異世界転生チートマニュアル

小林誉

第38話 次への布石

桟橋造りは難航していた。小型船を停泊させるだけの簡易的なものなら剛士達だけでも作れたが、大型船の場合だとそうはいかない。浅瀬では船底と接触を避けられるだけの水深が足りない。漁船程度の大きさの船なら、たとえ船に魚や荷物を満載したところで、よほど浅瀬に来ない限り座礁したりはしない。ところが、大型船は通常時でも漁船などより船底が長く大きいので、同じ場所でもあっさり座礁する危険性がある。


それを避けるためには二通りの方法があった。桟橋を沖に延ばすか、停泊地の水深を深くするかだ。しかし現状、どちらの方法を選んでも作業が難航するのは避けられない状況だ。


桟橋を延ばすなら、海底に土台を築くなどして重量物の運搬に耐えられるようにしなければならない。フロートを用いた浮き桟橋と言う方法も検討されたが、扱う重量を考慮して廃案になった。これから先、剛士の島では食料品や日用品に限らず、多種多様な物資が届けられるのは確実なのだ。中には鉄製の武器防具など相当な重量物もあるだろう。そうなれば基礎のしっかりとした桟橋を造り、大型船から重量物を積み下ろせるような強度が必要になってくる。浮き桟橋では下ろした途端に沈み込んで、荷物ごと海の中へダイブするのがオチだ。


後もう一つの方法――それは桟橋を延ばすと言う発想の真逆、陸地を削って桟橋にする方法だった。比較的柔らかく水深の深い場所を探して陸地を削る――口で言うだけなら簡単な方法だが、人力でやろうと思えばとんでもない労力を必要とする作業だ。ショベルカーやポンプなどがあれば、まず囲いを作って水を抜いてから作業に取りかかれるが、そんなものはこの世界の何処にも無い。


一応リーフの魔法で海水を操る事は出来るものの、彼女は畑に付きっきりで港湾作業に回せるような余力は無い。いくらなんでもオーバーワークというものだ。もしあの我が儘娘の機嫌を損ねて働かないとゴネ始めたら、剛士達の計画は頓挫する事になる。それだけは避けねばならない。


そんな二つの方法の内、どちらをとるか散々協議を重ねた結果、結局桟橋を延長する方法が採用された。こちらの方が比較的簡単であるし、作業途中であっても完成した部分は使用可能だからだ。


剛士は作業を続ける住民達の様子を高台から眺めている。港全体を見渡せる位置にあり、適度な高さのあるこの場所からなら、全体の進捗状況がよく観察できた。額に汗して働く彼等に、ファングが資料片手に指示を出している。


「今で半分ってところか……。予定より遅れてるな」


体力が回復したとは言え住民達はほぼ農民ばかりだったので、初めての作業に戸惑う事が多いのだろう。加えて監督する側の剛士達も手探り状態なのだ。これでは予定通り進むはずが無い。作業を円滑に進めるためにチートマニュアルから使える道具をいくつか選び出し、余裕のある時に剛士を始めとする男衆が作ってはいるのだが、それでも劇的に状況を変化させるほどでは無い。単純に人手が足りないのだ。


「商会の人間をあまりこの島に来させたくなかったんだが……そうも言っていられんか」


以前裏切ったセバスチャンを始めとする、剛士の周囲に潜伏していた裏切り者達――そのトラウマがあるだけに、剛士はあまり商会の従業員を増やそうとはしなかった。理由は簡単、信用出来ないからだ。現在競馬場やネズミレースの売り上げなどの集金や金の移送は、何重にも封を重ね従業員達がネコババ出来ないように厳重なチェック体制を布いている。オマケに商人ギルドではなく、冒険者ギルドからわざわざ従業員を監視するためだけに人を雇い、逆スパイのような真似事までさせているのだ。


自由に出入りの出来ない島の住人や裏切る心配の無い奴隷達ならともかく、いまいち信用出来ない商会の人間をこの島に入れた場合、彼等の口から大麻の秘密が漏れる可能性があった。


「厳選して連れてくれば……いや、そもそも金勘定の必要はないんだから、頑丈な奴だけ連れてくればいいか」


一口に商会の従業員――商会員と言ってもいろいろなタイプがいる。大体は商売がしたい、将来的に自分の店を持ちたいと思う人間が、雇い入れてくれた商会で長年修行を続けるのだが、剛士の商会は一般的な商会とかけ離れているため、即戦力となる経験者の割合が圧倒的に多い。おかげで仕事は速く回るが、その分いつ裏切られるか解らない危険性があった。しかし、そんな中でも体力を使う作業に従事する人間は一定数居るものだ。例えば取り引きをした物資を運ぶのも、馬車に対する積み卸しも、肉体労働専門の人間が必要になる。金勘定が得意な人間は、得てして体力面で劣っている事が多いからだ。


「最低限の人数だけ残してこっちに呼び寄せよう。奴隷を使えれば楽なんだが、貴重だから駅以外に使いたくないし……。まったく、あっちを立てればこっちが立たずだな」


島の開発を進めていくためには、今のところ唯一の玄関口である港湾の整備は絶対必要になってくる。漁船を大量に借り上げて何往復もさせるより、大型船を何回か往復させた方が運べる物資や節約できる資金が段違いだからだ。


「港が完成したら、船を買い上げて自分達だけで運搬出来るようにしたいな。いつまでも漁師の連中を頼ってるわけにはいかないし」


ゆくゆくは大陸各地と交易できるように多くの船団を組織する事を夢見つつ、剛士は自らの仕事をこなすために集落へと戻っていった。



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