勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第143話 バルバロスの一撃

片っ端から黒騎士を斬り伏せていると、奴等も自分と俺との実力の差がようやく理解出来たらしい。距離を取って仕切り直そうとする黒騎士達だったが、それでこちらの攻撃が収まるはずがない。むしろ距離を空ければ遠慮なく魔法をぶっ放せると言うものだ。

「派手にやろうか!」

一撃の威力を抑えた火球をいくつも頭上に作りだし、周囲に向けて一斉に放った。避けようとした者や防ごうとした者、そのいずれも区別することなく襲いかかった俺の魔法は黒騎士達の体へと命中し、直後、鼓膜を振るわすような衝撃と轟音を撒き散らしながらあちこちで炎の渦を作り出した。

「ぎゃああ!」
「ひ! 火がああ!」
「水をくれ! 水……!」

体を炎に包まれながら、水を求めて多くの黒騎士が絶叫を上げつつ走り回っている。しかし、防御側ならともかく、攻め手で火を消せるほどの水など持ち歩いている者などいないだろう。彼等の大半は力尽きたように次々と倒れ込み、やがて動かなくなる。そしてその体には炎と煙が立ち上っていた。

「これだけ暴れりゃ、そろそろ敵の本陣に動きがあっても良さそうなもんだけど――と!?」

軽く上昇して敵陣の様子を見ようとしたその時、何者かの鋭い剣筋が俺に襲いかかった。咄嗟に避けて直撃は避けたが、体勢を大きく崩してしまう。

「くっ!?」
「ラピスゥゥゥ!」

まるで地獄の底から響いているような恨みの籠もった声に、少なからず動揺してしまう。この、人が無数に存在する戦場で、俺だけを明確に恨んでいるその声の主は、こちらが立て直す暇を与えず再び襲いかかってきた。

「殺す! 殺してやる! ラピス!」
「くそ! 何だお前!?」

並の相手ならたとえ不意を突かれたところでさしたる驚異でもない。まして竜の巣で散々修行した後なんだ。今の俺とまともに戦える奴は滅多にいないはずなのに、声の主は着実に俺を追い詰めていた。四方八方から凄まじい勢いで振り下ろされる剣。何とか防いでいるものの、一撃一撃が人間と思えないほど重い! 奴の剣を受け止めた剣を持つ腕が振動で痺れてきている。一旦空に逃げて仕切り直そうとした俺だったが、直後に我が目を疑う光景を目にする事になった。

「ラピスー!」
「嘘だろ!?」

驚いたことに、その異様な風体の黒騎士は、空に浮かび上がった俺を追撃してきた。それも地上から跳び上がったのではなく、ちゃんとした飛行魔法でだ。有力な魔族なら飛んでも不思議じゃないが、今の人間で飛行魔法を扱える奴が俺達以外にもいたなんて!

「ぐあ!?」

予想外の動きに虚を突かれた俺は、間近に接近してきた黒騎士の一撃を何とか防いだものの、代わりに繰り出された蹴りをまともに食らって地上へとたたき落とされた。痛みに呻く暇も無い。風を切る音を耳にした俺は腕の力だけで後方へと跳ぶ。するとさっきまで俺の頭があった位置に、奴の剣が突き立てられていた。

「調子に乗るなよ!」

一瞬の間が空けば体勢を立て直すなど容易い。俺は蹴りのお返しとばかりに稲妻の魔法を指の先から放った。剣で受ければ感電すると瞬間に判断したのか、黒騎士は身をよじって躱そうとする。しかし稲妻の魔法は俺の使える中でも最速の魔法だ。そう簡単に回避は出来ない。直撃を避けることに成功した黒騎士だったが、大きく崩された体勢を俺が見逃すはずがない。

「おおお!」

バキン――と、俺の振り下ろした剣が奴の兜をたたき割る。しかし手応えがない。奴め、頭を兜ごと割られる寸前に、何とか剣で防いでいたのだ。だが、兜はもう使い物にならない。真ん中から割られた兜は、ゆっくりと左右に分かれて地面に落ちていく。そこから現れた顔は、確かに見覚えのあるものだった。

「ラ……ピ……ス……!」
「お前……レブル帝国の!」

忘れもしない。レブル帝国の勇者バルバロスだ。卑怯な手段でカリンを痛めつけて俺から報復され、逆恨みにルビアスに手を出した挙げ句、帝国貴族の前で俺が半殺しにした相手だ。しかし、最後に見たコイツは半分人間を辞めてるような有様だったが、まだ自分の意思が明確にあった。だが、今目の前にいるバルバロスは何だ? 目は血走り、顔色は青白いを通り越して土気色になっている。明らかにまともじゃない状態だというのに、どこからこんな力が出てくるんだ?

「お前がここにいるって事は、スティードにはレブル帝国が手を貸してるってことか!?」
「殺す! 殺してやる! 殺す!」
「……チッ!」

駄目だ。会話が成立しない。明らかに普通じゃない方法で、薬物か魔法かを使われて正気をなくしている。バルバロスは殺気の籠もった目で俺を睨み据え、怒濤のごとく攻撃を叩き込んでくる。

「ここまで強かったかコイツ!? これじゃ生け捕りは無理だな……!」

出来るなら生け捕りにして、レブル帝国とスティードが手を組んでいた証拠として確保したい。しかしこれだけ強い相手を手加減して生け捕るのは無理だ。油断するとこっちが命を落としかねない。

「悪く思うなよ! お前との因縁もそろそろ終わりにさせてもらう!」

全身に魔力を巡らせ一気に勝負をかける。バルバロスの一撃を軽々と躱し、奴の倍する速度で剣を振るう。何とか攻撃を防ごうとしたバルバロスの剣をものともせず、俺の一撃は奴の肩に食い込んだ。

「ガアアア!」
「とどめ――!?」

間髪入れずに首を刎ねようと剣を振り上げた瞬間、奴の体から猛烈な瘴気があふれ出した。直感に従って大きく距離を取った俺を余所に、純粋な魔族を上回るその瘴気は、周囲を瞬く間に覆い尽くしていく。遠巻きに見ていた黒騎士、兵、馬や騎士を問わずだ。

「な、何だこれは!?」
「力が……抜けて……」
「苦しい……息が……!」

瘴気に当てられた人間が誰彼構わず倒れていく。彼等は一様に胸を押さえ、苦しげな表情だ。バタバタと彼等が倒れるのとは対照的に、バルバロスから感じる脅威は増大していった。どうやらこの力、周囲の生物の生命力を取り込んで自分のものとするようだ。抗えるのはある程度以上の力が必要らしい。

「敵も味方もお構いなしか? 見境ないな……。しかしこれは……」

目の前に立つバルバロスは、姿こそ変わっていないものの明らかに別物だ。以前見た変身は魔物のような醜悪さを持っていたが、感じる脅威は比べものにならない。いつの間にか自分が冷や汗をかいていた事に気がつき、乱暴に腕で拭う。コイツは本気でやらないとヤバそうだな。

「それが今のお前の強化術か? 見違えるほど強くなってるが、お前、どうやってそんな力を手に入れたんだ?」
「…………」

奴は何も答えない。もはや言葉も失ってしまったのか、ただこちらを睨めつけるだけだ。互いに無言で処理を詰める。先ほどまでとは打って変わって、ジリジリと、ミリ単位で互いの間合いを計っていた。今のバルバロス相手に油断すると死ぬ――それが解っているだけに、慎重にならざるを得なかった。

俺達の殺気に圧されたのか、戦いの続く戦場だと言うのに、周囲にはしんと静まりかえった空間が出来上がっていた。バルバロスの剣が奴の力を吸い取るように色を変え、真っ赤に染まった。次の瞬間、奴が雄叫びを上げながら地を蹴った。

「オオオオオオオ!」

大上段に振り下ろされたバルバロスの一撃は、その直線上にあったものを全て切り裂いた。頑強な鎧も人体であろうとも、全てを紙のように引き裂きながら。大地は大きく引き裂かれ、巨大な裂け目が出来上がっていた。この一撃をまともに食らったら、巨大な城壁すら簡単に破壊されただろう。しかし――

「それも、当たればの話だ」

奴が俺の体を両断する直前、両足に全力で魔力を叩き込んだ俺は、一瞬で奴の背後に回っていた。反動で足がうっ血しているが、それを気にする余裕は無い。俺の手にはさっきまで手にしていた剣はなく、代わりに匠の神アーティーの力を借りて生み出した、聖剣ラズライトの姿があった。普通の剣では防がれるかも知れない。確実に命を奪うには、贋作とは言え聖剣の力が必要と判断したのだ。

「ラピ――」
「終わりだ」

斬――という乾いた音と共に、振り返ろうとしたバルバロスの首が胴から離れる。奴の顔は憤怒の表情のまま空を漂い、ボトリと地面を転がった。

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