから支持された作戦――負けたように見せて後退し、敵の主力を引きつけている間に敵本拠地を叩くという作戦は、当初の予定通り小競り合いを繰り返しながら徐々に戦線を後退させる事に成功していた。


しかし、そこには提案者である剛士や、作戦を承認したフランの気がつかない落とし穴があったのだ。


士気の低下である。


士気――要するに兵のやる気だ。勝っている時は勝手に上がる士気も、負け続けると下がるのが道理。負けていれば逃げたいと思うのが普通の人間だ。フランに賭けて彼女の味方をしていた周辺の貴族も、彼女が劣勢に立たされているとなれば逃げ出す可能性も出てくる。それどころか敵へ寝返る可能性まである。今はギリギリ離脱者を出さない水準を維持しているものの、今回も負ければどうなるかわかったものではない。ジェラールはもう限界だと感じていたのだ。


「フラン様には時間を稼ぐよう言われたが、ここまで負けてみせれば十分だろう。今から奴等が引き返したとしても帰るまでにかなりの日数を必要とするはずだ。全軍崩壊の危険を避けるためにも、全力をもってここで叩く!」


ジェラールが決戦場に選んだのは、フランに味方する貴族が所有する、広大な牧草地だ。四万近い大軍が、横一列とは言わないまでもある程度展開でき、ぶつかり合える土地だった。ジェラールは士気の低い味方貴族を予備兵力として控えさせ、自ら主力を率いて敵と正面から対峙している。軍の中程には投石機が設置されており、敵へ巨石を放つ準備を進めている。


ジェラールの選んだ陣形は鶴翼。鶴が大きな翼を広げたような形の陣形で、正面で受け止めた敵を左右から包み込んで包囲殲滅する事を目的とする陣形だ。弓兵と弩兵は左右に展開されて正面には少数しか配置されていないが、その代わりに巨大な盾を装備した重武装の騎士達が壁を作っている。上空には少数ながらもペガサスに乗った航空騎士が行き交っており、戦闘が始まるのを待っているところだ。


徐々に近づき始めた両軍。いつものように矢の応酬から始まるかと思われたこの戦闘は、今回ばかりは様子が違っていた。


決定的な勝利こそ無いものの何度か優勢に戦闘を終わらせていた敵軍が、弓の射程ギリギリの所から、一気に突撃を敢行してきたのだ。当然それに対して左右の翼に位置する弩兵と弓兵から猛烈な矢の雨が降り注ぐが、敵軍は倒れる味方を踏み越えてでも前に進む事を優先した。


フラン軍の後方からは投石機が巨石を放ちはじめ、押し寄せる敵を押しつぶしていく。それでも敵の足は止まらない。


殺到する敵の先鋒は、前に立ちはだかる重装甲の騎士に向かって武器を叩きつける直前、腰から何かを引きちぎって正面へと投げつけた。それは放物線を描いて騎士達の鎧へぶつかったかと思うと、何かの液体を撒き散らしていく。


「なんだこれ――」


一人の騎士が疑問を口にする暇もなく、再び投げられた物体がその液体へとぶつかって、騎士達は一瞬にしてその体を炎に包まれた。


『ギャアアアア!』


火だるまになった騎士は盾を放り出してその場でのたうち回る。動揺する背後の騎士達にも同様の攻撃が加わり、前線は一時混乱に見舞われた。


「敵が崩れた! 今こそ好機! つづ――げ!?」


ブリューエットの軍は正面の騎士を蹴散らして敵中になだれ込み、一気に勝負をつけようとする短期決戦のつもりだったのだろう。しかし彼等の突進は、届かないはずの遠距離攻撃によって止められてしまった。


鶴翼の翼に位置する部分には弩兵が配置されている。いくら彼等が最新式の弩を所持していようとも、突進する敵の中央まで届くような飛距離はない。しかし、大型バリスタなら別だ。今まで何度か投石機が使われる事はあっても、最後の最後までジェラールの指示で秘匿していたこの武器が、ようやくここで日の目を見たのだ。


左右に三機ずつ配備された大型バリスタは、港を襲撃した三笠と同様、油を撒き散らす特殊弾頭を装備した矢を敵の先頭中央部目がけて次々と放った。するとフラン軍の正面を燃やして彼等を打ち破ろうとしていた敵軍のまっただ中に着弾し、辺り一面を火の海に変えたのだ。


この攻撃で勢いの弱まった突進のおかげで、フラン軍は正面を少し後退させ立て直す時間を得た。その間も大型バリスタにより射撃は続いている。彼等は敵の最前列をあらかた燃やし尽くした後、今度は敵の最後尾を目がけて矢を放ち始めたのだ。これは完全に敵の退路を断つための攻撃であり、敵全軍の動揺を誘うのに十分な攻撃だった。


「敵航空騎士が接近してくる! 弩兵と弓兵は応射しろ!」


大型バリスタの脅威にさらされた敵軍は、このまま放っておく訳にはいかないと判断したのだろう。最後尾に居た一軍を今まで無視していた弩兵と弓兵が陣取る位置へと向け、更に虎の子の航空戦力まで差し向けてきた。


頭上から槍や火炎攻撃でも行われれば、流石の弩兵や大型バリスタも為す術がない。これを守るためにフラン軍の航空騎士達も、迎撃するため槍を片手に敵ペガサスと空中戦を開始した。槍で刺されて絶命した騎士が落下し、真下に居る弩兵と弓兵達に激突していく。中には運悪くそのまま絶命する兵もいたが、回りはそれどころではなく、殺到する敵軍目がけて忙しく矢を放っていた。


敵も味方もここが正念場だと肌で感じているのか、必死の形相で剣を振るい、槍をぶつけ、矢を放っている。魔法使い達は精神力の限界を超えて魔法を放ち、意識を失って倒れる者達が続出していた。空中で負傷した航空騎士が地上に不時着したかと思うと、殺到する敵に体中を貫かれて絶命していく。


これまで行われた戦いなどママゴトにしか思えないような死闘がそこかしこで展開され、大地を赤く染めていったのだ。


事態が一変したのは攻撃が始まって一時間ほど経った頃だった。大型バリスタによる攻撃で勢いを失っていったブリューエット軍の足が完全に止まり、今まで彼等の攻撃を受け止めていたフラン軍の騎士達が、逆に押し返し始めたのが切っ掛けだった。


人の意思と言うのは時に戦況をひっくり返すほど強いが、精神力に頼り切った攻撃などは、一度心が折れた時弱くなる。敵の守りを突破できず、敵中に孤立した自分達はこのまま嬲り殺しにされるのではないのか? そうチラリと考えただけで、ブリューエット軍は今までの勢いを失ってしまった。


そうなると現金なもので、今まで押しまくられていたフラン軍は俄然勢いづき、逃げ腰になったブリューエット軍に突撃を敢行し始めた。左右から包み込まれるように包囲され始めたブリューエット軍は恐慌状態に陥り、我先にと逃げ道を求めて後方へ殺到していく。そこに大型バリスタからの攻撃が炸裂し、多くの犠牲者を作っていった。生き残りが戦場を離脱しきった頃、残された牧草地には、おびただしいほどの死体の山が作られていた。


予想外の形で始まったこの戦闘は、フラン軍の圧勝という形で幕を閉じる。


フラン軍の損害は死者は千。負傷者三千五百。対するブリューエット軍は死者五千、負傷者七千と言う、立て直すのも難しい大損害であった。

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