勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第111話 戸惑い

「これは……!」
「街? でも、さっきまで何も無かったのに……」

街の中に入った途端、セピアさんとマリアさんの二人は驚愕に目を見開いていた。無理もない。さっきまで森の中に居たというのに、少し歩いただけで街の中に現れたのだから。普段から魔法に接している冒険者ならともかく、荒事と関わらない二人の驚きはひとしおだろう。

ちなみに、ウェアウルフに怯えていたリーナは俺の背後に隠れつつ、しきりに周囲を見渡して興味津々だ。

「ゴッヂダ」

ウェアウルフがこちらの返事を待たずに歩き始めたため、俺達は慌てて後につづ。歩きつつ街の様子を観察すると、街の中は前回訪れた時と変化はないようだった。並ぶ店舗には人間や魔族と言った雑多な種族が客引きを行っているし、それに応じるのも同じような人々だ。魔族や魔物は敵だという今までの常識が覆る目の前の光景に、彼女達は信じられないものを見るような目を向けていた。

「あの、ラピス様。ソルシエール様の街と言うのはいったい? それに、人と魔族が共存しているのはどう言う事なんでしょうか?」

驚きつつもセピアさんがそんな言葉を口にする。当然か。この街に来る時にソルシエールの街とは言ったものの、それだけで全て納得出来るはずが無い。混乱が落ち着いてくると同時に、疑問が頭に浮かんできたのだろう。

「なんて言ったら良いのかな……。えーと、セピアさんは俺が三百年以上生きているって話を聞いてますか?」
「は、はい。それはルビアス様から伺っております」

俺の発言にマリアさんは目を丸くしていた。この情報は王宮のごく一部しか知らないからな。年下にしか見えない俺が遙かに年上だったと知って驚いているんだろう。しかし俺はそれに構わず言葉を続ける。

「簡単に言うと、ここは俺の昔の知り合いである、ソルシエールが作った街なんだ。そしてこの街の住人は世界に居場所がないもの達に作られたもの。種族の別なく、争いから逃れてきた者達の集まりだから、みんな仲良くやれてるんだよ」
「そんな事が……。俄には信じられませんが、直接目にしたら信じるほかありませんね。……まるでおとぎ話みたいです」

争いがなく、全ての種族が共存して暮らしている世界――まさに理想郷と言って良い場所に立ち、セピアさんはどこか遠い目をしていた。

やがて辿り着いたのは見覚えのある一軒家。この街を作った大魔法使いソルシエールの家だった。ウェアウルフはドアを開けると入り口に直立不動で佇み、まるで王室を守る衛兵のように動かなくなる。マリアさん達は感心したようにそれを見ていた。たぶん、主を守る忠実な騎士とでも思っているんだろう。

(そんなわけがあるか。あれはどう見ても怯えた目だ。下手に中に入ったら、折檻でもされるんだろう)

しかしそこは言わぬが花。わざわざ彼の名誉を地に墜とす必要もないと判断し、俺はそれには触れず家の中へと足を踏み入れた。

「お、お邪魔します……」
「失礼します……」

伝説に語られる大魔法使いに直接会うと言う事で、大人二人はかなり緊張している様子だ。それに比べてリーナは随分落ち着いてきたらしく、早くも家の中にあるゴミにしか見えない様々な魔道具に興味を示している。

「来たんだ。思ったより遅かったね」

家の奥からのっそりとした足取りで現れたのは、この家の主であるソルシエールだ。ローブを着崩した姿は一見してだらしない女性にしか見えない。相変わらず自堕落な生活を続けているらしい。

「その口ぶりからして、やっぱり事情を把握してたんだな。なら、俺が何のために来たかも解ってるんだろ?」
「当然でしょ? 私を誰だと思ってるのよ」

自信満々で不敵に笑うその姿からは威圧感すら感じられる。修行を終えて以前より強くなった今の俺ならわかるが、どうやらソルシエールも以前より力を増しているらしい。内に秘めた魔力は以前と比較にならない量だろう。いったいいつの間に――とそこまで考えて、自分の考えに苦笑する。俺が山奥に引っ込んでから三百年。ソルシエールともあろう者が、ただ無為に時を過ごしてきたはずがないじゃないか。普段から勤勉とは言い難い態度だけど、そんな人間が世界一の魔法使いになれるはずがないのだ。

「なにを一人で笑ってるの? とにかく、そんな所に突っ立ってないで奥に来なさい」
「わかったよ。みんな、そう言うわけだから奥に行きましょう」

おっかなびっくり着いて来た三人は、ソルシエールの手振りに従って適当に座り込む。椅子がたった一つしかないので当然とばかりにソルシエールがそれに座ると、自然と俺達の座るスペースは限られた。仕方なく三人をベッドに座らせ、俺はゴミと本で溢れかえった机の端にお尻を乗せる。

「なんだか面倒くさい事になってるわね」

頭を掻きながらそう言うソルシエールに返す言葉もない。今回の騒動と彼女は全くの無関係だ。それを巻き込もうとしているのだから、気分を害するのも当然と言えた。

「すまない。なるべく自分達でなんとかしたかったんだけど、戦えない人間を確実に守り切れる場所が他に思いつかなかったんだ」
「それは別に良いのよ。どうせ街を出る時は魔法で口封じをさせてもらうし、街の秘密が漏れる事はないわ。私が言ってるのはソコじゃなくて、王国の事よ」

まるで理解の悪い弟子に言い聞かせるように、彼女は指先を俺に突きつける。その様子は少し怒っているように見えた。

「王国? 確かに今はゴタついてるけど、みんな解決出来るように動いて――」
「ソレよ!」

なんで怒っているのか意味がわからず、俺はソルシエールの指と顔を交互に眺める事しか出来なかった。なんで怒る必要があるんだ? ソルシエールは頭に疑問符ばかり浮かべる俺を睨む。

「まったく……。あのねぇラピス。君は確かに勇者候補であるルビアスの師匠ではあるけど、王国の騒動については全く無関係な立場でしょう? なのになんでわざわざ首を突っ込んでいるのよ」
「無関係って……実際に俺も指名手配されてるんだし、無関係じゃない――」
「君の実力ならそんなの無視出来るでしょ? 一人でサッサと逃げちゃえばいいじゃない! 他の奴なんて放っておいて!」

あまりの言い草に言葉が止まる。どうしたんだソルシエールは? 昔からマイペースな奴だったけど、仲間を見捨てて逃げろなんて言う奴じゃなかったのに。それに、彼女がイラついている理由が全然わからない。ソルシエールは冷静じゃない自分に気がついたのか、深くため息を吐いてから少し落ち着いた声色に戻る。

「ああ……もう。今は三百年前ほどじゃないけど、似たような状況になってるでしょ? 前回ここに来た時言ったよね? 居場所がなくなったらすぐここに来いって。国に居場所がなくなったんなら、迷わずここに来るのが正解じゃないの?」
「無茶言うなよ……。そりゃ俺一人だけならそうしても良いけど、仲間や周囲の人を全部放っておいて、自分だけ安全圏に逃げ込めないよ」

なんとなく、彼女の怒っている理由が理解出来た。つまりソルシエールは俺の事を心配してくれているんだ。前の事もあって、俺が他人から危害を加えられる事に過剰反応しているに違いない。いつも冷静な彼女らしくない態度は、それだけ気を揉んでくれた証拠だと思うと、なんだかくすぐったくなってくる。まだ何か言いかけたソルシエールを手で制し、俺は笑顔を浮かべた。

「ありがとうソルシエール。でも大丈夫。今は俺の正体を知っても信頼してくれる仲間がいるし、そんな彼女達が困ってるんだ。見捨てるわけにはいかない」
「正体って……! そう……。バレても仲間でいてくれたんだね。思ったより骨のある連中じゃない」

今の仲間を褒められて少し誇らしい。けど、笑ってばかりもいられない。ここら来た目的はソルシエールの説教を聞くためじゃないんだから。

「ソルシエール。もうわかってるだろうけど、改めてお願いするよ。俺達の疑いが晴れるまで、マリアさん達三人を匿って欲しい」
「お安いご用よ。それで君達が気兼ねなく戦えるって言うなら、三人でも三十人でも匿ってあげる」

その言葉を聞いて、三人はホッとしたように息を吐く。しかし――

「ただし!」

安心しかけた三人がビクリとする。

「この街でのルールには従ってもらうわよ。見ての通り、この街は普通じゃない。雑多な種族を受け入れて秩序を保ってるって事は、それだけ厳しい制約があるって事なの。ま、ルール自体はそんなに難しい事じゃないわ。他者を傷つけず、見下さないってだけ。それさえ守れば隙に過ごしてもらって良い」
「そっか。じゃあとりあえず、三人をかくまえる家を――」
「あ、あの!」

突然、セピアさんが挙手しながら立ち上がった。注目が集まった事に顔を赤らめながら、彼女はコホンとひとつ咳払いをする。

「まずは、匿っていただける事に三人を代表してお礼を言わせてください。それと、一つお願いがあるのですが、私にソルシエール様のお世話をさせていただけないでしょうか?」

ソルシエールの世話? なんの事かと思ったら、その答えはセピアさんがチラチラと向ける視線の先に答えがあった。彼女はしきりにソルシエールの部屋――それも積み重ねられたゴミや食器の類いを気にしている。これは――お世辞にも綺麗な部屋だとは言い難い。王女付きのメイドという凄い人なら、片付けたくてしょうがないんじゃないだろうか?

「私はルビアス様の身の回りのお世話をしていましたし、お掃除や料理などの面でソルシエール様のお役に立てると思います。匿っていただいているのに、何もしないのではメイドの沽券に関わりますので」
「あの! そう言う事なら私も何かさせてください! 街で何か出来る仕事があるなら、是非手伝わせていただきたいんです」

セピアさんだけ働かせるわけにはいかないと思ったのか、マリアさんも慌てて立ち上がった。ソルシエールはそんな二人を面白そうに眺めた後、顎に手をやって考え始める。

「ふむ……」

ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。緊張している二人と違って、俺は気楽なものだ。こういう時のソルシエールは断る理由を考えているんじゃなく、何をさせようかを考えている可能性が高い。やがて考えがまとまったのか、ソルシエールが口を開く。

「なら、セピアさん……だっけ? あなたには一時的に私のメイドとして働いてもらいましょう。マリアさんの方は、食堂の人手が足りてないからそっちに回ってもらうわ。それと……」

チラリ――と、ソルシエールの視線がリーナを捕らえる。あ、コイツ……。絶対変な事を考えてるな。

「リーナちゃんに働けって言うのも酷だしね。街に居る間は私が色々と教えてあげる。読み書き計算は当然として、魔法の基礎とかもね」

言われたリーナは少し怯えているようだが、逃げ出す様子もなかった。無茶をしそうなので一瞬止めようかとも考えたが、よく考えると、俺はリーナより小さい頃から異常な訓練を続けていたんだ。それに比べれば随分マシ。それに、考えようによってはとんでもない幸運だろう。なにせ世界一の魔法使いから魔法の基礎を学べるんだ。シエルが聞いたら悔しさで歯がみするかも知れない。

「よろしくね。リーナちゃん」
「う、うん……」

とりあえず、これで三人は安全だろう。この街での生活は色々と戸惑う事が多いかも知れないが、ソルシエールなら悪いようにはしないはず……たぶん。

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