勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第50話 バンディットからの親書

「バリオスのバンディットから招待が来てる?」
「はい。王都経由で今朝届いた親書によると、勇者パーティーの一行を招待したいとありました。ルビアス、ラピス、カリン、シエル、ディエーリアとあるので、パーティー全員ですね」


カリン達が竜殺しの称号を得てしばらく経った頃、俺達の家にやって来たルビアスは分厚い羊皮紙に包まれた一枚の親書を広げながらそう言った。今更ながら思うんだけど、親書を気軽に持ち歩いて良いんだろうか? 王女のルビアスが良いと言うなら良いのかな?


「私も数に入ってるの?」
「そうだ。ディエーリアの名前も入っている。どうやらゼルビスの勇者であるディエーリアの情報も掴んでいるらしい」


バリオスの勇者バンディットとは、レブル帝国の晩餐会で面識を得ただけだ。晩餐会以外でも二言三言会話を交わしたけど、会話らしい会話と言えば晩餐会の一度きりと言えなくもない。暑苦しいけど良い奴という印象は覚えているものの、特に親しくなったつもりも無いので、正直今回招待した目的が解らず首を捻ってしまう。


「親書には他に何か書いてあるの?」
「それが……当たり障りの無い事しか書かれていないのです。晩餐会での約束を果たしたいとしか……」
「約束……?」


そんな約束したかな? 俺は腕を組んで当時の記憶を掘り起こしていく。晩餐会で出会ったバンディット達バリオスの勇者パーティーの面々。勇者のバンディットに、彼の従者を務める妹達……姉のアヴェニスに妹のエプシロン。いきなり人の関節を極めようとした戦闘狂の姉と、苦労人の妹だったな。三人ともよく日に焼けていて、健康的だった。それで確か……別れ際に自分達の国に来てくれって――そこまで思い出して、俺はポンと自分の手を打った。


「思い出した! 確かに言ってたな」
「そうなんです。社交辞令とばかり思っていたのですが、まさか本当に招待してくるとは予想外でした」


困ったような顔でルビアスは言う。だとすれば、今回の目的はただ約束を果たすため?


「話した感じじゃ悪い人には見えなかったね」
「そうね。従者の二人もどっかの国と違って気持ちの良い人達だったし。本当に約束を果たしたいだけなんじゃ無いの?」


剣の手入れをしながら思いだしたように言うカリンと、魔導書から顔を上げて同意するシエル。そうだよなぁ。俺もその意見に同意だ。こう言ったらなんだけど、バンディット達に陰謀を張り巡らせることは出来ないと思う。一本気で真っ直ぐな性格みたいだから、何か気に入らないことがあったら直接言ってくるんじゃないかな? 別に揉めたわけでも無いし、特に気にする必要もないんじゃないと思う。ルビアスはどう思っているんだろう?


「受けるの?」
「受ける――と言うか、受けざるを得ません。敵対国ならともかく、一応ボルドール王国とバリオスは友好国ですので。その国の勇者が名指しで指名しているのですから、断るという選択肢はありません」


その言葉に一も二も無く賛成したのは、パーティーで一二を争うお調子者――ディエーリアだった。今まであまり興味なさそうに机に突っ伏していた彼女は、バリオス行きが現実味を帯びると急にやる気になったようだ。


「なら目一杯楽しもうよ! バリオスって海産物で有名な国でしょ? 私、生の魚って一度も食べたことが無いから、試してみたかったのよね」
「生の魚……? 大丈夫なのそれ?」
「美味しいらしいよ。バリオスでは名物だって聞いたことある」
「へぇ~。面白そうだね」


シエルは懐疑的だけど、カリンは興味があるようだ。実は俺も遙か昔に生の魚を食べたことがある。刺身と呼ばれる状態で出てきたソレは、独特な食感と風味で舌を楽しませてくれた。どうやら三百年たった今でも変わらない味を提供しているらしい。バンディットの狙いは解らないけど、刺身を楽しめるならバリオス行きも良いかもしれない。最近ギスギスした出来事が多すぎたし、ちょうど良い気分転換になるかも。


「行くしか無いなら早速準備しようか? バンディットに何か目的があったとしても、ここで話したところで何の解決にもならないし。それなら楽しいことだけ考えようよ」
「師匠……そうですね。おっしゃるとおりです。なら、私も早速準備のために動きます。一応国賓として招かれていますから、形だけは整えておかないと」


国を代表する勇者が他国を訪れるのに、飛行魔法で空からってのは無い。お忍びならともかく、今回は招待されているから尚更だ。と、そこまで考えて、俺はある方法を思いついた。体裁は整える必要はあるけど、何も全道程を馬車で行く必要も無いからだ。俺は部屋を出ようとしていたルビアスを慌てて呼び止める。


「ルビアス。あちらには到着予定とか伝えるのか?」
「はい。これから城に戻って、魔道具を使って連絡を取る予定です。こちらの参加人数と、国境に到着する大体の日程を伝える必要があるので」
「なら、国境までの到着は数日後にしないか? 馬車で行くのは退屈だし」
「え、数日後……ですか? 馬車ならもっとかかると思うのですが……」


困惑するルビアスに、俺は思いつきを説明する。


「国境までは馬車ごと俺の魔法で飛ぼう。それなら時間の短縮になるだろう?」
「なるほど! その手がありましたか。確かにそれなら……。普通に行けば一月以上かかりますからね。では、先方にはそのように伝えておきます。急がなくては!」


弾かれたようにルビアスは家を出て行った。王城ならともかく、グロム様の城だと色々準備に時間がかかりそうだしな。さあ、こちらもこちらで準備しないと。装備や食料はもちろん、留守の間の事をマリアさんに頼まないと。掃除だけはしてて欲しいからね。


§ § §


出発当日、俺達は城の中庭に用意された豪華な馬車に、自分達の荷物を放り込む作業に追われていた。本来国賓扱いになるなら、返礼としてこちらも手土産をいくつか用意するのが普通らしいけど、この馬車にそんなものは少ししか積まれていない。オマケに護衛や荷物専用の馬車も居ないので、詰める荷物を最小限にする必要があった。


「途中で何度か街を経由する予定だから、水や食料はそんなに必要ないね。最悪そこらの野生動物を狩って食料にする手もあるし」
「全員冒険者ならではですね」


半分旅行みたいな感覚だからか、バリオス行きが決まってからルビアスはとても機嫌が良い。なぜなら今回、彼女を影から護衛している監視役がついてこないからだ。最初は難色を示した連中も、グロム様の説得によって結局折れてくれた。それもこれも、俺が出した報告書に寄るところが大きい。もともとルビアスが城を出て独り立ちするのには、俺が一人前の腕を持っていると認める条件が出されていたのだけど、今回のバリオス行きで、俺はようやく彼女を一人前の戦士と認める事にした。


既に彼女の腕前はシルバーランクを超えているし、カリンに追いつくような勢いだ。魔法の腕も上がっていて、火炎系と回復系の中級魔法を使いこなせるまでになっている。もっとも、威力の方はシエルに大きく差をつけられているが。とにかくそれぐらい強くなっているのだから、いつまでも新人扱いはしていられない。パーティー戦では十分壁役になっているし、味方を鼓舞する熱意も持っている。もう立派に一人前だ。


「三人とも。次からは私も依頼に参加出来るのだから、置いてきぼりは無しにして欲しい」
「わかってるって」
「ルビアスは今まで城に住んでたからね。誘いにくかったけど、これからは別よ」
「ルビアスはやる気満々だねぇ。私と大違いだよ」


一人前としての許可を出したと言う事は、彼女は城を出て一人暮らしが出来ると言うことだ。身の回りの世話なら、彼女と一緒に王都から来たセピアさんと言うメイドに任せれば大丈夫なんだろうけど、どうせならと言うことで俺の家で一緒に住むことになった。つまり現在、俺の家にはルビアスのパーティーである俺達五人と、メイドのセピアさんの計六人が寝泊まりしている。


話が決まった時、セピアさんは恐縮して家の家事全般を全て任せて欲しいと言ってきたけど、俺はそれを丁重に断った。なぜならマリアさんの仕事を奪うことになるし、彼女にはルビアスに集中して欲しかったからだ。だからと言って何もさせないのは可哀想なので、セピアさんにはマリアさんとリーナの教育を頼んでいる。マリアさんにはメイド直伝の礼儀作法や炊事洗濯の効率の良い動き方を。リーナには将来に備えて読み書き計算といった、基本的な学問を教えてもらうつもりでいる。勉強さえしておけば、将来の選択肢は確実に増えるからね。家で働くようになったマリアさんは、そこそこ貯金も増えてきたみたいで、近々スラムから出て安い部屋を借りる予定らしい。順調なようで何よりだ。


「ラピスちゃん、荷物積み終わったよ」
「ありがとう。じゃあ乗り込んで。グロム様、行ってまいります」
「うん。君が一緒なら大丈夫だと思うが、くれぐれも気をつけてな」


見送りに出てきてくれたグロム様に別れを告げ、俺は一人御者台に飛び乗った。そして馬車全体を包むように風の結界と重力軽減の魔法を使い、同時に飛行魔法でふわりと空に上がっていく。馬が驚いて暴れようとしたけど、俺はすぐその体に手を添えて、その心を落ち着かせてやった。


「わあ! なんか新しい乗り物みたい!」
「自分で空を飛ぶのとは全然違う感覚ね。面白いわ」
「まるでお伽話に出てくる魔法の馬車のようです。まさか本当に乗ることになるなんて……」
「これで商売したら儲かりそうね。ラピスちゃん、ちょっと考えてみたら?」


カリンは子供のようにはしゃぎ、シエルは興味深そうに外の様子を観察している。ルビアスとディエーリアはそれぞれ個性のあるコメントを口にしていた。俺は背中から聞こえてくるそんな声に苦笑しながら、両手で手綱をしっかりと握る。


「平和になったらそれも良いかもね。それじゃ、行くよみんな!」


ピシリと軽く手綱を振ると、馬は景気よく嘶いて空中を駆けだした。流れるように眼下の景色が背後に消えていく。馬も空の旅を楽しんでいるようだ。少し風に揺られた髪を手で押さえながら、俺はバリオスの海産物に思いを馳せていた。

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