勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第54話 激闘

――バンディット視点


「ベヒモスから目を離すな!」


ティティス様を抱きかかえながらそう叫ぶと、ルビアス達は反射的に武器を構えて四方に散る。パーティーの主力、精神的な主柱がいきなり退場したことで、ラピス嬢のパーティーはあっさりと崩壊しかかっていた。無理も無い。あれだけの強さを見せつけていたラピス嬢が真っ先にやられるなんて誰が想像しただろう。しかし不安にはなっても、この場の誰一人としてラピス嬢が死んだなんて思っていない。彼女の事だ。すぐに自分で傷を癒やして参戦してくるに決まっている。それまでは俺達だけで何とか持ちこたえなきゃならないんだ。


「このおおおっ!」
「よくも師匠を!」


カリンとルビアスが怒りの咆哮を上げながら全力でベヒモスに斬りかかる。全身と武器に魔力を巡らせ、白く発光した彼女達の動きは速いが、ベヒモスの速さはそれ以上だった。振り下ろされた二人の剣を受けるどころか、素早い身のこなしで間合いの外へ跳んでしまう。あの巨体でなんて速さだ!


「こっちを忘れてもらっちゃ困ります!」
「逃げ場なんて与えない!」


いつの間に回り込んだのか、ベヒモスが退避した先には俺の妹達――アヴェニスとイプシロンが待ち受けていた。絶妙なタイミングで振り下ろされる武器。流石に躱せないと判断したのか、ベヒモスは鞭のようにしなる尻尾でそれらを迎撃する。


「きゃっ!?」


イプシロンの槍は尻尾に接触した途端に本人ごと弾き飛ばされた。しかしアヴェニスは姿勢を低くしながら斧を振り抜き、全体重を乗せた強烈な一撃をベヒモスの足に叩きつけた。


「ギャオオウッ!」


空気を震わせベヒモスが絶叫する。攻撃が通った! それは絶望しかけた俺達にとって、希望を抱かせるのに十分な一撃だった。いくらベヒモスが強いと言っても無敵じゃない。攻撃されれば傷つくし、動き続ければ消耗もする。勇者を名乗る人間がこれだけ居るんだ。必死でやれば何とかなるだろ!


「ティティス様は隠れててくれ! 俺もいく!」
「わ、わかった! 気をつけろ!」


俺から離れたティティス様は、ラピス嬢が埋まっているはずの瓦礫の山へと走りより、一つ一つを取り除いていく。正直言って人力じゃ焼け石に水だと思うが、やらないよりやった方がマシに決まってるからな。あっちはティティス様に任せておこう。俺は背中のザンザスを素早く抜き、全身に魔力を巡らせてベヒモスへ斬りかかった。それと呼吸を合わせるように他の面子もそれぞれの武器を手にベヒモスへ突進する。


「グルオオオッ!」


まるで威嚇でもするかのようにベヒモスが雄叫びを上げた直後、奴の体が信じられないような加速を見せた。さっきラピス嬢をぶっ飛ばした突進の再現だ。目標は――カリン! 


「やばっ――!」


ベヒモスの動きは何とか目で追えるものの、体がそこまで速く動いてくれないのか、防御の為に振り上げたカリンの剣は振るわれた爪の勢いに押されて彼女の手元から離れてしまった。慌てて後方に跳ぼうとするカリンを追いかけるように、ベヒモスがもう片方の鉤爪を恐ろしい速度で振り下ろす。為す術も無く頭をかち割られる寸前、突如ベヒモスは攻撃
を中断して大きく上へと飛び退いた。地面からいきなり生えて奴を串刺しにしようとしたのは一本の巨大な氷柱。どうやらシエルが大技を使ったらしい。


「ちっ! あと少しだったのに!」


圧倒的な速度で動き回るベヒモス相手じゃ、魔法使いの魔法は当てることさえ難しい。だから彼女は俺達とベヒモスが剣を交えたその時を狙って、完全な死角から攻撃したんだろう。それでも躱すベヒモスの勘の良さは異常だが。


「風の精霊シルフよ! 奴の体を切り裂いて!」


ディエーリアの命令に従って現れた半透明の女は風の妖精シルフ。鋭い風をその身に纏わせてベヒモスに襲いかかった彼女だったが、しかし、ベヒモスと接触した瞬間にかき消されてしまった。まるで蝋燭の炎に息を吹きかけたようにだ。


「くっ! やっぱり下位の精霊じゃ攻撃も通らない! おまけにこんな地の底じゃろくな精霊も呼べないし!」


悪態をついたディエーリアは、次々と矢をつがえながらベヒモスに攻撃を仕掛けていく。普通の矢ならいざ知らず、流石に魔力の乗った攻撃をその身に受ける気は無いのか、ベヒモスは嫌がるように右に左に回避していた。


「畳み掛け――!?」


奴に攻撃の隙を与えてはいけない。守勢に回ればあっという間に全滅することになると、この場の誰もが本能で感じていたため、前衛を務める戦士達は恐怖を乗り越えてベヒモスへと殺到しようとした。だがその時、俺達の足下が大きく波打ち、バランスを崩した俺達は為す術も無くその場に倒れ込む。


「くそ! 精霊魔法か!」
「泥に変えて身動き出来なくするつもりよ!」
「させない! アイス・ストーム!」


地面に倒れ込みながらシエルが大きく杖を振った。瞬間、ベヒモスに対して猛烈な突風が押し寄せる。キラキラと光の粒が混じるその風は、あっという間に地面すら凍てつかせて、氷の波でベヒモスの両足を絡め取ろうとした。ディエーリアの使った精霊魔法ならベヒモスが干渉して発動自体を中断させられるかも知れない。しかしこれはシエルが生み出した彼女の魔法。いくらベヒモスと言えど無効化など出来はしない。


「ゴアアッ!」


シエルの魔法を嫌がったベヒモスは大きく後ろに跳んで回避した。そのおかげで奴の魔法も中断され、俺達の足下は少し泥水が溜まる程度で済んでいる。あのまま魔法を使われ続けていたらヤバかったな。


「今度はこっちの番――なに!?」


追撃をかけるべく俺が踏み出そうとしたその時、嫌な予感を抱いた俺は反射的にその場を飛び退いた。するとたった今まで俺がたっていた地面から鋭く太い一本の円錐が突き出ていた。野郎、さっきシエルがやったことの仕返しか!? おまけにこの泥水は、この攻撃を直前まで察知させないようにする布石だったに違いない!


「きゃあ!」
「あぶなっ!」
「動き続けろ! 止まったら狙い撃ちされる!」


次々と地面から飛び出してくる土の錐を躱すのに精一杯だ。ルビアスの言うように、止まった途端狙い撃ちをされるのは誰の目にも明らかだった。しかし躱し続けていると言うことは、こちらの攻撃が中断されることを意味していた。俺達の手が止まるのを待っていたのか、ここぞとばかりにベヒモスが突っ込んでくる。


「きゃああ!」
「あぐうっ!」


避け損なったカリンとイプシロンがベヒモスの体当たりをまともに食らって吹っ飛ばされていく。あまりの勢いで受け身も取れず、二人はゴロゴロと十メートル以上転がってようやく止まったが、気でも失ったのかピクリともしない。しかし彼女達もタダでやられたわけじゃない。避けられないと判断した二人は、どうせならとベヒモスの体に自分の武器を突き入れていたからだ。分厚い筋肉の鎧をぶち抜いて深々と刺さった剣と槍から伝わって、ベヒモスの体からドクドクと血が溢れている。しかしベヒモスの勢いは止まらない。次はお前達だとばかりに、後衛の二人――シエルとディエーリアに向けて突進してきたので、俺はそれを守るべく剣を抜いて全力で斬りかかる。


「おおおあああっ!」


振り下ろされるベヒモスの前足から感じる圧迫感は、明確な死を予感させるのに十分だった。しかし俺はその恐怖を乗り越えるため、雄叫びを上げながら渾身の力を込めて魔剣ザンザスを振り抜いた。奴の前足にザンザスの刀身がめり込む。硬い手応えに両手が離れそうになる。負けてたまるか! 仮にも俺は勇者なんだ。女が体を張って戦っているのに、指をくわえて見ていられるか!


「がああぁっ!」
「ギャオオウッ!」


ベヒモスの前足の中程まで到達した剣はかなり勢いを削がれている。このままでは力負けして中途半端な攻撃に終わると判断し、俺は残りの魔力を全て使って全身を強化した。レブル帝国で見たバルバロスの強化術。あれを見た後、俺は切り札になるような強化方法を模索し続けた。普段はルビアス達の使う強化でいい。しかしいざという時、ここぞと言う時には体の限界を無視してでも動く技が必要だった。そして編み出したのがこの技だ。一瞬だけ限界を超えて能力を発揮するオレ流の強化術。反動で身動き一つ出来なくなるが、後のことを考えている余裕なんかない!


「あああああ!」


限界以上に酷使した筋肉が悲鳴を上げる。ミシミシと骨が音を立てているのを無視して、俺は強引に剣を振り抜いた。


「グオオオオッ!」


切り飛ばされたベヒモスの前足からおびただしいほど血があふれ出す。流石に痛いのか、怒りに燃えたベヒモスはその強靱な顎で俺をかみ砕こうと大口を開けて迫ってくる。しかし、限界を出し尽くした俺にそれを躱す余力は無い。


「兄さん!」
「バンディット! 避けて!」


妹達の悲鳴が聞こえる。だが、力を使い切った俺の体は意思に反して動こうとしない。悪いみんな。どうやら俺はここで終わりみたいだ。情けないがここが限界。心残りは山ほどあるが、四大精霊の一角を担うベヒモスにせめて一太刀浴びせてやれたのは、我ながら上出来だったと思う。へへ、ざまあ見ろだ! 自分を飲み込もうとするベヒモスの口を、俺は他人事のように眺めていた。


§ § §


一瞬だけ意識が飛んでいたみたいだ。激しく叩きつけられたせいか、頭と言わず全身から激痛を感じる。一体何が起こったのかわからなくなって頭を振ると、ベヒモスに殴り飛ばされた事を思い出した。


「いたた……」


ここまでダメージを負ったのは数百年ぶりだ。流石に四大精霊を名乗るだけのことはある。油断してたわけじゃ無いけど、初めて戦う相手だからか、強さの目測を誤ってたな。


「よし!」


自分の体に治癒の魔法を使った俺は、体の上に乗っかっていた瓦礫をぶち抜きながら大空洞へと飛び出した。それと同時に素早く周囲の状況を確認する。俺の足下には驚いた顔のティティス様。彼女は怪我も無く無事なようだ。その近くにはカリンとアヴェニスの二人が倒れている。意識が無いのか動く様子が無い。二人は体のあちこちから出血していて、足と手が本来曲がらない方向に向いているので、たぶん骨折しているんだろう。少し離れたところにシエルとディエーリアの二人を発見した。頑丈な装備に身を包んでいるにもかかわらず、彼女達もかなりの負傷をしているみたいだ。でも意識はハッキリしているのか、ベヒモスに対して杖と弓を向けていた。


そのベヒモス前には棒立ちになっているバンディットが居た。今まさにかみ砕かれそうになっていた彼に向けて、俺は全力で飛んでいく。勢いを殺さず渾身の力を込めて振り抜いたハルバードは、ベヒモスの牙を砕きながら奴の巨体を空中高く舞い上げた。


「ラピスちゃん!」
「師匠!」
「へへ……やっぱり生きてやがったな」


ズズン――と、重い音を立てて叩きつけられたベヒモスは、ジタバタと慌てたように起き上がった。よく見るとかなり負傷していて、前足も一本足りない。俺が寝てた間、みんなが頑張ってくれたみたいだ。


「みんな、待たせてごめん。ここからは俺も参加するよ」
「……それは良いけどな、ラピス嬢。あんた、頭からかなり派手に血が流れてるぜ」
「え?」


自分の髪をかき上げてみると、手にぬるりとした感触が伝わった。見ると手が真っ赤だ。岩壁に頭から突っ込んだからか、ベヒモスの一撃をまともに食らったからなのか、どちらかハッキリしないけど、たぶんその時の影響なんだろう。


「師匠、大丈夫なのですか?」
「大丈夫。傷はもう治したから。流れた血まで元に戻るわけじゃないから怪我してるようにみえるけどね。それより集中しよう。まだベヒモスは生きてるんだから」
「グルルルルル……」


心配そうにするルビアスに笑いかけながら、俺はベヒモスを睨み付けた。低いうなり声を上げながら、ベヒモスはこちらを――主に俺を警戒しているみたいだ。それも当然か。奴の長い人生の中でも、人間に殴り飛ばされた経験なんて滅多に無いはずだからな。


「しかし――」


チラリと自分の手に持った武器に視線を向けると、そこには半ばから折れ曲がり、武器としてはほとんど終わった状態のハルバードがあった。名剣や魔剣の類いならともかく、ミスリルとは言え、量産品じゃ俺の全力攻撃に耐えられなかったみたいだ。


「ラピス嬢。これを使ってくれ」
「バンディット?」


突然武器を差し出したバンディットに戸惑う。彼は息をするのも辛そうにしながら、愛用の剣をこちらに手渡そうとする。


「俺はもう戦えないが、せめて武器だけでも使ってくれ。一応魔剣だからな。アンタが使っても耐えられるはずだぜ」
「……わかった。借りておくよ」
「ああ。ついでに言っておくと、そいつは魔力次第で水を生み出したり、水の流れを制御出来る能力があるらしい。アンタなら使いこなせるかもな」


ありがたい。これで問題なく戦える。ベヒモスめ、俺がいない間に好き勝手やってくれたな。この礼は何倍にもして返してやるぞ。

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