勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる
第118話 王女としての覚悟
グロム伯爵とその婦人であるミレーユ殿を助け出すまで、一般の兵士とは極力接触を避けなければならない。彼等も心情的にはグロム伯爵の味方をしたいだろうが、立場的にそれは難しいはず。もしスティード派の貴族が命令違反をした兵士を発見したら、本人はもとよりその家族にまで被害が及ぶかも知れない。いくら主に忠誠を誓っていようとも、平民の彼等は自分の家族が最優先のはずだ。迷惑をかけるわけにはいかない。なので私は彼等の目にとまらない速度で走り抜けるか、やむを得ない場合は彼等を昏倒させる事にした。
尖塔の中に入り込んだ私はそのまま一気に階段を駆け上り、最上階にある重い扉の前に立ち止まった。そこには数人の兵士の他、黒騎士が三名ほど見張りとしてついていた。
「何だ貴様……その子供は!?」
背中に括り付けたままのユリアナを目にした黒騎士の一人は、慌てて飛び上がり剣を抜こうとする。しかしそれより早く駆け寄った私の蹴りがその顔面を捉え、黒騎士はきりもみしながら壁に叩きつけられた。
「な!?」
「くせ者!」
呆気にとられる兵士達も剣に手を伸ばすも、流石に黒騎士達の対応は彼等以上に早い。気合いの声と共に振り下ろされた剣が左右から迫る。それをいつも以上に丁寧に躱し、背中のユリアナに当たらないよう細心の注意を払う。そして一瞬の隙を突き抜剣。即座に黒騎士二人を斬り捨てた。
「あ……」
圧倒的な実力差を前にして、兵士達は武器を構えたまま二の足を踏んでいる。そんな彼等に向かって距離をつめた後、剣の腹で一人ずつ昏倒させた。ドサドサと人が倒れる音と共に、黒騎士達の体から溢れた血の臭いが周囲に立ちこめる。鍵を探す手間も惜しいので、手にしていた剣で分厚いドアをバラバラに切り裂いた。
「だ、誰!? 何事です!?」
部屋の中から怯えたような女性の声が聞こえた。私が兜を外した後、ゆっくりと部屋の中へ入って行くと、そこには手に短剣を構えたミレーユ殿の姿があった。目立った外傷こそなさそうだが、長い監禁生活のせいか以前より痩せている――と言うよりはやつれている。着ている服もみすぼらしいし、髪もほつれて目の下には隈があった。
「何者です! さては私に狼藉を――」
「落ち着いてください。私です。ミレーユ殿」
言われたミレーユ殿は怪訝な表情を浮かべたが、それも一瞬のこと。私が誰か解った途端、慌ててその場に跪こうとした。
「ルビアス殿下! なぜ、こんな場所に……それにその姿は?」
「説明は後です。まずはここから脱出しましょう。ユリアナもいます」
「ユリアナが!?」
そこで初めて背中のユリアナに気がついたのだろう。溢れ出た涙を拭おうともせずユリアナの顔に頬ずりしている。しかしそこはやり手と言われるグロム伯爵の夫人。今は何が優先なのか理解しているようで、すぐに表情を改めた。
「失礼しました殿下」
「走れますか? 無理そうなら抱えていきますが」
「問題ありません。こんな事も予測して、体がなまらないように鍛えていましたから。走るぐらい訳もありません」
流石だ。恐らく強がりも入っているんだろうが、決して弱音を吐こうとしない。そうは言っても万全の体調じゃないのは確かなのだから、走るしたって彼女のペースに合わせるしか無い。
「グロム伯爵が何処に囚われているかご存じですか?」
「夫は……私室にいると思います。でも、かなりの手勢に見張られているようですから……」
「大丈夫。何の問題もありません。貴女は自分の安全を最優先に行動してください。後は私が何とかします。行きましょう」
背中のユリアナを背負い治し、ミレーユ殿と共に今来た道を駆け下りていく。ユリアナを脱出させる課程で昏倒させた兵士達が発見されたのか、周囲は俄に騒がしくなっていた。かがり火があちこちに灯り、松明を持った兵士の一団が右往左往している。当然そんな中で発見されずに移動出来るはずも無く、我々はあっと言う間に兵士達に取り囲まれてしまった。
「何者だ! ミレーユ様とユリアナ様を放せ!」
「逃げ場などないぞ!」
「武器を捨てて大人しく投降しろ!」
殺気立つ彼等に対処するため、私が剣の柄に手を伸ばしたその時、ミレーユ殿がスッと前に出た。
「下がりなさい!」
正に一喝。彼女の体格は小柄な方で、普段はおっとりした印象の女性だ。それなのに、今は私ですら気圧される気迫で兵士達を押しとどめてしまった。松明の灯りに照らされた彼女が一歩進むと、兵士達は気圧されたように二歩、三歩と下がる。
「あなた達! この方がルビアス殿下と知っての狼藉ですか! 勇者と名高いルビアス殿下に剣を向けるなど、ボルドール王国はもとより世界を敵に回す愚かな行為! 恥を知りなさい!」
いくらなんでも世界が敵に回るのは大げさだと思うが、今は口を挟まない方が無難だ。私では彼女のように兵士達を説得出来ない。出来る事と言えば、剣や拳で彼等を昏倒させるだけだ。
「ルビアス殿下は我が娘ユリアナを救い出し、この私も解放してくれました! あなた達を圧倒した黒騎士達を、その見事な剣技で排除したのです! そして今度は我が夫グロムを救おうとしてくださっています! あなた達! ここで殿下に加勢しないでいつするのです!? 我が伯爵家への忠義を示す時は今ですよ!? 殿下と共に剣を取り、傍若無人に振る舞うスティード派を排除するため、力を貸してください!」
しん――と辺りが静まる。彼等の葛藤は容易に想像出来た。ここで主を見捨てて自らの平穏を優先するか、それとも危険を承知でグロム伯爵を助け、スティード派に対して公然と反旗を翻すのか。敵は王国の全てを掌握したと言っても良い存在。対する味方は勇者を名乗る王女が一人とその仲間。まともな頭で考えれば絶望的な戦力差だ。賭けにしてはあまりにも分が悪すぎて、大抵の者なら降りるだろう。しかし――
ガシャリ、ガシャリと、鎧の音を響かせて兵士達が膝を折っていく。私はその光景を信じられない思いで眺めていた。武力を使わず、ただ言葉だけで多くの兵士を押しとどめ、味方につけてしまったのだ。仲間と共に厳しい修行を続けてきた自分では遠く及ばない、力を使わない戦い方。人と人との信頼の築き方を目の当たりにして、自分の未熟さを改めて思い知らされた気分だった。
(人を従えるのには、個人の戦闘力よりその人物の人柄が大きいのか。対して私はどうだ? 命を預け合える仲間は存在するものの、政治に背を向けていたせいで信頼出来る部下がいない。これは王女としての責任から逃げていたのではないのか?)
グロム伯爵を助けたとしても、やはり自分はお飾りでしかいられないのだろうなと、少し落ち込む。だが、今はそんな場合じゃないと頭を振って考えを追い出した。最低限、やるべき事をやらなければ。私はミレーユ殿の横に並び、兵士達に対して静かに語りかけた。
「諸君。グロム伯爵を助け、国を正しい道に戻すためには、私だけでは力不足なのだ。この地に住む多くの民を守り抜くため、また平和な日々を取り戻すため、どうか力を貸して欲しい。この通りだ」
私が頭を下げると、兵士達がザワリと騒がしくなった。と――その時、一人の兵士が立ち上がって私の肩に手をかける。
「殿下。頭をお上げください。貴女がそう望まれるなら、我等に否はありません。貴女はただ、お命じになればよろしいのです。自分と共に剣を取れ、そして戦えと。そうすれば我等一同、殿下をお助けし、グロム様、そしてミレーユ様、ユリアナ様を命の限りお守りすると約束致しましょう」
「……ありがとう。諸君等が後ろを守ってくれるのなら、私は前だけを向いて戦える。ミレーユ殿」
「はい、殿下」
私は背負っていたユリアナをほどき、ミレーユ殿に預けた。彼女は久しぶりに抱いた我が子を愛おしそうに抱きしめ、その目にうっすらと涙をにじませる。思わず頬が綻んでしまったが、気を引き締めて剣を抜き放つ。そして天に向けて突き上げると、気合いの声を上げた。
「この街からスティード派を叩き出す! 各所に連絡を取れ! 狼藉を働いてきた者達を捕らえよ! 残りはミレーユ殿達を守り、十名ほどは私に続け! グロム伯爵を救出する!」
『ははー!』
私が駆け出すと同時に、兵士達も弾かれたように動き始めた。もともと練度の高い兵達だ。覚悟さえ決まれば行動は早い。放っておいても最善の手を打ってくれるだろう。自分の後に続く兵士達に心強さを感じながら、私はグロム伯爵に囚われている一室を目指した。
尖塔の中に入り込んだ私はそのまま一気に階段を駆け上り、最上階にある重い扉の前に立ち止まった。そこには数人の兵士の他、黒騎士が三名ほど見張りとしてついていた。
「何だ貴様……その子供は!?」
背中に括り付けたままのユリアナを目にした黒騎士の一人は、慌てて飛び上がり剣を抜こうとする。しかしそれより早く駆け寄った私の蹴りがその顔面を捉え、黒騎士はきりもみしながら壁に叩きつけられた。
「な!?」
「くせ者!」
呆気にとられる兵士達も剣に手を伸ばすも、流石に黒騎士達の対応は彼等以上に早い。気合いの声と共に振り下ろされた剣が左右から迫る。それをいつも以上に丁寧に躱し、背中のユリアナに当たらないよう細心の注意を払う。そして一瞬の隙を突き抜剣。即座に黒騎士二人を斬り捨てた。
「あ……」
圧倒的な実力差を前にして、兵士達は武器を構えたまま二の足を踏んでいる。そんな彼等に向かって距離をつめた後、剣の腹で一人ずつ昏倒させた。ドサドサと人が倒れる音と共に、黒騎士達の体から溢れた血の臭いが周囲に立ちこめる。鍵を探す手間も惜しいので、手にしていた剣で分厚いドアをバラバラに切り裂いた。
「だ、誰!? 何事です!?」
部屋の中から怯えたような女性の声が聞こえた。私が兜を外した後、ゆっくりと部屋の中へ入って行くと、そこには手に短剣を構えたミレーユ殿の姿があった。目立った外傷こそなさそうだが、長い監禁生活のせいか以前より痩せている――と言うよりはやつれている。着ている服もみすぼらしいし、髪もほつれて目の下には隈があった。
「何者です! さては私に狼藉を――」
「落ち着いてください。私です。ミレーユ殿」
言われたミレーユ殿は怪訝な表情を浮かべたが、それも一瞬のこと。私が誰か解った途端、慌ててその場に跪こうとした。
「ルビアス殿下! なぜ、こんな場所に……それにその姿は?」
「説明は後です。まずはここから脱出しましょう。ユリアナもいます」
「ユリアナが!?」
そこで初めて背中のユリアナに気がついたのだろう。溢れ出た涙を拭おうともせずユリアナの顔に頬ずりしている。しかしそこはやり手と言われるグロム伯爵の夫人。今は何が優先なのか理解しているようで、すぐに表情を改めた。
「失礼しました殿下」
「走れますか? 無理そうなら抱えていきますが」
「問題ありません。こんな事も予測して、体がなまらないように鍛えていましたから。走るぐらい訳もありません」
流石だ。恐らく強がりも入っているんだろうが、決して弱音を吐こうとしない。そうは言っても万全の体調じゃないのは確かなのだから、走るしたって彼女のペースに合わせるしか無い。
「グロム伯爵が何処に囚われているかご存じですか?」
「夫は……私室にいると思います。でも、かなりの手勢に見張られているようですから……」
「大丈夫。何の問題もありません。貴女は自分の安全を最優先に行動してください。後は私が何とかします。行きましょう」
背中のユリアナを背負い治し、ミレーユ殿と共に今来た道を駆け下りていく。ユリアナを脱出させる課程で昏倒させた兵士達が発見されたのか、周囲は俄に騒がしくなっていた。かがり火があちこちに灯り、松明を持った兵士の一団が右往左往している。当然そんな中で発見されずに移動出来るはずも無く、我々はあっと言う間に兵士達に取り囲まれてしまった。
「何者だ! ミレーユ様とユリアナ様を放せ!」
「逃げ場などないぞ!」
「武器を捨てて大人しく投降しろ!」
殺気立つ彼等に対処するため、私が剣の柄に手を伸ばしたその時、ミレーユ殿がスッと前に出た。
「下がりなさい!」
正に一喝。彼女の体格は小柄な方で、普段はおっとりした印象の女性だ。それなのに、今は私ですら気圧される気迫で兵士達を押しとどめてしまった。松明の灯りに照らされた彼女が一歩進むと、兵士達は気圧されたように二歩、三歩と下がる。
「あなた達! この方がルビアス殿下と知っての狼藉ですか! 勇者と名高いルビアス殿下に剣を向けるなど、ボルドール王国はもとより世界を敵に回す愚かな行為! 恥を知りなさい!」
いくらなんでも世界が敵に回るのは大げさだと思うが、今は口を挟まない方が無難だ。私では彼女のように兵士達を説得出来ない。出来る事と言えば、剣や拳で彼等を昏倒させるだけだ。
「ルビアス殿下は我が娘ユリアナを救い出し、この私も解放してくれました! あなた達を圧倒した黒騎士達を、その見事な剣技で排除したのです! そして今度は我が夫グロムを救おうとしてくださっています! あなた達! ここで殿下に加勢しないでいつするのです!? 我が伯爵家への忠義を示す時は今ですよ!? 殿下と共に剣を取り、傍若無人に振る舞うスティード派を排除するため、力を貸してください!」
しん――と辺りが静まる。彼等の葛藤は容易に想像出来た。ここで主を見捨てて自らの平穏を優先するか、それとも危険を承知でグロム伯爵を助け、スティード派に対して公然と反旗を翻すのか。敵は王国の全てを掌握したと言っても良い存在。対する味方は勇者を名乗る王女が一人とその仲間。まともな頭で考えれば絶望的な戦力差だ。賭けにしてはあまりにも分が悪すぎて、大抵の者なら降りるだろう。しかし――
ガシャリ、ガシャリと、鎧の音を響かせて兵士達が膝を折っていく。私はその光景を信じられない思いで眺めていた。武力を使わず、ただ言葉だけで多くの兵士を押しとどめ、味方につけてしまったのだ。仲間と共に厳しい修行を続けてきた自分では遠く及ばない、力を使わない戦い方。人と人との信頼の築き方を目の当たりにして、自分の未熟さを改めて思い知らされた気分だった。
(人を従えるのには、個人の戦闘力よりその人物の人柄が大きいのか。対して私はどうだ? 命を預け合える仲間は存在するものの、政治に背を向けていたせいで信頼出来る部下がいない。これは王女としての責任から逃げていたのではないのか?)
グロム伯爵を助けたとしても、やはり自分はお飾りでしかいられないのだろうなと、少し落ち込む。だが、今はそんな場合じゃないと頭を振って考えを追い出した。最低限、やるべき事をやらなければ。私はミレーユ殿の横に並び、兵士達に対して静かに語りかけた。
「諸君。グロム伯爵を助け、国を正しい道に戻すためには、私だけでは力不足なのだ。この地に住む多くの民を守り抜くため、また平和な日々を取り戻すため、どうか力を貸して欲しい。この通りだ」
私が頭を下げると、兵士達がザワリと騒がしくなった。と――その時、一人の兵士が立ち上がって私の肩に手をかける。
「殿下。頭をお上げください。貴女がそう望まれるなら、我等に否はありません。貴女はただ、お命じになればよろしいのです。自分と共に剣を取れ、そして戦えと。そうすれば我等一同、殿下をお助けし、グロム様、そしてミレーユ様、ユリアナ様を命の限りお守りすると約束致しましょう」
「……ありがとう。諸君等が後ろを守ってくれるのなら、私は前だけを向いて戦える。ミレーユ殿」
「はい、殿下」
私は背負っていたユリアナをほどき、ミレーユ殿に預けた。彼女は久しぶりに抱いた我が子を愛おしそうに抱きしめ、その目にうっすらと涙をにじませる。思わず頬が綻んでしまったが、気を引き締めて剣を抜き放つ。そして天に向けて突き上げると、気合いの声を上げた。
「この街からスティード派を叩き出す! 各所に連絡を取れ! 狼藉を働いてきた者達を捕らえよ! 残りはミレーユ殿達を守り、十名ほどは私に続け! グロム伯爵を救出する!」
『ははー!』
私が駆け出すと同時に、兵士達も弾かれたように動き始めた。もともと練度の高い兵達だ。覚悟さえ決まれば行動は早い。放っておいても最善の手を打ってくれるだろう。自分の後に続く兵士達に心強さを感じながら、私はグロム伯爵に囚われている一室を目指した。
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