勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第175話 過去

「思い出してくれたんですね。嬉しいわ」

そう言って笑うメリアにワシは言葉が出なかった。メリア――フレアの双子の妹。路上で生活していた彼女達のような子供――孤児達を救うため、教会は昔から慈善活動に力を入れていた。決して贅沢ではないものの、衣食住を与えて教育を施し、一定の年齢まで各地の孤児院で育て、そして独立させている。目端が利く子供は孤児院にいる内に色々と技術を身につけ、商人や兵士など各分野に進んでいくが、大半の子供は一攫千金を求めて冒険者になるか、そのまま神殿に留まるかしていたのじゃ。

そんな孤児の中でも特に優れた才覚を示した子供が二人いた。それが現勇者であるフレアと、その双子の妹であるメリア。あの子達は真綿が水を吸収するように、ありとあらゆる知識や技術を身につけ、子供ながらに誰もが一目置く存在となっていた。

二人とも、このまま成長すれば確実に国の要職に就く人財になる。誰もがそう思っていた。しかし……そんな未来は来なかった。忘れもしない。あれは十年前の事。二人の才能を見込んだワシは、彼女達が将来関わるであろう有力者との顔つなぎのために、彼女達を連れてあちこち移動していたのじゃ。馬車の中ではしゃぐ仲の良い幼い姉妹を見ていると心癒やされ、わずかな時間でも疲れを忘れさせてくれる清涼剤となっていた。この子達の内、どちらかはワシの後を継ぐ。いや、たとえ別の道に進もうとも、あらゆる援助は惜しまない。ワシはこの年になるまで独身を貫いた為に子供はおらんが、彼女達を実の娘、いや、孫のように愛おしく思っていた。

しかし、そんな幸せの時間は長く続かなかった。

このリュミエルでは教皇の権限が強いと言っても、誰もがその権威に無条件で跪くわけではないし、ワシの政敵が皆無というわけでもなかった。ワシらを襲撃した連中も、そんな輩が雇った連中だったのじゃろう。

ある夜、ワシら一行は嵐に見舞われた。長旅で疲れきった護衛達に無理をさせるわけにも行かず、やむなく薄暗い森の近くで野営することになったその晩、暗闇から突然数十人の夜盗が襲いかかってきた。薄汚れた服と粗末な武器。一見して盗賊に見えるが、あまりに組織だった動きは正規の訓練を受けた者達のそれであった。狙いは間違いなくワシの命。奴等に対してこちらの手勢は半分程度。ならば馬車の中に留まって結果を待つよりも、外に出て護衛達を援護した方が良いじゃろう。

「教皇様」
「教皇様。外に出るの?」

殺意を持った集団に襲われたのが初めての姉妹は怯えきっていた。ワシはそんな二人の頭を優しく撫で、安心させるように笑顔を浮かべてみせる。

「大丈夫。ちょっと悪い奴等を懲らしめてくるだけじゃ。二人は決して馬車から出ようとせず、ここに残るのじゃよ」

馬車を飛び出すと同時に横殴りの雨がワシを襲った。護衛達は善戦しているようじゃが数の差は如何ともしがたく、苦戦は免れていない。

「教皇様!?」
「教皇だ! 必ず殺せ!」

護衛対象が飛び出てきた事に驚いたのは敵味方同じのようで、ワシの首を取ろうとする刺客と守ろうとする護衛達が殺到してきた。

「死ね!」
「甘いわ!」

突き出された剣を錫杖で跳ね上げ、お返しとばかりに錫杖の先端を刺客の鳩尾へと叩き込む。これでも若い頃は神殿騎士として幾度も死線をくぐり抜けておるからの。そう簡単にやられはせん! そして――

「皆の者! しっかりせい!」

味方全員に回復魔法をかけると傷ついた者達が戦線復帰し、勢いを盛り返していく。長期戦になれば回復魔法の有る無しが結果を大きく左右する。ワシは直接奴等と矛を交えるような愚を犯さず、あくまでも援護に徹していた。次々と討ち取られていく刺客達。戦況不利を誘った奴らは破れかぶれになったのか、隙を突いて何人かがワシに殺到してきた。

「来るか!?」

迎え撃つべく錫杖を構え、いつでもその場を飛び抜けるように警戒しているワシの眼前で、奴等は突如進路を変えた。何を思ったか奴等は懐から短剣を取りだし、それを馬車馬目がけて投げつけたのだ。だが焦っていたためか投げられた短剣は目標を逸れ、馬の体を掠めただけに終わる。しかしそれが最悪の結果を呼んだ。完全に無防備、且つ殺し合いに怯えていた馬は傷つけられた事に驚き、嘶きを上げながら突如あらぬ方を向いて走り出したのじゃ。

「いかん!」

馬車を引いたままの馬が走る方向には崖がある! 慌てて追いかけようとしたが、ワシの行く手を刺客達が遮った。

「邪魔をするな! どけ!」

このままではあの娘達が死んでしまう! 動転したワシは自分が傷つくのも構わず、錫杖で刺客達に殴りかかった。

§ § §

「はあっ……はあっ……」
「教皇様! お怪我は!?」
「ワシのことは良い! それより早く、馬車を追うぞ!」

なに、いくら取り乱していたと言っても、しっかりと訓練を施された馬じゃ。自ら崖下に飛び込むほど愚かではあるまい――そんなワシの希望を打ち砕くように、眼前には絶望的な光景が広がっておった。断崖絶壁の前には大きめの轍があり、馬車の車輪が通った跡が残っている。馬車は恐らく猛スピードでここに乗り上げ、その反動で地面に激突。バラバラになりながら崖下へと落下していったのじゃろう。

「何と言うことだ……フレア……メリア……!」

何の罪もない娘達を自分のせいで巻き込んでしまった。後から力が抜け、膝から崩れ落ちるワシを慌てて護衛達が助け起こそうとしたが、ワシはそれらを振り払った。後悔してもしきれない。なぜあの時、我が身を呈してでも馬車を守ろうとしなかったのか。助かるべきはこんな老いぼれではなく、あの子供達だったというのに! 悔しさに歯がみし、力一杯地面を握りしめると、指先が耐えきれずに爪が割れた。だがその時――

「う……」
「!? どこじゃ!? 探せ!」
「は? はは!」

微かに聞こえた幼い声に反応し、慌てて付近を捜索させると、しばらくして崖の途中に引っかかっているフレアを発見出来た。すぐに引っ張り上げようにも難しく、ロープもないので衣服を結び合わせた簡易のロープを使い、何とか助けられたのは発見から数時間後じゃった。

「う……」
「もう大丈夫じゃ」

すぐに回復魔法をかけフレアを休ませている間、必至にメリアを探しはしたが……結局彼女を見つけることは出来なかった。ワシ自ら崖を降りようとしのたが、護衛達によって阻止された。再び襲撃される危険性のあることと、フレアや消耗している味方を休ませる事を優先したためじゃ。ワシとしては一人でも残って捜索を続行したい気持ちちじゃったが、ワシの我が儘で多くの者に命を賭けさせる訳にもいかず、やむなくその場での捜索は諦めた。

だが、街に戻り次第メリアの捜索隊を組織して数ヶ月ほど捜索させたのじゃが……ついに彼女が見つかることはなかった。フレアは気落ちし、しばらくは食事も摂れないほど肉体的にも精神的にもしょうもうしていたのじゃが、それからフレアは人が変わったように修行に打ち込み始めた。まるで自分に罰を与えるように。妹を守れなかった自分の力の無さを嘆くように。そのおかげで勇者と呼ばれるほど力をつけたのは皮肉な結果じゃが……。その原動力ともなった、死んだはずの片割れがこうして現れた。

「メリア……ワシは……」
「やめて。今更謝罪なんか聞きたくないわ」

冷たい声で謝罪の言葉を遮られ、ワシは口を噤む他なかった。決して見捨てた訳ではない。しかし、それはあくまでもワシの視点であり、メリアから見れば見捨てのと同じ行為なのじゃろう。もっと探していれば。あと数日、あと数週間。捜索を続けていれば、ひょっとしてメリアは発見され、今頃姉妹揃って仲良く暮らせていたかも知れない。それを想像すると、ワシが何か言う資格などなかった。

「…………」
「ねえ教皇様。私にたいして悪いと思っているのなら、お願いを聞いていただけないかしら?」

妖しい光を放つメリアの目に見つめられ、ワシはゴクリと喉を鳴らした。

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