異世界転生チートマニュアル

小林誉

第58話 訓練航海

船が完成したからと言ってすぐに実用段階には移れない。実際に人や荷を積み込んで洋上に出て、各種テストを行わなければならないのだ。日本丸の乗員に選ばれたのは、移住してきた住民の中から選抜された約五十名の男達だ。全員漁船や商船など何らかの船乗りだった経験者ばかりではあるはずなのに、初めて日本丸を見た時一人の例外もなく呆然とその巨大な船体を見上げていた。


初日は造船所周辺の海域で帆の開け閉めの訓練が主だった。ポルトから説明を受けたものの、聞くのとやるのとでは大違いなので、ろくに推進力を得られず全員が甲板上を右往左往する始末だ。二日目以降は日が経つ毎にマシになっていったが、船の性能を万全に扱えているとは言い難い状態のままだった。このままでは先が思いやられると思っていたその時、船長を務めるロバーツと言う名の男は、剛士に対して訓練航海を申し出てきた。


「訓練航海って、どのぐらいの期間やるつもりだ?」
「一月だけ欲しい。それだけあれば船を自由自在に操れるようになってみせる」


そう言うと、ロバーツは一ヶ月分の食料と水を積み込み、大海原へと飛び出した。最悪乗り逃げされる可能性もあるので最後まで難色を示した剛士だったが、最終的にロバーツ自らが剛士と奴隷契約を申し出たために認める事になった。


その間ポルト達も遊んでいたわけではない。キャラックは完全にポルト一人の発想で完成したものなので、剛士は口を出していない。しかしキャラック以降の大型船――ガレオンや戦列艦などの存在を知る剛士にとって、このままキャラックを量産させるだけでは物足りなかったのだ。


「会頭。話があるって聞いたけど?」


街の中心部にある仮の領主館を訪れたポルトは、挨拶もそこそこにして剛士に問う。新しい船の考案や、キャラックの二隻目をどう造るかに毎日忙しいので、その表情は呼び出されて迷惑だと無言で訴えている。そんな彼の様子を気にかける事もなく、剛士は席を勧めて自らも腰掛けた。


「……新しい船のアイデア、欲しくないか?」
「!」


思わず身を乗り出すポルトを手で制し、剛士はチートマニュアルをあるページを開いて見せた。そこにはポルトの造ったキャラックはもちろん、ジーベックやガレアス、クリッパーなど、まだこの世界に存在しない船の姿が描かれていた。現時点で最高だと思っていた自信作のキャラックを上回る船の数々を目にし、ポルトは驚愕に顔を歪める。


「か、会頭! これは一体!?」
「まあ落ち着け。俺はお前にこれらの船の構造を教えてやる事が出来る。その代わり頼みたい事があるんだ」
「頼み……?」


剛士の頼み――それは新しい船のアイデアを提供する代わりに、職人達の増員と、商会が所有する軍船の優先的な建造だった。現在造船所にはポルトが引き抜いてきた職人が二十人ほど働いているが、これから先の増産を考えた場合、その数ではいくらなんでも少なすぎる。商船や軍船を大量に手に入れるためには、職人達の早急な増員が必要だったのだ。


最初に声をかけた造船所の親方が選民思想の塊のような男だっただけに、ポルトも同じように渋るかと思われたのだが、彼は剛士が予想していた反応の真逆をいった。


「そんな事ならお安いご用だ。俺も今のままじゃ人手が足りないと思ってた所だし、自分の夢のためにも人を増やさなきゃならないんだ」
「夢……って言うのは?」


厳つい顔から乙女のような言葉が出てきた事に戸惑い思わず聞き返すと、ポルトは恥ずかしそうに頭を掻く。


「俺の夢は、俺が造った船が世界中の海を駆け回る事なんだ。ありとあらゆる港に大きな船が肩を並べて、多くの人や物を運んでいる――そんな光景を現実にしたいと思ってる」


「うっ! なんだ!? ポルトがまぶしく見える!」
「な、なんだ!? どうした会頭!?」
「あー……はいはい。気にしなくて良いよ。いつもの事だから」


個人の力では到底不可能なその夢を堂々と口に出来るポルト。自分の欲望のためだけに動く剛士にとって、その純粋さは猛毒だ。まるで太陽を浴びた吸血鬼のようにもだえ苦しむ剛士に驚くポルトだったが、おざなりに対応するナディアに諭されて再び席に着いた。


「と、とにかく。会頭の出した条件は全て飲ませてもらうよ。俺達は船さえ作れれば良いんだ。金儲けは専門外だから日ノ本商会に任せるぜ」


全面的に条件を飲んだポルトに新型船のアイデアを提供したものの、すぐ建造に取りかかるわけにはいかない。日本丸が訓練航海から戻ってきていないので、どこに問題点があるかわからないからだ。そうやって船の建造に関わる人間全てがヤキモキしながら待ったちょうど一ヶ月後。港には少し汚れた姿の日本丸が姿を現した。


造船所に戻ってきた日本丸からは次々に乗員達が下船してくる。長い航海で日に焼けた体からはすえた匂いが漂ってきて、出迎えた剛士達は思わず顔を背けてしまう。剛士やファングは口呼吸に切り替えて何とか乗り切っていたが、ナディアとリーフは早々に戦線離脱を決めていた。


「戻ったぜ会頭」
「ロバーツ。首尾はどうだ?」
「バッチリだ。朝から晩まで交代で操船の練習を繰り返してたからな。これなら人が減っても十分やっていける」


日本丸に乗り込んだ五十名は、訓練航海を終えたところでずっと日本丸に乗り込み続けるわけではない。この半分は新たに建造された船に乗り込み、日本丸は新たに補充要員を受け入れてまた後進を育てる事になる。新造船日本丸の当面の目的は練習船であり、商用や軍用に回すのはしばらく後の事なのだ。


「ロバーツ。疲れてるところ悪いが、早速話を聞かせてくれ」
「わかったって。おい、引っ張るな!」


いち早く問題点を解決して次に活かし、新型船の開発に着手したいポルトが、戻ってろくに休憩もしていないロバーツを引き摺っていく。これから夜通し語り合い、船の問題点を片っ端から潰していくつもりなのだ。付き合わされるロバーツは災難だが、これも商会にとって必要な事だと割り切った剛士は、特に止める事も無かった。



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