異世界転生チートマニュアル

小林誉

第72話 入手経路

三笠と日本丸が出撃して行くのを見届けた後、剛士は秘密工房へと足を運んでいた。ここは弩や大型バリスタ、手押しポンプなど、チートマニュアルで得た知識を使って新しい兵器なり日用品なりを生み出す、一般人が近寄れない極秘エリアだ。野球場並みに広い平屋の中では、いくつかのブースに別れて奴隷達が日々研究や製造に励んでいる。建物の周囲は侵入者を防ぐための高い壁と監視塔、そして鉄条網に加えて犬による警戒もされている。


そんな警戒厳重な秘密工房の一角で、剛士は出来たばかりの新兵器――爆弾のテストに臨もうとしていた。


「剛士様の指示通りの配分で、木炭、硫黄、硝石を加工してあります。硝石の比率を変えて爆発を目的としたものと、燃焼を目的としたものの二つを用意しました」
「いよいよか……流石に緊張するな」


剛士の言葉に同意するように、研究に携わっていた奴隷達が一斉に頷く。事の始まりは内戦が始まる少し前。鉱山の魔物を討伐するために潜っていった冒険者の一人が、見慣れない白い石を持って帰ってきたのが発端だった。


§ § §


「剛士、ギルドの出張所から出向いてくれって連絡が入ってるわ」
「わかった。すぐ行く」


リーフから伝言を受けて、剛士が島に一つだけある冒険者ギルド出張所へ出向くと、見慣れた顔の受付嬢が手を振って出迎えてくれた。


「どうも剛士さん」
「こんちは。俺を呼んだって事は、鉄鉱石が溜まってきたって事?」


剛士が冒険者に依頼した内容には、魔物の討伐の他に鉄鉱石の持ち帰りも含まれている。回収してきた鉄鉱石がある程度集まったら剛士が金を支払い、商会の人間に引き渡すのが日課となっていた。今日もいつもと同じだろうと思っていた剛士だったが、受付嬢は小さく首を振る。


「鉄鉱石もなんですけど、今日は剛士さんに見ていただきたいものがあったんです」


そう言うと、彼女は一つの白くゴツゴツした石を取り出し、カウンターの上へと置いた。何か解らず眉をひそめてじっくりと眺めた剛士の目が、すぐさま驚愕に見開かれる。


(こ、これ! これって、ひょっとして硝石か!?)


思わず大声が出そうになったのを何とか堪え、剛士は何てことの無い態度でカウンターにある石に手を伸ばした。


「ふー……ん。なかなか面白い形の石だね」
「でしょう? 鉱山に潜った冒険者が鉄鉱石と間違えて持って帰ってきちゃったんですよ。ひょっとして剛士さんなら何か使い道がわかるかもと思って」


冒険者達には鉱山に潜った時に、何か珍しいものがあれば買い取ると告知してあった。しかし持ち帰ると言っても人力なので、量は限られている。それに実際金になるかどうかわからない未知のものより、確実に金に換金できる鉄鉱石を持ち帰る者の方が圧倒的に多い。荷物に余裕が無いなら、他の石ころなど目もくれないのが普通だろう。


多くの日用品や武器防具に鉄鉱石はかかせないが、この硝石はそれ以上に重要だ。これこそ黒色火薬に必要な三つの材料の内の一つなのだから。


「どうします? 買い取りますか? それとも捨てますか?」


物の貴重さに気づいていない受付嬢は気軽にそう言うが、剛士は内心の動揺を隠すのに必死だった。なぜ鉱山からこんな物が出てくるのかは後で考えるとして、いかにして、冒険者達に鉄鉱石と同様、硝石を集めさせるかを優先的に考えなければならなかったからだ。あまり高すぎる値段をつければ鉄鉱石が集まらなくなり、逆に安すぎると硝石を持って帰る者達が居なくなる。なら解決策は一つしか無いだろう。


「買い取らせてもらうよ。何かに使えるかも知れないし。値段は鉄鉱石と同じで頼む。実験するには出来るだけ数が欲しいんで、魔物の討伐とは別に依頼してもいいぐらいだ」
「そうなんですか!? 依頼を増やしてくれるならギルドとしては大歓迎です! では早速依頼内容や依頼書の作成に移りましょう」


依頼が増えるとギルドの懐も潤う。それはすなわち、ギルドで働く受付嬢の財布事情も変わってくる事を意味していた。嬉々として依頼書を手にした受付嬢に手を引かれ、剛士は奥へと引っ張り込まれていった。


§ § §


そんな経緯があって、現在剛士の手元には結構な量の硝石が集まっている。硝石というのは簡単に取れるものではなく、動物のフンなどが蓄積した土壌で無いと取れないはずなのに、なぜか魔物の巣と化した鉱山では大量に取れた。深く考えてその原因に思い至った剛士は、しばらく嫌な顔になったものだ。


「……つまり、住み着いた魔物のウンコから取れたって事だよな……」


大陸の、人が長年住んでいる土地なら硝石も取れるだろうが、この島は長い間無人島扱いだったため、家畜の糞や人のウンコが蓄積する事は無い。本来邪魔者になるはずの魔物達によって貴重な硝石が手に入るなど、予想もしない事だった。


「まあいいや。経緯はともかく、貴重な物が手に入ったのは喜ぶべきだな。木炭は窯を利用すればすぐ出来上がるし、後は硫黄さえあれば……」


とんとん拍子で集まった火薬の材料の内、もっとも困難だと予想されたのが硫黄だ。大陸にある火山帯から集めるとなると、かなりの費用と時間がかかる――そう予想していた剛士だったが、それはアッサリと解決出来てしまった。


「火山がある……? この島に?」
「ありますよ。山と言ってもかなり低いし、ここからじゃ見えませんけどね」


元不法移住者の村長役だったニコスは、剛士の質問にそう答えた。彼はこの島に移り住んできた時に、一度島内を探検した経験があるようで、島の何処にどんな物があるのかを大体把握していたようだ。


「この島は北から南にかけて風が吹く事が多いので、普段は煙も見えないし、知らない人も多いはずです。あそこなら領主様が探している硫黄がゴロゴロしてると思いますよ」


ニコスに言われるまで、自分の領地に火山がある事さえ知らなかった迂闊さに頭を抱えながら、剛士は早速人を集めて硫黄を集めさせた。距離的にはそれ程でも無いので、一週間もすればある程度集まり、実験に十分な量が確保出来たのだ。


そして今日、いよいよ自作した火薬の実験が始まろうとしていた。



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