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勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第41話 魔物の嘆き

隣国ゼルビスの勇者がルビアスのパーティーに参加するためにやって来る――そう聞かされたのは半月ほど前だ。最近まで勇者が存在しなかったゼルビスだけど、流石に今のご時世で無視も出来ないと考えたのか、勇者を一人選出したみたいだ。そして選び抜かれたのは一人の女性らしい。エルフは長命種だから外見的な年齢は俺やカリン達と大差が無いと思う。でも、実際は百才かそこらは確実に越えているはずだ。


弓の名手で優れた精霊魔法の使い手。思慮深く戦闘経験も豊富な軍人。そんな情報を聞かされていたものだから、かなりの堅物だと予想していたのだけど、実際に会ってみるとまるで違っていた。


「こんなの拷問じゃない! 訓練でも何でも無いわよ!」


弓の中級コースで、他の参加者と一緒にランニングさせているディエーリアが叫ぶ。他の生徒が喋る気力も無くフラフラになりながら走っている状態で、あれだけ悪態をつけるのは流石勇者に選ばれるだけはある。別に褒められた態度じゃないけど。


「来るんじゃなかった! だから嫌だって言ったのに!」


彼女が勇者に選ばれた経緯は、彼女が家を訪ねてきた日に本人から詳しく聞いている。と言うのも、ディエーリアは俺達とパーティーを組むことになるのだから、日頃からの親睦を深める意味も込めて、俺の家に同居することが決まったからだ。


気難しい人間がパーティーに入れば、それだけでパーティー内がギクシャクして、最悪解散なんて事態に陥ることもあるから、性格の明るい彼女が来てくれたことに俺達は胸をなで下ろしていた。でも、正直言って彼女の実力はカリン達より数段劣っている。本人の申告通り、運だけで勝ち上がったというのは嘘じゃないらしい。そして、その運の良さも嘘じゃなかった。


試しに簡単なゲームで彼女の実力を試してみたからだ。ダイスを振って出る目を当てるとか、コイントスで裏表を当てるとか。何度か試してみたけど、どれも異様な的中率を誇っていた。もっとも彼女が俺のように、動体視力だけで出る目を当てると言う芸当をしていなければの話だけど。


その運の良さも手伝って、本来なら外れるような軌道の矢が、あり得ない曲線を描いて的に命中することもあった。それにはカリン達三人も随分興奮していたみたいだ。なぜなら、運頼りで戦う彼女が俺の下で訓練して相応の実力を身につければ、頼りになる後衛が加わることになるから。


俺の存在を抜きにすると、ルビアスのパーティーは攻撃に偏りすぎている。戦士が二人に魔法使いが一人で、回復も補助も無い状態だ。シエルの魔法は強力だけど、弓のように気軽に放てるものじゃない。強い魔法は味方も巻き添えにする危険があるからだ。そんなパーティーに、回復はともかく弓の使い手が加わればどうなるか? 戦士二人は背後からの細かい援護を期待できるし、魔法使いのシエルも詠唱や集中の時間稼ぎをしてもらえる。良いことずくめだ。


だから彼女達はディエーリアが加わることに反対しなかった。同性というのもあるし、戦力として期待できるからだ。でも実際は――


「ディエーリア。足が止まってるぞ」
「無茶言わないでよ! もう限界なんだから! 足の感覚なんてとっくに無くなってるわよ!」
「それだけ喋る元気があるならまだまだ余裕だよ。ほら、もうひと頑張りだ」


俺が尻をひっぱたくと、彼女は文句を言いながらも再び駆け出す。おかしいな。最初はやる気満々だったのに、訓練が始まって1時間も経たないうちにこれだ。運だけで実力が全くない人かと思えば、実際に他の生徒より動けているから素質は十分にあるはず。だから、たぶん彼女は単純に辛いこととか苦しいことが嫌いなだけなんだと思う。まぁ、好きな奴は居ないだろうけど、ここまで悪態つくほど嫌がるのは珍しい。だってここの参加者は全員自分の意思でここに来ているからだ。


「と言っても、あんまりのんびり鍛えている余裕もないしな。本人が嫌がっても無理矢理やらせるしかないか」


彼女の様子を見ながら、俺はそんな事を呟いていた。


§ § §


「全身が痛い……体が動かない」


同居を始めてから一週間も経つと、かなり遠慮が無くなってきたのか、ディエーリアは乙女としての見栄や羞恥心をかなぐり捨てたみたいだ。カリン達が目の前に居てもお構いなしで、寝間着のままソファに顔を埋めて動こうとしない。そんな彼女にカリン達は同情的だ。自分も過去に通った道だからか、まだ発展途上にある後輩にとても優しい。


「私もちょっと前まではそうだったな~」
「ラピスちゃんの弟子は誰もが通る道よね」
「私も最近ようやく辛くなくなってきたところだ。頑張れディエーリア。それを乗り越えたら一段も二段も上に行けるぞ」


カップに入れた紅茶を楽しみながら、苦笑気味に三人が言う。ディエーリアはそれに答える気力も無いのか、顔だけ俺に向けて恨みがましい目で見つめてきた。


「ラピスちゃんが無茶苦茶するから……。この国に来て色々常識に戸惑ったけど、あの訓練で死人が出てないのが一番の驚きよ」
「死にかける奴は毎日のように出てるけど、魔法で回復させてるからな。ディエーリアも安心して全力を出してくれ」
「…………」


おかしい。励ました俺がなんで冷たい目を向けられるんだ? 納得いかない。


「それよりラピスちゃん、今度魔境に入るって計画、本気なの?」


空気を変えるようにカリンが口に出した話題に、少なからず緊張感が走った。魔境――言わずと知れた魔族の領域。凶悪な魔物が無数に徘徊して、人間側とは全く違った生態系が維持されている未知の領域。一般人は勿論、並の冒険者なら一日も持たずに魔物の餌になる危険な地域だ。そんな場所に俺達は足を踏み入れようとしている。魔王を討伐するつもりなら、いずれは入らなければならない場所だし、慣れる意味も込めてまずは近場の浅い部分で訓練しようとしているところだった。


「本気だよ。そろそろ近場の魔物じゃカリン達の敵じゃなくなってきたからね。腕ならしのためにも、一度魔境に入ってみるべきだと思う」
「ラピスちゃんは魔境の魔物と戦ったことがあるの?」
「あるよ。あそこは魔王の影響を強く受けてる土地柄か、普段見かける魔物でも強化されてるみたいだから注意が必要かな。だからたとえゴブリンの一匹でも油断しちゃ駄目だ。全く別の魔物と思って対処しないと、痛い目どころか後悔も出来なくなるかも知れない」
『…………』


ゴクリと喉を鳴らすカリン達。ちょっと脅かしすぎたかな? でも、俺は別に嘘を言ったわけじゃ無い。魔境の魔物は強力だし、それらを統べる魔族はもっと強いんだから。勇者であるルビアスはそれを聞いても躊躇はしないだろうけど、冒険者が本業で、成り行きで協力しているカリン達には飴が必要かな?


「ただし、その分実入りも良い。魔境に潜む魔物の素材は高値で取り引きされているからね。普段の何倍も稼げるよ」
「それはちょっと美味しいかもね」
「そうね。やっぱり冒険者は素材を売って稼がなきゃ」


自分で志願したルビアスや、嫌々やらされているディエーリアはともかく、カリンとシエルの二人はやる気になったようだった。


§ § §


ボルドール王国、レブル帝国、そして南にあるストローム王国の三国は魔境に面している。当然普段から魔物の氾濫に備えて境目には強固な防壁がそびえ立っているし、近くにはいざという時のためにいくつか砦も存在している。こちらからも向こうからも出入りがしにくい状況だ。


新しく仲間になったディエーリアを加えた俺達五人は、ボルドール王国を守る西の壁――通称『魔物の嘆き』に到着していた。俺の時代には無かったものだから物知りなシエルに名前の由来を聞いてみると、魔境の魔物が何度押し寄せても悲鳴を上げて帰るしかないから、そんな名前がついたらしい。


実際に来るまでは大げさな名前だと思っていた。でも自分の目で見てみると納得だ。あれは防壁と言うより要塞が並んでいるようなもので、ちょっとやそっとの魔物が襲撃してきても楽に追い返せる作りだと思う。高さで言えば倍以上、厚さは三倍近くある城壁を想像して貰えれば、その姿がわかるはず。城壁の上には投石機や大型の矢を撃ち出す機械、そして眼下の魔物に攻撃するために油の入った樽や鉄鍋、投げ槍や弓が多数用意されていて、それらを扱うための屈強な兵士が境界線の向こうを睨み付けている。他国には無いボルドール王国の防壁――それはボルドール王国の国力を見せつける象徴のように思えた。


「こんなのが南北にずっと続いてるのか? 凄いな……」
「本当ね。私も見たのは初めてだけど、ここまで立派だと思わなかったわ」
「これなら魔物がいくら押し寄せても大丈夫そうだね」
「我が国の誇る防御陣地ですから。この程度は当然です」
「私が苦労して勇者にならなくても良いんじゃないの?」


魔物の嘆きには、魔境側へと通じる門はない。最初から扉の一つも作られていないので、人の出入りは城壁を伝って降りるという原始的な方法しかなかった。もちろん魔法があるので何の問題も無く降りられるけど、普通は城壁の上からロープを使って下ろしてもらうらしい。


「お気をつけて。お戻りの際は一度こちらに立ち寄っていただけると助かります」


俺達を送り出してくれた守備隊長が敬礼しながらそう言った。形式的とは言え一応手続きを踏んでいないと、彼の仕事上マズいことになるらしい。例えば送り出した者が死んだとか行方不明になったとかした場合、残された家族に連絡を取る必要があるからだとか。


とは言え、他の国ではともかく、ボルドール王国で魔境を越えたのはルビアスの勇者パーティーが初めてと言う事になった。歴史的な出来事だけど、誰も喜んだりしていない。なぜなら目の前には、不気味な雰囲気を放つ深い森が待ち構えていたからだ。


「地図によると、あの森は大昔からあるみたいね」
「ラピスちゃん、この森のこと知ってる?」


地ルビアスが城から持ち出してきた古い図を見ながらシエルがそう言うと、カリンが確認するように俺に振り返る。


「知ってるよ。前にも来たことがある。あんまり雰囲気は変わってないみたいだ」


三百年前のあまり思い出したくない過去。数々の激闘を繰り広げた魔境に足を踏み入れると、嫌でも思い出してしまう。そんな気持ちが表に出ていたのか、カリン達が心配そうな顔をしていたので、何でも無いと手を振ってみせる。


「大丈夫。とりあえず行こうか。今回の目的は、ここの魔物相手にある程度慣れるまで戦うこと。長期戦にも慣れておかなきゃいけないから、何日か野営もしてもらう。さっきも言ったけど強力な魔物ばかりだから、少しも油断しないように」


俺の忠告に全員が深く頷いた。

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