勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる
第57話 新人の憂鬱
一ヶ月以上仕事を休んでいた割には、同僚の皆は快く俺を迎えてくれた。土産物を買うのを忘れていたので、出勤前に急いでお菓子をいくつか見繕って一人一人に手渡したのが功を奏したのか、誰一人怒る事無く応対してくれて安心した。受け付け業務が一段落して、そんな気持ちだった事をカミーユさんに話してみると、彼女はカラカラと笑いながら俺の背中を叩いた。
「気にしすぎなんだよラピスちゃんは。このギルドだけじゃなくて、冒険者のほとんどがあんたの忙しさを知ってるんだから。受け付けと訓練所だけでも普通なら音を上げるのに、勇者パーティーのメンバーまで勤めてるんだよ? それだけ頑張ってる人間に文句言う奴なんか居ないさ。仮に居たとしてもアタシが許さないけどね」
「頼りにしてます」
腕まくりして力こぶを見せるカミーユさんのおかげで、俺はようやく胸をなで下ろす事が出来た。
久しぶりに――と言うほどでもないけど、ちょっと間の空いた時間があると、受け付け業務と言うのは新鮮に感じられる。最近は普通の仕事より勇者パーティーとしての活動が多めになっているから、剣も魔法もなく、誰も傷つかない時間が凄く貴重に感じられた。しかしそこは冒険者ギルド。血の気の多い奴の集まる場所だけあって、揉め事も頻繁に起きる。基本的にギルドは冒険者間の諍いに口を出さない方針だけど、回りに被害が出たり、公序良俗に反する場合は別だ。酔っ払ってギルドに入ってきた冒険者風の男達が、新人らしい俺と同じぐらいの若い男女のパーティーに絡み始めたので、腕まくりしながら当事者達の元に向かう事にした。
「ラピスちゃん。やり過ぎちゃ駄目だよ」
「わかってますよカミーユさん。ちゃんと手加減しますから」
「なら良いんだけど……」
最近、ギルド内での俺の評価が随分変化してきているように感じる。その一端が今のカミーユさんの台詞に現れていた。どうも俺は、揉め事となったら嬉々として暴力を振るう危ない奴という認識があるらしく、善良な一市民としてとても不本意な状態だ。それもこれも、俺が悪名を轟かせる原因になったレブル帝国の勇者――バルバロスが悪い。あいつが余計なちょっかいを仕掛けなければ、今頃俺はただの美少女として、大人しく受付嬢をやれてたはずなのに。
「――だからあんた達なんかに用はないって言ってるだろ!」
「お前じゃ無くてそっちの姉ちゃんに言ってるんだよ! ガキが女を侍らせるなんて十年早いんだ!」
「姉ちゃんもそう思うだろ!? こんな頼りない坊主より、俺達の方が良いよな!?」
「はいそこまで」
酔っ払い二人の後ろに回り込んだ俺は、有無を言わせずその首根っこを掴み上げた。慌てて暴れ出す二人の男。当然身長差があるので男達の体が浮き上がるような事はないけども、俺の手は万力で固定したようにガッチリと微動だにしない。
「くっ……くるし……!」
「はなせ……!」
「ここをどこだと思ってるんですか? いかがわしい店だとでも思った? あなた方が絡んでいるのは客商売の女性じゃ無くて、冒険者なんですよ?」
周囲の冒険者は成り行きを興味深そうに見ている。大半は俺の実力を知っているのか、苦笑気味に眺めているだけだし、残りは俺の膂力に目を丸くしていた。たぶん他の街からやって来た冒険者なんだろう。そんな中、男達は死に物狂いで抵抗を続けていたものの、もとより真後ろに立つ俺に攻撃を仕掛けるなんて不可能だ。顔色が赤を通り越して青くなり、紫色に変化した辺りで手を離してやると、男達は揃って地面に崩れ落ちた。
「がはっ……!」
「ぐ……! 無茶苦茶しやがって……!」
「ちゃんと二人に謝罪しなさい。そうすれば、今回はペナルティ無しで済ませてあげます。それとももう一回絞められたいですか?」
少しだけ殺気を込めてギロリと睨み付けると、男達は慌てて絡んでいた二人組に頭を下げ、ほうほうの体でギルドから逃げていった。
「流石先生! 見事な手並みだ!」
「あいつ等も馬鹿な事したもんだな。先生の勤めるギルドで新人に絡むなんてよ」
「まったくだ。このギルドは先生のおかけで他より揉め事が少ないのを知らなかったのかね?」
「先生さまさまだな!」
見物していた冒険者達が、口々に俺を褒め称えている――褒めてるんだよね、これは? それにしても、こんなガラの悪い連中から先生呼ばわりされるって……。訓練所で俺の講義を受けた人間にそう呼ばれるのは解るけど、聞きようによってはまるでどこかの酒場か賭場の用心棒みたいじゃないか。こんな美少女に対する呼び方じゃ無いぞまったく。
「あ、あの……ありがとうございました」
絡まれていた二人組の片割れ――女の子の方が、そう言って俺に頭を下げた。なるほど、さっきの連中が絡みたくなるのも解る美少女だ。ウェーブがかった亜麻色の髪と整った造形に加えて、どこかふんわりとした優しい雰囲気。そして人を安心させるような声色の、これぞ女の子――と言いたくなるような美少女だった。俺はそんな彼女を安心させるように笑いかける。
「気にしないで良いよ。ギルド内の揉め事を解決するのも職員の仕事だから。それより二人は冒険者なの?」
「えっと……先日登録したばかりなんです。でも、二人で出来る仕事があんまり無くて」
掛けだしの冒険者が出来る仕事は沢山あるけど、それと同じように仕事を受ける新人も多いので取り合いになる事が多い。最初はともかく、段々仕事の回数をこなす事でその辺の事情を把握していった目ざとい人間から、次のランクに早々と上がっていく。たぶんこの二人は時間帯によって張り出される依頼数の違いに気がついていないんだろう。
「ギルドは初心者に厳しくないか? 俺達みたいな掛けだしじゃ、いくら頑張ってもカツカツの生活しか出来ないんだぜ?」
八つ当たり気味にそんな事を言い出したのは、さっきの酔っ払いから女の子を庇っていた男の子だ。言いがかりをつけているとも取れるその態度に、焦ったような表情で女の子が止めようとしているけど、男の子は自分の言葉に興奮しているのか、引こうとしない。
「別に厳しくは無いと思うけど。ランクの上下にかかわらず、適正な報酬を支払っているよ?」
「それでも……! その仕事自体が少ないじゃないか! これじゃ依頼だけで生計を立てるなんて無理だ!」
彼の叫びを聞いた冒険者の何人かが、呆れたように肩を竦めている。初心者から脱却して、冒険者として生きている彼等全員は、今男の子が叫んだような下積み時代を経験してから自立している。ギルドでの仕事が無ければ日雇いで日銭を稼ぎ、食べ物が無ければ近くの森には行って動物や木の実などで飢えを凌ぐ。それなのに、そんな努力をしようともせず、ギルドの依頼だけで何とかなると思っている新人二人の姿は、彼等にとって呆れの対象でしか無いんだろう。
「止めなよリック! せっかく助けてくれたのに、失礼だよ!」
「でもよエイミー、実際に俺達は苦しいままじゃないか!」
「はいはい、そこまで! あんまり騒ぐとさっきの酔っ払いみたいにつまみ出すよ!」
熱くなりかけた二人はさっきの酔っ払いを思い出したのか、急に黙り込んで怯え始めた。……だからなんでそんな反応になる?
「ここじゃ何だし、奥で話そうか?」
『…………』
黙って頷く二人組。俺は一つため息を吐くと、カミーユさんに目配せで謝りながら、二人をギルドの休憩室へと案内した。一般的な冒険者は、ギルドのカウンターから先には入れないため、滅多に経験出来ない出来事に二人は興味津々だ。そんな様子に苦笑しながら、俺は三人分のお茶を入れて二人に席を勧める。恐縮しながら腰掛けた二人は、おずおずと飲み物に手を伸ばした。
「えっと……確か、リックにエイミーだっけ? 冒険者の仕事だけじゃ厳しいの?」
「……ああ。俺達は大きな街ならいくらでも仕事があると思ってたんだ。それなのに……」
テーブルに置かれたリックの手が強く握りしめられた。きっとこの街に来たら色々仕事をこなして、順風満帆な冒険者生活が送れると思っていたに違いない。
「あるにはあるんだよ。魔物の討伐依頼自体は増えてるし、それを目当てに余所から冒険者も流れてきてる。その分君達みたいな初心者の数も増えているから、少なく感じるのは無理ないかもね」
「やっぱり――」
「でも、条件はみんな一緒なんだよ? 君達は他人より先に依頼を勝ち取る努力はしたのかな?」
勝ち誇ったような顔のリックを手で遮り、俺は話を続ける。たぶんこの二人は、冒険者に憧れて田舎から出てきた、よく居るタイプの人間なんだと思う。だから良くも悪くもどこかのんびりしていて、都会の冒険者にあるようなハングリー精神が足りない。
「努力って……剣や魔法の修行とかですか? 強い魔物をやっつければ、それだけギルドから信用されて――」
「違うよ。そう言う事じゃ無いんだ。具体的には朝からギルドの前に並んだり、熟練冒険者と親しくなって人の繋がりを増やしたりだね。初心者向けの依頼は数が限られているから、朝早くからの取り合いになってるんだ。だから君達のように昼過ぎに来ていたら、ろくな仕事が残ってない」
「そんな……」
そんな事態をまったく想定していなかったのか、二人は少し呆然としている。
「そして熟練冒険者との繋がり……だけど、別に冒険者に限る事は無いんだよ。要は人脈を作るんだ。熟練冒険者と仲良くなったら軽めの仕事に誘って貰えたり、余った素材を分けて貰えたりする事もある。宿屋の主人と仲良くなれば、宿賃を少し値引いてくれたり、泊まった時に食事をつけてくれる場合もある。ギルドの受け付けと仲良くなったら、まだ張り出していない依頼の情報を教えて貰える時もある。そうやって、色んな伝手を使って自分の生活を楽にしていくだけでも随分違ってくるだろう? 君達に足りないのはそう言った努力だ。ハッキリ言って、冒険者の仕事だけで食べていけるのはアイアンからと思った方が良いよ。ブロンズは掛け持ちが常識だし」
「…………」
厳しい現実を突きつけられて二人は言葉もない様子だ。きっと夢を持って田舎から出てきたんだろうな。可哀想だと思うけど、どうしようもない。かと言ってこのまま放り出したら後味が悪いしな――と思った時、俺は一つの妙案を思いついた。
「そうだね。ここで会ったのも何かの縁だろうし。君達、どうせ暇なんだったら、一つ仕事をしてみる気は無い? 決して損はさせないから」
俺の提案に二人は首をかしげる。バリオスで貰った金貨二百枚。貰っただけで使わなかったその大金の使い道を、ようやく思いついた。
「気にしすぎなんだよラピスちゃんは。このギルドだけじゃなくて、冒険者のほとんどがあんたの忙しさを知ってるんだから。受け付けと訓練所だけでも普通なら音を上げるのに、勇者パーティーのメンバーまで勤めてるんだよ? それだけ頑張ってる人間に文句言う奴なんか居ないさ。仮に居たとしてもアタシが許さないけどね」
「頼りにしてます」
腕まくりして力こぶを見せるカミーユさんのおかげで、俺はようやく胸をなで下ろす事が出来た。
久しぶりに――と言うほどでもないけど、ちょっと間の空いた時間があると、受け付け業務と言うのは新鮮に感じられる。最近は普通の仕事より勇者パーティーとしての活動が多めになっているから、剣も魔法もなく、誰も傷つかない時間が凄く貴重に感じられた。しかしそこは冒険者ギルド。血の気の多い奴の集まる場所だけあって、揉め事も頻繁に起きる。基本的にギルドは冒険者間の諍いに口を出さない方針だけど、回りに被害が出たり、公序良俗に反する場合は別だ。酔っ払ってギルドに入ってきた冒険者風の男達が、新人らしい俺と同じぐらいの若い男女のパーティーに絡み始めたので、腕まくりしながら当事者達の元に向かう事にした。
「ラピスちゃん。やり過ぎちゃ駄目だよ」
「わかってますよカミーユさん。ちゃんと手加減しますから」
「なら良いんだけど……」
最近、ギルド内での俺の評価が随分変化してきているように感じる。その一端が今のカミーユさんの台詞に現れていた。どうも俺は、揉め事となったら嬉々として暴力を振るう危ない奴という認識があるらしく、善良な一市民としてとても不本意な状態だ。それもこれも、俺が悪名を轟かせる原因になったレブル帝国の勇者――バルバロスが悪い。あいつが余計なちょっかいを仕掛けなければ、今頃俺はただの美少女として、大人しく受付嬢をやれてたはずなのに。
「――だからあんた達なんかに用はないって言ってるだろ!」
「お前じゃ無くてそっちの姉ちゃんに言ってるんだよ! ガキが女を侍らせるなんて十年早いんだ!」
「姉ちゃんもそう思うだろ!? こんな頼りない坊主より、俺達の方が良いよな!?」
「はいそこまで」
酔っ払い二人の後ろに回り込んだ俺は、有無を言わせずその首根っこを掴み上げた。慌てて暴れ出す二人の男。当然身長差があるので男達の体が浮き上がるような事はないけども、俺の手は万力で固定したようにガッチリと微動だにしない。
「くっ……くるし……!」
「はなせ……!」
「ここをどこだと思ってるんですか? いかがわしい店だとでも思った? あなた方が絡んでいるのは客商売の女性じゃ無くて、冒険者なんですよ?」
周囲の冒険者は成り行きを興味深そうに見ている。大半は俺の実力を知っているのか、苦笑気味に眺めているだけだし、残りは俺の膂力に目を丸くしていた。たぶん他の街からやって来た冒険者なんだろう。そんな中、男達は死に物狂いで抵抗を続けていたものの、もとより真後ろに立つ俺に攻撃を仕掛けるなんて不可能だ。顔色が赤を通り越して青くなり、紫色に変化した辺りで手を離してやると、男達は揃って地面に崩れ落ちた。
「がはっ……!」
「ぐ……! 無茶苦茶しやがって……!」
「ちゃんと二人に謝罪しなさい。そうすれば、今回はペナルティ無しで済ませてあげます。それとももう一回絞められたいですか?」
少しだけ殺気を込めてギロリと睨み付けると、男達は慌てて絡んでいた二人組に頭を下げ、ほうほうの体でギルドから逃げていった。
「流石先生! 見事な手並みだ!」
「あいつ等も馬鹿な事したもんだな。先生の勤めるギルドで新人に絡むなんてよ」
「まったくだ。このギルドは先生のおかけで他より揉め事が少ないのを知らなかったのかね?」
「先生さまさまだな!」
見物していた冒険者達が、口々に俺を褒め称えている――褒めてるんだよね、これは? それにしても、こんなガラの悪い連中から先生呼ばわりされるって……。訓練所で俺の講義を受けた人間にそう呼ばれるのは解るけど、聞きようによってはまるでどこかの酒場か賭場の用心棒みたいじゃないか。こんな美少女に対する呼び方じゃ無いぞまったく。
「あ、あの……ありがとうございました」
絡まれていた二人組の片割れ――女の子の方が、そう言って俺に頭を下げた。なるほど、さっきの連中が絡みたくなるのも解る美少女だ。ウェーブがかった亜麻色の髪と整った造形に加えて、どこかふんわりとした優しい雰囲気。そして人を安心させるような声色の、これぞ女の子――と言いたくなるような美少女だった。俺はそんな彼女を安心させるように笑いかける。
「気にしないで良いよ。ギルド内の揉め事を解決するのも職員の仕事だから。それより二人は冒険者なの?」
「えっと……先日登録したばかりなんです。でも、二人で出来る仕事があんまり無くて」
掛けだしの冒険者が出来る仕事は沢山あるけど、それと同じように仕事を受ける新人も多いので取り合いになる事が多い。最初はともかく、段々仕事の回数をこなす事でその辺の事情を把握していった目ざとい人間から、次のランクに早々と上がっていく。たぶんこの二人は時間帯によって張り出される依頼数の違いに気がついていないんだろう。
「ギルドは初心者に厳しくないか? 俺達みたいな掛けだしじゃ、いくら頑張ってもカツカツの生活しか出来ないんだぜ?」
八つ当たり気味にそんな事を言い出したのは、さっきの酔っ払いから女の子を庇っていた男の子だ。言いがかりをつけているとも取れるその態度に、焦ったような表情で女の子が止めようとしているけど、男の子は自分の言葉に興奮しているのか、引こうとしない。
「別に厳しくは無いと思うけど。ランクの上下にかかわらず、適正な報酬を支払っているよ?」
「それでも……! その仕事自体が少ないじゃないか! これじゃ依頼だけで生計を立てるなんて無理だ!」
彼の叫びを聞いた冒険者の何人かが、呆れたように肩を竦めている。初心者から脱却して、冒険者として生きている彼等全員は、今男の子が叫んだような下積み時代を経験してから自立している。ギルドでの仕事が無ければ日雇いで日銭を稼ぎ、食べ物が無ければ近くの森には行って動物や木の実などで飢えを凌ぐ。それなのに、そんな努力をしようともせず、ギルドの依頼だけで何とかなると思っている新人二人の姿は、彼等にとって呆れの対象でしか無いんだろう。
「止めなよリック! せっかく助けてくれたのに、失礼だよ!」
「でもよエイミー、実際に俺達は苦しいままじゃないか!」
「はいはい、そこまで! あんまり騒ぐとさっきの酔っ払いみたいにつまみ出すよ!」
熱くなりかけた二人はさっきの酔っ払いを思い出したのか、急に黙り込んで怯え始めた。……だからなんでそんな反応になる?
「ここじゃ何だし、奥で話そうか?」
『…………』
黙って頷く二人組。俺は一つため息を吐くと、カミーユさんに目配せで謝りながら、二人をギルドの休憩室へと案内した。一般的な冒険者は、ギルドのカウンターから先には入れないため、滅多に経験出来ない出来事に二人は興味津々だ。そんな様子に苦笑しながら、俺は三人分のお茶を入れて二人に席を勧める。恐縮しながら腰掛けた二人は、おずおずと飲み物に手を伸ばした。
「えっと……確か、リックにエイミーだっけ? 冒険者の仕事だけじゃ厳しいの?」
「……ああ。俺達は大きな街ならいくらでも仕事があると思ってたんだ。それなのに……」
テーブルに置かれたリックの手が強く握りしめられた。きっとこの街に来たら色々仕事をこなして、順風満帆な冒険者生活が送れると思っていたに違いない。
「あるにはあるんだよ。魔物の討伐依頼自体は増えてるし、それを目当てに余所から冒険者も流れてきてる。その分君達みたいな初心者の数も増えているから、少なく感じるのは無理ないかもね」
「やっぱり――」
「でも、条件はみんな一緒なんだよ? 君達は他人より先に依頼を勝ち取る努力はしたのかな?」
勝ち誇ったような顔のリックを手で遮り、俺は話を続ける。たぶんこの二人は、冒険者に憧れて田舎から出てきた、よく居るタイプの人間なんだと思う。だから良くも悪くもどこかのんびりしていて、都会の冒険者にあるようなハングリー精神が足りない。
「努力って……剣や魔法の修行とかですか? 強い魔物をやっつければ、それだけギルドから信用されて――」
「違うよ。そう言う事じゃ無いんだ。具体的には朝からギルドの前に並んだり、熟練冒険者と親しくなって人の繋がりを増やしたりだね。初心者向けの依頼は数が限られているから、朝早くからの取り合いになってるんだ。だから君達のように昼過ぎに来ていたら、ろくな仕事が残ってない」
「そんな……」
そんな事態をまったく想定していなかったのか、二人は少し呆然としている。
「そして熟練冒険者との繋がり……だけど、別に冒険者に限る事は無いんだよ。要は人脈を作るんだ。熟練冒険者と仲良くなったら軽めの仕事に誘って貰えたり、余った素材を分けて貰えたりする事もある。宿屋の主人と仲良くなれば、宿賃を少し値引いてくれたり、泊まった時に食事をつけてくれる場合もある。ギルドの受け付けと仲良くなったら、まだ張り出していない依頼の情報を教えて貰える時もある。そうやって、色んな伝手を使って自分の生活を楽にしていくだけでも随分違ってくるだろう? 君達に足りないのはそう言った努力だ。ハッキリ言って、冒険者の仕事だけで食べていけるのはアイアンからと思った方が良いよ。ブロンズは掛け持ちが常識だし」
「…………」
厳しい現実を突きつけられて二人は言葉もない様子だ。きっと夢を持って田舎から出てきたんだろうな。可哀想だと思うけど、どうしようもない。かと言ってこのまま放り出したら後味が悪いしな――と思った時、俺は一つの妙案を思いついた。
「そうだね。ここで会ったのも何かの縁だろうし。君達、どうせ暇なんだったら、一つ仕事をしてみる気は無い? 決して損はさせないから」
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