勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第161話 魔法使いとは

「体が動かない……」

ソルシエールの家に転がり込んだ直後、俺は自分の意思と関係無くベッドに縛り付けられた。そう、縛り付けられたのだ。抜け出せないように革製の頑丈なバンドで何カ所も固定され、決して自分で動けないようにされていた。普段ならこの程度の拘束は簡単に引きちぎれるだろうけど、今の状態じゃこの内の一本だって切れやしない。まして、自分を心配してソルシエールが色々してくれているのに、わざわざ逆らう気も起きなかった。正直どうしてここまでするのか不明だったが、その理由は何日かして、ある程度元気になってから教えて貰えた。

「簡単に言うと、今までのツケが溜まってたのよ」

いつも通りの表情のはずなのに、俺を見るソルシエールの目は心配に曇っているような気がした。

「昔も含め、今も君は厳しい戦いを繰り返していたでしょ? そんなダメージが自分でも気づかないうちに蓄積して、今回の事で一気に表に出てきたのよ。だから当分は静養が必要。戦うなんてもっての外よ。それに……人間と魔族が融合したなんて話、私だって初耳なのよ。敵がどんな力を秘めているかハッキリしない、確かな勝算も無い状態で戦うなんて自殺行為だわ」
「…………」

本音を言えば、起き上がれるようになったなら、今すぐ剣を取って皇帝を倒しに行きたい。全快の状態の俺なら、上手くやれば何とかなるんじゃないかと思ったからだ。ただ、ソルシエールの言葉もわかる。あの時対峙した皇帝から感じた力……あれが全力じゃないとなると、今のままじゃ厳しいのも確かだ。

「皆はどうしてるの?」
「鍛えてるわよ。せめて君の足手まといにならないぐらい強くしてあげる。日に日に目つきが変わってきてるから、楽しみにしておきなさい」
「そうか……」

ソルシエールがそう言うのなら、任せてみても大丈夫なのかな? 猛烈な眠気と戦いながら、俺はそんな事を考えながら眠りに落ちた。

§ § §

――シエル視点

「…………」

これで何度目だろう? 臨死体験を繰り返している内に、私は段々と精神的に鍛えられていたようで、最近じゃ悲鳴も上げず目が覚めるようになっていた。ソルシエール様はそれを成長として見て取ったのか、もうベッドに縛り付けられることもなくなり、少なくとも体だけは自由を与えられている。

その代わりに待っていたのは、更に厳しい修行だった。

「ある程度魔力も増えたことだし、ここからは本格的な魔法の修行を始めましょうか。何か質問があるなら受け付けるわよ?」
「それは良いんですがソルシエール様。私としてはかなり魔力が増えている実感がありますし、現時点で以前と比較にならないぐらい強くなっていると思うんですが、それでもソルシエール様からすれば『ある程度』なんですか?」
「当たり前でしょう? 私の魔力量はラピスより多いのよ。今の君はやっとあの子の半分程度。私に比べれば話にならないレベルね」
「マジですか……」

これだけ増えてやっとラピスちゃんの半分? それですらソルシエール様の足下にも及ばないなんて、いったいこの人の魔力量はどれだけあるのよ……。この人やラピスちゃんがどれだけ凄い存在なのか、改めて思い知らされた感じがした。

「勇者とパーティーを組むって言うのはね、それぞれの特色を生かさないと駄目なのよ。何の取り柄もない人間があの子と行動を共にしても、ただの足手まといにしかならない。あの子の助けになりたいのなら、一芸でも良い。何かあの子に勝る部分を身に着けなさい」
「一芸……」

魔力量じゃ敵わない。なら、ラピスちゃんに出来ない事を出来るようにならなきゃいけない。でも、そんなのあるの? あの子は一人で何でも出来そうだし、実際に近接戦、遠距離戦の両方を得意としている。まさに万能って言葉を体現したような存在だけど……。そんな考えが顔に出ていたのか、ソルシエール様は苦笑してこう言った。

「少しヒントを与えましょうか。あの子の魔法の腕は大したものだけど、それでも出来る事は普通の魔法使いと大差ないのよ」
「あれで普通の魔法使いと大差ない? そんなはず――」

と、そこまで考えて私はハッと気がついた。今までラピスちゃんの戦い方を見てきたけど、私は彼女の使う魔法の圧倒的威力にばかり目がいって、他に全く注目していなかったことを思い出していた。確かにラピスちゃんの魔法は凄い。凄いけど、複雑さはあまりない。種類としてはせいぜい同時に二つ使っていただけだった。つまり――

「気がついた? そう。あの子は一流の魔法使いなら出来る、複数の魔法を同時に使うって事が出来ていないの。普段はせいぜい二つ。今回みたいに無理すれば三つ。それでも命懸けでって前提だから、二つ同時までと考えた方が良いわね」

まだ戦闘に使えるレベルじゃないから黙ってたけど、最近私も二つ同時に魔法が使えるようになっていた。て事は……威力を無視すればラピスちゃんと同じ事が出来てるって言うの?

「もちろん、使える属性の適性ってものがあるから、その点じゃあの子には敵わないでしょうね。それでも自分の使える属性を複数同時に使えるようになれば、貴重な戦力になれるはずよ」

想像してみた。土の檻で敵を閉じ込め、炎と氷の雨を降らせている光景を。炎を纏う拳で敵を蹂躙するゴーレムを。氷の平原で身動き一つ出来なくなる敵の大軍を。もしそんな光景が現実になるのなら、自分は今までと比較にならない魔法使いになれるはず。きっとラピスちゃんの手助けだって……!

「やります! 私に出来る事なら何でもやります! だからソルシエール様、私を強くしてください!」
「言い覚悟だね。そうこなくっちゃ。と言ってもやることは簡単。私と模擬戦をするだけよ。君は全力で私に対して攻撃しなさい。もちろん私は手加減するわよ。死なない程度に。ただし、条件として最低三つ同時に魔法を使うこと。そうしないといつまでたっても上達しないからね。戦い方は何でも良いわ。どの順番で魔法を放つのも自由。繰り返すけど、常に三つの魔法を使えるように維持しなさい」

私の使える属性は炎、氷、風の三つだけ。この三種類を使いこなして、ソルシエール様に認めさせなきゃいけない。私は右手に持った杖を両手で構え、まるで剣を突きつけるようにしてソルシエール様を睨み付けた。私の気合いが伝わったのか、ソルシエール様は少し顔をほころばせる。

「いい顔になってきたね。泣き言を言ってた人間とは思えない成長だよ」

その言葉に応える余裕は無い。私は自分の体内に宿った魔力を巡らせ、自分の周囲に魔法を展開していく。以前と比較にならないぐらい魔力量が増えたためか、難易度の高い行程を行っているというのに、少しも体に負担がかかっていなかった。これが成長……。思わずこみ上げるてくる喜びを無理矢理抑え込み、私は魔法に集中する。

「ふーん。その構成だと、周囲を炎の海で満たした後、空に逃げた私を氷と土の槍で攻撃するって寸法かな?」

一言も発しない内から考えを全て見抜かれ、動揺が顔に出てしまった。でも今更構成は変えられない。どうせ見抜かれているのなら、全力でぶつけてみるだけよ!

「いきます!」

杖を振り下ろすと同時に、私の眼前には炎の海が出現した。当然その場にいたソルシエール様は上に飛んで逃げるはず――が、次の瞬間、私の炎は煙のように掻き消えた。

「ダメダメ。こんな威力じゃ魔法抵抗の高い敵には通用しないよ。三つ同時に使えとは言ったけど、威力を抑えろなんて言ってないんだから。最初からやり直し。それと、これは失敗した罰ね」

杖も持たないソルシエール様が指を鳴らした途端、私の周囲で猛烈な風が荒れ狂った。悲鳴を上げる暇も無く、反射的に頭を守った私の腕に鋭い痛みがはしる。痛みは次々と腕以外の部分にも伝播して、風が収まったと思ったその時、私は自分が血まみれで立っていることに気がついた。

「あ……あぁ……」

凄まじい痛みでろくに声も出せない。ここまで怪我したことは冒険者を初めてから初めての経験だ。後衛の私が負傷する時、パーティーは必ず劣勢に陥っているから、その時は撤退するのが基本だった。つまり、死ぬ寸前の負傷は初めて。半ばパニックになりかけたものの、何度も臨死体験を繰り返したためか、すぐに冷静さを取り戻せた。

「おや? ちゃんとやるべき事は解っているようだね。感心感心。でもそれじゃ間に合わないからねっと」

ズタズタになった服を使い、とりあえず応急処置の止血を始めた私に向かって、ソルシエール様が杖を掲げる。すると柔らかな光に包まれた私の体は、みるみる傷が塞がっていった。

「回復魔法は苦手なんだけど、その程度なら私でも治せるよ。さ、どんどんいってみようか」

つまり……上手く魔法を扱えない限り、何度でもこの身を切り刻まれると言うわけだ。頭がおかしい――そんな言葉が出そうになって、慌てて口を押さえ込む。良いじゃない。上等だわ。この魔法狂いの狂人め。必ず私が目にもの見せてやるんだから! 使命感とは別のものに心の大部分を支配されながら、私は再び杖を構えた。

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