異世界転生チートマニュアル

小林誉

第21話 新たなビジネス

翌日から剛士達は行動を開始した。まず剛士とナディアは既に宝くじで使用されている広場以外で使える土地探しを始め、リーフは街に居るはずのネズミの確保、そしてファングは材木屋で余った端材を格安で譲って貰えるように交渉に向かった。


「俺の考えた手はこうだ」


出発前、宿の一室でリーフ達に語った剛士の新たな作戦――それは宝くじとは別の新たな博打を提供して小銭を稼ぎつつ、大規模なイベントの準備に取りかかることだった。


まず、リーフの精霊魔法を利用して街を徘徊するネズミを捕まえ、それらを走らせるための木枠で作ったコースを作る。走らせるのは同時に五匹程度までに抑え、それらの中からどれが一等になるかの賭けをさせようというのだ。要は競馬を遙かに小型、簡素化した手法だった。


しかし、この提案に対して、当初リーフは受け入れようとしなかった。


「なんでネズミなんか捕まえなきゃいけないのよ! そんなの誰でも出来るでしょ!?」
「仕方ないだろうが。お前以外に適任者がいないんだから!」


確かに彼女の言うように罠を使えばリーフ以外でも捕獲は可能だろう。しかし、一からそんなものを作っている時間も資金的な余裕も剛士達にはなく、剛士やファングは別の仕事をしなければいけない。


「いいかリーフ。この先贅沢な生活がしたかったら、どうしても最初の内は自分達だけで働かなきゃいけないんだよ。人に任せて悠々自適な生活なんて当分出来ないんだからな」「う~……! わかったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」


ブツブツ文句を垂れつつもリーフはネズミの確保に同意した。ファングの仕事は端材でのコース作りなのだが、これが意外と難航した。端材自体は大した労力も資金も必要とせず、むしろゴミがタダで片付けられる事に喜ばれたほどだったのだが、コース作りが上手くいかなかったのだ。


なにせこの世界では見たことも聞いたことも無い初めての作業だ。剛士の頭の中ではミニ四駆のコースに似たものが描かれてはいるが、ファングにその発想はない。結局剛士の描いた図面を元にして、試行錯誤しながら作業を続けることになった。


「剛士の描いた図面だと木材が曲がってるんだが……」
「そこは短い直線の組み合わせでいけるだろ。図面はあくまでも参考程度にしとけばいいよ。ちゃんとしたのは事業が軌道に乗り始めてから職人に頼めば良い」
「なるほど、それもそうだな」


木材を曲げるには思った以上に手間がかかる。加熱、加湿した状態で木材を軟らかくしてからゆっくり曲げなくてはいけない。今の剛士達に自分の工房などあるはずも無いので、そこは妥協するしかない。


リーフとファングが作業に取りかかっている頃、剛士とナディアは町外れにある草原へと足を運んでいた。


「この土地が今貸し出し中だって事でいいんですか?」
「ええ。もともと牧場として使用する予定だったのですが、採算が取れそうに無いので計画が凍結されていたものなんですよ。ですから格安でご提供出来ますよ」
「へえ~。ひっろいわねぇ……!」


二人に同行していた街の役人が資料を片手に説明している横で、剛士とナディアは広々とした草原を見渡していた。今回剛士が考えているのは競馬だ。街の馬屋から適当に馬を借りてきて、この広々とした草原に作ったコースでレースをし、新たな博打として儲ける計画なのだ。


前回のように自分達だけで事業を拡大すると色々と敵をつくる事になるので、今回は最初からこの街の領主に話を持ちかけている。何処の誰とも知れない輩が持ち込んだ儲け話に最初は参加を渋った領主だったが、今この街で流行っている宝くじを発明した人物だとわかった途端に手の平を返してきた。前の街で剛士とリーフが広場でくじを売りさばいていたのを見ていた人間が居たためだ。


取り分は半々で、土地などを領主が提供し、馬やその他諸々の雑費を剛士達が負担することになっている。どちらかと言えば剛士達の取り分が少なくなるため不利な契約ではあるのだが、それぐらい譲歩しておかなければ再び襲撃される危険性が増すから仕方が無い。


領主としては大した労力も資金も必要とせずに大金が転がり込んでくる美味しい話であるので、全面的な協力を得られることが出来た。


「なるほど。こう……楕円になるように木の柵を作っていけばいいわけですね」
「そうです。馬が逃げないように二重にして、外側に観客が入れるように」
「そこに露店を誘致する訳ね。考えたわね剛士」


計画は概ね好評だ。露店などを誘致すれば売り上げがプラスされるし客寄せにもなる。剛士と領主にとっては良いことずくめだ。柵の設置や客席の準備などは剛士が一時的に領主から金を借り入れるといった形で準備を進め、売り上げから借金を返していく形となった。これは剛士達の資金があまりにも少ないことが理由だ。


§ § §


競馬の準備を進めている最中、ファングが苦心して作り上げたネズミレース用のコースが完成し、いよいよお披露目の時がやってきた。


「さあさあ皆さん! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! どこにも無い新しい遊びの始まりだよ!」
「そこの親父さん、ちょっとの小遣いで大金を儲けてみたくないか!? 是非やってってくれ!」
「あ、お姉さん! ここで儲けていけば綺麗な服を好きなだけ買えるようになるかもよ? ちょっと見ていってよ!」


宝くじを買うために集まった人々で埋め尽くされた広場の一角で、剛士達は自作のコースを備え付けて早速客引きを始めた。最初は遠巻きに見ていた人達も、サクラで雇った数人が一喜一憂しながらある程度の金額を稼ぐのを目にし、次第に我も我もと寄ってくるようになった。当然だろう。ここに集まった人々は全て宝くじを買って一攫千金を夢見る人達なのだ。基本的にギャンブルが好きな人間の集まりなのだから。


「待て待て! お前達何をやってるんだ! ここは俺達が使ってる場所なんだぞ!」


剛士達がネズミレースを初めてしばらく経つと、広場で宝くじを売っていた集団の関係者がすぐにやって来た。彼等からしてみれば突然商売敵が目の前に現れた形になるのだから、文句の一つも言いたくなるのは理解できる。しかしその点剛士達に抜かりは無かった。


「誰に断って商売してるんだ!」
「誰にって、この街の領主様に許可をいただいていますが?」
「な、なんだと?」


文句を言ってきた一団の前に、領主が派遣した兵士数人が割り込んで彼等を睨み付ける。剛士達だけならともかく、街の正規兵にまで喧嘩を売るわけにいかない一団は、すごすごとその場を後にするしかなかった。


領主に協力を求めた時、剛士達はこんな事態が起きることを予想して、あらかじめ兵士の派遣を要請していたのだ。もともと宝くじを売っていた集団は領主とは無関係で、彼等から直接領主に売り上げが流れると言うこともない。領主にとっては面白くないが、街の活性化につながると思って黙認していたに過ぎない。しかしそこに剛士達――宝くじを発案した人物が現れたとなれば話は別。自分に少しも利益を渡さない集団より、最初から利益を分ける上に新しいビジネスまで提案してきた人物を優先するのは、当たり前のことだった。


宝くじとレースは同じ博打とは言え、明らかにジャンルが違う。一方は静かに当選を待つだけだが、もう一方はレースの興奮も相まって見ている人間を熱中させる魅力がある。そして儲けのリターンが宝くじより大きいと言うのも、人々がネズミレースに集まり始めた理由でもある。


宝くじは大勢の人間に券を売りさばき、ある程度人が集まってからで無いと抽選が始められない。そうしないと賞金が用意できないし運営側の赤字になってしまうからだ。一等が当たれば大金が手に入るものの、その確率はかなり低い。しかしレースは違う。レースの場合宝くじと違って一日に何度も行え、紙などの用意する経費も少なくて済む。そして玉が転がり出る宝くじと違い、自分で予想した番号で券を買える。手頃な博打なのだ。


なら広場にたむろする人々がネズミレースに流れるのは無理のない事だった。


「順調順調。このペースで進めていけば借金はすぐに返せる。競馬の準備も整っているし、また金持ちになるのも時間の問題だな」


ほくそ笑む剛士ではあったが、世の中そう上手くはいかない。逃げ切ったと思って安心しきっていた剛士達のもとに、ロードの手先がすぐ側まで迫っていることを、彼等はまだ気がついていなかった。



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