勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第144話 戦闘の終わり

コロコロと転がるバルバロスの首はやがて勢いを失い、完全に動きを止めた。戦場にあると言うのに、周囲はシン――と静まりかえっている。しかしそれも束の間、周囲の黒騎士は面白いように取り乱し始めた。

「馬鹿な、バルバロス様が!」
「こんな……嘘だろ!?」
「逃げろ! あの人でも勝てないなら勝ち目がない!」

生粋の戦士ではなく、ほとんどの黒騎士が元チンピラだからだろうか、奴等はくるりと向きを変えて逃走に移った。だが、奴等の向かう先には当然味方の兵が前進しようと進んでくる。味方同士なら迂回すれば逃げ切れるだろうに、取り乱した黒騎士達はあろうことか、正面に立つ遊軍を攻撃し始めたのだ。

「ど、どけ! 邪魔だ!」
「ぐあああ!? 何をする!?」
「お前達がいたら俺達が逃げられないだろうが!」
「貴様等! 裏切るか!」

至る所で同士討ちが始まる。俺との戦いでかなり数を減らしたとは言え、まだ黒騎士は二百ほど残っているだろうか? だが普通の兵には十分脅威になるはずだ。将来のことを考えたら助けた方が良いんだろうが、今は他に優先すべき事がある。頼みの綱である黒騎士の大半が討ち取られ、その親玉を失った挙げ句、同士討ちを初めて敵軍は大混乱だ。こちらの味方に圧力をかけていた軍も、後詰めがなければ攻撃どころじゃなくなったのだろう。徐々に交代し始めていた。そんな混乱の最中、俺は本来の目的を果たすために動き出す。

「あれか……?」

空に飛び上がった俺は敵陣奥に目をこらす。するとその一角に、戦場から離脱しようとしている少数の一団を見つけた。この状況で味方を見捨て、真っ先に逃げ出そうとする者など、自分のことしか考えないスティード以外に考えられない。雑兵が逃げるなら身一つで逃げるはずだし、護衛なんて絶対につかないからだ。

「覚悟してもらおうか!」

やっと見つけた大将首を睨み据え、俺は全力で飛んでいった。

――タナックス視点

「周囲の警戒を緩めるな! 特に空からの接近に注意せよ!」

殿下が自信満々に送り込んだバルバロスがあっさりと討たれ、味方は大混乱に陥った。いや、正確に言えば、バルバロスが討たれたことにショックを受けた殿下が逃げ出すと騒いだために、味方が大混乱になったのだ。確かに戦線中央はラピス嬢が暴れ回っているために圧され気味だ。しかし全体で見ればまだ我が軍は優勢なのだ。現に最前線では数の差を生かして徐々に敵を圧し始めている。後少し粘ればいかにラピス嬢が奮戦しようと、敵の全軍が瓦解したはずなのだ。だというのに――

「速くいけ! 邪魔する者は斬り殺して構わん! 私の逃げ道を確保するのだ! お前達はここに残り、死ぬまで奴等を足止めせよ!」

取り乱したスティード殿下はこれ以上ないほどの醜態を晒している。まだ戦っている味方がいるというのに、言うに事欠いて死ぬまで足止めせよとは何だ? 普段あれだけ威張り散らしているのだから、こんな時ぐらい踏ん張ってみせることが出来ないのか? 少しでもこんな人間に期待した私が馬鹿だった。これは守る価値のない人間だ。だが、それでも私は騎士だ。最後の最後まで自らの使命を全うせねばならない!

「魔法使いの中隊は近衛隊に同行せよ! 何としても王都まで無事に殿下をお守りするのだ!」
「タナックス様!」

一人の騎士が愛馬と共に駆け寄ってくる。まだ騎士に成り立ての若いその男は、戦場の熱気に当てられたのか、顔を真っ赤にして興奮していた。

「タナックス様、我々に突撃の下知をください! 少数でも騎士隊が決死で突入を開始すれば、敵は守りに入るかもしれません。殿下が逃げ切る時間を稼いでみせます!」
「馬鹿を言うな! こんなくだらない戦いでお前達を捨て石に使えるか!」
「しかし……!」
「駄目だ!」

騎士や兵士を問わず、新兵の中にはたまにこんな輩が現れる。まるで英雄譚に憧れる子供のまま体だけが大人になったように、死の恐怖を実感せず、死地に飛び込もうとする輩だ。だから我々ベテランの仕事は、まずこんな連中の手綱を取ることだ。たとえ今が未熟でも、生き残りさえすれば良い騎士になるはずだからだ。

「お前達は殿下と共に退け! 殿軍は我々が引き受ける! これは命令だ!」
「!」

一瞬だけ悔しそうな表情を見せた騎士だったが、命令は絶対だと思い出したのか、言いたいことを飲み込んで殿下の後を追い始めた。よし、後はなんとか我々ベテランが踏ん張って、敵の追撃を防がねば――と思ったその時、空から災厄が降ってきた。

放たれた矢を上回る圧倒的なスピードで接近してきたそれは、弓兵や魔法使い達が迎撃する暇も無く、殿下を守る近衛隊の中央へと突っ込んできた。軽い爆発音と共に猛烈な土埃が舞い上がる。衝撃に弾き飛ばされた近衛兵や魔法使い達。ただ突っ込んできただけで殿下の守りは半減した状態だ。

「いかん! 動ける者は私に続け!」

このままでは殿下が討たれる。あんな人間でも我々の主なのだ。それだけは避けなければならない。馬に鞭を入れ、我々は殿下の下へと急いだ。

――ラピス視点

「お前がスティードだな?」
「うぐ……ぐ……!」

逃げようとしていた一団に上空から突撃し、スティードと思われる人間の周囲を吹き飛ばした直後、俺は一番効果な衣服に身を包む人間の首根っこを掴んでいた。両手両足を使って必死にもがいているが、鍛えてもいない人間がいくら抵抗したところで振りほどける訳もなく、片手で簡単に取り押さえられていた。

「殿下!」
「おのれ、殿下を放せ!」
「動くんじゃない!」

俺は剣を片手に殺到しようと動きかけた兵達に向けて怒鳴りつけると、スティードを害されると思った周囲の兵は動きを止める。本人に聞くまでも無く周囲がこの男をスティードだと認めてしまった。ひょっとしたら嘘かも知れないが、咄嗟に全員がそんな機転を利かせるとも思えない。この男がスティードと断定しても良いだろう。スティードは顔を真っ赤にしながら、必死になって何かを訴えようと口をパクパクしている。この期に及んで命乞いでもしたいのだろうかと思い、少しだけ締め付けを緩めてやる。

「き、貴様! 私を誰だと心得ている! この国の次期王だぞ! さっさと私を解放して平伏せよ! そうすれば命だけは助けてやる!」
「…………」

あまりの言い草に俺はおろか、周囲の兵士までが絶句する。これだけ窮地に陥っているのに尊大な態度を取れるなんて、ある意味大物なんだろうな。ただ残念なのは、態度に不釣り合いな小さな脳みそってことだ。

「お前が馬鹿なのはもう十分わかった。今更お前と問答する気もないが聞きたいことがあるんだ。返答次第じゃ、この場で殺すのだけは勘弁してやろう」
「なんだその物言いは! 私は――」
「黙れ」

再び首を絞めて物理的に大人しくさせると、俺は気になっていた疑問をスティードにぶつける事にした。

「あの黒騎士の親玉……バルバロスは、確かレブル帝国の勇者だったはずだ。お前に手を貸したのはレブル帝国で間違いないな?」
「レブル帝国!?」
「まさか、殿下がレブル帝国と……?」
「いや、だが確かにバルバロスと言う名は聞いたことがあるぞ……」

俺の言葉に周囲の兵が色めき立つ。当然だ。もしそれが事実だとすれば、スティードのやった事は外患誘致――売国だ。国を守る立場である王族が外国勢力を引き入れたのだとしたら、この内戦で死んでいった連中は完全な無駄死にと言うことになってしまう。何とかしてスティードを助けようと身構えていた兵達が、疑惑の目をスティードに向けるのと同時に、俺は締め付けを緩める。

「そ、それがどうしたというのだ! 確かに手は借りたが、最終的には連中を追い出せば何の問題もない! 現に私と敵対した連中は黒騎士の力で撃退出来たではないか! 私が王になればボルドール王国は生まれ変わる! レブル帝国など敵ではなくなるのだ! 貴様等は黙って私の言うとおりに動けば良いのだ!」

疑惑の目が一斉に敵意へと変わる。この男、大きいことばかり言うが、具体的な方法を何も語っていない。仮に黒騎士達の力を使ってこの内戦に勝てたとしても、その後レブル帝国が黙って手を引くと思っているのだろうか? そんな訳がない。ボルドール王国を内戦で疲弊させたら、奴等は大手を振って侵攻してくるだろう。その時黒騎士達の剣は、真っ先にスティードへと向けられる。外患誘致とはそう言う事だ。

「殿下……あなたという人は……!」

一人の騎士が恨みの籠もった目でスティードを睨み付けた。そこにはスティードに対する敬意や尊敬など微塵もなく、ただ軽蔑と殺意だけがあった。

「なんだその目は……おい、タナックス! ぼやっとしてないでさっさと私を助けろ! この役立たずめ!」
「……お断りする。王族だろうと誰であろうと、国を売ろうとした者は極刑。王国法にも明記されているはず。知らぬとは言わせませんぞ。売国奴を守る騎士などこの国には一人もいない!」
「な……!」

今度はスティードが絶句する番だった。もはや周囲の誰一人、スティードを助けるために動こうとしない。コイツは完全に見捨てられたのだ。俺はただひたすらに狼狽えるスティードを力尽くで押さえつける。

「ここでお前を殺すのは容易いが、レブル帝国と通じていると解ったら話は別だ。お前の身柄を拘束し、法によって裁きを受けてもらう。あんた達もそれで良いな!?」

俺はスティードを抑えながら、大声で周囲の兵へ問いかけた。誰も彼もが顔を俯かせ、悔しそうに唇を噛む。そんな中、唯一口を開いたのがタナックスと呼ばれた騎士だった。

「……こうなったからには、我々に継戦の意思はありません。ラピス殿。我々は撤退します」
「わかった」

スティードが捕らえられた今、タナックスが最高指揮官なのだろう。彼は素早く周囲の兵を集め、戦闘の即時停止命令を前線へ伝えるように指示を出した。

「よし、今度はこっちの番だな」

俺は予め決めていた合図を出すべく頭上に巨大な光球を放った。光球はグングン上昇してある程度の高度に達すると一気に弾け、周囲を明るく照らし始める。それは俺の味方にだけ伝わるスティード捕縛成功の合図。つまり、戦争終了の合図だった。

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