勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第157話 ソルシエールの説教

――レブル五世視点

「……逃がしたか」

自分の体を焼き尽くそうとする業火に対して咄嗟に結界を張り、なんとか身を守ることには成功したものの、まったくの無傷というわけにもいかなかった。易々とこちらの防御を突き破ってきた魔法の威力は想像以上で、左腕が焼けただれて、一部は炭化してしまっている。猛烈な痛みが襲ってくるが、それで取り乱すような無様は晒さない。代わりに口から出てきたのは舌打ちだった。

「あれが話に聞く大魔導士ソルシエールか。……忌ま忌ましい女だ。勇者ブレイブも仕留め損うし、踏んだり蹴ったりだな」

「う……くそ! 無茶苦茶しやがって!」
「生きていたか」

瓦礫の中から這い出てきたのはアプリリア配下の魔族……確かフツーラとか言ったか。他の者は皆倒れ伏して動かないか、死体も残らない状況なのに、なかなか運の良い奴だ。

「皇帝……いや、ピアジオ……」

こちらを見るフツーラの視線からは怯えが隠せない。大した力も持っていない魔族からすれば、気分次第でいつでも殺せる相手と対峙しているのだ。無理もなかろう。

「間違えるな。余はレブル五世以外の何者でもない。それより、貴様には他にやってもらうことが出来た。今の攻撃でこちらの手駒を随分減らされたからな。今は貴様程度の魔族でも惜しいのだ」
「ふ、ふざけるな! 俺はアプリリア様の廃家であって、貴様の配下ではない!」
「こちらから協力を要請すればどちらにせよ働くことになるのだ。無駄な手間を取らせるな」
「ぐ……っ!」

不満だが従うしかない――そんな態度を隠そうともしないフツーラを鼻で笑う。

「俺にどうしろと?」
「簡単な仕事だ。奴等を追い詰めるために、奴等の居場所をなくしてやるのよ。少し扇動してやれば、馬鹿共は自分達の救世主を自らの手で追い詰めようとするだろうからな」

これだけの事をしてくれたのだ。キッチリ報復をさせてもらおう。この場を逃れたことで安心しているのかもしれんが、そうはいかんぞ。覚悟しておけ、ラピスとその仲間達よ。

――ラピス視点

ソルシエールによって救出された俺達は、次の瞬間、彼女の隠れ家である森の中の町に姿を現していた。

「ここは……た、助かったの?」
「一瞬で移動したの? まさか、転移魔法……? 初めて見たわ!」

みんなが驚く中で、一人シエルだけは興奮していたようだったけど、他の面子はそれどころじゃなかった。命が助かったのを実感すると、気が緩んだのか全員その場へ崩れ落ちる。

「まったく……ギリギリ間に合ったから良かったけど、下手したら死んでたわよ?」

呆れたような表情を浮かべるソルシエールに誰も反論出来なかった。今回のは完全に俺の失態だ。油断していたわけじゃないけど、まさか皇帝が魔族と融合していたなんて予想もしなかった。あの力を前にして生き延びているのは奇跡に近い。ソルシエールが助けてくれなかったら、間違いなく全滅していただろう。俺は礼を言いつつソルシエールを見上げる。

「でもソルシエール。どうやって俺達がレブル帝国に居ると掴んだんだ? 誰にも言ってなかったのに」
「前にも説明したでしょ? 私はギルドのデータベースと繋がってるって。君達が持ってるプレートの場所を把握出来るんだから、現在地が何処かなんて手に取るようにわかるわよ」
「そんな事まで出来るのか……」

変な場所に出入りしなくて良かったと場違いなことを考えながら、とりあえず納得する。

「それよりラピス」
「な、なに?」

ソルシエールは睨み付けるような目で、俺の顔を間近で凝視してくる。美しい顔が息のかかる距離にあると、性別関係無くドキドキしてしまうのは何故だろう。

「君、かなり無茶したみたいね」
「……まあね。魔力を限界以上まで使ったから、まだフラフラして歩くのも難しいよ。でもしばらくしたら元に戻るから――」
「そんなわけないでしょう!」

ぴしゃりとこちらの言葉を遮られ、俺は口をパクパクとさせるしかなかった。見つめるソルシエールはさっきまでと違って雰囲気がガラリと変わり、怒りを隠そうともしていない。

「それはただの魔力枯渇なんかじゃないわ。君は魔力の代償に、自らの生命力を使ってしまっている」
「……それは魔力の枯渇とどう違うんだ?」
「大違いよ! 普通の人間は魔力が枯渇したら気絶する。それはなぜだかわかる?」

間違った答えを口にしたら雷が落ちそうだ。そんな事を思いながら、俺は慎重に答えを探す。

「それはやっぱり……精神力の限界を迎えたから?」
「違うわ。それ以上魔力を使うと死ぬからよ。だから体が自分のの命を守るために意識を落とすの」
「し、死ぬ?」

予想もしない言葉を聞かされて目を見開くが、ソルシエールは少しもふざけていないみたいだ。と言う事はマジなのか……。

「ねえ、そもそも魔力がどこから生まれているか知ってる?」
「どこから? 改めて聞かれると困るけど、やっぱり体の中から生まれてるんじゃないのか? その証拠に、食べたり寝たりしたら回復するし」
「半分正解で半分不正解ね。魔力の根源は魂。その生命を形作る魂から生み出されているものなのよ。だから種族や性別を問わず、ほとんどの生命には魔力が生まれつき備わっている」

言われてみれば、エルフや魔族、果ては魔物にも魔力が備わっていたっけ。体の中に魔力を生み出す臓器か何かがあるのかと思ってたけど、それだと種族の違いを説明出来ないか。

「魂の容量は一定なの。休めば少しずつ回復するのは確かだけど、一度使い切ってしまえば、肉体の強度にかかわらず死ぬしかないのよ」

つまり、どれだけ鍛えていようが、神々の加護を受けていようが、自分の魂を使い切ればその場で死んでたって事なのか。改めてギリギリの状態だった事実を突きつけられて、今更ながらゾッとする。知らない間に危ない橋を渡っていたんだな……。

「その状態になったら回復するのにしばらくかかるわ。少なくとも一週間は絶対安静よ」
「待ってくれ。レブル帝国の皇帝が魔族と繋がっていたことがハッキリしたんだ。のんびりしていたら……」
「その状態で何が出来るの? まず自分を回復させることを優先しなさい。今の君は魔族どころか、そこらへんの子供と喧嘩しても勝てないわよ」

そう言いつつ、指先で額を軽く突かれただけで、俺はその場にペタンと尻餅をついた。思った以上に体に力が入っていない。確かにこれじゃ、戦うどころじゃないな。

「……わかったよ。お言葉に甘えて、ゆっくり休ませてもらうよ」
「そうしなさい。君の仕事はまず休むこと。ほら、むこうにベッドが用意してあるわ。――セピア!」
「はい」

奥から出てきたのはルビアスに仕えていたメイドのセピアさんだった。そう言えばマリアさん親子と一緒に、この街に避難してたんだった。そんな事まで頭が回らないなんて、やっぱり疲れてるんだな。俺はセピアさんに手を借りながら、大人しく別室で休むことにした。

――シエル視点

疲れ切ったラピスちゃんの背中を見送ってしばらくすると、ソルシエール様がクルリとこちらに向きを変える。その雰囲気はさっきと同じように、怒っているようだった。

「君達にはいろいろと言いたいことがあるわ。まず、何故あの子を止めなかったの?」

帝都襲撃の件を言われているのだとすぐにわかったけど、何と言って良いのかわからず全員が顔を見合わせ口ごもる。そんな私達の態度にイラついたのか、ソルシエール様は更に視線を厳しくさせた。

「君達が今のあの子の仲間だというなら、無茶なことをしそうな時は止めなきゃ駄目でしょ? いくらあの子が元勇者だからって、別に無敵でもなければ不死身でもないのよ? 殴られれば傷つくし、剣で刺されれば血も出るの。そりゃ普通の人間より遙かに頑丈だけど、それ以上に強い敵が出てきたらどうしようもないのよ?」
「……も、申し訳ありません」

シン――と静まりかえる部屋の中、絞り出すような声でルビアスが謝罪する。今回の一件、言い出したのはラピスちゃんだけど、あの子の強さがあれば何とかなると軽く考えていたのは事実だ。無意識のうちに、あの子の強さに甘えてしまっていた。ソルシエール様に指摘されなきゃその程度も気づかないなんて、怒られて当然よね。

「特に君。シエルって言ったわね?」
「は、はい!?」

突然名指しされて思わずその場で直立不動してしまう。そんな私にソルシエールはその綺麗な指を突きつけた。

「パーティーの知恵袋でもある魔法使いが考える事を放棄してどうするの? 魔法使いって言うのは、回りがどれだけ熱に浮かされていても、一人だけ冷めた視点を持たないといけないのよ。おまけにパーティー全体を逃がす手段も確保していないなんて、魔法使いとして失格じゃない」
「…………すみません」

尊敬していた人物にダメ出しされて死にたい気分になってくる。

「あ、あの! シエル一人の責任じゃないんです! ラピスちゃんを止めなかったのは私達全員の責任で……」

カリンがなんとか擁護しようと勢いよく立ち上がったものの、ソルシエール様の視線に圧されて次第に尻つぼみになっていく。

「そんな事はわかってるわよ。でも私は魔法使いとしての心構えを説いているの。魔法使いっていうのは、ただ後ろから魔法を使ってれば良いってもんじゃないの。ともすれば暴走しがちな前衛を抑える役目も担っているんだから。まったく……」

ため息をつきながらガシガシと頭を掻くソルシエール様は、しばらく中に視線を向けた後、面倒くさそうに再びため息を吐いた。

「仕方ない。どうせあの子が回復するのにしばらくかかるだろうし、その間私が鍛えてあげるわよ。せめて一人前の魔法使い程度にはしてあげるから、途中で死なないでよね」

有無を言わせぬその言葉に、私は無言で首をコクコクと振ってみせるだけだった。

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