勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第124話 情報収集

――マグナ視点

数人の護衛を残し、騎士達は急いで部屋を出て行った。彼女達に叩きのめされた同僚の手当に向かうためだ。部屋に残った騎士達は敵意こそ見せていないが、彼女達に対して警戒を解いていない。それも当然か。彼女達に比べると、我等など肉食動物を前にした草食動物に過ぎない。いつ気まぐれでそのはらわたを食い破られるか知れたものではないのだ。それ程我々と彼女達との間には実力の開きがある。

内心、私も緊張しているのだが、それを周囲に悟られる訳にはいかない。仮にも王族なのだから、いついかなる時でも威厳を失う訳にいかないのだ。

姿を消した騎士達と入れ替わりに入ってきたのは、この屋敷の主であるビラーゴ侯爵だ。彼は私の隣に腰掛けて、緊張に身を固くしていた。その緊張が二人に対するものなのか、それとも私に対するものなのか、判断がつきにくい。

「それで、話とは?」

愛想笑いを浮かべて向かい側に腰掛ける二人の女――カリンとシエルの内、シエルに向けて私はそう問いかける。一目見てわかるがこの二人、シエルの方が手綱役なんだろう。暴走しがちなカリンという強力な剣士を上手くコントロールしているように見える。つまり、話をするならシエルの方が適任というわけだ。

そのシエルはチラリとカリンに視線を向けた後、一つ咳払いして口を開いた。

「話と言っても特に多くないのです。私達がルビアスから頼まれたのは二つ。王都の情報収集と、マグナ殿下の行方の捜索のみ。王都やその周辺の情報は伝手を使って大体集め終わりましたし、後はマグナ殿下が無事であると言う情報をルビアスの下に持ち帰るだけです」
「……その情報収集だけで、私の配下は随分痛い目を見たようだが?」
「…………」

これだけ一方的にやられては皮肉の一つも言いたくなる。痛いところを突かれたのか、二人は私と目を合わそうともしない。まったく……。普通なら今ので青い顔になってる者が大半なのに、この二人は少しも堪えてなさそうだ。どれだけ図太い神経をしているのやら。

「まあ、それはいい」

許されたと思ったのか、ホッとしたように二人が胸をなで下ろす。文句を言ったところで騎士達の怪我が治るわけでもあるまい。そんなものは時間の無駄だ。

「では、次はこちらの話を聞いてもらおう」
「話……ですか?」
「そうだ。こちらにも色々と事情があったのだよ。君達が来る前から、色々とね」

二人が屋敷に押し入ってくる前に何を準備していたのか。作戦の概要や集めた戦力。そして決行の日時を話していくと、次第に脂汗をかきはじめた。自分達が大がかりな大事な作戦の要をぶち壊しにしたのだと、ようやく理解出来たのだろう。先ほどまでとは別人のように体を小さくさせ、深く俯いてしまった。

「――とまあ、こんなところだ。平たく言えば、君達二人のおかげで全てが台無しになってしまった」
「も、申し訳ありません……」
「ごめんなさい……」

消え入りそうな声で謝罪する二人。――ふむ、これぐらいで良いか。確かに計画をご破算にされたのは事実だが、言葉や態度で言うほど私は怒っていない。期せずして、巨大な戦力が自分から飛び込んできてくれたのだから。これを利用しない手はないだろう。たった二人でこれだけの事が出来るのだ。城に乗り込んでスティードの首を上げる程度、造作もなくやってくれるはず。

「悪いと思っているなら、協力してくれないか? 君達が力を貸してくれるなら、計画は上手く行きそうなんだが」
「協力するのはやぶさかではありませんが、やめておいた方が良いと思います」

恩義背がましくそう言うと、意外なことに計画自体を否定された。一瞬面食らった私だったが、即座に冷徹な仮面を被りなおす。

「……どう言う事だ?」
「スティード王子が王城に滞在していないからです」
「何だと!?」

思っていなかった情報を告げられ、私は思わず立ち上がった。それが本当だとしたら大変なことになる。今回の作戦自体が敵に予想されていたか、最悪の場合は内通者の存在すら予想出来るからだ。

「ビラーゴ侯爵、スティードの動向は掴んでいるはずではなかったのか!?」

思わず隣に座るビラーゴ侯爵を睨み付ける。彼にはこの王都における密偵の管理を任せており、その彼がスティードの動向を把握していないなど、重大な失敗に他ならない。

「わ、私の配下によると、スティード王子が王城から出たという報告は受けていません。そちらの二人が適当なことを言っているだけなのでは!? そ、それに! そんな情報をどこから得たというのですか!」

焦ったように言うビラーゴ侯爵。確かにそれも一理ある。ルビアスの仲間だというなら、彼女達は王都に来てそれ程時間が経っていないはず。だと言うのに、王城内部の――ましてやスティードの動向を把握するなど、不可能だと言っても良い。

「二人に問おう。君達の情報源はどこだ? それをまず聞かせてくれ。それによって、今の情報に信用がおけるかどうかを判断したい」
「構いませんよ。こちらも、その組織についてお願いしたいことがあったので」

行方不明になった王族の居場所すら把握する優秀な間者の正体をバラせと言ったのに、シエルは焦るどころか笑みすら浮かべている。まさか、彼女にとって間者の存在など気にするほどでもないのか? そんな疑問に首をかしげている私の耳に、彼女から信じがたい言葉が届いた。

「盗賊ギルドを利用したんです。連中の協力を得て、スティード王子が王城に居ないと知りました」
「盗賊ギルドだと!?」

言うまでもなく、悪党共を纏めている犯罪組織だ。盗賊と名乗ってはいるものの、彼等の犯罪は盗みだけに留まらない。盗みから始まり、恐喝や非合法な商品の密輸、果ては売春や殺人など、考えられる限りの悪事を働いている。そんな連中に力を借りるなど、とても正気とは思えなかった。だが、連中なら我々が把握していない情報を得ることが出来るかも知れない。奴等の手先は何処にでも潜り込んでいると言うからな……。

「そ、そんな連中に力を借りて、恥ずかしいと思わないのか! 貴様等は犯罪の片棒を担いでいるのも同然なのだぞ!」

ビラーゴ侯爵が糾弾してみせても二人は涼しい顔だ。――いや、違うな。カリンの方は何が悪いのかよく解っていなさそうだが、シエルの方は連中がどんな組織か理解して利用しているのだろう。現に、激昂したビラーゴ侯爵などこの場に居ないかのように、紅茶の味を楽しんでいるぐらいだ。

「お言葉ですが、この非常時に善悪を気にしている余裕がおありですか? 利用出来るものは何でも利用する。生き残ると言う目的のためには、今まで敵対していた人間とも握手をする度量が必要なのでは?」

酷い詭弁だと思う。しかし、彼女が口にしたのもまた事実だ。この状況で選り好みなどしていられないだろう。だが――

「まさか盗賊ギルドとはな……。予想外すぎて言葉もないよ。しかし、どうやって連中に協力してもらったのだ?」
「勿論、金銭ですよ。そこで殿下にお願いがあるのですが、聞いていただけるでしょうか?」
「……嫌な予感しかしないのだが、一応聞いておこう。言ってみたまえ」
「はい。実は彼等の協力に対する報酬として、金貨千枚を払うと約束しているのです」
「千枚だと!?」

私が驚くより先に、ビラーゴ侯爵が大きな声を上げていた。彼は口をパクパクと震わせ、まるで餌を求める魚のようだ。そんな彼のおかげか、私は若干冷静でいられた。

「連中、千枚とは大きく出たな。だが、払わんと言う選択肢もないだろう。今は手元に無いが、後で必ず用意させよう」
「殿下!?」
「何を驚くビラーゴ侯爵。ここで我々が連中を裏切れば、今度は連中、スティード派に我々を売るぞ。それこそ金貨千枚などと言わず、一万枚でも請求してな」
「ぐっ……!」

そうだ。こんなあっさりと私の居場所を特定してみせたのだ。カリンとシエルが直接乗り込んでこなければ確証は得られなかったとしても、侮って良い組織ではない。

「報酬のことは了承した。それで、次にどうするかだが」

私は二人をチラリと見る。

「君達には傷ついた騎士達の代わりとして我々に協力してもらう」
「それは構いません。私達もこの屋敷に滞在した方が良いですか?」
「いや、私は王都を離れるつもりだ。スティードの動向を把握出来なかったのも、何処かから情報が漏れている可能性があるからな。一旦王都を離れて、私の派閥に属する地方領主に厄介になろうと思う。それから体制の立て直しだ」

スティード派の軍と対峙している味方が気になるが、今の状況で出来る事など私には何も無い。せいぜい妨害工作が良いところだろう。少しでも彼等の状況が有利に運ぶために、出来る事は何でもしなければ。

「ルビアスと連絡が取れれば良いんだけど……」

今まで黙っていたカリンが呟くようにそう言った。連絡用の魔道具はあるが、現在スーフォアの街はスティード派に抑えられていると聞いている。下手に接触しようものなら、こちらの居場所を補足される危険性もあるから、あれは使えない。

「ルビアスもこのまま黙っているとも思えん。あれも一応は王族だ。何とかしようと独自に動き始めるに違いない」
「……そうですね。確かに、ルビアスなら何かやってくれるはずです」

妹に対する信頼なのか、シエルは即座に同意した。無条件で自分を信頼してくれる――そんな存在を側に置く妹を少し羨ましく思いながら、私は席を立った。さあ、出立の準備を始めなくては。

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