異世界転生チートマニュアル

小林誉

第74話 ブリューエットの海軍

剛士が島で火薬の実験を終えて物騒な武器の生産に励んでいる頃、ロバーツ率いる三笠と日本丸はフランの本拠地で補給を終えて、ブリューエットの支配する海へ侵入を果たしていた。


最初に三笠を発見したのは地元の漁師だ。見た事も無い巨大な船を発見した彼等は呆気にとられたように固まっていたかと思うと、急いで漁を中断し、港に引き返して行った。ブリューエットの海軍が発見できなかったため、その日ロバーツ達はフランの街へ引き返した。奇襲を考えるなら漁船を沈め、敵が出てこないうちに港を火の海にするのが定石なのだろうが、彼等はそれをしなかった。何故なら街を制圧した時、一般人の被害があると無いとではその後の統治の困難さがまるで違うからだ。余計な恨みを買ってサポタージュ程度ならともかく、武装蜂起でもやられたらたまったものじゃない。叩くのはあくまでも軍関係に留めるべきだった。


翌日、再び出撃してブリューエットの街の近海まで出向いた三笠は、数隻単位で海上を警備している軍船を発見した。


「提督! 敵艦を発見しました! 数は四! こちらの正面を押さえるように動いています!」
「よーし! 総員戦闘配置につけ! 挨拶代わりに奴等を海の藻屑にしてやるぞ!」
『応!』


三笠と日本丸がエドガー子爵の海軍を打ち破った話は、直接戦闘を目にしていないフランの領地でも話題になっている。酒場では、船乗りは勿論のこと、沖合から艦砲射撃を加えていた三笠を目撃した軍人などがその活躍を酒に酔いながら誇張して吹聴したために、三笠は海の怪物のように恐れられる存在になっていた。


もし今後フランが敵に回り三笠と交戦するような事があるならば、彼等の士気は最低にまで落ち込み、敵前逃亡してしまうかも知れない。しかしブリューエットの海軍は違う。情報伝達の遅さから三笠の武器を知らない彼等は、ただ大きな船が領海を荒らしただけと言う認識しか持っていなかったのだ。


いくら大きかろうが正面に回って足を止め、接舷してからゆっくりと船員を尋問すれば良い――程度に考えていた彼等は、三笠から飛来した大型バリスタの矢で現実を思い知る事になる。


四隻で単縦陣を布いていた先頭の艦が真っ二つに船体を折られ、船員や船体の破片をばら巻きながら海の中へと消えていく。そんな衝撃的な光景を見た彼等海軍は、戦うか逃げるか瞬時に判断する事が出来ず、ただ隊列を乱して右往左往し始めた。無理もない。先頭を進んでいたのは彼等を指揮する艦であり、この部隊の指揮官が乗る艦だったのだから。


しかし三笠と日本丸の船足は彼等から逃げるという選択肢をあっと言う間に奪い取った。急速に接近してくる巨大船に慌てて弓を手に取ろうとした乗員達は、飛来してきた矢の雨に体を貫かれ、ある者は一瞬で絶命し、ある者は苦しみながら海中へと没していく結果に終わった。


「提督! 周囲に敵の艦影はありません!」
「予定通りだ。このまま港に向かい、敵の残存艦艇を撃滅する!」


戦闘らしい戦闘をする事もなく、三笠と日本丸の二隻はそのまま港を目指して進んでいく。すると異変を察知したのか、北と南の海域から複数の軍艦が三笠達に向けて急速に接近してくるのが見張りの目にとまった。甲板に居るロバーツに大声で知らせると、彼は後方に追尾している日本丸に向けて手旗信号を送る。すると日本丸は全開にしていた帆をいくつか畳んで船足を遅らせ、南に位置する数の少ない船団の方へゆっくりと進み始めた。今回はエドガー子爵の海軍と戦った時よりも敵の数が多いため、各自が全速力で移動しながら各個撃破の作戦を取るのだ。


海軍の艦艇が二手に分かれた三笠と日本丸を包囲しようと追いかけるが、速力が違いすぎるために縦長に陣形を崩していく。敵を引き離しながら、三笠は取り舵、日本丸は面舵を取り、それぞれが円を描くように動いていく。すると当然、それを追いかけていた敵の艦列も半円状に広がっていった。


「撃て!」


真後ろで追いつこうとしている艦に向けて攻撃出来ない。しかし回り込もうと動いている艦なら別だ。円を描いて動いていたのは、敵を射程に引きずり込みつつ、間断なく射撃を浴びせる為の動きだった。


「ぎゃあ!」
「あぐっ!?」
「よ、避け――ぐわ!」


狭い船上の上で、雨あられと飛来する矢を避けるなど困難極まりない。次々に矢を浴びて海に落ちていく味方の兵を見た彼等は大混乱に陥りつつも何とか停船させようと頑張ったのだが、船というものは簡単に止まったりはしない。三笠と日本丸、双方とすれ違う形で順番に的になっていく。


「よーし! 最後の仕上げだ! 日本丸に信号を送れ!」
「了解!」


ロバーツの指示を受け、見張り台に立つ船員が再び手旗信号を送ると、日本丸は進路を急速に変えて三笠の方に直進してきた。見慣れた巨体とは言え、正面から同規模の艦が向かってくるのは誰もが初めての経験であり、船上は何とも言えない緊張感に包まれる。そして二隻が間近まで迫った瞬間、双方が舵を切ってすれ違う。すると彼等の後ろに追いすがっていた残存艦艇がそれぞれの艦の射程に入り、トドメとばかりに二隻から大量の矢が放たれた。


放たれた矢は寸分違わず命中し、船体を激しく燃え上がらせる。至近距離からの攻撃が外れるはずもなく、残った艦は帆や船体を激しく火を噴きながら明後日の方向へと進んでいく。炎でパニックになり、もはや操艦など不可能なのだろう。


「これで終わりだな。今回も勝てたが……流石に無傷とはいかなかったか」


そう言いつつ、ロバーツが甲板の上に目をやると、そこには負傷した乗員や手当をする看護兵、そして穴の空いた帆に応急処置をする者や、船に突き刺さった敵の矢を引き抜こうとしている者達が、忙しそうにしているのが見えた。


流石に王族の持つ海軍だけあって、エドガー子爵の海軍とは質、量共にまるで違っていた。攻撃されても一方的に嬲られるままでなく、玉砕覚悟で反撃してくる闘争心や、高速移動する船に確実に矢を命中させる練度の高さは、三笠と日本丸の乗員より確実に上をいっていたはずだ。


「多少手こずったな。よし、一旦戻って補給と修理を行う。進路を島へ取れ! 帰って美味い酒を飲むぞ!」


勝ち鬨代わりの酒席の知らせに、甲板に居た全ての乗員達が歓喜の声を上げたのだった。

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