異世界転生チートマニュアル

小林誉

第29話 増える借金

領主との会見を済ませて約一週間が経ち、剛士達が仕事に色々と忙しく動き回っていた頃、ようやく待ち望んでいた奴隷商が屋敷を訪ねて来た。奴隷商は大きな馬車を一台、屋敷へ乗り付けているとの報告を受けた剛士は、客を客間に案内するよう指示した後、急いで仲間達を集めた。


「怖い人だったらどうしよう……」
「今更何を言ってるんだよ。さっさと行くぞ」


土壇場になって尻込みする剛士を力尽くで引き摺りながら、仲間達は客間へと急いだ。奴隷商などを営んでいる人間と言うからには、かなりの強面か隙のないベテラン商人をイメージしがちではあるが、彼等の期待は裏切られる事になる。


「初めまして、日ノ本商会の皆様。私は奴隷商のイヴと申します。以後、お見知りおきを」


華美では無いものの、質の良い衣服に身を包んだ女はそう言って優雅に頭を下げた。そう、奴隷商を名乗るその人物は、見目麗しい女性だったのだ。年の頃なら三十前後だろうか。輝くような金髪を後ろに流し、切れ長の青い瞳は値踏みするようにこちらに向けられている。厚い唇には薄く紅が塗られており、怪しい魅力を放っている。まるで貴族のような気品を感じさせる女性の雰囲気に圧され、一同は一瞬言葉を失う。


「あ……すみません。私がこの日ノ本商会代表の剛士です。こっちは共同経営者のファング、リーフ、ナディアです」


ペコリと頭を下げるファング達に、先ほどと変わらず礼を返すイヴという女。その余裕たっぷりの態度からは、これから商談に臨む気負いなどまるで感じさせなかった。


「丁寧なご紹介、ありがとうございます。では早速ですが、現在剛士様にご提供できる奴隷の一覧を作って参りましたので、ご覧ください」


出されたお茶に手を着ける様子もなく、イヴはいきなり一つのリストを剛士達に差し出してきた。所作こそ優雅ではあるが、まるで「こっちはお前みたいに暇じゃないんだ。さっさと終わらせろ」と無言で圧力をかけられているようだった。


仲良く世間話をする雰囲気でもないと思った剛士は、差し出されたものを慌てて手に取り、中身に目を通していく。リストには性別や種族もバラバラな様々に人物の名前が列挙されていた。歳は一番下で二十歳。一番上で六十歳だ。そのどれもが解放奴隷らしく、簡単な経歴や似顔絵まで書かれている。


「数は全部で三十人分ございます。若く元気な者や、特殊な技能を持っている者ほど値が張り、反対に歳を取っていたり、特に優れた能力の無い者はお安めです」


イヴの言うとおり、元冒険者や魔法使い、そして商会で働いていた金勘定に強そうな人物は軒並み高値が書かれている。平均すると金貨四十枚~六十枚程度だろう。他の何の特徴もない者達はこの半分か三分の一程度だ。


「うー……ん」
「質を取るか量を取るかってところね。どっちが良いのかしら」


頭を悩ませている剛士達の様子を黙って観察していたイヴだったが、ここが好機とでも思ったのだろう。にこやかな笑みを浮かべつつ会話に割り込んできた。


「失礼ながら、皆様の状況は領主様から伺っております。店舗の管理を任せられる人材をお求めなら、やはりこの辺りがよろしいのでは?」


そう言って彼女が指し示したのは、やはりと言うか高額な値がついた奴隷のリストだった。


「元冒険者なら体力や度胸、商会経験者なら経理を任せておけば間違いないでしょう。比率で言えば半々ですので、彼等を二人一組にして店舗を任せれば、上手く行くと思いますよ」


(ものは言いようだよな……。でも、間違った事は言ってないから反論も出来ない)


チラリと視線を横に向けると、仲間達は特に賛成も反対もないようだった。剛士の決断に任せるつもりなのだろう。


(今この人数を集めるとなると、財政的にかなり厳しくなるな……)


軽々しく決断は出来ない。少し考えてからだと判断し、剛士はナディアに質問を投げかけた。


「ナディア、今の売り上げはどのぐらいだ?」
「それは差し引き無し? それとも純粋な利益?」
「純利益の方だ」
「それなら――」


この中で一番日ノ本商会の財政状況を把握しているのはナディアだ。彼女は実に細かいところにまで気を配る性格のためか、日々上げられてくる報告を少しも漏らさずにチェックしている。つまり、彼女に聞けば大体の売り上げがわかる寸法だった。


「ネズミレースと競馬を合計した売り上げから借金や維持費を引いていくと、現時点でざっと一日金貨二十枚ってところかな? 売り上げは日ごとに伸びているから、将来的にはもっと増えるはずだよ」
「そうか……」


一日で金貨二十枚。まだまだ立ち上げたばかりの商会で、純利益がこれだけあればかなり優秀な方だろう。しかし、以前宝くじで儲けていた額はこれを遙かに上回る。その感覚が染みついているだけに、剛士は自分達の商会が儲かっているとは思えなかった。


(しかし、人が集まらなきゃ商売どころじゃない。ここは初期投資として割り切るべきだろうな……)


決断し、剛士はリストから顔を上げる。


「わかりました。ではイヴさん。こっちのリストにある高額な奴隷達を全員買います」
「ありがとうございます。では十四人で合計は……金貨八百枚ですね。これには領主様への手数料も含まれておりますから、ご了承ください。お支払いは一括でしょうか? それとも分割でしょうか?」
「……分割でお願いします」


まるで、収入に見合わない高級車を契約してしまった薄給のリーマンのような心境で、剛士は契約書にサインをする。金貨八百枚――普通の人間なら一生縁のない大金だ。一日の利益を全てつぎ込めばすぐに完済できる金額ではあるものの、この先何が起きるかわからないため、ある程度の資金は手元に残しておく必要があった。


「では、月に金貨百五十枚ずつの返済を半年で如何ですか? 合計は九百枚の返済となりますが?」
「……それで……お願いします」
「承知しました。ではこちらの契約書にもサインをいただけますか?」


利子として金貨百枚ほど上乗せされている。これが現代日本なら後で過払い請求出来そうなものだが、悲しい事にここは異世界だ。日本の常識は一切通用しない。良い取り引きが出来たイヴが笑顔のまま商会を去った後、剛士は突然人目もはばからずに大声で騒ぎ始める。


「嫌だあああ! これ以上借金は嫌だあああ!」
「ちょっと! うるさいわね!」
「しょうがないだろ! こうしないと商売どころじゃないんだから!」
「ま、仮に返済できなくなった場合は……契約書にサインした剛士だけが責任を取る事になるんだけどね……」


ぼそりと言ったナディアの言葉に一瞬動きを止めた剛士が再び騒ごうとするが、それはファングとリーフによって阻止された。


「むぐ!? むー!」
「はいはい。もうそれぐらいで止めとこうな。あまり騒ぐとここの経営がやばいんじゃないかって噂になるから」
「騒いだって状況が変わるわけないんだから、腹をくくってよね! あんたそれでも男なの!?」


がっちりと首を締め上げられ、どうやっても抜け出す事は出来そうに無い。じわじわと締め付けられるにつれ、剛士の顔は赤を通り過ぎて青くなっていく。もはや名ばかりの代表になっている剛士は力の限り暴れようとするものの、体力や腕力でファングに敵うはずもなく、そのまま意識を手放したのだった。



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