異世界転生チートマニュアル

小林誉

第62話 備え

「それは間違いない情報なのか?」
「各駅から同じ報告がいくつも入ってるわ。間違いないわね」


ナディアからの報告に剛士は顔をしかめる。彼の島は人が増え、戦力が充実してきたと言っても、数の上では大陸側の一領主にも及ばない。数の不利を補うために質を上げる時間が欲しいと思うのは無理のない事だった。


「ファング。島の戦力はどれぐらいだ?」
「常備軍が五百に予備が百。徴兵すれば数だけは揃えられるだろうけど、訓練もしていない素人が入っても邪魔になるだけだし、最初から数に入れない方が良い」


同意するように剛士が頷く。徴兵された兵より、志願兵の方が士気や練度が高いのは当然だろう。


現在常備軍を構成している兵達は全てが志願兵だ。兵士はいざという時命を落とす危険な職業なので、一般的にはあまりなり手の居ない不人気な職業だった。と言っても給料や待遇はいいので、独身者からの応募数は多い。養うべき家族や、自分が死んだ後のことを心配する必要が無い独身者にとって、おいしい職業なのだ。もちろん、家族連れに比べてそんな独身者の数はそう多くないので、自然と兵士の数も少なくなっている。


「弩は今の時点で人数分用意できてる。通常弾は十分揃ってるけど、特殊弾はまだそれほど数を作れていない。先のことを考えると工房の生産力を上げる必要があるぞ」


量産型弩は兵士全員に支給されていて、連日射撃訓練と運用訓練が繰り返されている。現在島にある住宅、商業、農業区域は全て市壁が覆われているため、非常時には基本的に防衛戦となる。となれば市壁の上から遠距離攻撃で敵を近寄らせないようにするのが一番なのだ。


「備え付けの大型バリスタは当初の予定より配備が遅れている。三笠と日本丸を優先した影響だ」
「仕方ないな。まず海の戦力を充実させないと、今の戦力じゃどうにもならんし」


軍事の責任者はファングだが、彼は主に陸地での指揮監督を行うために、海での戦いは日本丸の船長だったロバーツが担当することになっている。彼は日本丸での後進を育てると軍艦である三笠の艦長に就任し、日本丸の時と同様、連日訓練を続けていた。ファングは元冒険者としての経験はあるが、海上での戦いは経験が無い。餅は餅屋という理由で、ロバーツが海軍のとりまとめをする事になったのだ。そのロバーツに剛士が視線を向けると、彼は心得たとばかりに一つ頷く。


「三笠の訓練は完了している。海上での大型バリスタと弩の命中精度はかなり向上しているし、仮に軍艦がこの島に押し寄せても問題なく戦える。前もって会頭が指示した通り、造船所では日本丸の改装を始めたところだ。元商船だから船体横からの一斉射は出来ないけど、船尾楼と船首楼にいくつかの大型バリスタを備え付け、船員には弩を手配している。三笠ほどじゃないが、十分戦力に数えられるぞ」


と言っても三笠の補助に使うだけならな――と、ロバーツは付け加えた。


「じゃあ、とりあえず島の防衛は何とかなりそうだな」


ホッと胸をなで下ろす剛士だったが、そんな彼に横からツッコミが入る。リーフだ。


「しばらく守るだけならそれでも良いでしょうけど、この先はどうするのよ? 一応あんたがこの領地の大将なんだから、今後の方針は明確にしないと駄目でしょ?」


そんな彼女にチラリと視線を向け、剛士は話を続ける。


「俺達のやる事は決まってる。当分の間、亀のように島に引っ込んで防御に専念するんだ。大陸側にある商会員には情報収集を頼んでるが、いざとなったら逃げるように命じている。命あっての物種だからな」
「それは良いんだけど、そんなに都合良く見逃してくれる? 一応この島は国王のものになってるんでしょ? 協力を求められて戦力の提供を命じられた時にどうするのか、考えておいた方が良いと思うけど」


ナディアの言葉に、その場にいた全員が同意する。島の戦力から考えて、防御に徹するのは剛士に言われるまでも無く全員が理解している事だ。彼女はそれから先――国内における状況の変化に対して、予め方針を決めておくべきだと主張している。


現在のところ、剛士は自治領主という微妙な立場に置かれている。登城は出来て一応貴族として扱われるものの、その階級が定まっていないのだ。これは統治を認める代わりの一時的な措置のために、国王が明確な階級を定めなかったと言う理由がある。


普通、自治領主は領地内の自治は認められているが、王命には従わねばならない。しかし剛士は借金の対価として国王から土地を預かっていると言う形なので、島の返還はもちろん、その島で生産された物の拠出を命じるなら、当然国王は剛士に借金を返さなければならない。どちらが上で、どちらが下か。本当に微妙な立場だった。


「その時は当然断固拒否だ。この島は俺達のものだ。相手が国王だろうと誰だろうと、無条件で差し出せるわけがない。力尽くで奪おうとするなら、覚悟を決めて一戦交えるしかないだろうな」


剛士の答えに全員がホッとしたような表情を見せた。いざという時にヘタレる事が多い剛士が、この期に及んで方針を決めなかったらどうしようと誰もが思っていたのだ。


(いざって時はフランに協力を要請すればいいだろう。彼女と組めば陸はフラン、海は俺で役割分担が出来る。海上戦力が乏しいフランなら、三笠や日本丸は喉から手が出るほど欲しい存在だろうしな)


楽観的に考える剛士達を余所に、大陸では戦いの火蓋が切られていた。



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