異世界転生チートマニュアル

小林誉

第67話 取らぬ狸の皮算用

「な、何これ!? フラン様の声が聞こえたよ!?」
「これは……魔法具ってやつか……?」
「へえ~……人間の世界では面白い道具があるのね」
「これは連絡用の魔法具なのです。皆様にわざわざ足を運んでいただかなくてもフラン様とお話の出来る、便利な道具なのですよ」


三者三様の反応をするファング達と、どこか自慢げな使者を余所に、剛士は自分の手の中にある棒を凝視していた。


(携帯電話の代わりってところか? こんな便利なものがあるんなら、もっと早く知りたかったぜ。そうすりゃ色んな場面で使えたはずなのに)


この世界の情報伝達力は遅い。どこかと連絡を取ろうと思ったら基本的には人の足を使って伝えるしかなく、懐に余裕のある人々は早馬や船を使う。剛士が確認していないだけで他にも何か方法があるかも知れないが、今の所はそれだけだ。


仮にこれを大量に量産して大陸にある駅へ配っていったらどうなるだろう? タイムラグが無く、正確な情報が各地で共有できるのだから、その恩恵は計り知れない。各地の相場を知らせて大儲けするのも可能だろう。何処でどんな商品が必要とされているのか瞬時にわかるのだから。軍事の場合でも有用だ。偵察に向かった兵に持たせて敵が何処に居るのか、どのルートを通るのかが解るだけでも、奇襲、迎撃、逃亡と様々な作戦をとれる。この魔法具があると無いとでは、戦略の幅がまるで違うのだ。


「剛士殿。聞こえていますか剛士殿。聞こえていたら返事をしてください」


魔法具の使い方を考え込んでいた剛士は、フランの声にハッとして顔を上げた。仲間達は早く使って見せろとばかりに見つめているし、使者は剛士達の反応が面白いのか、にこやかに笑みを浮かべている。とりあえず考えるのは後回しにして、剛士は手に持った魔法具を耳に当てた。


「もしもし。剛士です。フラン様ですか?」
「もし……? あ、はい。私です。フランです」


電話が日常的に使われていないため、「もしもし」などという問いかけはやはり奇妙だったのだろう。フランの声には戸惑いがある。


「まず、今回このような魔法具を使って話をする機会をいただけた事に感謝します。そして、日ノ本商会がエドガー子爵の艦隊を破った事をお祝い申し上げます」
「ありがとうございます。後ほど我が配下にもフラン様のお言葉をお伝えしておきます。きっと喜ぶ事でしょう」


当たり障りの無い挨拶の応酬だというのに、やはりどちらの声色からも緊張が隠せない。フランは前回剛士達と会談をした時のような余裕が無い。彼女はただ珍しい商品を作る商人としか思っていなかった相手が、実は巨大な軍事力を持っていたと知って身構えているし、剛士は剛士で無茶な要求をされないか、内心ビクビクしながら警戒しているためだ。


「それで、本題なのですが……」


ゴクリと誰かの喉が鳴る。


「単刀直入に言います。剛士殿。日ノ本商会の力を、是非私に貸していただきたいのです」


駆け引きも何も無い、ただ純粋な頼み事。一瞬呆気にとられはしたものの、剛士は何とか気を取り直す。


「力を貸す……と言うのは、具体的にはどのような? 曖昧に言われても同意致しかねます」
「ではハッキリ言いますね。あなた方も持つ軍事力。今回エドガー子爵の海軍を撃退した巨大船はもちろん、それに搭載されている兵器の数々を、出来れば私に貸していただけないでしょうか?」
「…………」


(やはりか……)


思った通りの要求に思わず頭を抱える剛士。現在島が好景気に沸いている理由の一つに、フランの街との貿易がある。ただの草扱いになるはずだった大麻を引き取り、日ノ本商会で用意できる商品を優先的に取り扱ってくれるからだ。今フランとの関係が途切れれば、せっかく好調だった商会の経営が立ちゆかなくなるのは、誰の目にも明らかだった。


(せめて戦争が始まったのが後二年遅ければなぁ……。それだけ時間があれば借金も完済して島の自給自足体制も整うってのに……!)


リーフの魔法に頼りすぎていると島の土壌が栄養を失い、その後の収穫が見込めなくなるので、魔法による農作物の収穫は極力控えた方が良い。そのための時間が約二年だった。


(今の立場だとフランの頼みは断れない。断れないが――ならせめて、得られるだけの条件をもぎ取ってやらないと気が済まんな)


スッ――と、普段のいい加減なオッサンから、冷徹な商人の目に切り替わった剛士を見て、仲間達と使者が緊張に身を固くする。立場が人を育てるとはよく言ったもので、剛士は商会の会頭としていくつも修羅場をくぐる事によって、多少なりとも成長していたのだ。


「お貸しするのはやぶさかでは無いのですが……いくつか条件をつけさせていただきます。よろしいですか?」
「……伺いましょう」
「まず、兵器のみの貸し出しは出来ません。現在兵達が使用している兵器は、全て最新のものばかりなのです。これは島を守るために苦労を重ねて作り上げた武器ですので、貸し出して解析したり、紛失されたりする事は避けたいのです」


いきなりフランの要求をはね除けるような言葉に、その場の誰もがギョッとしたような顔になる。しかし剛士はそんな彼等に構う事無く、言葉を続ける。


「……それでは……」
「兵器を貸し出すのなら、こちらの兵を傭兵として雇い入れ、武器の管理をこちらに一任すると言う形を取っていただきたいのです。あくまでも我等は協力者としてフラン様に力添えをする――配下ではなく、対等な相手として扱っていただきたい」


何か言いかけたフランの言葉を遮りながら、剛士は強引に話を進めた。フランは今、頭の中で必死に計算しているはずだ。このまま剛士の出した条件を飲むか、それとも強引に取り上げて恨みを買い、日ノ本商会を潜在的な敵としてしまうのかを。しかしそんな彼女に対して、剛士は更なる追撃を加える。


「そして、戦後の報酬についてですが……」
「な、なんでしょうか!?」


珍しく慌てたようなフランの言葉に、剛士は内心で笑みを浮かべる。使者の手前なので顔にこそ出さないが。


「こちらの兵が上げた戦果によって、領地の割譲と、その領地の完全自治権を望みます。具体的には、この島の対岸にあるエドガー子爵の街やその周辺。今のフラン様が治める領地の規模ぐらいは認めていただけると幸いです」
「そ、それはいくら何でも欲張りすぎではありませんか!? 現在私が治める領地と同規模なら、私は一体どこを治めるというのです?」
「この内戦に勝利した暁には、フラン様はこのデール王国全てを手に入れるのですよ? 今の領地を失っても王国全土が手に入るのなら、安いものではありませんか?」


(我ながら無茶な要求を突きつけてるな。戦力的に劣勢なフランの足下を見てる自覚はあるけど、手を抜いてやる義理もないしな。ここは攻めさせてもらうぜ)


「しかし……完全自治権となると、事実上公国として認めるという事ではないですか。流石にそこまでは……」
「そうですね。確かに、武器と兵の貸し出しだけでは釣り合わない要求でしょう。……なら、こうしましょう。戦後、割譲した領地を公国として認めていただけるのなら、現在使用している武器をいくつかお譲りします。そうすれば、解体して分析したり、新たな武器を開発する事も可能ではありませんか?」
「!」


現在のところ脅威になっている武器さえ無くなってしまえば、後は数を揃えている方が立場が上になる。一旦剛士達の独立を認めておいて、その後は交渉なり力尽くなりで言う事を聞かせれば良い――その程度の判断が瞬時に出来ないフランでは無かった。


「……わかりました。その条件を飲みましょう。具体的な支配地域は戦後に決めるとして、まずは兵の貸し出しに対する報酬額を取り決めたいと思います。ではまず、海軍からですが――」


(よし! 乗ってきた! 武器の情報程度でここまで譲歩させれば上出来だな。俺達は適当にフランを手伝いつつ、戦争が終わらないうちに新しい武器を作り出せば良いだけだ。悪いなお嬢さん。俺にはチートマニュアルという反則技があるんだ。まぁ、アンタも俺達を利用するつもりなんだし、騙される方が悪いって事で勘弁してくれよな)


小躍りしそうな体に力を込め、剛士は笑みをかみ殺す。目の前に居るフランの使者には、こちらが悔しがっている様子を見せなければならないからだ。そんな悪巧みをしているなどとは知らないフランが、次々と出してくる具体案を忙しく書き留め、剛士は独立後の生活に夢を馳せていた。



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