異世界転生チートマニュアル

小林誉

第40話 ズル

食事会は和やかな雰囲気で行われた。突然押しかけた剛士をもてなすために、会頭は急遽料理人に来客用のメニューを注文したのか、食卓には様々な種類の料理が所狭しと並べられている。これが一人の晩餐ならもっと簡素で品数も少なかったはずだ。


剛士達四人の内、今回この場にいるのは剛士一人だけだ。商会の規模が大きくなるにつれ、自然と他の三人の仕事も増えていくので、もう剛士の護衛のためだけに同行していられる状況ではなくなっているのだ。


食事会は大ホールなどではなく会頭が使っている私室で行われていたため、参加者は剛士と会頭、そして側仕えのメイドが二人という質素なものだ。特に言わずとも口をつけた水やワインが補充されていく光景は、流石教育の行き届いた金持ちのメイドだけはあると感心させる。


食事を摂りながら話題に上がったのは、やはり剛士達が開拓している島の事が中心だった。


「ほう、やはり多くの人間が勝手に住み着いていましたか」
「ええ。しかし、説得して何とか私の領民となる事を承諾してくれましたよ」
「素晴らしい。法に従わず逃げ出した連中をまとめ上げるなんて、是非その手腕を見習いたいものです」


酒が入った事もあり、二人は次第に上機嫌になっていく。声のボリュームが大きくなり、身振り手振りを交えて自分が見聞きした事を大げさに話していく様は、どこの居酒屋にでもいそうな酔っ払いにしか見えなかった。


やがてそんな食事会も終わり、食後のお茶を楽しんでいたところ、会頭は剛士から受け取っていた大麻の入った箱を取り出して見せた。


「……やりますか?」


剛士の言葉に、会頭がこくりと頷く。剛士が今日ここを訪れた本来の目的がこれだ。ここで会頭を大麻の虜に出来なければ、これから先の普及する速度がまるで違ってくる。時間がかかればかかるほど出費が増えていくだけに、剛士としては何としても話を纏めなければならなかった。


「ただ吸えばよろしいので?」
「ええ。こうやって――」


会頭を安心させるため、剛士も箱から大麻をとりだして一つ口にくわえてみせる。そして蝋燭の炎で先端に火をつけた。会頭は初めて触る大麻をおっかなびっくり口にくわえ、剛士と同じように火をつける。たちまち大麻からは白い煙が立ち上り、部屋に充満していく。


「つ、剛士さん!?」
「大丈夫です。落ち着いて。ゆっくり深呼吸しつつ体から力を抜き、何も考えずに煙を楽しめば良いのです」


そう言って、剛士はソファーの背もたれへと体を預けつつ、会頭に見せつけるように深く深呼吸する。剛士の呼吸に合わせて、彼の口からは真っ白な煙が大量に吐き出されていく。タバコすらないこの世界だ。人が煙を吐き出すのを初めて見た会頭は言い知れぬ恐怖を感じだが、ここで逃げ出すわけにはいかないと思ったのだろう。覚悟を決めて思い切り煙を吸い込んだ。


ほどなくして、初めて大麻を口にした会頭は見事なまでにラリっていた。口元はだらしなく開かれたままで、涎まで垂れている。体はソファからずれ落ちて床に座り込む形になっているし、テーブルの上には積み上げられた吸い殻がいくつも放置されたままだ。これでビールの空き缶でも転がっていれば完璧だったに違いない。


「へへへ……へへ……積極的だなメリアは……はは……」
「どうやら上手くいったか。まったく、ラリった芝居をするのも一苦労だな」


もはや自分が何をしているのかも会頭には解らない状態だろう。大麻から立ち上るこの狭い部屋の中、剛士だけは煙を吸いながらも正気を保ったままだった。確かに彼は会頭と同じ物を口にし、同じ煙を吸い込んでいるのにもかかわらずだ。なぜそんな真似が出来るのか――答えは彼が懐に忍ばせている小瓶にあった。


会頭の下を訪ねる前、剛士は街にある薬屋を訪れていた。薬屋とは文字通り様々な薬を取り扱う店の事だ。傷を治すポーションや魔力を回復させるエーテル、薬草に毒消し草、それだけではなく、あめ玉から日用品まで豊富な種類を取りそろえている。規模こそ小さいが現代日本で言うところのドラッグストアのような店だ。


「いらっしゃい。薬をお探しで?」
「ああ。ちょっと欲しい薬があるんだ」


愛想良く対応してくれた店主に対し、剛士は自分が欲しい薬の在庫確認を頼む。彼が頼んだのは毒消し草。しかも状態異常を回復させる特殊な毒消し草だ。それを体力回復用の液状ポーションに混ぜて攪拌し、持ち運びやすいように小瓶に入れて懐に隠し持っていたのだ。特別製なので当然かなり値は張ったが、その分効果は完璧だった。試しに宿屋で大麻の煙を充満させつつ毒消し草をちびちび口にするだけで、何時間経っても正気を保っていられた。しかも酒の酔いまで消し飛ばしてくれる効果付きでだ。


ヘラヘラとアホ面でだらしない笑みを浮かべる会頭を、冷めた表情で剛士は眺めていた。ひとまず、作戦の第一段階である大麻を使用させる点はクリアできた。次はこれを継続的に摂取させる非必要がある――が、その為の布石も既に整えていた。


空になった大麻の箱を回収し、足下から再び同じ物を取り出す剛士。彼はその中から何本か取り出してまとめて火をつけると、未だ正気を失ったままの会頭の口へ捻りこんだ。


「むぐ……」
「はいはい、思い切り深呼吸しましょうね~」


ただでさえだらしない顔が、新しく追加された大麻のおかげで更に崩れていく。そんな鬼畜のような所業をしながら、剛士は邪悪な笑みを浮かべているのだった。



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