異世界転生チートマニュアル

小林誉

第59話 それぞれの役割

数々の問題点を修正した日本丸は実用段階に移った。正規の乗組員二十五名と練習生二十五名、合計五十名を乗せた船の最初の仕事は、ロシェルとの往復だ。今まで小型の船を何艘も使って運んでいた荷物が、日本丸を使うとただの一隻でその大部分を賄えてしまう。当然輸送にかかる人件費や船の借り上げ費用が無くなるのでその分利益が増す。日本丸のおかげで日ノ本商会の財政は赤字から黒字へと変化していた。


ポルトが次に造るのはガレオンクラスの船になると予定されている。ガレオン――大航海時代ではキャラックより年代の進んだ船で、キャラックに比べると小さな船首楼、そしてキャラックより大きな船尾楼を持っている。船体は細長く改良されており、速度も向上しているのだが、その分転覆しやすいと言う弱点を抱えていた。船体全体が大型化されているのでキャラックより多くの荷を積めて、商用と軍用双方に使える強力な船だ。


これにチートマニュアルから得た知識で作る、遠距離用の武器――バリスタが搭載される計画だった。バリスタとは、簡単に言うと据え置き型の巨大な弩だ。白兵戦や攻城戦の支援、そして軍船に搭載されていた記録も残っている。本来ならガレオンには大砲を積みたいところなのだが、今の剛士達には火薬を作る材料も時間もない。時間をかければ火薬の材料である硫黄、木炭はともかく、最大の障壁になる硝石が見つかる可能性はあったが、大陸の情勢が悪化しているこの状況で、悠長に火薬作りなどしている余裕は無い。


そんな理由でガレオンには大量のバリスタを備え付ける事になっていた。大砲に比べると射程や威力は劣るものの、この世界では十分他を圧倒する性能を発揮できるはずなのだ。なにせ弩自体、剛士が作るまで存在しなかったのだから。


§ § §


ある日の事、食事を終えて寛いでいる剛士の側に、難しい顔をしたファングが近寄ってきた。無言のままこちらを見つめると言う珍しいファングの態度に少し身を固くした剛士だったが、彼が何かを言い出すまでじっと待つ。ファングは何かを躊躇うように、何度か話し出そうとして止めるという動きを繰り返した後、意を決したように口を開いた。


「剛士、本当に軍の責任者が俺で良いんだな?」


ああ、その事か――と、剛士は内心ホッとして息を吐く。


「ああ。俺に戦場で人を率いる能力なんて無いし、フラガが無けりゃ戦う事も出来ない。ナディアが外交でリーフが内政に専念するなら、お前以外適任はいないだろ?」


街の規模が大きくなるにつれ、剛士達の仕事量も当然のように増えていった。本当に機密にしたい部分は奴隷など裏切りの心配が無い者達に任せているものの、それでも全てを任せられるほどではない。いつまでも四人一緒に動いていられる状況じゃなくなっているのだ。


そこで四人は相談し、各自の得意分野に沿ってそれぞれ仕事を割り振ろうと言う事になった。日ノ本商会の会頭であり、チートマニュアルの持ち主でもある剛士は立場上全ての分野に目を光らせる必要があるので、剛士だけは別枠として、交渉事が得意なナディアが貴族や他商会との交渉をする外交担当。島の基幹産業である大麻や食料の育成や、自然災害を事前に察知できる上に、贅沢さえ出来れば島から出る事も面倒くさがるリーフが内政担当。そして四人の中で一番戦闘力があり、いざという時の決断や行動力が優れたファングが軍事担当となった。


リーフとナディアはそれほど悩む事無く自分の仕事を承諾したのだが、一人ファングだけは責任者になる事を最後まで渋っていた。彼の言い分は、自分の決断次第で敵や味方多くの人間が死ぬ事になる重圧に耐えられそうにないから――だった。責任感の強いファングらしい言葉だったが、仮にもこれから形作られる軍の最高責任者に奴隷は使えない事、他の三人には適性がないことを理由に挙げて、なんとか了承させたのだ。


それでも念のために確認を取らなければ気が済まなかったのだろう。正直何度も同じ事を言わせるファングに苛つきを感じた剛士ではあったが、そこは彼とて大人だ。ファングに気持ちよく仕事をさせるために真顔になって励ますぐらいは出来る。


「よく考えてくれファング。いくら俺でも、人を見る目ぐらいはあるつもりだぜ? 今までお前の言動を見る限り、人の命を粗雑に扱う奴じゃないのはわかっている。だからこそ、俺はお前に任せたいんだ。兵の命を大事に扱う――それは軍の指揮官として一番望まれる資質じゃないのか?」
「剛士……」


柄にも無く真面目なことを言う剛士に、感動したように目を潤ませるファング。しかし当然、剛士はその場の勢いで適当なことを言っているだけで、そこまで深く考えての言動ではない。普段の冷静なファングなら気がついたであろう事も、思い悩み、冷静さを欠いた今の状態で剛士の嘘を見抜くのは難しい。結果、彼は剛士の言葉を鵜呑みにしたのだ。


「わかった。お前がそこまで言うなら引き受ける。俺がこの島をしっかり守れる軍隊を作ってみせるぜ!」
「ああ、頼んだぞファング! お前ならきっとやれる!」


やる気に満ちて飛び出していったファングを見送った途端、いつも通りだらけた態度で寛ぎだした剛士を見たリーフ達がやっぱりか――と肩を竦めたことに、剛士本人は気がついていなかった。



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