勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第156話 ピアジオ

――フツーラ視点

アプリリア様からゼルビスでの工作を命じられたのは良いが、目的である肝心のラピス共はサッサとレブル帝国へ移動したと言うではないか。このままゼルビスに留まり、魔族に協力する手駒を増やし、内乱を誘発するのも良いかと思ったが、そんな事なら俺でなくても出来る。アプリリア様が俺に求めていることは別にあると思い、あえて危険な方――つまり、ラピス共の見張り兼襲撃に専念することとした。

奴等の行動範囲は驚くほど広く、徒歩での移動ならまず追いつけないだろうが、力ある魔族なら飛行魔法を使える。俺も例外なく使えるのでそれ程苦労はしなかったが、その為におかしな連中と共闘する事になった。レブル帝国へ移動している最中、明らかに人間とも魔族とも違う雰囲気を持った連中と遭遇したのだ。

並の人間なら話すのも面倒なので叩き潰すだけだが、そいつらは一人一人が俺と同等かそれ以上の力を感じる。下手に手を出すのは自殺行為と言えた。ここは逃げの一手かと思った俺を引き留めたのは、そいつらに同行していた一人の魔族だった。そいつは魔王ピアジオに仕える魔族を名乗り、アプリリア様との共闘関係にあると説明してきたからだ。

「アプリリア様とピアジオが手を組んだ? 俺はそんな話を聞いていないぞ」
「それは単純に、貴様に説明する価値がないと思われたのだろう」
「!」

殺してやろうかと思った。しかしコイツもなかなかに力のある魔族。正面からまともにやるのはマズい。その内殺すことに決めたが、今は大人しくするべきだ。

「とにかく、あの方はアプリリア殿と手を組んでいる。貴様は黙って協力すれば良いのだ」

自分の主をあの方と呼ぶそいつに違和感を覚えたものの、俺はとりあえずそいつらと協力することにした。

協力すると言っても戦闘以外の面だ。具体的には移動手段として、その妙な連中を運べというのだった。

「忌ま忌ましいあの勇者ブレイブ……いや、今はラピスだったか? とにかく、あいつ等を殺すために出張ってきたのに、あろう事か奴等、我々を無視してレブル帝国本国へ飛び去ってしまった。急いで追いかけなければならない」

わざわざ勢い込んで遠くまで着たというのに、肩すかしを食らったわけだ。ラピスの奴は嫌いだが、今回ばかりは奴等を褒めてやりたくなった。俺はその魔族と共に飛行魔法を使い、レブル帝国へと急ぐ。道中、同行している奴らが何者かと質問したら、驚くべき答が返ってきた。聞けば奴等、人間と魔族が融合して、別の生物へと進化した存在だと言うのだ。いつの間にそんな技術が出来上がっていたのか。魔族と人間の融合……俺も人間と融合することで、今まで以上の力が得られるのか? 興味はあるが、自分が自分以外になる恐怖が先に来て、自分で実践しようとは思えなかった。

そしてようやくレブル帝国の首都である、帝都に辿り着いた――と思ったら、いきなり城が崩壊した。流石に何が起きたのか理解出来ず、俺も、同行していた魔族も、言葉もなく立ち尽くすだけだった。あれだけの規模を誇る城がいきなり破壊されるなど誰が予想するだろう? 城だけ破壊する自然災害など存在しない。つまり、何者かの攻撃があったとい言うことだ。そんな事が出来る奴は、かなり強力な力をもった魔族。魔王クラスかそれに匹敵する力の持ち主。それ以外で考えられるのは……。

「……勇者ブレイブによる襲撃か?」

一番可能性のあるのは奴だろう。こんな真似をしたのが人間だとしたら、そいつはラピス本人か、大魔導士と名高いソルシエールしかいないはず。そして俺達はラピス達を追ってここまで来たのだ。やったのはまずラピスで間違いない。

「おい、どうす――」
「ピアジオ様! ピアジオ様はご無事か!」

俺と同行していた魔族が、一瞬の硬直の後、取り乱したように瓦礫の山へと駆けだした。ピアジオ? 魔族領にいるはずの魔王が、なぜこんな人間の城に居るんだ? 俺はとにかく話を聞こうと、その魔族の肩を掴む。

「おい、どういう事か説明しろ! なぜピアジオがこんなところにいるんだ! 魔族領に居るんじゃないのか!?」
「うるさい! 今はそれどころじゃないんだ! お前も手伝え!」

完全に冷静さを失っているそいつに舌打ちしながら、俺は辛抱強く情報を聞き出そうとする。

「手伝うと言っても誰を助ければ良いのか解らん! そもそも仮にも魔王がこんな攻撃で死ぬのか!?」
「ピアジオ様は人間と融合しておられるのだ! その為に今までと比較にならん力を手に入れたが、代償に人間と同じ強度の体になってしまった! こんな攻撃でも死にかねんのだ!」
「魔王が人間と融合……だと?」

信じがたい話だ。しかしコイツほどの魔族が取り乱すと言うなら事実なのだろう。今の話が事実なのだとしたら、ピアジオは攻撃力と引き換えに防御力を失ったというのか? 愚かな……。人間が魔族より優れているのは、神聖魔法によるその回復力のみ。魔族に使えない回復魔法を手に入れられるのは魅力だが、それで体が脆くなっては本末転倒ではないか。ピアジオも馬鹿なことをしたものだ。きっと手に入れた力というのも大した事はないんだろう――俺はそう高をくくっていたが、実際には違った。

§ § §

「なんだこれは……」

そう呟いた俺に、ピアジオが――レブル帝国皇帝が振り返る。

「なんだ貴様は……? ああ、そう言う事か。貴様がアプリリアから聞いていた魔族だな。ラピスを追いかけてここまで来たというわけか。ご苦労なことだ。だが、それも無駄足だ。この者等は余一人で十分だ。貴様等は必要ない」

目的であるラピス達は、帝都からそれ程距離のない場所で見つけた。ラピスと戦っていたピアジオと共に。ピアジオから……皇帝から感じる力は圧倒的だった。並の魔族など足下にも及ばない。俺では当然として、アプリリア様でも苦戦は必至だろうという力だ。体中からほとばしる魔力はそれだけで周囲を破壊しそうだし、立ち居振る舞いからは隙が全く感じられない。明らかに俺と戦った時のラピスを上回っている。

なるほど、これだけの力を手に入れられるのなら、人間との融合も悪くないと思わせる圧倒的な力だ。これならいかにラピスと言えど……もう打つ手はないだろう。

§ § §

――ラピス視点

マズいなこれは。状況はハッキリ言って最悪だ。俺は力を使い果たして立ってることも辛い状態だし、みんなは皇帝から感じられる力に圧倒され、すでに戦意を失っている。逃げることすらままならない。オマケに帝都から追いかけてきただろう魔族が何人も駆けつけているし、普通の兵士だって犯人捜しで駆けつけてくるだろう。正に絶体絶命。このままでは確実に全滅は避けられない。だとすれば……俺が足止めしてみんなを逃がすしかない。俺が覚悟を決めて口を開こうとしたその瞬間、機先を制するようにルビアスが小声で話し始める。

「……シエル。師匠を連れて逃げろ。一人抱えて逃げるだけなら、まだ何とかなる。カリンとディエーリアは……すまないが最後まで付き合ってくれ。ここで奴等を足止めする」

予想もしてない言葉を聞かされて目を見開いていると、カリンとディエーリアが、青い顔で苦笑しながら同意した。

「しょうがないわね。私達を抱えてちゃ逃げられないし、魔法も使えない戦士は足止め役が向いてるでしょうね」
「……ラピスちゃんさえ無事なら、まだ人間は魔族に対抗出来る。怖いけど、私はここに残るよ」
「……ごめんみんな。ラピスちゃん、行くわよ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 勝手に話を進めるな!」

問答無用で俺を抱え空に飛び上がろうとしたシエルを止める。何を言ってるんだ? 彼女達じゃ足止めどころか、時間稼ぎも難しい。みすみす死なせるようなものじゃないか。だが、返ってきたのは冷徹とも言えるシエルの声だ。

「ラピスちゃんこそ冷静になって。ここで全員死ぬわけにはいかないのよ。悔しいけど、私達の中であの化け物に対抗出来るのはラピスちゃんだけ。今はあなたを生き残らせるのが最善なのよ。ラピスちゃんには黙ってたけど、私達は前から決めていたの。私達の力が及ばない時、人類の希望となるラピスちゃんだけは何としても逃げ延びさせるって。今がその時なの」
「そんな事……!」

またか。俺はまた、こんなこんな気持ちを味あわなきゃいけないのか。三百年前もそうだった。俺を、俺達勇者パーティーを生かすために、多くの人が犠牲になった。三百年経っても同じ思いをしなきゃいけないのか!? 悔しさと自分への不甲斐なさで思わず唇を噛みしめる。血の味が口の中に溢れても、そんなものは全く気にならなかった。

「何をブツブツ話している? 逃げ出す算段でもしているなら無駄だ。貴様等は誰一人、この場から生かして帰さん。諦めろ」

皇帝はそう宣言して剣を構えた。それと同時にみんなも動く。

「行けシエル! 師匠! どうかこの世界を頼みます!」
「ラピスちゃん! なんとしても生き延びて!」
「今までありがとうね!」

ルビアスが、カリンが、ディエーリアが、それぞれ決死の覚悟を決めて武器を構えた。同時に、シエルは俺を抱えて空に舞い上がろうとする。絶望的な気分でそれを眺めていたその時、聞き慣れた声が上空から聞こえてきた。

「――盛り上がってるところ悪いんだけど、ちょっと手助けさせてもらうわね」

誰の声かを頭が認識した瞬間、巨大な魔力が地上へと降り注ぐ。炎、水、風、土。四大元素と言われる属性それぞれで構成された、とんでもない威力の魔法が死の旋風を地上に巻き起こした。塵も残さぬ炎の嵐。岩をも押しつぶす水の奔流。全て切り裂く風の刃。天高く突き出された鋭い岩の山。それぞれが明確な殺意を持って皇帝や周囲の魔族に襲いかかった。

「むう!?」
「うおお!? これは!?」

こちらに注意を向けていた皇帝は炎に飲み込まれ、他の魔族も魔法の直撃を受けて次々と姿を消す。呆気にとられる俺達の元へ素早く降りてきたのは、やはりと言うか、ソルシエールその人だった。

「ソルシエール!」
「話は後。今は逃げるわよ。全員捕まりなさい」

有無を言わせぬその迫力に、俺達はさっきの覚悟も忘れて、慌ててしがみついた。次の瞬間、俺達は忽然とその場から姿を消したのだった。

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