勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第73話 集まる勇者達

それから俺達は早速行動を開始した。王様から再び呼ばれる事を避けるために、宿を引き払った途端サッサとストローム王国を後にして、ボルドール王国へ戻っていった。王様とは昨日面会したところで一応挨拶は済ませているし、俺達がいなくなった事で時間を稼ぐ事も出来る。普通ならボルドールとストロームの往復にはかなりの日数がかかるので、飛行魔法で短縮した時間をそのまま対策に使えるはずだ。あの魔族が激発して人質に害を与える可能性もあるけど、人質ってのは生かしておく事に意味があるから、そう簡単に手は出さないだろう。

シエルとディエーリアの補助を受けた飛行魔法は、速度を上げるとスーフォアの街を素通りしたまま北上を続け、僅か一日でボルドール王国の王都まで辿り着く事が出来た。

「ルビアス、王様に顔を見せなくても良いのか?」
「かまいません。父上に会ってしまうと、遠話の魔道具でストローム国王からの伝言を伝えられる可能性がありますからね。国としての救援要請を受けたのなら、我々はすぐに戻らなくてはなりませんし、父に会うのはなるべく避けた方が無難かと」

時間を稼ぐため、俺達は対外的に帰国途中って事になってるからな。今回はそれが正しいだろう。なら何のためにわざわざ王都に来たのかと言えば、彼女の伝手で協力者を増やすためだ。

「幸い、今の私はマグナ兄上の協力を得られるようになっています。兄上の派閥には神殿関係者も多くいますし、実力のある神官を派遣してもらうぐらい造作も無いはず。そに加えて、バンディット殿とフレア殿にも連絡を取ってみましょう」

フレアさんは帰りの途中だから連絡を取れる可能性は低いけど、一応って形だ。バンディットは向こうの厄介ごとを手伝ったところだし、連絡さえ取れれば協力してもらえると思う。仮にバンディットが手伝ってくれる事になった時、俺とディエーリアだけで彼等を迎えに行かなきゃいけない。普通に移動すると一ヶ月以上かかってしまうからだ。王都に残るのはルビアス、カリン、シエルの三人。飛行魔法の使えるシエルが残ってくれるなら、彼女だけでフレアさんを迎えに行ってもらう事も出来る。

「わかった。とりあえずそっちはルビアスに任せるよ。俺達は宿で待機しているから」
「わかりました」

ルビアスと手を振って別れた後、俺達は宿を取るために王都を歩いて行く。今の所何も出来ない自分がもどかしいけど、ここは我慢して待つしか無いな。

§ § §

――バンディット視点

ラピス嬢達の力を借りてバリオスは平穏を取り戻していた。地震の被害も軽微だったし、津波はラピス嬢が防いでくれたので、ほぼ無傷と言って良い状態だ。そして世話になった彼女達が帰った後、俺達はひたすら修行に明け暮れていた。ベヒモスとの戦いで痛感した自分達の力不足。ラピス嬢がいなければ、ティティス様もバリオスも守る事が出来なかった現実。それはこの国を代表する勇者として、一人の男としても悔しい事実だった。なら腐っている場合じゃない。もっと強くならなければ。一念発起した俺は今まで自己流でやっていた鍛錬方法を一から見直し、各国から猛者をかき集めて、己の技量を磨く事に集中していた。

「はああぁ!」
「むううん!」

力を込めて振り抜いた俺の一撃をアネーロは手にした槍でガッチリと受け止め、逆に勢いよく弾き返した。体勢を崩した俺に振り回された槍の穂先が迫ってくるが、地を這うように体を伏せてやり過ごし、奴の足下に蹴りを見舞う。

「ふっ」

しかしそれは読まれていたのか、軽く後方に跳ばれて躱されてしまった。俺は素早く体勢を立て直し、愛用の魔剣ザンザスに魔力を込めていく。青く染まった刀身に反応したように、アネーロの槍の穂先も赤く染まっていく。威力を高めた魔剣と魔槍が日の光を反射してキラリと光ったその瞬間、俺達は同時に地を蹴って互いの武器を振り抜いた。

「ぐ!」
「おおお!」

勢いなら互角。ぶつけ合った武器を挟んで、俺とアネーロは歯を食いしばりながら睨み合う。踏ん張った足が地面にめり込み、体から溢れる魔力と闘気が渦を巻き、余人が近寄れない空間が出来上がっていく。しかしここに来てジリジリと俺は押され始めた。体格差のせいなのか、僅かずつではあったものの、アネーロの槍が俺の目の前に近寄ってくる。

「はああああ!」
「うおお!?」

アネーロが気合いの雄叫びを上げた瞬間均衡は崩れ、俺は手に持ったザンザスごと吹き飛ばされてしまった。受け身も取れずに背中から地面に叩きつけられ、一瞬息が詰まってしまう。マズいと思った時には既に遅く、俺の眼前にはアネーロの槍が突きつけられていた。それを見た俺は全身から力を抜き、盛大にため息を吐いた。

「……参った。今回は俺の負けだ」
「ふふ。力比べに持って行った私の勝ちだな」

差し出された手を握り返すと俺の体は力強く引き起こされた。ここは王都クサントスにある王城の中の練兵場だ。たった今俺と戦っていたのはベルシスの勇者アネーロ。彼とはレブル帝国での晩餐会で親しくなり、力不足を感じた俺が互いの鍛錬のために誘ってみると、すぐに快諾してわざわざここまで足を運んでくれた。

周囲には俺の妹達であるアヴェニスとイプシロンも居るし、アネーロの従者であるスイレイや、他のリザードマンの姿もあった。俺達とアネーロのパーティーは一戦毎に組み合わせを変えて、様々な状況でも対応出来るように模擬戦を続けていた。

「これでアネーロとの対戦成績は七十勝七十九敗だな。俺の方が少し押され気味なのが悔しいが」
「なに、勝敗は時の運だ。それに実戦は一度きりしかない。模擬戦の勝率で上回ったとしても、何の意味も無いだろう」
「……そうだな」

アネーロは気持ちの良い奴だ。まだ知り合ってからそれ程時間は経っていないが、まるで昔から付き合いのある親友のように接する事が出来る。今回彼等を誘ったのは、俺にしては珍しい妙手だったに違いない。乱れた息を整えながら手ぬぐいで汗を拭いていると、一人の騎士が練兵場に駆け込んでくるのが見えた。その騎士はキョロキョロと見渡した後俺に目をとめ、急いで駆け寄ってくる。何かあったのか?

「バンディット様。お探ししました」
「どうかしたのか?」
「それが……ボルドール王国の勇者であるルビアス殿から連絡が入っています。至急城へお戻りください」

ルビアスから連絡? 珍しい事もあったもんだ。俺はアネーロに断りを入れた後身だしなみを整え、急いで王城へと走って行った。遠話の魔道具は貴重品で、この国には王城の他数カ所の大領地にしか存在しない。なので設置してある部屋は王城の奥深くにあって警備も厳重で、普段は王族の許可が無いと出入りの出来ない場所だ。しかし事前に連絡が入っていたのか、いくつかある警備所は俺の顔を見ただけで通してくれた。扉を開けた先には淡い光を放つ一つのオーブが台座に置かれている。これこそが遠話の魔道具。手を添えて頭の中で言葉を思い浮かべるだけで相手と会話の出来る優れた道具だ。

(ルビアスか? 俺だ。バンディットだ)
(バンディット! 良かった。バリオスに居てくれたのだな)
(ああ。ここのところずっと王城で鍛錬を続けていたからな。それよりどうした? 遠話の魔道具を使うぐらいだから、何か急用があるんじゃないのか?)
(そうなんだ。実は――)

ルビアスから聞かされた話は衝撃的だった。まだこちらには伝わっていなかった魔族軍の襲撃。そして国の内部に深く食い込んだ魔族の存在。要人を意のままに動かすために人質をとる卑劣さ。ストローム王国だけじゃなく、どこの国でも起こりえるそのやり方に、俺は背筋が寒くなる思いがした。

(わかった。俺で良ければいくらでも力になるぜ。ルビアス達にはティティス様と王都を救ってもらってるからな。少しでも恩返しが出来るなら、喜んで行かせてもらうぜ)
(ありがたい! バンディット達が力を貸してくれるなら百人力だ。すぐに師匠が迎えに行くから、バンディット達は王城で待機していて欲しい)

ラピス嬢の飛行魔法か。ベヒモスとの戦いで見せた凄まじい速さで移動するなら、確かにボルドール王国との往復程度造作も無いだろう。と、そこまで考えた俺は一つ思いついた事があるので、ルビアスに提案してみる事にした。

(ああ。それと……こっちでももう少し戦力を用意出来るかもしれん。確約は取れていないが、力を得られるなら頼もしい味方になってくれるはずだ。……人数が増える分には構わないんだろう?)
(勿論だとも。味方は一人でも多い方が良い。それでは師匠が到着するまで数日かかると思うので、準備を頼んだぞ)

通信を打ち切った後、すぐに今来た道を戻っていく。恩返しの出来る又とない機会だ。俺も出来る限りの範囲で力にならないとな。となればまず、何は無くても戦力をかき集めないといけない。幸い今のバリオスにはアネーロ達ベルシスの勇者パーティーが訪れている。彼等に力を貸して貰えるなら、魔族との戦いでこれ以上ない援軍になるはずだ。

息せき切って戻った俺は早速アネーロにルビアスと話した内容を伝え、彼に力になってくれるように頼み込んだ。

「ふむ……潜伏しているであろう魔族との戦いか。良いだろう。力を貸そう。私も一応勇者を名乗る身だ。いずれ奴等とは雌雄を決する時が来るしな。その前哨戦にはちょうど良い。スイレイ達もそれで良いな?」
「問題ありません。魔族との戦いなら望むところです」

躊躇する事もなく手伝いを承諾してくれたアネーロ達。本当に気持ちの良い奴等だぜ。

「ありがたい! 人質を取るような卑怯な連中、俺達全員でぶっ飛ばしてやろうぜ!」
「もちろんだ!」

ガッチリと握手を交わすと、アネーロの力強さが伝わってくる。待っててくれよラピス嬢。そしてストローム王国の民達。俺達勇者が力を貸して、必ず助けてやるからな!

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