勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第43話 経験

「さて、とりあえずこっちはこっちで相手をしないとな」


俺が散々挑発したからと言って、デイトナ本人はともかく、他の魔族や魔物がカリン達に遠慮してくれるとは限らない。だから先手必勝とばかりに上空に飛び上がると、そのまま風で作った刃を地上に降らせ始めた。


「風のウインドファング!」


風のウインドカッターの上位魔法である風の牙は、使い勝手の良い魔法だ。真空を利用した風の威力はそこそこの防具でも簡単に切り裂いてくれる。オマケに風は他の魔法みたいに視認しにくいので、回避しづらいと言う特性もある。カリン達に近寄ろうとした魔物は勿論、ニヤけた顔で傍観を決め込もうとしていた魔族達も容赦なく切り裂いていく。


「ぎゃああ!」
「な!? 魔法か!?」
「お、おい! お前は俺の盾になれ!」
「ふざけるな! お前こそ――ぐあっ!」


魔族や魔物が何をしようとお構いなしに、身を隠した木々ごと奴等の体を両断していく。あっという間に伐採されていく森の木々の合間には、魔族や魔物の死体が積み重なっていた。


§ § §


――ルビアス視点


「なんだあの女は!?」


一瞬で配下の半数近くを倒されて、デイトナという名の魔族は動揺を隠せない。その隙を突くべくカリンと私は奴に斬りかかったが、即座に反応されて攻撃を回避されてしまった。カリンと私の体は魔力を全身に巡らせているため、淡い光を放っている。連日の訓練で完全に魔力を使いこなしながら戦える技術を身につけていたため、力も速さも以前と比較にならないほど強力になっていた。その私達が二人同時に切りかかったと言うのに、デイトナは両手に持った大剣一本で見事に対処していた。敵ながら見事な技量だ。この世にはまだまだ強い者が居るのだと思い知らされる。


今の実力で一対一なら勝機は無い。だが、私達はパーティーで動いているのだ。意思を別々にする四人の勇者が、まるで一つの生き物のように動いてデイトナに襲いかかる。


「氷のアイスアロー!」
「ちいっ! 鬱陶しい!」


シエルの放った氷の矢が次から次と飛来して、攻撃に移ろうとするデイトナの出鼻をくじいていく。魔法使いとは、本来自分の扱う魔法で敵に大ダメージを与えて戦況を変えたがるものだ。しかしシエルは違う。彼女はいくつも強力な魔法が使えるにもかかわらず、今のような状況では下級の魔法を連発していく。あくまでも速さを優先して。前衛の援護に徹しながら。下級の魔法ならほぼ無詠唱に近い所まで使えるようになったシエルは、発動の条件となる力ある言葉を唱えるだけで魔法を使えるので、とにかく速い。そのおかげで私とカリンはデイトナと互角に戦えていた。


「この糞ったれどもが! まとめて吹き飛ばしてやる! ファイア――」


思ったように戦えない事にイラついたのか、デイトナは大きく後ろに跳躍して魔法を放とうとした。恐らくそれは炎の魔法。さっきまでなら周囲の木々に延焼して自分まで巻き添えになる危険があったが、今は師匠が根こそぎ伐採しているので、森の中にポッカリと開けた空間が出来てしまっている。つまり燃え広がる心配が無いため、炎の魔法を使っても問題ないと判断したのだろう。


強力な魔族だけあって、デイトナの魔法はシエル並みに速いようだ。シエルが防御の魔法を唱えようとしたが、流石に間に合いそうに無い。奴の手に光が宿り、こちらを焼き尽くす炎の魔法に力が集まる。しかし、それは空を切り裂いて飛来した一本の矢によって中断を余儀なくされた。


「ぐっ!?」


顔面に突き刺さる瞬間、デイトナは身を捻ってソレを躱す。間髪を入れず第二第三の矢が奴を襲うが、デイトナは見事な身のこなしでそれらを回避していた。


「上手いぞディエーリア!」


新たに仲間になったディエーリアのおかげで、我々は窮地を脱することが出来た。ディエーリア――彼女は私と違って、自ら望んで勇者になったわけではないらしい。賞金目当てで参加した闘技会で、間違って優勝してしまったと本人は言っていた。最初はそんな志の低い人間を加えて大丈夫なのかという不安もあったが、実際に彼女を目にするとその考えも変化した。


口ではなんだかんだと言いつつも、彼女の潜在能力は非常に高い。エルフだけあって弓の扱いは見事なものだし、護身用の短剣で行った模擬戦も素晴らしい身のこなしだった。師匠に言わせれば、彼女に足りないのはやる気だけ。なるほど、やる気さえ出せば、彼女はあっという間に実力を伸ばすはずだと思った。そして、短期間で成長した彼女はこうやって我々を助けてくれている。戦闘になるまでは消極的なことばかり言うが、これは生来のものだから矯正しようがないのだろう。もう彼女の個性として見るしか無い。


戦闘が始まって数分しか経っていないが、戦況は終始我々が押した形で推移している。このまま油断しなければ問題なく勝てると思ったが、どうもそれは甘い認識だったようだ。


「調子に乗るな小娘どもが! この俺様を舐めるなよ!」


デイトナの体から魔力がほとばしる。あれは――魔力による強化か!? 今ですら二人がかりでやっと互角なのに、これ以上強くなると言うのか!?


「かあっ!」


気合いの叫びと共にデイトナから受ける圧力が倍増した。それと同時に奴の体が掻き消えるようにその場から居なくなる。


「くっ!?」


デイトナの振り抜いた剣を何とか受け止める。ハッキリと見えたわけじゃ無い。ただ、厳しい訓練で培ってきた勘に従って剣を突き出したら、そこに偶然剣が当たっただけだ。


「ルビアス!」


私を助けるためにカリンがデイトナに剣を振り下ろす。しかしデイトナは振り返りもせずにそのまま剣を突き出すと、難なくカリンの攻撃を弾いてしまった。まるで後ろに目があるような動きだ。訓練で何度となく見た師匠のような剣捌きに戦慄する。こんな化け物に勝てるのか?


「これが実力差ってもんだ!」
「危ない!」


体勢を崩したカリンの体が剣で刺し貫かれようとした時、ディエーリアの放った矢が今まで以上の速度で殺到し、デイトナの肩に突き刺さった。


「なにぃ!?」


鎧で勢いの大部分は止められているが、それでも無傷とは行かなかったようだ。少量の血液がデイトナの左腕を伝っている。そこに、畳み掛けるようにシエルの魔法が襲いかかった。一本だけ放たれた氷の矢は、複数で放っていた時に比べて速度が段違いだ。本当に速さだけを求めて放ったのだろう。何とか身を捻って躱したデイトナは、再び距離を取ってこちらに剣を構えた。その顔は怒りに満ちている。本来の実力を発揮しているのに、未だに誰一人倒せない事への苛立ちなのか、それとも傷を負った自分の迂闊さに腹を立てているのか。どちらにせよ。奴の冷静さが失われている証拠だ。


「集中して! ラピスちゃんの言ったことを思い出して!」
「そうよ! 二人なら対処出来ない相手じゃ無い! 落ち着きなさい!」


そうだった。ある程度実力をつけた後、師匠と模擬戦をする機会があった時に今のような状況になったことがある。圧倒的な速度で目の前から消えてなくなる師匠に対して、剣を擦らせる事さえ出来ない私とカリンに、師匠は確かに言っていた。


「見るんじゃ無くて、『観る』んだよ。自分より早く動く奴を相手にした時に、見てから反応してたら間に合わない。相手をボンヤリと観察するように全体を視界に入れて、いつ動くかを感じ取るんだ。息づかいや視線の動きからでも、ある程度は予想できるはずだよ」


そうだ。確かにそう言っていた。落ち着け……落ち着くんだ。師匠が勝てると言ったなら、我々はこの男に勝利できるだけの実力を持っているはずだ。実戦で初めて自分達より早く動く敵を目の前にして、知らずに動揺していただけだ。慌てるな。慌てなければ対処のしようはいくらでもある。私は一つ深呼吸した後、自身の持つ剣を正面に構える。横に立つカリンからも、さっきまでと違い慌てた気配は感じられない。よし――いける!


「何をしようが無駄だ! お前等程度で俺に勝てるわけが無いだろうが!」


再び目の前からデイトナの姿が消える。しかし今度は慌てること無く少し体をずらし、目の前を通過する奴の剣をやり過ごした。


「馬鹿な!?」


絶対の自信を持って繰り出した攻撃を避けられて、デイトナが動揺している。私はお返しとばかりに剣を振り上げ、奴の腕に浅く切りつけた。カリンは既に動き出していて、奴を挟み撃ちにするような形になっている。前後から挟撃されたデイトナは、さっきまでと同じように軽くあしらえると思ったのだろう。しかし今の私達は違う。興奮と焦りに支配された頭は冷え、冷静に、効率良く、ただ奴を殺すためだけに剣を振り続けられるようになっていたのだ。まるで別人のように鋭さを増した私とカリンの動きに、デイトナは当てが外れたのだろう。段々と攻撃を受け始めている。


「ぐうっ! 生意気な!」


デイトナの視線が周囲の魔族に向けられるが、そこに加勢できそうな魔族の姿など無い。我が師匠が放ち続ける風の魔法は、大部分の魔族や魔物を切り裂いていたからだ。今生きている連中はそれなりの実力を持っているようだが、自分が攻撃を躱すのに精一杯で、デイトナを助ける余裕など無い。つまりデイトナは自分一人でこの状況を覆さないといけない。


致命傷には至らないが、私達は細かい傷をデイトナに与え続ける。勿論こちらも無傷では無く、避け損なった攻撃を食らって吹っ飛ばされたり、目測を誤った攻撃に浅く切りつけられたりもしていた。しかしそれでもデイトナに比べればマシだ。こちらの前衛は二人、奴は一人。二人がかりとはいえ互角に戦っているのなら、受ける傷の量に差が出てくるのは当然だった。


「くそっ! なんで俺様がこんな雑魚共相手に!」


汗と血で汚れた顔に焦りが浮かぶ。一瞬力の抜けた奴の膝を見て、カリンが勝利を確信したように剣を振り下ろそうとした。しかしデイトナの目はそれを狙っていたかのように、一瞬鋭い光を放つ。


「勝った!」
「待てカリン!」


嫌な予感がした私がカリンを止める間もなく、彼女の剣は振り下ろされた。しかし奴の体に命中する直前、デイトナの体から光が溢れる。咄嗟に両手で顔を覆ったが、そんな防御などものともしないような衝撃が全身に叩きつけられ、私は為す術も無く吹き飛ばされてしまった。


「きゃっ!?」
「わあっ!?」


転がる体は後ろに居たシエルやディエーリアまで巻き込んでしまう。やっと止まった時、痛みを堪えながら慌てて身を起こすと、そこには地面に倒れるカリンと、かなりの距離を取りながら立っているデイトナの姿があった。


「カリン!」
「うっ……痛……」


酷い怪我をしているようだけど、カリンは自分の力で身を起こす。良かった。意識があるならまだ大丈夫だ。デイトナの攻撃に備えて再び剣を構えた私は、予想も出来ない姿を目にして驚いた。デイトナの全身が焼けただれている。鎧は砕かれ、手足からは血が滴り落ちている。片目も潰れて見えていないようだし、持っていた武器は何処かに吹き飛んでしまったのか、何も手にしていない。


「信じられない……自爆したの?」


シエルの声が緊張で硬くなっている。自爆? そうか! 奴は斬られる直前、躱せないと判断して自分の魔法を至近距離で爆発させたのだ! 確かにあのままなら、死なないまでも自分だけが大怪我を負っていた可能性が高い。しかし、だからと言って自分もろとも攻撃するとは……。その躊躇の無い覚悟に、私は戦慄していた。デイトナは怖気の走るような殺気を込めた視線でこちらを睨み付けながら、静かに口を開く。


「……お前達の顔は覚えた。次に会った時はこうはいかん。最初から全力で叩く。覚悟しておけ」
「ま、待て!」
「行っちゃ駄目!」


逃がしてはマズい! 冷静になられたら負ける可能性が高い。焦って追いかけようとした私だが、カリンに止められた。


その一瞬の間に、デイトナの姿は森の奥へと消えてしまった。もう追いかけても追いつけない。もともと奴の方が足が速いし、地の利のある森の中だ。追いかけたところでどうにもならないだろう。


「仕留め損なったんだな」


いつの間にか師匠が地上に降りてきていた。師匠が追おうと思えば余裕で追いつけるだろうに、それをしないと言うことは、最初から最後まで奴の始末を私達にさせるつもりだったんだろう。辺りを見回すと、当たり前のように魔族や魔物の死体が転がっている。我々が戦っている間に全て片付けてしまったようだ。……流石師匠だ。


「師匠、申し訳ありません。勝てる勝負を落としました」
「良いんだよ。確かに惜しかったけど、全員が生きてるんだから負けじゃ無い。再戦する機会があったら、その時に勝てば良いんだから」


謝罪する私の肩を師匠が叩く。それにしても、思い返してみて身震いがする。あの圧倒的な強さ。少々高くなり始めた自分の鼻っ柱を簡単にたたき折ってくれたな。倒しきることは出来なかったが、魔族の腕利きと戦う貴重な経験を得られたのは幸いだ。今度は単独で戦っても勝てるように腕を磨かなければ。

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