勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第77話 スラムの事情

「人質……?」
「そうだ。奴は、このスラムに住むガキ共を人質にして、俺達を捨て駒にしようとしている」

憎々しげな表情でバッカスはそう吐き捨てるように言った。人質を取って相手を言いなりにする――国王陛下がされているのと同じ状況は、とても偶然と思えない。と言っても、チンピラ同士の抗争って線も考えられるから、軽々しくどちらかの味方をするわけにもいかない。黙って話の続きを促した俺に頷き、バッカスは事情を語り始めた。

その男がやって来たのは、魔族軍による襲撃があった翌日だった。目の前に座るバッカスの手下が、いつものようにスラム街に迷い込んできたよそ者に絡んだら、逆に半殺しの目にあったそうだ。スラム街のチンピラ連中は横の繋がりが強く、何かあったらあっと言う間に人が集まってくる。当然まとめ役のバッカスも例外じゃ無く、手下がやられた場所に急行したらしい。そこで出会った男の雰囲気は異様だった。長年スラムで斬った張ったを繰り返していたバッカスが、思わず後ずさりするほどの圧力を滲ませ、男は薄ら笑いを浮かべていたそうだ。

「情けねぇけど、ブルッちまって戦う気にもならなかった。あんなにおっかねえ奴は初めて見たからな。それに俺は気がつかなかったが、手下の何人かは奴の体から何か黒いモヤみたいなのが出てたって言ってたんだ」

その時の事を思い出したのか、バッカスは身震いしている。……バッカスは気がついて無さそうだけど、それはたぶん瘴気だな。瘴気って言うのは、魔力を巡らせる事が出来る人間なら特に意識せずに見る事が出来る。でも、魔力を使う事と縁の無い生活をしている人間には見えないものらしい。そして瘴気を漂わせているのは魔物と魔族だけ。魔物なら一目見て誰でも解るので、バッカスが出会ったのは間違いなく魔族だろう。

「奴は俺の手下を踏みつけながら言ったんだ。殺されたくなかったら俺の言うとおりに動け。逆らえばスラム街中のガキ共を殺して回るって……クソッタレが!」

スラム街にはスラム街なりの決まりがある。それはスラムで育った大人は、どんな時でもスラムに住む子供を助ける事。スラム街をウロウロしているような子供は、その大半が孤児であるので、放っておいたら高確率で死んでしまう。他の街なら弱肉強食とばかりに子供を見捨てて、強い者だけが生き残るシステムが構築されていてもおかしくないのだけど、このスラムの常識は違うようで、みんなで子供を育てると言う手段を選んでいるそうだ。

言ってしまえば、スラムの子供は誰であれみんなの子供。利益も罰も平等に、分け隔て無く与えるらしい。それ自体は素晴らしい行いだから褒められる事なんだろうけど、今回はそれを上手く利用された形になってしまった。

「言うとおりにって、そいつはお前達に何をさせようとしたんだ?」
「それが……」

俺の質問に、バッカスは答えにくそうに口ごもった。ここまで来て躊躇するような内容を指示されたんだろうか?

「……反乱の……手伝いをしろと言われたんだ」
「!」

反乱の手伝い!? この王都で反乱と言えば、王家に対するもの以外に考えられない。王のお膝元での反乱……この国の法を厳密に知らないから断言出来ないけど、反乱を起こした者は例外なく処刑される――それが世界の常識だ。場合によっては当事者だけで無く、無関係な親族まで連座で処罰される最も重い罪と言える。その男はそんな無茶な要求をしてきたのか……。

「奴は言ったんだ。自分が指定した日時になったら、街の各所に火を放てと。そうすればガキ共は殺さずにいてやる……と」

悔しくてしょうがないといった風なバッカスは勢いよく立ち上がる。

「いくら学のない俺にだって、反乱に加担すればどうなるかぐらいわかってる! でも、俺が断ったら、俺の代わりにガキ共が殺される。奴なら躊躇なくやる。そんな怖さがあるんだ。本当ならスラム中の人間をかき集めて叩きのめしてやりたいのに、どうやっても勝てそうに無い……。情けねえけど、見ず知らずのアンタに力を貸してもらうしか方法が思いつかねえんだ……」
「…………」

バッカスは気がついているんだろうか? 仮にバッカスが手を貸して反乱を起こしたところで、人質に取られた子供が無事で済む保証がないって事を。上手く行っても用済みになれば魔族に殺され、失敗したら反乱分子の温床としてスラムごと国に一掃される可能性が高い。今は目の前の事で頭がいっぱいになっているバッカスは、たぶんそこまで考えられないんだろう。

「頼む! アンタには関係の無い話だし、命を張る義理も無いってのは百も承知だ! でも、それでも何とか手を貸してくれないか!? あんたぐらい強ければ、あの男にも勝てると思うんだ!」
「俺からも頼む!」
「俺達に出来る事ならなんでもする! だから助けてくれ!」

バッカスだけでなく、彼の手下や宿の店主までが揃って頭を下げている。もとより俺に断るという選択肢は無い。せっかく見つけた魔族の手がかりなんだし、子供を見捨てるわけにはいかない。むしろこっちから協力させて欲しいぐらいだ。

「頭を上げてくれ。そういう事情なら協力させて貰うよ。みんなで子供達を助けてあげよう」
「――! 恩に着る!」
「ありがたい! アンタがいてくれるなら何とかなりそうだ!」

感謝されて悪い気はしないけど、鎧越しとは言え厳つい男達に手を握られて、少々暑苦しかった。やっぱりスキンシップなら女の子とする方が良いな。

「とりあえず、その男の情報を聞かせて欲しい。普段は何処に居るのか、獲物は何を使っているのか、仲間はいるのか。どんな些細な情報でも良い。教えてくれ」
「わかった。俺達が知ってる限りの情報を話させてもらうぜ」

バッカスの語った内容によると、男は三十歳前後で、少し日焼けした肌と鍛え上げられたガッシリした体型、そして白髪で短い髪型。目つきはスラムでも滅多に見ないような凶悪なものらしく、バッカス曰く――怖すぎて目を見て離せなかった――そうだ。

(視線そのものに何か効果があるのかな……? 邪眼持ちってのは滅多にいないけど、皆無って訳じゃ無いし……一応注意しておこう)

そして使っている武器は短剣が二振り。黒い鞘に金色の装飾がされた派手なものだそうだ。

「鞘に金色のドラゴンのが描かれてたんだ。ムカつく奴だが、鞘のセンスだけは認めてやっても良いと思ったね」
「…………」

まぁ……人それぞれの美的感覚があるよね。だから敢えて突っ込んだりしないで放置しよう。そして最も重要な男の所在。一番難しいと思われたこの情報だったけど、これはアッサリと解決した。

「あの野郎、俺達じゃ夜襲を掛けたところで敵じゃ無いと思ってるのか、スラムで一番しっかりした家に上がり込んで住み着いてるぜ。人質に使ってるガキ共はもちろん、何人か女を攫って好き放題してやがるんだ……!」

その女性の中に知り合いでもいるのか、バッカスは血が出るほど唇を噛みしめていた。……子供を人質に取る事も赦せないけど、女性を無理矢理乱暴するなんてますます赦せん。そのゲス野郎には死よりも辛い苦痛を与えてやらないとな。

「それで、そいつは一人なのか? 他に仲間がいる様子はないのか?」
「あ、ああ……奴は一人だよ。俺の仲間にずっと見張らせてるから間違いない。スラムにやって来てから、奴が誰かと接触した事は無いはずだ」

となると……本当に魔族側が人手不足なのは間違いなさそうだ。あのメイドに扮した魔族の話が真実味を帯びてきた。仕掛ける側としては楽になるけど、一応腕が立つから一人でいるって線も捨てきれないから、油断はしない方が良い。

バッカスの話を聞き終わり、大体の情報を得る事が出来た俺は、早速行動する事にした。

「よし、じゃあ今からその男の様子を見に行ってみよう」
「本当か!? 奴を倒してくれるのか!?」

テーブルに身を乗り出したバッカスは、これで全て解決したと言わんばかりに笑顔になった。けど、彼には悪いが、作戦開始の予定時間までは、俺だけ先走るわけにも行かない。だから俺はゆっくりと首を左右に振る。

「いや、戦うのはまだ先だ。相手が人質を取ってるなら逃がす準備も必要だし、俺で敵うかどうかを見極める必要もある。だから早くても三日は準備期間が欲しいな」
「そ、そうか……。だが、手伝って貰えるだけありがたい。奴のねぐらに案内するから着いて来てくれ」

そう言って席を立ったバッカスの後に続いて歩く。時折路地にたむろしている目つきの悪い男達が視線をこちらに向けるけど、バッカスの姿を見た途端ペコリと会釈をして道を空けていくし、おばちゃんやお爺ちゃんも愛想良く笑いかけていた。どうやら俺が思っている以上に、このバッカスはスラムの住民に慕われているみたいだ。こんな所に住んでいる割には、愛想の良い人が意外に多くて驚いた。でも彼等に共通しているのは、その痩せ細った体だ。汚れた服に骨が浮いているほどガリガリの体。明らかに栄養状態が悪い。

「……食べ物は間に合っているのか?」

無言で歩き続けるバッカスの背中にそう声をかけると、彼は振り向きもせずに答える。

「……全然だ。前は多少なりとも国からの配給で何とかなってたが、例の魔族騒ぎがあってからは、完全に音沙汰が無くなっちまった。国のお偉いさんは自分達を助けるのに忙しくて、俺達なんかに構ってる暇はないんだろうぜ」

言葉こそ静かだけど、その声からは、やり場の無い怒りのようなものが感じられた。いざ戦争が起こった時、どこの国も弱者から切り捨てていくのは常識だと思う。しかしその常識は為政者側のものであって、切り捨てられる側とは無縁のものだ。彼等は自分の無力を嘆き、死の瞬間まで苦しみながら、この世の理不尽を恨みつつ死んでいく。バッカスのような当事者からすれば、国王や貴族に恨みを抱くのも無理は無い。しかし――恨み言ばかり言って行動しないのなら、いつまで経っても変化が無いのも事実だ。

今回起きた魔族軍の襲撃、これは国全体にとっては悲劇だったけど、考え方次第で好機と言えなくもない。何故なら国全体で多くの犠牲者が出たので、人手不足になっているからだ。魔族軍自体は追い返したけれど、後に残ったのは人の住まなくなった、荒れ果てた村や街だけ。いくら復興させたくても人が居なければどうにもならない。だからこその好機だ。それも、スラムに住む人間達にとって。

普段納税もしなければ、何ら生産活動をしているわけでもない彼等を、この機会に移住させてしまったらどうかなと考える。村や街を復興させるのに協力するなら当分の衣食住を保証し、尚且つ何年かの無税を約束しておけば、かなりの人間が参加を希望するんじゃないだろうか? もちろん働くのが嫌いとか、人と協調するのが苦手でスラムに流れてきた人間もいるだろうから、全員を移住させるのは無理だろう。でも、ここで飢え死にを待っているより遙かにマシのはずだ。

「……事が上手く行った後、一度王様に相談してみるのも良いかもな……」
「何か言ったか?」
「いや、何でもない。それより奴の住み処は近いのか?」
「ああ。もう着いた。あれだ」

バッカスの指さす方向。そこには古びてボロボロになっている、一軒の屋敷の姿があった。

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