話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第173話 錫杖

リチウムの名を出した途端、彼女の顔が強ばったのがわかりました。リチウムの名はリュミエルだけでなく、世界中で聖人として知られている名前。それを耳にして緊張するとなんて、普通の人ならありえない反応です。彼女は何かを知っている――そう直感した私は、彼女に食い下がることにしました。

「リチウム様……ですか? すみません。私にはよくわかりません……」
「どんな些細な手がかりでも良いのです。教えていただけませんか? お願いします」
「困ります。私じゃわかりません」

そう言って、何度も深々と頭を下げ続ける私と、困った顔で他を当たれという彼女。押し問答が続き、他の村人が何人か気がつき始めた頃、焦った様子の彼女はついに折れたのです。

「わかりました。わかりましたから止めてください!」
「じゃあ、何か教えていただけるんですね?」
「私に教えられることなら教えます。とりあえず家に来てください。ここじゃ人目に付きすぎるわ」

村人の目から逃げるように背を向けた彼女の後を追い、私達は一軒の小さな家の中へと滑り込みました。

「あー……危なかった。あれ以上騒いでたら村中から人が集まってましたよ」
「すみません。でも、どうしてもリチウム様について知りたいことがあったものですから」
「まったく……」

ブツブツ言いながら席を勧めてくれた事に素直に従い、私は家で一つしか無いテーブルの反対側へと腰掛けました。向かい側には当然この家の主である彼女が腰掛けています。人の目がなくなったためか、彼女は最初に受けた印象とは違い、少しリラックスしているように見えます。

「先に言っておきますけど、お茶なんて気の利いたもの家にはありませんよ。井戸まで水を汲みに行くのも大変だから」
「お構いなく。聞きたいことだけ聞けたのなら、すぐにお暇しますから。それと、失礼ですがお名前を伺っても?」

今更ながら、自分が名乗りをすませていなかったことを思い出したのか、彼女は頭を掻いた。

「私は……イオンです。何と言うか……貴女が探しているリチウムの子孫ですよ」
「!?」

リチウムの子孫ですって!? 彼が家庭を持ったと言う話は聞いていませんが、ありえない話ではないでしょう。現に彼はこの村に何度も訪れている形跡がありますし、それが単に友人と友誼を深めるのが目的ではなく、妻や子供に会うためだと考えたのなら、何度も来ているのは自然なのかも知れません。

「リチウム様の子孫……ですか。まさか出会えるとは思っていませんでした」
「……誰にも言わないでくださいね。貴女を勇者フレア様と信じて打ち明けたんですから。子孫と言っても私に特別な力があるわけでも無いし、三百年前の先祖なんて、ほぼ他人みたいなものですよ」

それは事実なのでしょう。三百年も経っていると代替わりを何度も繰り返しているでしょうし、嫁いだり婿を取ったり、はたまたその逆なことを繰り返していたのは容易に想像出来ます。ですがこの村に留まる子孫は限られているはず。なぜなら、彼女はその事を秘密にしているのですから。

「それで、リチウムについて何が聞きたいんですか?」

さっさと要件を済ませたいと言う態度を隠そうともしない彼女。よっぽどリチウム触れられたくない話題なのでしょう。申し訳なさを感じつつ、私がここに来た要件を告げると、イオンさんは難しい顔で腕組みを始めました。

「錫杖……ですか。生憎私の家にそんな大層なものはないですよ? ご先祖様は変わり者だったらしくて、財産と呼べるものをほとんど残さなかったって聞いてますから」
「そうですか……。噂でも聞いたことはありませんか?」
「仮に残っていたとしても、たぶん私の代になるまでに売られてる可能性が高いですね。裕福とは言えない家だし、リチウムの遺産だって言えばそこそこの値で売れたでしょうし」
「…………」

認めたくない事実ですが、イオンさんの言うとおりでしょう。ここまで来て手がかりが完全に途絶えてしまった。露骨に肩を落とす私の様子を気の毒に思ったのか、イオンさんは再び頭を掻きながらこんな事を言ったのです。

「せっかくですから……お墓参りでもしていきますか? 家の裏庭に一族の墓があるんですよ。たぶんリチウムもそこに眠ってると思うんで、何か閃きが得られるかも……」

彼女の気遣いがすこし嬉しくて、私は口元がほころぶのを自覚しました。

「そうですね。せっかくですから、聖人リチウム様に祈りを捧げさせてください」

イオンさんのク暮らす家の裏側には、古ぼけてボロボロになった一つのお墓がありました。一応手入れはされているようですが、年代物なのか、お墓だと言われない限りただの石だと思われそうな代物です。私はそんなお墓の前に跪き、静かにリュミエル神へと祈りを捧げ始めました。

(リュミエル神よ。ここに眠るであろうリチウム様や、イオンさんのご先祖様に祝福を与えたまえ)

私の体から祈りの光が溢れだし、お墓を優しく包み込みました。すると驚いたことに、お墓を包んだ光から一つの筋が別れ、洗濯物が干されていた木の棒へと伸びたのです。コケが貼り付いていたその棒は光に触れた途端神聖な気を放ち始め、辺りは信じられないほど静謐な空気に満たされたのです。あまりの光景にイオンさんは驚愕の表情で固まってしまいました。

「こ、これって……」
「まさか……その棒がリチウム様の使っていた錫杖?」
「ええ!? この棒きれが!?」

恐る恐るその棒に手を伸ばし軽く魔力を流してみると、私は自分の魔力が一気に何倍にも膨れ上がったような錯覚に陥りました。

「……間違いないようです。これが……これこそがリチウム様の使っていた錫杖。イオンさん! どうかこの錫杖をお借りすることは出来ませんか? 私に出来るお礼なら何でもします! どうかこの通りです!」
「わわ! ちょっと、止めてくださいよ! 別に持って行ってもらって良いですから! 変わりの棒なんてその辺に転がってるんだし」
「そう言うわけにはいきません。この錫杖は大神殿に持って行くと聖遺物に認定されるものです。無償で譲り受けるわけにはまいりません。そうですね……ではこうしましょう」

とりあえず、私はイオンさんに一つの提案をしてみました。この場は私の手持ちである金貨を全部イオンさんへ渡し、神殿に帰還後、改めて正式なお礼をすると。軽く見積もっても金貨一万枚は下らないでしょうし、これを使う事で教皇様が助かったのなら、その価値は計り知れないものになります。一生使い切れないほどの大金が突然転がり込むことになったイオンさんは、恐怖か緊張か、はたまた自分の幸運に驚いていたのか、顔を引きつらせていました。

「勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く