勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第154話 破壊

戦いの準備を整え、俺達は何度も襲撃を繰り返して潜伏していた街を後にした。住民にとっては、いつ自分達が戦いの犠牲になるかと気が気じゃない日々が続いたと思うけど、これでひとまず解放されるはずだ。各自念入りに装備を確認した後シエルを中心に集まる。俺は極力魔力の消費を抑えるために、移動はシエルの魔法に頼ることになる。ふわりと足が地面を離れ、宙に浮いた俺達は徐々にスピードを上げながら西の空へと飛行を開始した。途中、眼下の街道を進む十人ばかりの一団から尋常ならざる力を感じたものの、こちらが空の上なら止められるはずもなく、俺達は無事帝都に辿り着いた。

俺がここに来るのは二度目だ。以前は国賓として招待されたので正面から堂々と街に入ることができたが、今は上空から侵入するしかない。深夜のためか、街の住民が出歩いてる様子はないものの、皆無というわけでもなく、警邏の兵士の数は多い。城に目を向ける。相変わらず飾り気の一つもない実用一辺倒の城だ。平時だというのに、各所に大型バリスタなどの対空兵器の存在がその物々しい雰囲気を増している。今から俺達はこの城を襲撃するわけだ。

「ラピスちゃん、どの程度まで近寄れば良い?」
「近ければ近いほど良いけど、あまり近寄ると感づかれる恐れがあるし、何より自分の魔法の余波に巻き込まれる可能性がある。今ぐらいの距離で良いよ」
「わかったわ」

俺達のから城までは、大型バリスタがギリギリ届くか届かないかといった距離だ。この距離なら、ペガサスや翼竜などが迎撃に上がってくるとすぐ捕まるぐらい近い。かなり危険と言えた。

「ラピスちゃん、どんな魔法を使うの?」
「稲妻の魔法だよ。その中でも一番大きい威力かな」

魔法のことになると興味が湧くのか、こんな事態だというのにシエルは興味津々だ。

「稲妻の魔法って、勇者にしか使えないって言われてるわよね?」
「それは誤解だよ。雷の魔法は使える人が極端に少ないから、それを使いこなした勇者の魔法と言われてるだけで、別に勇者以外が使えないって魔法じゃないよ」
「そうだったの? それは良い情報を知ったわ」

ひょっとしたら、シエルは緊張を解そうとしてくれたのかな? 彼女の気遣いに感謝しつつ、戦いへと意識を切り替えた俺は、正面にある城を睨み付けながら集中力と魔力を高めていく。三百年前、片手で数えるほどしか使った事の無い大魔法を使用するため、膨大な魔力が俺の体内を駆け巡っていく。その余波は体外へと漏れ出し、俺の体の表面で波打った。

「ラピスちゃん……」
「凄まじい魔力だわ!」
「これが師匠の本気……」
「悔しいけど、私とは比較にならないわね」

カリンが、ディエーリアが、ルビアスが、シエルが、魔法を放とうとする俺に驚愕の目を向ける。魔力にはまだ余裕がある。以前の俺ならここで魔法を放っていただろうが、今の俺は昔と違う力を得ているのだ。二度とない機会なのだから、更なる上乗せをするべきだろう。

(知恵の神ウィダムよ。我に力を貸し与えたまえ!)

そう心の中で願った瞬間、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われて、危うく魔力が四散しそうになった。慌てて準備状態だった魔法を制御して、更にその威力を増していく。ティアマトとの戦いで俺が使った稲妻の魔法は、魔法防御に優れる奴の翼を打ち抜く事に成功していた。この最大威力で放つ稲妻の魔法に、更に神から借り受けた力を上乗せした場合、どこまで威力が上がるのか俺にも想像がつかない。

気を抜けば暴走しそうになる魔法を必死で制御しつつ、なんとか魔法は完成した。後はこれを城にぶつけてやるだけだ。一瞬、城に住むだろう非戦闘員の事が頭によぎるが、今更止めるわけにもいかない。気を取り直した俺は右手を正面に向け、一気に魔力を解き放った。

瞬間――世界が白く塗りつぶされる。俺の手から放たれたそれは、稲妻と言うには直線的すぎた。言うなれば光で出来たあがった線。光線だ。ただし、その線の太さは信じられないほど大きく、大きな屋敷程度ならすっぽりと飲み込んでしまいそうな幅を持っていた。その光線は周囲に細かな稲妻を纏いながらまっすぐ城へと突き進み、刹那の時間差もなく目標に辿り着いた。しかし――

「なんなの!?」
「やっぱり障壁が!」

俺の魔法は城に直撃する瞬間大きな光の壁に阻まれた。しかしそれも一瞬のこと。障壁は数秒ほど持ちこたえたものの、乾いた音を立てて砕け散った。そして今度こそ自由になった光線は城へと到達し、凄まじい衝撃と轟音をたてて城へと突き刺さった。

「きゃああ!」
「くっ!?」
「吹き飛ばされるわ! みんな、踏ん張りなさい!」

城へ魔法が直撃したその直後、衝撃波によって俺達パーティーは空中を木の葉のように巻き上げられる。シエルを中心としたメンバーが、各自必死になって力を込め、離ればなれにならないようにするのが精一杯だ。もし飛行魔法の使えないメンバーが空へと放り出されたら、為す術もなく墜落死するしかない。

必死で飛行魔法を制御する俺達のすぐ脇を、巨大な岩と呼べる物が凄まじいスピードで通り過ぎていく。それも一つや二つじゃない。大小様々な岩塊が、衝撃の余波で空中へ吹っ飛ばされているのだ。俺は残る魔力を振り絞って防御の結界を張り、直撃しそうなものを片っ端から防いでいた。

前後左右に揺さぶられた上に、爆発音で耳も馬鹿になっているらしい。魔法の光をまともに見たせいか、視界が白くぼやけている。しかしそれも束の間。爆発音と衝撃が収まった俺の眼下には、想像以上の光景が広がっていた。

§ § §

――レブル五世視点

その日、余は妙な胸騒ぎを覚えて寝所を飛び起きていた。ここは帝都で最も安全と言われる、皇帝の寝所だ。並大抵の暗殺者なら城に入ることも出来ずに刈り取られ、たとえ忍び込めたとしても、余の居る寝所までたどり着ける猛者など存在しない。つまり、ここに敵が入り込むことなど不可能なのだ。だと言うのにこの胸騒ぎはなんなのか。虫の知らせという言葉はあるが、そんな根拠のない予感に右往左往させられるのも無様な話だ。

「こういう時は、窓のないこの部屋が恨めしく思えるな」

窓の側に寝所を置くなど無警戒にも程がある。余の寝所は城の中枢に存在している。執務の場所こそ最上階にあるが、寝ている場所は城で最も守りの厚い場所だ。ここに来るには一旦最上階まで上がって、また下がってくるというルートを通らなければならない。いちいち面倒だが、一本道なので守りやすく、兵の配置もしやすい利点があった。

「陛下、どうなさいましたか?」
「外の様子が気になる。準備せよ」
「承知しました」

寝所を出ると、部屋の前で待機していた近衛兵に命じて一小隊を招集させる。皇帝ともなれば一人で動くわけにもいかず、少数でも護衛が必要なのだ。しかし時間が時間だ。深夜ともなれば護衛の兵を集めるのにも多少の時間は必要になる。だが、それは運が良かったと考えるべきだろう。

突然自分の立っていた部屋が轟音と共に揺れた。一瞬地震かと思ったが、そうではない。巨大な魔力が凄まじい速さで迫ってきたと思った瞬間、揺れと共に、部屋の天井や床が一気に崩れたからだ。

「陛下!」
「むう!?」

余の体を守ろうと駆け寄ってくる近衛兵も、一瞬にして瓦礫の向こうへと姿を消す。咄嗟に張った魔法障壁は大量の岩塊を防ごうとしたが間に合わず、余の体は、まるで赤子の振り回す玩具のように、前後左右へと跳ね回された。意識を失ってはまずい。体のあちこちをぶつけながら、崩れる岩塊と共に何処かへと押し流される自分の体。全身はあちこちぶつけて出血しており、骨も何本か折れているようだ。それでも歯を食いしばって耐えていると、やがて外へと放り出されたのか、上空にはもうもうと上がる白煙と星空が見えた。

「うう……」
「痛い……誰か……助けて……」
「誰か……! 誰かいないのか! ここから出してくれ!」

周囲からは弱々しい声が無数に聞こえる。怪我人や、瓦礫に閉じ込められた者達の声だろう。だが、そんなものは考慮に値しない。今は何事が起きたのかを把握するのが先決だからだ。

そこらに転がっていた剣を一本取り、ふわりと宙に浮いたあと一気に高度を上げる。すると眼下には、凄まじい破壊を受けた住み慣れた城の姿があった。

「……ただの自然災害でこうはならん。直前に感じたあの魔力、確実に何者かの攻撃だろう。しかし、一体誰が……?」

瓦礫のと共に、あちこちに無残な姿を晒す遺体が散乱している。しかしそんなものはどうでも良い。帝国とは余のことで、余が帝国そのものだからだ。他の有象無象がいくら死のうと知ったことか。だが、これを行った者は何としてでも仕留めねばならん。余の体面に泥を塗ったのだ。実行した本人は勿論、その親類縁者も確実に息の根を止めねばなるまい。

「ん?」

その時、視界の端にチラリと動く影をみつけた。鳥かと思ったが、夜の夜中に飛ぶ鳥など限られているし、あの大きさは鳥にしては大きすぎる。確実に人間。それも、複数人だ。

「……どうやら、あれが実行犯らしいな。空を飛んでいれば安全だとでも思っているのか? 貴様等、生きて帰れると思うなよ!」

怒りと共に全身に魔力を巡らせながら、余は実行犯へと一気に飛翔した。

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