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勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第58話 新規事業

仕事を思いついたので、早速ギルドマスターと掛け合う事にした。最近ギルド全体の仕事が増えた事で、クリークさんはほぼ部屋に籠もりっきりになっている。やっぱり立場が上になるほど書類仕事も増えるんだろう。


「ギルドマスター。ラピスです」
「開いているよ。入りたまえ」


コンコンとノックをすると入室の許可が出たので遠慮無く足を踏み入れると、やはりと言うかなんというか、クリークさんの机は書類の山で溢れていた。やや疲れた表情を隠そうともせず、机から顔を上げたクリークさんは、不思議そうに俺を見ていた。


「珍しいな。君が自分からここに来るなんて。何か相談事かね?」
「相談は相談なんですけど、俺個人の事じゃありません。ギルド全体に関わる事です」
「……ふむ。よく解らんが重要そうな話のようだな。わかった。話を聞こう」


ペンから手を離し、俺に席を勧めながらクリークさんは向かい側に腰掛けた。少し真面目な雰囲気になったので、こちらも一つ咳払いしてから仕切り直す。


「ご存じでしょうけど、このギルドだけでなく、新人達の仕事は取り合いになっていますよね?」


クリークさんは何を当たり前のことをと言わんばかりの表情だ。


「もちろんだ。個人的に支援をしてやりたいが、ギルドが特定の冒険者に肩入れしては公平性を欠くからな。難しい問題だと思っている。しかし以前と違って訓練所もあるし、努力次第で食べていける環境は整っていると思うが?」
「確かにそうです。でも、訓練所に通っている間の収入は保証されていませんよね?」
「そうだな。訓練所はランクが低い程ほぼ無償に近い形で受講できるが、訓練を受けたからと言って金を支払っているわけじゃない」


訓練所は、あくまでもお金を払って自分を鍛える場所であって、お金を貰う場所じゃ無い。だから僅かな額でさえ支払えない本当の駆け出しには、敷居が高かったりする。今回俺が何とかしようと思うのは、その初心者とも言えない段階にある冒険者の支援だ。


金が無く、雑用すら見つからない本当に困窮している人間なら、手っ取り早く出来る仕事を与えてやれば良い。それもギルドが――ついでに俺が少しぐらい楽を出来れば一番だ。


「ところでギルドマスター。ギルドで使ってる備品て、どこか決まった商会から下ろしているんですか?」


突然の話題転換に戸惑いつつも、クリークさんは少し首をかしげて思い出しながら答えてくれた。


「これと言って決まった商会ではないな。ギルドが必要とする備品の数を列記して、全ての商会に入札競争をさせるんだ。一番安い値で落札した商会が、ギルドが必要とする三ヶ月分の備品を納入する事が出来る」
「じゃあ……そこに少しだけ食い込む事は出来ませんか? ギルド自らが生産するって方法で」
「!?」


俺の考えた手はこうだ。今ある訓練所の一角に、備品の製造に耐えられるだけの工場を作る。そしてギルドが使う備品の中で、最も金がかかる品を一品だけ量産しようというのだ。


「一番使っているのは、やっぱり紙ですよね?」
「そうだな。依頼書や掲示板の貼り付けはもちろん、報告書や決裁の書類等々、他の備品と比べて紙を使う頻度は圧倒的だ。全部とは言わないまでも、少しでも自作出来るとしたら……確かに楽になると思うが……」


クリークさんは難しい顔で黙ってしまった。ギルド内で使われている紙は粗末なものが多く、簡単に破けて使い物にならなくなる事も多いし、インクが滲んで字が読めなくなる事も珍しくない。重要な書類などは頑丈な羊皮紙を使っているけど、あれは嵩張りすぎて管理するのが大変だったりする。しかし俺には、その部分を解決する当てがあった。


カリン達に誘われて山の中から出てきた俺は、世の変化にかなり驚かされたものの、中でも紙の質の低下には驚いた。俺の現役時代は今より白くて頑丈な紙が大量に出回っていて、役所は大体その紙を使用して種類などを纏めていた。流石に一般家庭で使えるほど安価じゃなかったけど、それでも多くの国で出回っていたから、そこまで高価な代物じゃ無い。つまり俺は、その失われた紙を現代に蘇らせようとしているわけだ。幸い多く受けている神々の加護――それも知恵の神ウィダムのおかげで、俺は技術や知識と言った重要な情報をずっと覚えたままでいる。昔チラッと製法を見学した事があったけど、それが今になって役に立とうとしていた。


失われた技術と言ってしまえば怪しまれるので、俺は今より簡単な紙の製法を知っているとクリークさんに伝える事にした。今と昔の製法の違い――それは単純に不純物を取り除く工程が抜けているからだ。紙の善し悪しは不純物が混ざっているかどうかで大きく違ってくる。不純物が多いと破けやすく、インクの滲む粗末な紙しか出来上がらない。逆に時間と人手を掛けてでも不純物を取り除けば、それだけ高品質な紙が生まれる。たぶんシエルから教えられた戦乱期に、多くの職人連中も徴兵されて命を散らしたので、そう言う細かい部分を失伝していたんだろう。


新しくも何でもない技術。そしてただゴミを取り除くだけという簡単な方法に、クリークさんは目を丸くしていた。


「……そんな簡単な方法で品質が上がるのか?」
「上がります。間違いなく。実演するのも良いですけど、それは後回しにして……。それをどうやって新人支援に結びつけるかを聞いていただけますか?」


訓練所の一角には、俺が出資して小さな工場を建てる。そこに余所から引き抜くか、引退した紙職人を引っ張ってきて、全ての工程を素人でも出来るように図解で説明し、その上で各作業を分担、細分化していき、流れ作業で紙の生産量を上げていく。そこで働くのは当然仕事にあぶれた新人冒険者だ。一般的な日雇いより少しマシ程度の給料で彼等を雇い、一ヶ月毎の更新で最大一年まで雇用を継続する。期間が短いのは、あくまでも支援策であって、定職に就かせるのが目的じゃ無いからだ。待遇に満足していつまでも居座られてはたまらない。なので出来るだけ人の入れ替えを激しくして、多くの新人を支援出来るようにしていくつもりだ。


「確かに、仕事にあぶれる新人を使うなら、すぐに人が集まるだろうな。作った紙を外に出さずギルド内だけで使用するなら、今まで紙を卸していた商会以外は反発も少なくて済むだろう。しかし問題は……資金をどうするかだ」
「訓練所の一角を使用するならそれほど高くないのでは? 手の空いてる魔法使いに手伝わせれば、かなり安価に建てられると思いますけど? もちろん俺も手伝いますし」
「ふむ……。しかし見返りは必要だろう?」
「働いた分は賃金を支払うより、ギルドに対する貢献として記録してはどうでしょう? ランクが上がりやすくなるとなったら、協力者は増えると思いますよ」


実際、訓練所に使われている土地は格安だったはずだ。なにせ街の中心部から距離があるし、回りには商店の類いが何も無い。俺の家も郊外にあるけど、そこより遠いんだから土地の値段もそれ相応だろう。


「建物は魔法で何とかするとして、問題は当面の給料だな。職人を引っ張って来るのも、新人を使うのも金が必要だ。生産が軌道に乗るまではかなりの金額が必要になる。それこそ金貨で百枚二百枚単位で金がかかるはずだ。それをどこから集めるか……。完全にギルドの利益のためだから、グロム様に出資を頼むわけにもいかんだろうし」
「問題ありません。金貨二百枚、俺にはそれだけの蓄えがありますから」
「まさか!? いや……君ならあり得るのか?」


一般的に、金貨二百枚と言うのは物凄い大金だ。国家予算から考えると話にならないほど少額でも、小さな商会の運営資金には十分な額だし、個人なら一生遊んで暮らせる額だ。普通ならそんな金額を個人で出資すると言っても鼻で笑われてしまうけど、俺は勇者パーティーとしての活動もある。仮にも冒険者ギルドのギルドマスターであるクリークさんなら、勇者パーティーが行く先々で現金なりお宝なりで儲けていると理解したんだろう。


「先日バリオスでちょっとした事があって、女王陛下から金貨二百枚を褒美として受け取りました。使い道もなく貯めておいたんですけど、ちょうど良いかなと思って」
「事実なら助かるが……。本当に良いのかね?」
「別に差し上げる訳じゃ無いんで構いませんよ。事業が軌道に乗り始めたら、浮いた備品代の内何割かを俺への返済に充ててください。利子も必要ないですから」


出資するのは俺だけだし、ギルドからの持ち出しは無い。土地も今所有しているものの一部を使うだけで、建築に携わる人も貢献度と言う目に見えないものを使って集める事が出来る。万が一事業が失敗しても、損をするのは俺だけと言って良い。俺としても金貨二百枚が丸ごと無くなるとショックだけど、もともとあぶく銭だからそこまで執着は無かった。これから先、ギルドの発展と俺個人への借りを天秤に掛けた結果、クリークさんはギルドの未来を選択したみたいだ。


「……わかった。君がそこまで言うのだ。この際だから話に乗っておこう。私は早速人員を手配しようと思うが、君はどうする?」
「候補になりそうな新人を何人か集めておきます。職人はクリークさんにお任せして良いですか?」
「わかった。私は商業ギルドにも伝手はあるし、彼等から適当な職人を紹介して貰うよ」
「お願いします」


ギルドマスターの了解を取った俺は、早速休憩室に戻ってリックとエイミーに事情を話した。彼等は戸惑っていたものの、自分達の生活が向上出来るとわかって、素直に喜んでいた。


「今日話がまとまっても、工場が出来上がって稼働するまでは時間がかかるからね。その間は俺が君達に仕事を頼むよ。もちろん薄給じゃ無く、適正な報酬を用意するつもりだから安心してくれ」
「仕事って……俺達に何が出来るんだ?」
「原料集めだね。紙を作るとなったら、何はなくとも原料を集めないと話にならない。君達は工場が出来上がるまでに街と森を何回も往復して、紙の原料を集めておいて欲しいんだ」


幸い、スーフォアの街の周辺には紙の原料になる木材がいくらでも自生している。薬草採取は新人にとって言い稼ぎになる仕事だけど、紙の原料集めを薬草採取と同じぐらいに基本的な仕事に引き上げていければ事業は成功だろう。


「詳しい内容はこの後依頼書にして渡すから、君達はそれに従って仕事を進めてくれれば良いよ。じゃあ早速だけど受け付けに行こうか? 遊んでても収入にならないしね」


ちょっとした思いつきで始めた紙作りだけど、なんとなく上手く行きそうな気がする。二人を引き連れて受け付けに戻りながら、俺はそんな事を考えていた。

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