勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第145話 戦後処理

――ライド視点

必死に踏みとどまり、自らも剣を振るいながら戦っていた時、突然頭上が明るくなった。

「ライド様! あれは!」

問われて頷く。あれは予め決めていた三種類の合図の内の一つ。捕縛成功の合図だ。スティードを殺害出来たなら赤、捕縛成功なら白、取り逃がしたなら青という合図の。どうやらラピス殿は最上と言って良い結果を出してくれたらしい。自分自身が叫びたくなる衝動を堪え、勤めて冷静に事実を告げる。

「ああ、作戦成功の合図だ! 俺達は勝ったんだ!」

周囲の人間全てに聞こえるようそう声を張り上げると、敵味方で全く違った反応が返ってきた。

『おおおおおお!』

味方は敵兵が目の前にいるにもかかわらず、兵の多くが手に持つ槍や剣を天に突き上げ勝ち鬨を上げている。対照的に敵は動揺を隠せない。最前線で戦う彼等には、まだ敵の総大将であるスティード捕縛の情報が回ってきていないのだ。意志の強い人間なら、自分達を動揺させる手段と断定して構わずに戦い続けるだろうが、ほとんどの人間は戦うべきか、逃げるべきかの判断を迷っていた。

しかしその時、彼等の後ろ――つまりスティードがいた本陣やその周囲から、一斉に角笛の音が響いてきた。全て同じ符丁でだ。それを耳にした途端、まだ交戦の意思をみせていた敵兵が一斉に退き始めた。敵の符丁だけあって正確にはわからないが、あれは撤退命令だったのだろう。

「ライド様! 追撃しますか!?」

勝利を得て勝利の興奮に酔ったのか、その兵の目は手柄を上げたいと如実に語っていた。だが私は静かに首を振る。

「追撃は無用だ。我々にそんな余力はないし、未だに兵力差には大きな開きがある。下手に手を出して返り討ちに遭うのもつまらん。それより負傷者の救助を急ぐんだ!」

私の指示に一瞬だけ不満そうな顔を見せたものの、すぐに表情を改めて任務を果たすべく駆けだした。その様子にホッと息を吐く。戦いの熱狂は普段冷静な人間ですら理性を無くしやすい。しかし幸いなことに、私の部下はちゃんと自分を律することの出来る人間だったようだ。

(ま、これが他国の軍隊なら無理を押して追撃したかもしれんが……今回は内乱だ。彼等とは近いうちに肩を並べて戦う機会もあるだろう。なら、余計な恨みは買わないに限る)

整然と後退していく敵軍を眺めながら、私は強ばっていた体から力を抜いた。

§ § §

――ラピス視点

戦いは終わった。敵の親玉であるスティードを捕らえたことで、全域にわたって行われていた戦いもすぐに収束していった。ルビアス達が参加していた各地の軍も大きな損害なく戻って来られたようだ。どうやらスティードが頼みとした黒騎士達は、そのほとんどが俺と戦った主力に配分されていたようで、他の部隊は比較的楽に戦えていたらしい。その中でも一番苦労したのがカリンの部隊だったのは、単純に彼女が近接戦闘しか出来なかったからだろう。

スティードは体を縄で縛られ、猿轡を噛まされた後、見張りだけで二十人という厳重さで牢にぶち込まれた。最初は元気よく見張りの兵に対して罵詈雑言を投げつけ、上から目線で自分をここから出すようにと命令していたようだが、返ってきたのは嘲笑と侮蔑混じりの視線だけだったようだ。流石にそんな対応を続けられればあの男でも堪えるらしく、今じゃすっかり大人しくなっているとか。

そんなスティードはともかく、俺達はスーフォアの街にある領主の館で顔をつきあわせていた。グロム伯爵の執務室だけあって、もともと狭いというわけでもないのだけれど、流石にこれだけ人口密度が上がってしまうと窮屈に感じる。部屋にはマグナ王子、ルビアス、グロム伯爵、俺、カリンとシエル、そして今回味方として参戦した貴族の代表が三人居る。

「ラピス嬢、改めて確認しておくが、スティードとレブル帝国の繋がりは間違いないのだな?」
「はい。確かにスティードは言っていました。レブル帝国の力を借りていると。そこには敵方の騎士や兵士がいましたから、証人には困らないと思います」
「そうか……」

戦いが終わってから大体の報告はしていたが、確認と羞恥のために行ったマグナ王子の質問に答えると、貴族はもちろん、ルビアスもショックを受けているようだった。片や自分の主と戴く王族、片や自分の身内が国を売ろうとしていたのだから、傷つくのも無理はない。カリンとシエルは無関係なので平然としているが。

「となると……奴は裁判の後、公開処刑となるな」

裁判では俺も以前使った事のある真実の剣を使うので、嘘をついての言い逃れは不可能だ。つまりスティードに逃げ道は残されていない。まず間違いなく死刑になるだろう。

「兄上、レブル帝国に対してはどのように対処するのですか?」
「本音なら報復をしてやりたいところだが、今のボルドール王国にそこまで余裕は無い。形ばかりの抗議をした後、帝国人の入国を拒否するぐらいか」

ルビアスの質問にマグナ王子は腕組みしながらそう答えた。帝国とボルドール王国は疎遠だと言っても、全く交流が無いわけじゃない。二国間で商売している商人もいるだろうし、冒険者などの旅人も行き来し辛くなるだろう。互いにダメージのある手段だが、これだけの事をやらかして報復もないでは国の面子が丸つぶれになる。苦肉の策だった。

「王都の様子はどうなのですか?」
「王都の貴族によると、スティード派だった貴族達は奴が捕らえられたと聞いた途端、こぞって逃げ出す準備をしているようだ。だが、国境沿いには既に味方の兵を派遣している。今からじゃ逃げきれんだろう。それより今やるべき事は王都に向かう事だ。父上をお救いし、騎士団を掌握しなければ治安維持もままならん。……レブル帝国が何かをしてくる可能性もあるしな」

その言葉に部屋の空気が重くなったのがわかった。レブル帝国も単なる嫌がらせ目的でスティードに手を貸したわけじゃないだろう。内乱を誘発し、ボルドール王国の国力を削ったのは何のためか? 可能性は色々とあるが、やはり侵攻するのが目的で今回の騒ぎを起こしたとみるのが普通じゃないだろうか。

国内の大きな戦いは今回だけで済んだが、それ以前の、各地での黒騎士やスティードの暴行や略奪が問題だ。あれのおかげで国民は国に不信感を持っているし、国外へと逃げ出した人間は大勢居るに違いない。マグナ王子が王都で内政に取りかかったとしても、回復するのにかなりの時間を必要とするだろう。

「各地で魔物の被害が拡大しているようですから、まずはそちらに騎士や兵士を回さなくてはなりません」
「その通りだ。今回の戦いに参加してくれた貴族やその兵には落ち着いてから恩賞を与えるとして、とりあえず彼等には一旦領地の治安維持に戻ってもらう。だがグロム伯爵、君の軍だけは王都まで貸してもらいたい。流石に私とルビアス達だけでは格好がつかんからな」
「承知しました。殿下」

グロム伯爵が深々と頭を下げた。彼の軍がマグナ王子を護衛しながら王都に入ると言うことは、マグナ王子に一番近い貴族が彼だと内外に示すことになる。王子に手を貸していた貴族は多いだろうが、本拠地になる街と、その身を守る軍の両方を提供したのだから、他の貴族とは一線を画す扱いになったんだろう。たぶんグロム伯爵には、今まで以上の領地に加え、爵位や国の要職といったポジションが用意されるに違いない。

それに対して、スティード派に属する貴族は良くて財産や領地の没収、悪くすると家の断絶や死刑が待っている。他人事ながら暗い未来にため息しか出ない。

「では、話は以上だ。明後日には出発できるよう、各自準備を進めてくれ」

やれやれ……ゴタゴタが終わって少しはゆっくり出来ると思ったけど、まだしばらくかかりそうだな。マグナ王子の声に頷きながら、俺はそんな事を考えていた。

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