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勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第87話 正体

踏み込むと同時に放った右の拳は、間一髪躱されてしまう。しかし俺の狙いは最初から拳による打撃じゃ無い。今まで動きから考えても、コイツならこの程度の攻撃を避けるのは簡単に予想出来た。だから俺は単純な打撃に頼らず、空振りした右手で相手の後頭部をガッシリと捕まえ、跳ね上げた左膝で男の顔面を狙う。

「くそっ!」

下手に抵抗すれば俺の腕力と膝の力に挟まれ、魔族の頭は卵のように一撃で潰されただろう。しかしコイツはそれを寸前で回避するため、勢いに逆らわず自分から前転する事で直撃を躱した。ゴロリと転がる奴の頭を目がけて振り下ろした足は、二度三度と床板を踏み抜く。苦し紛れに振り抜かれた短剣をひょいと足を上げて避けた隙に、魔族は体勢を立て直した。派手さは無いが、喰らえば確実に命を落とす攻撃を受け損なった魔族からは、さっきまでの余裕が消えて無くなっている。

だが立ち直る隙など与えない。それだけで俺の攻撃は止まらない。再び踏み込んで拳を振りかぶると見せかけた俺は、魔族の行為を再現するように床に目がけて勢いよく飛び込むと、逆立ちした足を回転させて魔族に変則的な回し蹴りをお見舞いした。

「が!?」

流石にそれは予想外だったのか、奴は短剣で防ぐ事も出来ずに吹っ飛ばされる。屋敷のもろくなった壁は魔族の勢いを殺しきれず、叩きつけられたと同時に魔族ごと外に向かって崩れだした。一瞬屋敷全体が崩れるかと焦ったけど、どうやらそこまで老朽化はしていなかったらしく、壁だけの崩落に留まってくれた。

「く、くそ……! 妙な体術を使いやがって……!」

瓦礫を押しのけながら魔族が悪態をつく。何を言ってるんだか。この程度の格闘術を使う奴なんて、俺の現役の頃ならゴロゴロしていたぞ。それこそ各地の神殿には格闘する僧侶――モンクを名乗る神官が山ほど居たからな。どうやら長い時間を過ごす内に、人間だけでなく魔族側もある程度の世代交代が進んでいるのか、その辺の技術が廃れているのかも知れないな。

「おまけに狙う箇所が一つ残らず急所ってのが気に入らねえ。可愛い顔して恐ろしい女だぜ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」

体についた埃を手で払う魔族の軽口に答える。劣勢になったら逃げるかと思ったけど、どうもそのつもりは無いらしい。魔族は笑みを引っ込め、鋭い目つきで俺を睨み付けた。

「出し惜しみしてる場合じゃ無いか。こうなったら俺も全力で相手をしてやろう」

そう言った途端、魔族の体から強烈な魔力が溢れて変化が始まる。以前戦ったバルバロスのように体を大きく変化させる事は無いものの、身のこなしや受ける威圧感などがさっきとは比べものにならないくらい強力になっている。おまけに腕輪の効果なのか、目の前に立っているのに気配すら感じられなくなっていた。その自慢の腕輪を、魔族は誇らしげに掲げて見せた。

「あまり長く使うと壊れるんでな。一気に勝負をつけさせてもらう。素手でどこまで抵抗出来るか見せて見ろ!」
「!」

踏み込んでくる魔族。速い! 一瞬で俺の眼前に到達した奴は、そのまま鋭い一撃で俺の喉を狙うように短剣を一閃し――たと見せかけて、急激に狙いを変えて俺の足下を鋭く斬りつけた。

「く!」

最小の動きで足をずらし、何とか直撃を躱す。しかし安心する暇も無く、第二第三の攻撃が四方八方から俺に襲いかかった。

「…………!」
「…………!」

夜の闇の中、月明かりしか無い人気の少ない路地裏で、俺達は互いに無言で超接近戦を繰り広げる。俺の体に突き立てられそうな一撃は短剣の腹を叩く事でいなし、俺の拳や蹴りは的確に魔族の急所を狙って繰り出される。強い! 正直ここまでやるとは思わなかった。このままいけば武器の差で俺が押し切られるような流れだ。しかし俺に焦りは無い。

「やはり武器を捨てたのは失敗だったな! 調子に乗りすぎだ!」
「…………」

魔族の攻撃が更に苛烈さを増す。常人は当然として、熟練の戦士でも視認出来ない速さで振り回される短剣の嵐は、俺じゃ無ければ今頃ズタズタのボロ雑巾にされていてもおかしくない程だ。そんな中、俺はある狙いを持って奴の攻撃を捌ききる。

(そろそろだな)
「トドメだ!」

魔族から見れば、奴の攻撃を捌き損なった俺が体勢を崩したように見えただろう。事実俺の体は奴の猛攻に押され、のけぞるような形になっている。奴はそんな俺の体に短剣を突き刺すべく、正確な狙いで俺の心臓へ短剣を振り下ろした。しかし――

「なに!?」

魔族の顔が驚愕に歪む。奴の短剣は俺に刺さる事無く、乾いた音を立てて粉々に砕け散った。間髪入れず俺の肘が残りの短剣を真っ二つにへし折る。そう――俺の狙いは最初から奴の持つ短剣だ。素手の状態で互角なら、奴から武器を奪ってしまえば良い。そう単純に結論づけた俺は、戦いの最中ひたすら短剣の腹ばかりを狙って打撃を与え続けた。いくら名剣魔剣の類いだろうが、俺が魔力を込めて打撃を与え続ければいつかは砕ける。流石に伝説級の武器なら不可能でも、コイツ程度が持ち歩く武器を砕くなど造作も無い。

「ば……馬鹿――ぶ!?」

武器を失って動揺する魔族の顔面に俺の拳がめり込む。畳み掛けるように振り抜いた左の拳は躱され、魔族は大きく後ろに跳んだ。へぇ……。一気に崩れるかと思ったけど、まだ粘る根性があったのか。やっぱり強いなコイツ。

「まさか素手で武器を壊す奴が……それも戦闘中にやる奴がいるなんて流石に予想外だったぜ。お前さん、実は勇者より遙かに強いだろう?」
「…………」

質問に答えず再び構える。答えてやる義理など無いし、本当の事を話せるわけも無い。だったら取れる選択肢は一つ。黙秘のみだ。しかし魔族はそんな俺に構わず言葉を続ける。

「黙りか? しかしなぁ……これだけ強い人間って言えば、俺には一人心当たりがあるんだ。聞きたいか?」

魔族がいやらしい笑みを浮かべる。何が言いたいんだコイツは?

「こう見えても、俺の歳は三百と少しでな。お前達が思っている以上に長生きしてるんだよ。そんな俺が何度か見た事がある、圧倒的な強さの人間……お前の戦い方は、そいつにそっくりなんだ。そいつの名は――」
「…………」

三百歳を越えてる? まさか……俺が現役の時からの生き残りか? だとしたらコイツは……!

「――ブレイブ。ありとあらゆる武器を使いこなし、素手でも魔物を圧倒する人間凶器。大地を焼き尽くすほどの大魔法を連発しても息一つ乱さない存在。並み居る魔族の強者達を、文字通り蹂躙していった伝説の勇者。姿形は変わっているが、お前から受ける強者の気配はあの時俺が怯えたものと瓜二つだ。お前、理由はわからんが、今はそんな姿になっていたんだな」
「!」

薄まる魔族の気配に気づき、間髪入れずに地を蹴って魔族に肉薄する。ここでコイツを逃がすわけにはいかない! 俺の正体に感づかれては、色々と面倒な事になるのが目に見えている。俺個人を狙って襲撃してくるなら可愛いもので、権力者に情報を流されでもしたら平穏な生活など送れなくなる。何としても仕留めなければならない!

「それだけ焦るって事はやはり当たりか! 悪いが勝負はここまでだ! 逃げさせてもらう! こんな街を墜とすより重要な要件が出来たからな!」
「くっ……!」

魔族の姿が薄れる。これは……この間の女魔族が使ったのと同じ方法か!? 渾身の力を振り絞って繰り出した俺の拳は、一瞬魔族の頭を完全に捉えたように見えた。しかし拳はそのまま奴の頭をすり抜け、何も無い空間をなぎ払ってしまう。

「くそっ! 腕輪の力か!」

焦りのためか、今まで無視していた腕輪の効果をもろに受けてしまったようだ。慌てて振り向いた俺の視界には既に魔族の姿は無く、何も無い暗闇だけが広がっていた。

「逃げられた……最悪だ!」

俺とした事が、正体を言い当てられた事に動揺して取り逃がしてしまうなんて……! 我ながら情けない。こんなんじゃルビアス達に顔向け出来ないぞ!

「無事だったのかアンタ!」

突然かけられた声に驚くと、そこには人質らしき女性達を抱えて出てきたバッカス達の姿があった。良かった……俺の仕事は失敗したけど、彼等は無事に人質を救出できたみたいだ。

「大きな音と衝撃がしたから何事かと思ったぜ。それで、奴はどうなったんだ?」
「逃げられた。あと一歩まで追い詰めたんだけど……」

悔しげにそう呟く俺に一瞬残念そうな表情を見せたバッカスだったが、すぐに笑顔を浮かべて俺の肩を叩いた。

「なに、気にする事ねえさ。アンタのおかげで女やガキ共が助かったんだ。何を落ち込んでるのか知らねえが、少なくとも俺達はアンタに感謝してるよ」
「うん……ありがとう」

結果だけ見れば上手くいったと言って良い。魔族を撃退し、誰も欠ける事無く人質全員を救出する事が出来た。しかし――

「奴らの口から確実に俺の情報が漏れるな……」

せっかく今まで頑張ってきたのに、これじゃいつ今の生活が壊れるかわかったもんじゃない。今後の事を考えると、俺の気分は恐ろしく憂鬱だった。

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