勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第71話 知り得た情報

魔族軍による襲撃があっただけあって、屋敷の警備は厳重そのものだった。四方八方を兵士が取り囲み死角を作らないようにしているばかりか、夜空を明るくするほどの松明が至る所に設置してある。空からの侵入にも警戒しているのか、時々小さな鳥が旋回しているのが見えた。普通の鳥がこの時間帯に跳び回る事はないので、たぶん使い魔の類いなんだろう。

「ちょっと骨が折れそうな警備だな。でも……」

どんなに警備を厳重にしても人間の集中力には限りがある。本人が四六時中気を張っているつもりでも、意識が弛緩する時間と言うのは必ず存在するものだから、忍び込む隙は必ずある。俺は地上に降りると息を殺して物陰に潜み、見張りをやり過ごしつつ、ジワジワと屋敷へ近づき始めた。

「あぶな……犬までいるのか」

数は少ないものの、軍用犬らしきものまで放されている。流石に彼等の鼻を誤魔化すのは難しいので、ここは魔法に頼ろう。俺は自分を風下にする形で小さな風の流れを作って、犬が匂いに気づかないでいる内に警備を突破し、なんとか屋敷に潜り込む事に成功した。

「ふう……。こっからが本番か……」

流石に屋敷の中まで兵士で埋め尽くされているなんて事は無く、感じられる気配は外に比べて随分少なくなっていた。これがダンジョンなら探知魔法を使って調べられるんだけど、あれは勘の鋭い人間だと気づかれる恐れがあるので、こう言った場合じゃなるべく使わない方が無難だ。本物の暗殺者なら障害になる警備は排除してから進むんだろうけど、俺の場合誰も傷つけるわけにいかないから更に潜入の難易度は高くなる。見回りをやり過ごすため、時には壁や天井に張り付きながら何とか国王様の部屋に近づいたその時、俺は背後から飛来した投げナイフに気がつき慌てて身を躱した。

「おや、避けましたか。こんな所まで侵入するだけあって、なかなかやるようですね」

ナイフの飛んできた方向に目をやると、外の光にうっすらと浮かび上がる一人の人物が立っていた。メイドだ。昼間俺達を持てなしてくれたメイドさんと同じ格好の女が、薄気味悪い笑みを浮かべて立っている。まさか護衛の騎士に混じって、戦闘の出来るメイドさんがいるなんて思わなかったな――と、そこまで考えて、俺はその女の普通じゃない雰囲気に気がついた。コイツは……まともな人間じゃない?

「あなたは何処の手の者なのかしら? その格好からして暗殺者みたいだけど……。大方、どこかの国が現国王を亡き者にして、支援名目で兵を進駐させた後、なし崩しに領土を併合でもしたいのかしら? とすると、この国に隣接している国で……一番可能性が高いのはボルドール。次はリュミエール。最後にゼファーってところ? どう? 当たっているでしょ?」

全然違うと否定したかったけど、今声を出すわけにはいかない。昼間王様の側に控えていたメイドなら、俺の声を覚えているかも知れないからだ。でも……おかしいな。侵入者が現れたのなら、普通はすぐに応援を呼ぶはずだ。なんでコイツはたった一人で俺と対峙しているんだ?

「でもごめんなさいね。今この国の王を殺させるわけにはいかないのよ。あの男は我等が主のための大事な駒。勇者をおびき寄せるための大事な道具なのだから」

あの男? 我が主? よくわからないけど、コイツは王様に対して微塵も敬意を払っていない。と言う事は、コイツは何者かの配下であって、何かの目的を持って王様の近くに潜んでいるんだろう。……とにかく、もっと情報を引き出さないと。

「……お前は?」
「おや? 暗殺者が喋るなんて珍しい。その声色から察するに、まだ少年なのかしら?」

出来る限り声を低くしてみたら、上手い具合に勘違いしてくれたみたいだ。俺が否定も肯定もしないでいると、女は面白くも無さそうに鼻を鳴らした。

「ふん、無愛想な子。でも良いわ。一応メイドとして潜り込んでいたのだけど、退屈してたしね。捕まえて玩具にしちゃいましょう」
「何者なのかは教えてくれないのか?」
「……聞いてどうするの? ま、どうせ死ぬんだし、冥土の土産に教えてあげるわ。私の主はアプリリア様。五人存在する魔王の内の一人よ」
「!?」

魔族!? こんなところまで潜り込んでいたのか。正直言って驚いた。でも今重要なのはそこじゃない。コイツが何の目的で国王様に近づいたのかを聞き出す必要がある。

「……魔族がなぜ――」
「こんな所にいるのかって? それは秘密。何でもかんでも聞けば答えて貰えると思わないでね。さあ、お喋りはもうお終い。坊やはここで死になさい」

言うが早いか、女はスカートの中から取りだし短剣を雨あられと投げつけてきた。流石にこんな状況になって見つからずにいるのは無理なので、俺は近くの窓をぶち破って空に躍り出た。眼下へ落ちていくガラスの破片には目もくれず、屋根伝いに跳躍を繰り返して街の外を目指す。もう背後の屋敷は蜂の巣をつついたように大騒ぎだ。ふと後ろに着いてくる気配を感じたので振り向くと、さっきの女が不愉快な笑みを浮かべながら着いてくるのが見えた。

「何処に行こうというのかしら? 逃がしはしないわよ」
「…………」

女は魔族だけあってなかなかの身体能力だ。全力ではないものの、そこそこスピードを上げた俺に着いてくるんだから。街の外に向かいながら、俺はこの状況を利用出来ないか必死になって頭を捻った。予想もしなかった魔族の存在。そしてこの女が駒だという王様。勇者をおびき寄せる餌だとも。つまり王様は、何かの弱みを握られて魔族に従わざるをえない状況に置かれている? そして俺達を何かに利用したかったけど、今の所上手くいっていないってところか。何にしろ情報が少な過ぎる。もう少し粘ってこの女から情報を引き出さないと。その為には芝居が必要だな……よし! ある作戦を思いついた俺は、魔族を振り切らない程度のスピードを維持して市壁まで辿り着き、そのまま街の外へ跳びだした。飛行魔法を使えば簡単に振り切れそうだけど、今の所人間側で飛行魔法を使っている人数は限られている。目の前で飛んでみせれば、すぐ俺の正体に気がつくはずだから、面倒だけど足で逃げるしかない。時折背後から飛んでくるナイフを左右に跳んで躱しながら、俺は街からも街道からも離れた荒野に辿り着くと、ようやく足を止めた。

「追いかけっこは終わりかしら? まったく……疲れさせてくれるじゃない。その逃げ足だけは感心するわ」

見ると、女は肩で息をしていた。カリン達なら余裕で着いてくる程度なのに、こいつの身体能力は彼女達より劣っているらしい。つまり倒すのは簡単って事だ。しかし――

「じゃあそろそろ死になさい。私はあまりあの男の側を離れるわけにいかないんだから。タダでさえ人手不足だってのに……」

女がスカートの中に手を突っ込んで一本の短剣を取りだしたかと思ったら、そのまま勢いよく切り込んできた。あのスカートの中はどうなってるんだと非常に気になったけど、今はそれどころじゃない。俺は何とかギリギリで身を躱している風を装って、女の攻撃をナイフでいなしていく。こちらが攻撃を捌く度に女の眉間に皺が寄り、攻撃も苛烈になっていく。

(そろそろか……ちょっと痛いけど我慢だな)

「ぐう!」

女の振り下ろした攻撃を避け損なったように見せて、俺は短剣の攻撃を敢えて腕で受け止めた。短剣は服を切り裂いて俺の腕を深く切り裂き、夜の闇に血飛沫を撒き散らしながら振り抜かれた。

(いってええぇ! 思った以上に痛い!)

トドメとばかりに再び振り下ろされた短剣を後方に跳んで躱し、俺は血の滴る左腕を握りしめる。

「あら、今度は躱したの? でもその傷と出血量じゃ長くないでしょ。回復魔法もポーションもないみたいだし、後は死ぬだけね。そこで黙って立ってなさい。せめてもの情けとして、一撃で首を落としてやるわ」
「待ってくれ……せめて、せめて最後に聞かせてくれないか……? なぜ魔族が王城にいたんだ? お前達さえいなければ、俺の仕事は終わっていたはずなのに……」

実際に怪我をしているせいか、苦しそうな声を出すのはそれ程難しくなかった。今の俺はどこからどうみても、追い詰められて死にかけの暗殺者にしか見えないはずだ。当然女からもそう見えたらしく、奴は手に持った短剣を弄びつつ上機嫌になっている。

「そんな事をきいてどうするのよ? どっちみち坊やはもう死んじゃうのよ?」
「……自分が関わった仕事の裏ぐらいは知っておきたいだけだ。頼む。このままじゃ死んでも死に切れん」
「ふう……仕方ないわね。じゃあ教えてあげる。私達はね、あの男の大事なものを人質にしてるのよ。あの男が逆らった場合、いつでも殺せるように側に潜みながらね」

人質? それに私達と言ったな。つまりコイツらは複数で王様の周りを固めているってわけだ。それにしても肝心の部分がわからない。誰を人質にしているのかが解らなければ、手の打ちようがないぞ。

「……その人質ってのは誰の事なんだ?」
「さてね。知りたければ自分で調べなさいな。もっても、調べる時間なんかありはしないんだけど」

俺にとどめを刺すつもりなのか、女が動いた。しかし予想出来た動きなので、俺は慌てず横に跳んで躱すと、女の顔面付近に魔法を叩き込んだ。

「きゃっ!?」

使ったのは光の魔法。ダンジョンや日常生活で使う魔法だが、この暗闇の中でいきなり目の前を明るくされれば目をやられるし、十分脅威になる魔法だ。

「くっ、くそ! 生意気な!」

女は短剣を滅茶苦茶に振り回して俺を近寄らせまいとしているようだったけど、もとより俺はこの場でコイツを殺すつもりはない。王様の近くに潜んでいるのがコイツだけなら排除しても問題ないけど、複数いるとなったら話は別だ。一人でも殺せば誰か解らない人質が見せしめとして殺される危険がある。やるなら全員纏めて一気に片付ける必要があった。

俺は飛行魔法で飛び上がると、その場に女を残して街に向かう。行く先は当然宿屋だ。みんなに俺が得た情報を聞かせて、相談に乗ってもらおう。今回の件、どうも俺一人の力で何とかなるとも思えないからな。痛みにうずく左腕を一瞬で完治させた俺は、騒がしくなった街へ急いだ。

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