勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第35話 シエル達の冒険者生活 その1

――シエル視点


レブル帝国では色々なことがあった。各国の勇者と顔見知りになったり、そのパーティーメンバーと仲良くなったり、前に揉めた事のあるレブル帝国の勇者とラピスちゃんが戦った挙げ句、彼女が本気で怒ったり……と。退屈という単語からはほど遠い内容の旅だった。ただの冒険者が皇帝と謁見したり、晩餐会に出席したり、今まででは考えられないような生活の変化に襲われて、私もカリンもかなり疲れがたまっていたものだから、行きと同様に一ヶ月以上の日数をかけて家に戻って来た時は、玄関で力尽きると思ったわよ。


それでも翌日には元気に動き始めるのが冒険者ってもので、朝早くから出勤していったラピスちゃんを見送った後、私とカリンは彼女に遅れて冒険者ギルドに足を運んだの。今回のレブル帝国行きではそこそこの報酬を王国からもらっているけど、別に遊んで暮らせるほどじゃないから当然日々の糧は稼がなきゃならない。ラピスちゃんに鍛えてもらっているだけじゃ実戦の勘が鈍りそうだし、魔物と戦って自分達の今の実力を再確認する必要もあったしね。


「何か美味しそうな依頼ある?」
「う~ん……。討伐依頼に限定すると数は少なくなるけど、いくつか見つかったかな」


カリンの指さす依頼書を眺めてみる。そこには街の近隣で目撃された魔物や、実際に被害の出ている魔物の討伐依頼が書かれていた。


「オークにゴブリンか。こっちは……ウェアウルフ!?」
「え!?」


ウェアウルフ――人狼とも呼ばれるその魔物は、簡単に言うと直立歩行する狼のようなものだ。人間の体に狼の頭が乗っていると思えば想像しやすい。似たような魔物で犬の頭のコボルトって言うのが居るけど、あれとは強さが全く違う。コボルトが駆け出しの冒険者とするなら、ウェアウルフはゴールドランクの冒険者ぐらいに強い魔物だ。人を圧倒する身体能力や高い魔法抵抗力、吸血鬼ほどじゃないけどそこそこの再生力と長い時間戦い続けられる持久力。おまけに銀製の武器以外じゃあまりダメージが通らないと言う厄介な特性も持っていて、初心者のパーティーぐらいなら一匹でも全滅させる力のある魔物だ。


「とうとうこんな魔物までうろつくようになってきたの?」
「魔王復活の影響かしら? リッチの騒ぎ以来、国内外のあちこちでこんな感じみたいね」


魔物が溢れている状況は冒険者にとって稼ぎ時だけど、それにしたって限度がある。このギルドは比較的冒険者が多い方なのに、需要と供給のバランスが崩れ始めていて、簡単な依頼や儲けの少ない依頼は受け手が居なくなっているらしい。もちろん領主様も手をこまねいているわけじゃなく、各地に兵士を派遣して治安維持に勤めているようだけど、それでも追いついていないみたい。


「ウェアウルフぐらい強力だと、最低でもシルバーランクの腕利きが四、五人は必要だよね」


カリンの言葉に黙って頷く。いくら私達が強くなったと言っても、二人だけでウェアウルフの相手は厳しい。勝てる可能性はあるけれど、無理をして命に関わる怪我なんてしたくないしね。


「私達だけじゃ厳しいか……。ならルビアスも誘ってみる?」
「そうしたいところだけど、あの子はレブル帝国行きの件でしばらく城から出られないって言ってた。国王様に報告書を提出しなきゃいけないんだって」
「そっか。じゃあ臨時でどこかのパーティーと手を組むしかないね」


依頼を貼り付けてある掲示板から目を逸らし、ギルドの中をぐるりと見渡してみる。大勢の冒険者が依頼の受け付けや報告で忙しそうにしているけど、顔見知りの冒険者で暇をしている面子は居そうになかった。依頼を受けたいのに人数が足りない――こんな時どうするのか? 冒険者ギルドにはそれに対応したやり方がある。


まず、今回のように受けたい依頼の依頼書を受け付けまで持って行く。ここまでは一緒。そして臨時で他の冒険者とパーティーを組みたい旨を申請すると、この依頼は待機扱いになる。待機扱いになった依頼は、目立つように依頼書に印を入れられてから、再び掲示板に貼り出される。すると他に手の空いた冒険者が依頼書を目にした時、待機している冒険者と一緒に依頼を受けられるようになる。


もちろん顔合わせをして受けるかどうかを決められるし、断る権利もあるのだけど、後から来た冒険者を加えるかどうかの決定権は、あくまでも最初に依頼書を手にした冒険者にある。つまりこの場合、私かカリンのどちらかだ。でもそれより優先的に依頼を受ける権利があるのは、もともと人数も足りていて待機扱いにする必要のないパーティーだ。彼等が受けると依頼書を差し出せば、待機扱いしている冒険者が居ようと居まいと関係なく、依頼を受けることが出来るようになる。放っておくと魔物の被害は拡大するから、すぐに動ける人間が優先されるのは当然だった。


「ラピスちゃん、これお願い。待機扱いで」
「ウェアウルフの討伐? 二人なら勝てると思うけど、安全策をとるんだね。わかった。すぐに手続きするよ」


慣れた手つきでラピスちゃんが依頼書に赤い字で印を入れていく。彼女も受付嬢が随分板についたなぁと感慨深く眺めていると、その依頼書は再び掲示板へ戻された。


「どこで待機する? どっちかがギルドに残るんなら、一人は自由にしてて良いよ」
「ギルドで待つわ。出歩くのも面倒だし」
「私も」


待機する冒険者は、すぐに連絡が取れるよう、最低一人はギルド内に居なければならない決まりだ。私は魔導書をいつも持ち歩いているし、どこでも時間を潰す事が出来るので問題ない。カリンは疲れがたまっているからか、出歩くよりテーブルに突っ伏して居眠りする方を選んだみたいだ。周囲の喧噪を余所に、私達が陣取る端っこにあるテーブルには、私が魔導書を捲る音と、カリンの静かな寝息だけが響いている。一、二時間ほどそんな時間が続いた時、二人の冒険者が私達のテーブルに近づいてきた。気配に気づいた私は魔導書を閉じ、カリンは静かに身を起こす。


「失礼。お二人はウェアウルフ討伐で待機しているシエルさんとカリンさんで合ってるかな?」
「ええ、そうよ。あなた達は参加希望かしら?」
「そうだ。俺はシルバーランクの冒険者、ラブルスカ。こっちは――」
「同じくシルバーランクの冒険者、ヴィティスよ。よろしくね」


そう名乗った男女の冒険者は、私達と同じ歳ぐらいに見えた。ラブルスカと名乗った男は、腰に剣を、そして左手には盾が括り付けられている。装備は胸元だけ覆う鉄製のプレートと、同じく鉄製の籠手とすね当てと言う、動きやすさを重視した装備だった。紫がかった頭髪を肩口まで伸ばしていて、意志の強そうな目はこちらを観察するように向けられていた。


もう一人の冒険者、ヴィティスも似たような装備を身に着けていた。ただしこちらは胸当ての下に鎖で編んだ鎖帷子を装備している。速さより防御力を優先しているんだろう。彼女はラブルスカと同じような髪の色で、髪をポニーテールに纏めて活発な印象の冒険者だった。顔つきも似ているし、ひょっとしたら兄妹なのかもしれない。彼女の腕にもラブルスカと同じように、盾が装備されている。


「それじゃ早速だけど、面接を始めさせてもらうわね」
「ああ、構わないよ。初めてくれ」


そう言うと、彼は一枚の紙をこちらに差し出してきたので、私はそれを受け取ってすぐに目を通していく。この紙には彼等が直近で受けた依頼の内容や、ギルドの記録にある賞罰の経歴が書かれている。参加する面子を選ぶと言っても、何の資料もないと無理なので、ギルドはこんな待機依頼の参加希望者にこんな紙を配っていた。


(特に違反を犯した経歴も、依頼を失敗した記録もない。嫌な感じもしないし、これなら問題ないかもね)


目を通した紙をカリンに手渡すと彼女も問題なかったようで、こっちを向いて頷いてみせる。あまり根掘り葉掘り質問すると逃げられるし、一緒に組んだ時にギクシャクする原因にもなるので、こんな時は経歴に目を通すぐらいがせいぜいだ。


「うん。これなら問題ないわ。一緒に依頼を受けましょうか」
「よかった。じゃあしばらくの間だけど、よろしく頼むぜ」


差し出された手を握り返して、私達は固い握手を交わす。ここに臨時のパーティーが結成された。


§ § §


パーティーは全員がシルバーランクの冒険者と言うこともあって、それぞれが言われなくても旅の準備を始めている。それぞれの道具袋に携帯食や水、肉や枝を切り裂くためのナイフ、火打ち石、防虫草や乾燥スープなど、出来る限り詰め込んだら早速出発だ。目的地はここから片道十日ほどの距離にある農村で、深い森に面した場所にあるらしい。


「村の主な産業として、加工した木や動物の皮を売ってるみたいね。そんなわけだから、彼等は毎日森に入って仕事をしてる。でもその森でウェアウルフの目撃例がいくつか上がったって書いてあるわ」


道中の話題作りと依頼の再確認を兼ねて、私は依頼書の内容を読み上げて見せた。


「ウェアウルフは一匹だけしか確認されていないのよね?」
「依頼書の内容が正確なら。一匹でも強力なのに、複数居るとなったら正直お手上げかもね。その時は今の倍は人数が居ないと厳しいわ」
「そうよね。まぁ、ウェアウルフが徒党を組んでいるなんて聞いたことも無いし、大丈夫でしょ」


特徴的なポニーテールを揺らしながらヴィティスがそう断言する。彼女とラブルスカは、私が思った通りやっぱり兄妹だったみたいだ。そして二人とも孤児院の出身らしい。と言っても赤ん坊の時から孤児というけじゃなく、両親が他界した事が原因で孤児院に入ったので、孤児院に居たのは数年だけなんだとか。


学も金もない二人が選べる選択肢なんて、自然と限られている。どこかの商会に丁稚として雇ってもらい、衣食住の面倒を見てもらいながらこき使われるか、職人の弟子にでもなってより厳しい環境に置かれるか、物乞いでもして生きていくかだ。それが嫌なら最後に残った手段の冒険者という選択肢があるけど、これを選んで生きながらえる孤児はほとんど居ない。まともな装備を手に入れないのも原因だけど、普段からちゃんと食べていない孤児が体力勝負の冒険者になって、長持ちするはずがないからだった。


大抵の場合は、どこかのパーティーに雑用として入れてもらい、雀の涙のような駄賃をもらって終わりになる。それが嫌で独立したら、今度は一人で全てのことをやらなければならなくなるから、当然生存率も極端に低くなる。つまり二人のようにシルバーランクになるまで生き残るには、かなりの才能と幸運がなければ無理なはずだ。


まだ出会ったばかりだし、気を許しすぎるのは危ないけど、そんな苦労を少しも感じさせないように笑顔を浮かべる二人に、私は少し好感を抱いていた。だんだん打ち解けてきた二人は、今度は私達の噂話を聞かせてくれた。


「二人の名前は最近よく耳にするよ。勇者になったルビアス王女と一緒にパーティーを組んでる冒険者だって」
「それにあのラピス先生の直弟子でもあるんでしょ? 戦闘面じゃかなり頼りになりそうよね」


もうそんな話が出回っているんだ。勇者パーティーという形で出発した時、街に居たのは一瞬だったはずなのに。目ざとい人間は何処にでも居るな。


「ラピスちゃんには色々鍛えてもらってるけど、私達にあそこまで凄いのを期待しないでよ」
「二人がかりでも、まだまだ手も足も出ないもんねぇ」
「それでも羨ましいよ。先生の授業は倍率が高いからね。一回逃したら一月先なんてザラだ」
「授業を受けた人が例外なく強くなっていくんだもんね。凄い人だよ」


ラピスちゃんが褒められて悪い気はしない。カリンも私も、まるで自分が褒められたように誇らしい気分になっていた。誰だって身内がこうなるでしょ。それにラピスちゃんを先生呼びって事は、二人も訓練所に通ったことがあるみたいね。そんな時、ある事を思い出した私は二人に顔を向けた。


「そうだ。確認しておきたいんだけど、ラブルスカとヴィティスは近接戦闘が専門って事で良いのよね?」
「ああ。二人とも盾があるし、壁役なら任せてくれ」
「魔法を使うまでの時間稼ぎはしてみせるわ」


良かった。彼等の頭が柔軟で。妙にプライドの高い冒険者だと、ここでゴネたりする時があるので困る。盾役や囮役なんて嫌だ。魔法を使いたいなら一人で勝手に使ってろ――みたいに。自分で言うのもなんだけど、魔法使いの使う魔法は一発でも戦況を変える事が出来るほど強力だ。だから魔法使いがパーティーに居る時、前衛は壁役に徹するのが一番効率が良い。守りに専念すれば時間も稼げるし、負傷する危険もグッと減る。後方から魔法使いが一発かまして戦闘終了――それが最も安全で、確実な戦闘のやり方だ。


「ありがと。じゃあ分け前の確認だけど、四分割で良い? 貴重な素材が入ったらジャンケンで決める。そして一度勝った人は次に貴重な素材が手に入った時、参加権を失う。これでいきたいんだけど」
「それで構わないぜ」
「私も。それに、ウェアウルフの素材はあんまり期待できそうにないしね」


ヴィティスの言うように、ウェアウルフは強い割に良い素材があまり取れない魔物で有名だった。それほど大きくないと言うのも理由だけど、人型のために取れる部位があまり無いのが主な原因だ。だからこういった場合、依頼料が平均より少し多めに設定されている。現金が多ければそれだけ懐事情が厳しい冒険者が受けてくれるかも知れないからだ。


二人との細かい取り決めは驚くほどスムーズに進み、私は余計な気苦労の大半が解消したことに胸をなで下ろしていた。彼等みたいに人当たりの良い冒険者なら、この依頼が終わった後でも時々一緒に仕事をしてみるのも悪くないかも知れない。私はそんな事を密かに考えていた。

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