勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第61話 国境からの急報

――ルビアス視点

翌日、早速マグナ兄上が動き始めたのか、事態に変化が起きた。脱走防止のために部屋の前で待機していた騎士達は居なくなり、昨日ここに訪ねてきたのとは別の文官がやって来て、嫌疑は晴れたと伝えられたのだ。

「マグナ殿下の働きかけにより、貴女方の嫌疑は晴れました。今後は自由に行動していただいて結構です」

まるで自分の手柄のように嬉々としてそう言う文官。たぶんこの男はマグナ兄上の派閥に属しているのだろう。政敵であるスティード兄上達に打撃を与えられて喜んでいるのかも知れない。私としては仲間が自由になりさえすれば、その辺りの事情は正直どうでも良いのだが、マグナ兄上がどんな手を使って話をつけたのかは気になった。

「それは良いんだが……被害を訴えた貴族はどうなったのだ? 参考までに聞かせてくれないか」
「彼は虚偽の訴えで司法を混乱させたとして、身分剥奪の上、王都を追放となりました。準男爵という低い地位にあった事に加え、偽の被害をでっち上げたのですから、本来ならば重罪を課されるところなのにその程度で済んで幸運でしょう」

スティード兄上らしい、トカゲの尻尾切りと言ったところか。全ての責をその貴族に背負わせ、証拠隠滅のために王都から追いだしたに違いない。流石に殺すまではしないだろうが、口止めのために家族は人質として王都に残すとか、ある程度の金を握らせているとか、それぐらいの事は平気でやっているだろう。

「虚偽の訴えと言う証拠は見つかったのか?」
「真実の剣を使うまでもなく、彼の証言を元に関係者達に話を聞いていった結果、どうにも辻褄が合わなくなったのですよ。決定的だったのは、彼が暴行を受けたと言われた時間帯に、メイド達がこの部屋でカリン殿とシエル殿のお世話していたと言う裏が取れたのです。それも一人ではなく複数のメイドから。そこまでいくと流石に誤魔化しきれないと観念したのでしょうね。虚偽の訴えをしたと認めましたよ」

思ったよりまともな方法で驚いた。マグナ兄上の事だから、てっきり非合法な手を使ってスティード兄上と手打ちでもしたのかと思ったいたのだが、どうやらそうでもないらしい。神経質な兄上の事だから、きっと捜査に携わった人間に逐一細かい指示を出し続けたに違いない。なんにせよ助かった。このまま王都に足止めになっていたら、修行どころではないからな。先のベヒモス戦でも私はあまり活躍が出来ていなかった。師匠ぐらいは言い過ぎだが、せめて後衛の二人に被害がいかない程度には、上手く立ち回れるようになりたい。その為にも、早く帰って師匠に稽古をつけて貰わねば。

「では帰ろうか三人とも。師匠も待っているだろうし」
「思わぬところで足止めを食っちゃったね」
「普段より良い寝具を使ってるのに全然落ち着かなかったわ。やっぱり家が良いわね」
「ラピスちゃん達にお土産買っていかないと」

たった一日とは言え、城で軟禁状態だったカリン達の為にも、少しは王都で気晴らしをしていっても良いだろう。実際、シエルの飛行魔法を使えばスーフォアの街までひとっ飛びだ。二日もあれば到着するだろうし、ディエーリアの言うように、師匠やマリア親子へのお土産を買って帰るのも悪くないかも知れない。そうすると先に何処の商会に足を運ぶのが良いか――そんな事を考えながら城門に向けて歩いていると、街の通りから一騎の騎馬が物凄い勢いで駆けてくるのが見えた。

「何かしら?」
「さあ?」

早馬の行き来は頻繁にあるが、それもせいぜい街の入り口までで、街中はゆっくりと歩くのが決まりになっている。そうでもしないと馬が人と接触し、大事故が起きる可能性がある。しかし目の前から駆けてくる騎馬はどうみても全速力を出していて、周囲の人間が慌てて避難している有様だ。普通ならそれだけで捕縛する理由になるが、何者かが王城に対して襲撃てくる可能性もあったので、それを見た衛兵達が即座に臨戦態勢に入った。巨大な門はゆっくりと閉じられかけ、跳ね橋も徐々に上げられ始めている。街側にある門の前には馬を止めるための移動式馬防柵が引っ張り出され、兵士達が槍を構える。このままあの騎馬が突っ込んでくれば、まず確実に串刺しになるだろう布陣だ。しかし騎馬はそのまま突っ込んでくる事なく次第に勢いを緩めると、馬防柵の直前で完全に停止した。乗っていたのは一人の騎士。身に着けた防具から判断して、我が国の騎士――それも国境に配置されている部隊の者に見えた。

「何者だ!」

槍を突きつけながら、厳しい声で誰何する兵士に向かって、騎士は敵意の無さを示すために両手を挙げる。しかしその顔は切羽詰まっており、ただ武器を突きつけられたのが原因とは思えない焦りようだった。

「で、伝令! ストローム国境警備隊より伝令! 昨日未明、魔境より大挙して魔物の軍勢が押し寄せストローム国内へ雪崩れ込んだ模様! 現在ストローム王国軍と交戦中! 至急陛下にお取り次ぎ願いたい!」

息も絶え絶えにそう叫んだ騎士の言葉に、私の体はザワリと総毛立った。魔物の軍勢だと!? 魔族の奴め、大人しくしていたと思ったが、いよいよ本腰を入れて戦いを挑んできたのか? しかも隣国の中で一番国力の乏しいストロームを狙うとは。もしや以前戦った魔族の仕業か? それとも別口だろうか? なんにせよ情報が足りない。私が振り返ると、仲間達は不安そうな表情を浮かべていた。

「ルビアス……」
「これは……すぐ帰るわけにはいかなくなったようだ。すまないが皆、詳しい情報が入るまで城で待機して貰いたい。攻撃を受けたのが隣国としても、ひょっとしたら援軍として向かわなければならなくなるかも知れない。それが軍に帯同してなのか、それとも我々だけ先行するのか、今の状態じゃ判断しようがないからな」
「わかったわ。ひょっとしたら私達の出番かも知れないしね」
「ラピスちゃんにも連絡した方が良いんじゃない? もし前回みたいな魔族が居たら、私達だけじゃ手が足りなくなるよ」

ディエーリアの言葉に頷く。確かに、以前戦った魔族が単体で襲ってきたなら、我々だけでもどうにかなる。しかし軍勢が一緒となるとそうもいかない。まだ我々の力では、どちらか一方しか相手に出来ないからだ。

「魔道具を使ってグロム伯爵に連絡を取る。いつでも出られるように師匠には準備して貰った方が良いだろう」

慌てて駆け出す兵を横目に、我々は今来た道を戻り始めた。まったく……スティード兄上の事さえ無ければ、今頃スーフォアの街からストローム王国に向けて出発していただろうに。王都からなら早くても数日かかってしまう。到着が遅れると、それだけ被害者が増えるだろう。兄上も余計なちょっかいをかけてくれたものだ!

§ § §

――デイトナ視点

「うおおおお!」
「ふん!」

向かって来た人間の騎士を一刀の下に切り捨て、俺はその死体を踏みにじる。弱い。以前戦った小娘共の足下にも及ばない実力だ。そう、あの小娘共――後で調べさせてみたが、どうやらあいつ等が勇者パーティーだったらしい。だが、俺と直接戦った四人は大した強さじゃない。冷静になった今なら、特に問題もなく殺せるはずだ。しかしただ一人、俺の部下と魔物共を殲滅したあの娘……あいつは別格だった。あいつと正面から戦ったとしても、俺では勝てる気がしない。たとえ全力で強化したとしても。

「全然手応えがないわね。デイトナ、アンタは本当にこんな連中に負けて帰って来たの?」
「コイツらじゃない! 俺が戦ったのは勇者パーティーだ! こんな雑魚と一緒にするな!」

俺の横に立ち、不快な言葉を投げかけてきたこの女――名をラクスと言う。外見だけはむしゃぶりつきたくなるような色っぽい女だが、その尊大な態度や他人を馬鹿にした言動で、全ての魅力が帳消しどころかマイナスになっている、嫌な女だ。ラクスはたった今殺したばかりの人間の死体を、まるで玩具でも扱うかのように弄んで喜んでいる。まったく……鬱陶しい。

今回トライアンフ様に命じられ、汚名返上の機会を与えられた俺だったが、いくつか気に入らない制約があった。まず第一に、目標地点の変更だ。前回俺は魔物の嘆きとか言う壁が建設されている国――ボルドール王国へ向かおうとしたのだが、そこで勇者パーティーと鉢合わせする事になってしまった。その結果俺は手ひどい傷を負い、多くの部下と魔物を失うという失態を演じてしまった。なので今回はそのボルドール王国の南、ストロームと言う国に対して攻撃を仕掛ける事にした。確かに違う国ならあの勇者パーティーが出てくる可能性は低い。ストローム王国から勇者は出ていないようだし、難なく蹂躙出来ると踏んだからだ。確かに、狙い通りになっている。しかし――

「気に入らんな。これじゃあまるで、俺が奴等から逃げたみたいじゃねえか」
「実際逃げたようなもんでしょ? なんて言ったっけ? アンタがビビった相手。確か……ラピスとか言う女じゃなかった? まあ安心しなさい。どんな奴が出てきても、アタシが居る限りは大丈夫だから」
「…………」

二つ目に気に入らないのは、この女が同行している事だ。トライアンフ様の腹心は何人かいるが、その中で最も戦闘能力に長けているのがこの女――ラクスだった。この女は見た目と違ってトライアンフ様に次ぐ実力の持ち主で、まともに戦えば俺でも長く持たない程強い。魔族は生まれつき強力な力を持っている者が多いが、中でもコイツは魔力量が桁違いに多く、巨大な魔法を連発しても息切れ一つしない。当然魔力任せの強化を行えば爆発的に戦闘力が増幅し、白兵戦でも戦える恐るべき戦士になる。まったく、あのラピスとか言う娘と言いコイツと言い、見た目が弱そうなのにデタラメな強さって奴が増えているのか? それとも名前が似てる奴は強さも似る傾向があるとでも言うのか? 勘弁して欲しいぜまったく……。

「国境を突破して一つ街を潰した程度だから、戦果としてはまだまだだね。トライアンフ様に報告するには、せめてこの国の王都ぐらいは落としておかないと格好がつかないわ」
「言われなくてもそのつもりだ。――おい! いつまで遊んでやがる! さっさと次の準備を始めろ!」

捕まえてきた女を嬲って遊んでいる部下に怒鳴りつける。この国に勇者が存在しなくても、待っていれば必ず奴等はやって来る。それまでは鬱憤晴らしに、せいぜいこの国の人間共をいたぶってやるとしよう。

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