勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第94話 ブレイブの過去

――カリン視点

気がつくと私達は知らない部屋に寝かされていた。家具の類いは何も無く、ベッドもないので地面に寝転がされている状態でしかないのだけど、一応寝かされていたみたいだ。頭がボンヤリして体中が痛い。いったい何が起こったのか思い出せなくて身を起こしながら頭を振ると、痛みと共に記憶が蘇ってきた。

「――! そうだ! ラピスちゃん!」

慌てて周囲を見渡し、武器を探したけど見つからない。よく見ると私達は鎧の類いを身に着けてなくて、白くて安っぽい作業着のような物に着替えさせられていた。武器や鎧は部屋の隅に集められていて、まるで粗大ゴミか何かのような有様だ。

「シエル! ルビアス! ディエーリア! みんな起きて!」
「う……」
「ここは……どこだ?」
「頭痛い……」
「目が覚めましたか?」

寝ていた皆を慌てて起こしたその時、ドアを開けて入ってきたのは一瞬で私達を叩きのめしたセレーネだった。彼女は小さなトレイを両手で持ち、まるでメイドのような格好をしている。頭に生えた二本の角がなければ、本物のメイドと信じてしまいそうな出で立ちだ。彼女のもったトレイの上には、妙な臭気を放っているカップが四つ。ちょうど私達の人数分用意されていた。

「ここは……いや、それよりラピスちゃんは!?」
「落ち着きなさい。彼女は彼女で、今頃ティアマト様と戦っているはずです。あなた達は自分の傷を癒やす事に専念しなさい」

セレーネの言葉には有無を言わせぬ圧力があった。実際私達四人はあっと言う間に倒されている。気持ちとしては今すぐラピスちゃんを探しに行きたいけど、それが許される状況じゃないのは体で理解していた。悔しい……でも、今はチャンスをうかがうしかない。

「全員起きた事ですし、まずは状況の説明から始めましょう。言うまでもない事ですが、あなた方は自分の意思で竜の巣にやって来た。強くなるために。……ここまでは間違いありませんね?」

全員が黙って頷く。それを同意と取ったのか、セレーネは話を続ける。

「あなた方が気絶している間に、こちらも色々と調べさせてもらいました。あなた方がどんな立場で、なぜブレイブが少女の姿になっているのかを」
「どうやってそんな……それもこんな短時間で……」
「あなた方人族が間諜を使うのと同様に、私達にも目はあると言う事ですよ」

ルビアスの呟いた疑問に、セレーネは何でもない事のように答えた。竜の目……ただでさえ強力な力を持っているドラゴン種族なんだから、たぶん私達なんかじゃ想像も出来ないような方法を使っているんだろうな。

「話を戻します。そしてブレイブ……今はラピスと名乗っているようですが、彼女はあなた方を強くするために、はるばる竜の巣までやって来た」

そう。私達はただ強くなるためにここにやって来た。まさかそこでラピスちゃんの……彼女の正体が明かされるなんて考えもしなかったけど。

「ですので、あなた方は私の許可が出るまで、この竜の巣で修行を行ってもらいます。私が満足いかなければ、いつまで経っても帰る事は出来ません。たとえ何十年経とうと。寿命で死ぬのが嫌ならば、さっさと強くなる事です」

何十年……死ぬまで? 冗談を言っているのかと思ってセレーネの顔を見てみたら、その目は少しも笑っていなかった。……本気だ。彼女は私達の力が一定以上に達しない限り、本気で私達をここから出すつもりがない。本当ならここで反論したいところだけど、今は他に気になる事がある。ラピスちゃんだ。私達はあの娘を傷つけてしまった。彼女が今どこで何をしているのか、気になってしょうがない。

「現状は把握出来ましたね? 何か質問はありますか?」
「ラピスちゃんの! 彼女の事を聞かせて!」

反射的に手を上げてそう質問すると、セレーネは少し考え込むような仕草をした後、ゆっくりと視線をこちらに向けてきた。

「ラピスの事……ですか? 質問が漠然とし過ぎていますね。それはどのような意味でしょうか?」
「あ……」
「過去の事だ。師匠の過去に何があって、今の姿になったのか、それを我々に聞かせて欲しい」

言いよどんだ私の後を引き継ぐようにルビアスが言葉を続ける。そう。ブレイブの――ラピスちゃんの過去は謎だらけだけど、その中でも一番の謎は彼女が少女の姿になった理由だった。ソルシエール様と会った時、ラピスちゃんがどんな目に遭ったのかは大体聞いて知っている。でも少女に姿を変えた話は全然聞いていない。ラピスちゃんが秘密にしたかった部分。私達に聞かれたくなかった過去。あの娘の本当の仲間になるためには、それは知っておかなきゃいけない気がする。

「そうですね……。それについては一応ソルシエールから話を聞いています。特に口止めもされていないから、話してしまっても問題ないでしょう」

誰かがゴクリと喉を鳴らした。私も知らずに緊張していたのか、力の入った握りこぶしからゆっくりと力を抜いていく。

「彼女――ブレイブが世界を救った後、世界……と言っても人の住む領域だけですが、一応の平穏を取り戻しました。人族の伝承に語り継がれるように、彼と仲間達は人々に歓迎され、この世の春を迎えたのです」

魔王を倒して人々を絶望の底から救ったんだから、私なんかじゃ想像も出来ないような歓迎ぶりだったんだと思う。種族や性別関係無く、それこそ全ての人がブレイブの偉業を称えたはずだ。リッチを倒しただけでも彼女は街の英雄に近い扱いを受けてるんだから。それが世界規模になったら相当なもののはず。

「しかしそれも長続きしませんでした。時が経つにつれ、人々は彼の事を疎ましく思い、排除しようと動き出したのです。権力者からすれば彼の存在は邪魔者以外の何者でもないですし、力を持たない者からはやっかみの対象となったためです」
「あの……ラピスちゃんはずっとお城に居たんですか? 例えばどこか適当な領地を与えて、余生を過ごさせる事も出来たんじゃ……?」

ディエーリアが言った事にセレーネが答える前に、ルビアスが難しい顔で首を振った。

「同じ王族の立場で考えると、それは難しいと思う。まず、勇者の功績があまりに大きいため、与えるべき領地はかなりの広範囲になるのが理由の一つだ。小さすぎれば勇者が不満を持つだろうし、大きすぎれば他の貴族が反発する。それに勇者ほどの力を持つ者が治める領地が巨大なら、それは国の中にもう一つの国が出来上がるような物だ。一応臣下の形を取るとしても、王として認めにくい事だろう」
「だから、苦々しく思っていても城で飼い殺しにしていた?」
「だと思う。あくまでも予想でしかないが」
「その推測で当たりです」

セレーネが感心したようにそう言った。褒められたルビアスは少しも嬉しそうじゃない。当たり前だ。どちらかと言えば外れてほしい予想なんだから。

「やがて彼は王族や貴族など、彼の存在が邪魔になる者達から暗殺者を差し向けられるようになりました。当然、暗殺者程度が何人束になったところで彼の敵ではありませんでしたが、それは彼の精神を摩耗させるのに十分な行いだったのです」

ひょっとしたら、貴族達も成功すると思って暗殺者を送り込んだんじゃ無いのかも知れない。目的を嫌がらせに絞れば、何度も何度も襲撃されるのは効果的だと思うから。証拠がなければ訴え出る事も出来ないし、仮に訴えたところで味方は皆無。なかった事にされるのがオチだ。当時のラピスちゃんはどれだけ悔しかっただろう?

「そして彼は城を出て、街に移り住みました。王都と言う権力の中枢から遠く離れ、小さな街に移り住んだ彼はしばらく平穏に過ごせていたようですが、今度はそこでも人々から排除されてしまったのです」
「それは……何故?」
「簡単です。一番の理由は恐怖。自分の身近に人間や魔物を遙かに凌駕する存在が居れば、人々は恐れ、関わろうとしないでしょう」

なんとなく解るような気がする。リッチを討伐した時、ラピスちゃんは一部の冒険者から恐れられていた。それは今みたいにからかい混じりじゃなく、本当の意味での恐怖だ。でも彼女は真面目に毎日コツコツ働いて周囲の信頼を得ていったから、今は誰も彼女の事を恐れたりしていない。でも、それが勇者だったら? 尊敬はしていても近寄りがたい存在。少し機嫌を損ねれば、どんな目に遭わされるか解らない。ラピスちゃんがそんな悪い人じゃないのは私達にはわかるけど、全く知らない人なら怯えても仕方がない。私の悪い頭でもわかる。絶対に受け入れて貰えないはずだ。

「第二の理由として、やっかみです。彼を厄介払いした貴族達は、彼に住むべき屋敷と一定額の金銭を与えたようです。それこそ一生遊んで暮らせるだけの額を。喉元過ぎれば熱さを忘れると言いますが、やがて人々は魔族の脅威も忘れ、そんな生活をずっと続けている彼を疎ましく思い始めたのです。他人事ですが、人族とは勝手なものですね」

呆れたように言うセレーネに、誰も反論出来なかった。だって、私達もついさっき彼女を傷つけてしまったから。

「街の後は村に移り住んだようですが、そこでも同じような目に遭い、村の近くで一人、生活する事を選んだようです。それ以降、彼は表舞台から姿を消しました」

その時のラピスちゃんは、いったいどんな気持ちだったんだろう? 傷ついたのは間違いない。きっと恨みもしたはずだ。なのに彼女は力に訴える事なく、黙って人々の前から姿を消した。誰にも迷惑をかけないように。

「彼が一人で暮らすようになった後、彼の元をソルシエールが訪れました。ある魔導書を携えて」

ここまで来たら大体予想はついた。たぶん、ソルシエール様が魔法で何とかしようとしたんだ。

「魔王が所持していた魔導書には、ある魔法が書かれていたようです。対象者の姿を変え、全く新しい人物として生まれ変わらせる魔法が。もう気づいているでしょうが、それが彼を今の姿にした魔法。ソルシエールは、姿を変えれば彼が人々に受け入れられると思っていたようですが、彼はもうその時、人々と関わりに会うつもりはなかったようです。彼は村からも遠ざかり、完全に人目のつかない山奥――つまりこの竜の巣がある山の麓に小屋を建て、一人で生活するようになりました」

話は終わったとばかりに、セレーネは妙な匂いのするカップを私達の前に置いていく。でも私達はそれどころじゃない。今の話がそれで終わりなら、とんでもない事になるからだ。

「それが……三百年前の事? え……て事は……ラピスちゃんはずっと一人で、山の中に住んでいたの!?」
「あんな何も無い所で三百年……たった一人で……」
「そんなの……まるで罪人みたいな扱いじゃない!」

シエルやディエーリアが珍しく声を荒らげる※。私は衝撃で声も出ない。ラピスちゃんがずっと求めていた安住の地が。世界を救ってまで得たものが、まさか小さな山小屋一つだけだったなんて! こんなのあんまりじゃない!

「怒ったところで過去は変わりません」
「そうだけど! でも、腹が立って仕方ないのよ!」

八つ当たりだと解っていても、そう言わずにはいられなかった。この怒りは過去の人々だけじゃなく、自分自身にも向けられていた。そんな彼女を無理矢理引っ張り出した挙げ句、頑張ってたラピスちゃんに過去の人々と同じ目を向けてしまった私達に。なんて考え無しで、自分勝手な真似をしてしまったんだろう。後悔してもしきれない。

「私は……愚かだ。師匠の正体が元勇者だとわかった時、師匠が一人で行ってくれれば今の事態も解決出来たんじゃ無いかと一瞬思ってしまった。師匠はそんな私の気持ちを察したから、ああやって逃げ出してしまったんだろう。……自分は安全圏に留まったまま他人に命を賭けさせるなど! そんな貴族にだけはなるまいと誓っていたのに!」

ルビアスはそう言って壁に拳を叩きつけた。鈍い音と共に壁が少しひび割れ、彼女の拳から血が滲む。

「ルビアスだけじゃない。私もよ。かつての勇者が生きているなら、私が頑張らなくても何とかしてくれるんじゃないかと思ってしまった。それにラピスちゃんは気がついたのよ。あの娘、鋭いところがあるからね」

シエルにいつもの冷静さはない。彼女はせわしなく髪をかき上げ、心ここにあらずといった感じだ。

「全員よ! 悪いのは私達全員! 私達はあの時、みんなして同じ事をかんがえてしまった。ラピスちゃんさえ頑張ってくれれば、自分は命を賭けなくても済むんじゃないかって! 普段友達面しておいて、そんな卑怯な事を考えてしまった!」

ディエーリアは涙を浮かべていた。そう、彼女の言うとおりだ。私達は、全員でラピスちゃんを深く傷つけてしまった。だからこそ、このまま黙っているわけにはいかない。絶対彼女に謝って、また友達としてやっていくんだから!

「セレーネさん。ラピスちゃんに遭わせてもらうわけにはいきませんか? 修行から逃げたいんじゃないんです。ただ、傷ついた彼女を一人にしておけない。謝らないといけないんです。どうかお願いします。ラピスちゃんに遭わせてください! その後なら、どんな辛い修行にだって耐えて見せますから!」
「私からもお願いする!」
「私も! 少し話をするだけでもいいの。この通りだから!」
「友達を助けたいの! お願い!」

私だけじゃなく、ルビアスも、シエルも、ディエーリアも深々と頭を下げた。ドラゴンという種族に、どれだけ人間の感情が理解出来ているのかはわからない。今回もアッサリ却下されるかも知れないと思ったけど、私達には頭を下げる他に思いつく方法がなかった。でも――

「駄目です」

帰って来た冷たい返答に思わず頭を上げた。やはり説得は無理。なら、何度だって戦いを挑んでやる――そう思った私達だったけど、セレーネは面白そうに口元を歪めていた。

「ただし、条件を出しましょう。私の体に少しでも傷を負わせる事が出来たなら、ラピスとの面会を許可します。どうです? やってみますか?」
「やります!」
「やってやるとも! なあ、みんな!?」
「当然ね」
「当たり前でしょ! この状況で逃げるわけないわよ!」

皆の心は一つだ。絶望的かも知れないけど、少しだけ希望は見えた。待っててねラピスちゃん。すぐ側に行くから!

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品