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勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第92話 明かされた正体

――シエル視点

三百年前。ラピスちゃんがソルシエール様と同じ時代に生き、彼女達と共に戦ったのは本人から聞いて知っていた。だからラピスちゃんが過去に竜王と関わっていても不思議じゃ無いはず。でも私の予想だと竜王は理性の無い暴力の化身であって、こんな穏やかに会話の出来る存在じゃないとばかり思っていた。でも蓋を開けてみればこれ。見ているだけで体の芯から震えが来るような化け物相手に、ラピスちゃんはにこやかに会話をしている。エストレヤって言うのはあだ名みたいなものなのかしら?

「それにしてもエストレヤよ。以前来た時と少しばかり姿が変わっているようだな。人間と言うのは歳を重ねると姿形が変化する生物だと理解しているが、そこまで劇的に変わる物なのか?」
「いやまぁ……その辺は色々と事情があってね。あまり気にしないでもらいたい」

少し気まずそうにするラピスちゃん。私達は意味がわからず首をかしげるだけだ。竜王は――いえ、ティアマトはそんな様子から何かを察したのか、それとも気にする必要が無いと思ったのか、何事も無かったかのように話を続ける。

「それで? 久しぶりに顔を見せた要件は何だ? まさか旧交を温めるために来たわけではないのだろう?」
「予想はついてると思うけど、俺達全員の修行のために来た。俺はティアマトと。仲間達はティアマトの部下と。一か月ぐらい滞在する予定だ」
「ほう……ただの荷物持ちかと思ったが、その者達が今のお前の仲間か。それにしては随分力が弱いようだな」

覗き込むように巨大な頭が接近してきて、私達は思わず二、三歩後ずさった。ただ近寄られただけでこの迫力! ラピスちゃんはこんなのと戦うつもりなの?

それにしても、いくら竜王とは言え荷物持ちとは侮ってくれたものだわ。私達だって何度も修羅場をくぐってきた。命懸けの戦いを繰り返してきたのよ。それなのに荷物持ちですって? 言ってくれるわね! 思わず頭を上げてティアマトを睨み付ける。カリンやルビアス達も同じ気持ちなのか、それぞれが厳しい目をティアマトに向けていた。体は相変わらず震えているし、心の底から湧き上がってくる恐怖に変わりは無い。しかしそれらを気合いで押し込め、私はティアマトを睨み続けた。

「ふむ……? 思ったより気が強そうな連中だ。エストレヤの友だけはあると言う事か。面白い……セレーネ」
「はい」

いつの間に現れたのか、巨大な体躯を誇るティアマトの側には、一人の女が立っていた。特徴的な二つの角に、燃えるような赤い目。一瞬魔族かと身構え掛けたけど、彼女が放つ気配に邪悪なものは感じられない。一体何者?

「エストレヤは以前会った事があったな。このセレーネはまだまだ未熟者ではあるが、人化の出来る将来有望なドラゴンだ。この者に共の者の世話をさせよう」
「ありがとう。じゃあ俺は早速修行を始めるって事でいいか?」
「かまわんよ。無限とも言える寿命の中で、お前との戦いはこの上の無い娯楽だった。久しぶりに私も楽しめそうだな」
「こっちもだ。それじゃ、俺の仲間の事は頼むぞ」

竜王と戦う――普通の人間なら、それは死に直結する行為だ。なのにラピスちゃんからは何の気負いも感じない。彼女はクルリとこちらを振り向くと、いつもと同じように、まるで食事の感想を聞いてくるような気軽さでこう言った。

「てなわけで、俺はしばらくティアマトとやり合ってくるよ。みんなはそっちに居るセレーネの指示に従ってくれ。ここでの生活や修行の内容は彼女が面倒を見てくれるはずだから、何も心配しなくて良い」

それだけ言って立ち去ろうとしたものだから、私は慌てて呼び止める。

「ラピスちゃん! 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。そっちは手加減してくれるだろうから、余程油断しなければ死んだり――」
「そうじゃなくて! ラピスちゃん自身は大丈夫なのかって聞いてるの!」

言っている意味が理解出来なかったのか、彼女はキョトンとした顔でこっちを見ていた。そんな様子を見ていると、だんだん腹が立ってくる。この娘は何度言えば解るのかしら?

「そのドラゴンがヤバいのは見ただけでわかる。私達じゃ束になっても敵わないのもね。でもそんなのと戦って、ラピスちゃんは無事で居られるの!?」
「そうだよ! ラピスちゃんが強いのは知ってるけど、竜王はもっと強そうなんだよ? 武器も魔剣や聖剣じゃないんだし、無茶だってば!」
「師匠。今回ばかりはいくら師匠でも無茶が過ぎます。竜王はとても人間が勝てる相手とも思えません。あまりにも危険です!」
「ラピスちゃん! さっきからソルが警告してくれてるの! 竜王と戦うなって! 精霊が警告するぐらいなんだよ!? 絶対ヤバいって!」

自分が心配されていたのだと今更ながら気がついたのか、彼女は少し焦った様子で手を振る。

「だ、大丈夫だよ。ティアマトと戦うのはこれが初めてじゃないし、お互い手の内も知ってるんだ。多少怪我はするだろうけど死んだりはしないって! 本当に大丈夫だから!」
「でも――」
「心配はいらん。娘達よ」

興奮して詰め寄りかけた私達を制したのは、意外にもラピスちゃんの命を奪う可能性のあるティアマトだった。

「お前達がラピスと呼ぶエストレヤは、過去何度も私と戦っている歴戦の勇士。お前達に心配されるほど脆弱な存在ではない」
「で、でも――」
「それにエストレヤは過去に人間世界を救った勇者でもあるのだ。そう簡単にはくたばるまいよ」
「お、おい!」

焦ったように話を遮るラピスちゃん。――今、ティアマトはなんて言ったの? 自分の耳が捉えた音が頭に到達したというのに、内容が全く理解出来ない。それは私だけじゃなかったみたいで、全員が呆けたような顔をしていた。世界を救った勇者? 過去に世界を救った勇者なんて一人しか居ない。ブレイブだ。彼は世界を救った後、邪魔者扱いされて表舞台から姿を消した。でもソルシエール様と同じ時代の話から察すると、別に死んだわけじゃないみたいだ。でも……それがラピスちゃんだと言うの?

「勇者ブレイブが……ラピスちゃん? そんな……」
「いや、でも……」
「だとすると、納得の出来る点がいくつかある……」

カリンも、ディエーリアも、ルビアスも、思い至った部分があるんだろう。半信半疑といった様子だ。言われてみれば、ラピスちゃんの戦闘能力は異常の一言だ。常人など足下にも及ばない筋力と魔力。凶悪な魔族やドラゴンを歯牙にもかけない強さ。失われたはずの知識を知っていたり、逆に常識的な事を知らなかったりするチグハグさ。そして伝説上の魔道士であるソルシエール様と親しげだった事。彼女の元を去る時、ソルシエール様が言っていた言葉を思い出す。――ねえ、ラピスちゃん。あなたが望むなら、元に戻してあげても良いのよ――と。今考えると、あれは姿を変えたかつての仲間に向けてかけられた言葉だったの? だとすれば辻褄が合う。

でも、信じたくない。頭が混乱して考えがまとまらない。なぜ話してくれなかったの? 私達はそんなに信用出来なかった? 私達はずっと騙されていたって事? 彼はどうして姿や名前を変えていたの? わからない……わからない! 自分達が気軽に接していた存在が伝説の勇者? なら、私達が頑張る必要があったの? 彼が一人で出向けばそれで解決したんじゃないの? ストローム王国のように、無駄な犠牲を出す必要もなかったんじゃないの? そんな自分にとって都合の良い考えばかりが頭に浮かぶ。そんな事を考えていた私達は、きっと醜い顔をしていたに違いない。ハッとして顔を上げた時、酷く傷ついたラピスちゃんの顔が目に入った。

「あ……ラ、ラピスちゃん……」
「……ごめん、みんな。今まで黙ってて」

何か言わなくちゃいけない。彼は――いえ、彼女が何故山の中に一人で暮らしていたのか、何故ソルシエール様が誰の目にも入らない秘密の街を作ったのか、今更ながら私は思い出していた。世界を救ったというのに、救ったはずの人々から拒絶されたブレイブ。どこにも行き場がなくなって、ひとりぼっちになったかつての勇者。私達はそんな彼女に、かつての人々と同じ事をしようとしていた!

「……とにかく、俺の話はまた今度にして、今は自分達の修行に専念しよう。……今後どうするかは、帰る時に決めた方が良い」
「あ……ま、待って!」

止める間もなく、ラピスちゃんはティアマトの横を通り抜け、神殿の更に奥へ飛び去ってしまった。慌てて後を追おうとする私達の前に、一人の人物が立ちはだかる。

「何処へ行こうと言うのです? あなた方の面倒は私が見る事に決定しました。勝手な行動は許しません」
「で、でも!」
「駄目です。どうしても行こうと言うなら、私を倒してから行きなさい」
『!』

普段なら――冷静な時ならセレーネの指示に従ったはずだ。戦わなくても理解出来る実力差を前にした私達なら、戦うなんて選択肢はなかったに違いない。でも今は――

「そこをどいて! ラピスちゃんの後を追わなきゃいけないの!」
「今の師匠を一人にはできん! 邪魔するなら何者だろうと容赦はしない!」
「邪魔しないで! 傷ついた仲間を放っておけるわけないでしょ!」
「みんな、やるわよ!」

それぞれが武器を手に取り、自分の中にある魔力を練り上げていく。対するセレーネは涼しい顔だ。ティアマトは微動だにせずそんな私達を眺めていて、その場から動こうともしない。まるで私達の攻撃程度じゃ、毛ほども傷がつかないとでも言わんばかりに。

「……口で言っても解らないなら、体に教えるしかありませんね。仕方ありません。ではまず挨拶代わりに、あなた方と私の実力差を教えて差し上げましょう」

そう言った途端、セレーネの体が何倍にも膨れ上がったような感覚があった。でも実際には変化はない。ただ押さえていた魔力や気配を解放しただけで、殺気すら向けられていない。でも負けられない! こんなところで!

「いきます」
「き、消え――」

視界からセレーネの姿が掻き消えた。まるでラピスちゃんのような動きを見せた彼女は、驚く私の目の前で、武器を構えていたカリンとルビアスの二人をなぎ倒す。二人はろくに防御も出来ず、地面をバウンドしてそれきり動かなくなった。今……セレーネは武器も使っていなかった。たぶん単純な腕力だけで殴りつけたはず。それなのに二人がやられたって言うの!?

「く……! ソル! 力を貸して!」
「無駄です」

ディエーリアの全身が見た事も無い鎧に覆われた。でもセレーネはそんな事など眼中に無いように近寄ると、彼女の腹部に拳の一撃を叩き込む。

「!?」

粉々に飛び散った鎧の破片と、完全に意識を手放したディエーリア。彼女は力なくその場に倒れ伏すと、カリンやルビアスのようにピクリとも動かない。……信じられない。セレーネはまだまだ本気など出していないはずなのに、ここまで実力差があるというの?

「残るは貴女だけです。大人しくこちらの指示に従いますか? それとも仲間達同様、無駄な抵抗を試みますか?」
「――! 舐めないで! 炎よ!」

私の掲げた杖の先から、最も得意とする炎の魔法が溢れ出る。持てる全力を込めて放った火球は周囲の景色を歪めながらセレーネに迫った。直撃すれば岩をも溶かすこの威力。たとえドラゴンであっても、当たればタダで済まないはず。だと言うのにセレーネは避ける素振りすら見せない。彼女に直撃して巻き上がる炎。油断なく炎を睨む私の視界に、信じられない光景が目に入った。

「……なかなかの威力です。下位のドラゴンなら今の攻撃だけで大きなダメージを負ったでしょう。しかし私には通用しません」

まるで何事も無かったかのように、セレーネは炎の中から悠然と歩み出てきた。私の最大威力の攻撃が、まるでダメージを与えていない!

「くっ!」
「もう寝ていなさい」

無駄と知りつつ再び魔法を放とうとした私の耳に、セレーネの囁くような声が聞こえた。それと同時に体全体が強い衝撃に襲われる。何をされたのか理解も出来ないまま、私の意識は急速に闇へと飲まれていった。

「ラピスちゃん……」

今彼女を一人にさせちゃいけないのに。私は自分の不甲斐なさを呪いながら、意識を完全に手放した。

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