勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第29話 リュミエルの勇者

ボルドール王国の勇者パーティーは四人だ。まず勇者である王女のルビアス。まだ候補でしかないものの、現時点でもレブル帝国の勇者程度なら実力的に越えているだろうから、勇者を名乗っても問題ないと思う。


次に戦士のカリン。俺が連日鍛えているせいか、カリンの剣の腕前は以前と比較にならないほど上がっている。魔力の最大値こそあまり増えていないけど、少ない魔力の運用の仕方、練り上げ方が上手くなっているので、今じゃ全身に魔力を巡らせたまま戦えるまでになっていた。今後は長時間の戦いでも行えるように、持続力が課題になるだろう。


次が魔法使いのシエル。彼女の使える属性は火、氷、風の三つから増えていないけど、中級の広域魔法は使えるようになっているし、後は上級と言える魔法の習得を残すのみとなっている。とは言っても魔法の威力自体が大きく上がっているので、現時点でも並の魔法使いが束になっても敵わない実力者のはずだ。


そして最後に僧侶の俺だ。僧侶と言っても格好だけだし、別にどこかの神殿に帰依したわけじゃない。パーティーのバランスや見た目的に僧侶の格好をしているだけなのだ。


そう――今回のレブル帝国行きの話、俺達は勇者パーティーという体面を整えて訪問することになっている。ボルドール王国の代表としてだから、俺達の格好はいつもと違って上質な装備だ。勇者であるルビアスは白を基調としたミスリル製の軽鎧を身に纏っていて、腰にはいつも使っている愛用の剣。そして頭にはサークレットのような形状の兜を装備している。見た目はただの装飾品でも、魔法の力で頭全体をカバーする優れものらしい。


カリンはいつもの皮鎧と違い、ルビアスと色違いのようなミスリル製の赤い鎧を身に纏っていた。こちらはルビアスよりも更に軽装で、胸元と腰、後は籠手とすね当てだけだ。今まで使っていた剣は酷使しすぎてボロボロになっていたので、こちらは新品の鋼の剣に交換されている。ミスリル製も選べたのに、剣の重さを感じられる鋼の剣を選んだようだ。


シエルはローブを新調している。深い青色のローブは地味に見えて人の目は引かないものの、その性能は今まで使っていた安物と段違いだ。ローブを編み上げている糸はアラクネと言う蜘蛛の魔物――それもかなりの上位種のものを使っていて、魔力の巡りや防御力が飛躍的に上がっている。何も無い状態でもある程度斬撃や衝撃を防いでくれるのに、魔力を流すとその防御力が何倍にもなる優れものだ。滅多に取れない貴重品の糸を使っているだけあって、当然値段は洒落にならない金額だ。それに加えて、同じ素材で編み上げた帽子。つばの大きさはそのままだけど、デザインが若干今までと違っている。杖は同じ素材だけど、更に上質なものに変更されているので、これで魔法を使うと今までより威力が上がるはずだ。


そして最後に俺。僧侶と言っても特定の宗教に肩入れしていない体なので、一般的な神官服のようでも細部が違っている。まず宗派を表す刺繍が無い。何処にでもあるようで何処にも無い――そんな神官服に仕上がっている。次に普通の神官服と違うのは、丈か短く、腕や足の露出が大きいこと。一般的な神官服はローブのように足下まで覆うゆったりとした形なのに、この神官服は動き回ることを前提にしていて、見ようによってはミニスカートのようにも見える。そして武器。普通の神官ならモーニングスターやメイスを持ち歩くのが常識だけど、俺が持つのはハルバードだ。ハルバードとは槍と斧の間の子みたいな作りで、槍の先に小型の斧がついた独特の形状をした武器だ。扱いが難しいものの、慣れればリーチを活かした戦い方が出来る優れた武器でもある。なんで剣を選ばなかったのかと問われれば、単純に他と被るから――と言うのが理由だった。四人中三人が剣じゃ味気ないしね。


そんなわけで、見た目だけなら俺達は立派な勇者パーティーに見えるだろう。全員女と言うのは珍しいと思うけど、前衛二人に後衛二人と、バランスが取れている良いパーティーだ。


「こんな良い装備をプレゼントしてくれるなんて、王様も太っ腹だよね~」
「本当ね。自分で買おうと思ったら、いったいいくらかかったか想像も出来ないわ。家ぐらい建つんじゃ無いの?」
「仮とは言え勇者パーティーですからね。国としても格好をつける必要があるので、経費として処理してくれたようです。それにこれは皆さんへのお礼も兼ねていますから、気にせずもらっておくと良いですよ」


最近は一緒に訓練をする事も多いので、三人も随分打ち解けてきている。カリンとシエルはルビアスを可愛がっているし、ルビアスはルビアスで二人を姉のように、そして身近な目標として尊敬しているみたいだ。


そんな俺達を乗せた馬車は何日もかけて街道を北に進み、いよいよレブル帝国との国境に到着した。ボルドール王国側には関所に詰めている兵士達の他に、中央から幾人かの騎士と文官が派遣されてきたようだ。彼等は俺達の護衛兼付き添い扱いで一緒にレブル帝国に向かうことになる。


当然事前に連絡がされているので、帝国側にも騎士の出迎えがあった。しかしそれらの騎士や兵士が纏う装備は物々しく、とても儀礼用に使えそうも無い無骨なものばかり。まるでこれから実戦でも行おうかという装備だ。


「ようこそレブル帝国へ。ボルドール王国勇者パーティーの皆様。私は皆様の案内奴を仰せつかったスーパーホークと言う者です。以後お見知りおきを」


そう名乗った男は俺達に一礼してみせる。お世辞にも和やかとか友好的とか言えそうもない仏頂面なものだから嫌々やっているのかと思ったら、どうもそうじゃないらしい。部下やこちらの従者に説明しているところを観察してみたところ、ただの口下手なようだった。そして身のこなしから大体の強さもわかった。ごく一般的な騎士より少し強い程度の腕前だろうか? 周りを固める連中はこの男より下だし、仮に途中で襲撃されたとしても難なく切り抜けられそうだ。


「ここから帝都まではいくつかの街を経由することになります。日数はかかりますがその分精一杯のお持て成しをさせていただきますので、どうかご容赦ください。では、早速まいりましょう」


無愛想ではあるものの、誠心誠意務めを果たそうとしている彼を見る限り、襲撃される心配はなさそうだな。


そこからがまた退屈な時間の始まりだった。レブル帝国はボルドール王国より国力が劣るせいか、ところどころ荒れたままの街道があり、馬車の乗り心地は最悪の一言だった。おまけに魔物の襲撃が一度や二度じゃ無く、その度に護衛を含めて大騒ぎになるので、気の休まる暇もない。唯一の慰めは行く先々の街で食べる食事ぐらいだ。


国境を立ってから三週間ほど経過して、ようやく俺達は目的地である帝都に辿り着くことが出来た。出発からもう一ヶ月以上馬車揺られる生活が続いていると、尻と座席が一体化したような錯覚に陥ってしまう。最初こそスーパーホーク達に遠慮して大人しくしていた俺達だったけど、結局途中から暇つぶしに日課の訓練を再開させていた。思い切り体を動かさないとストレスでどうにかなりそうだったからだ。一般的な訓練からかけ離れたその訓練内容を目にしたおかげか、俺達の扱いが今まで以上に丁寧になったのは面白かったが。


皇帝の住む都と書くだけあって、帝都は大きな街だ。流石にボルドール王国の王都に比べると見劣りするけど、それでもスーフォアの街など比較にならないほど大きいし、建ち並ぶ商店、扱っている商品、行き交う人々、そのどれもが多彩で興味を引かれるものばかりだった。しかしボルドール王国と大きく違うのは、その兵士の数だろう。街の至る所に兵士の姿があり、まるで人々を監視するかのように鋭い視線を周囲に飛ばしている。いや、これは実際に監視しているんだろう。


「あれが皇帝陛下の御座す城です。これから数日間、皆さんはあの城に滞在していただくことになります。観光などが出来るように自由時間も設けてありますので、それまではしばらく我慢していただきます」


軍事力を増強している国だけあって、その城は優美さより実戦での使いやすさを優先して造られたようだった。城壁に取り付けられた固定式の弩弓や、油を流すための穴。よじ登りにくいように継ぎ目を埋めていたり、火矢を用いられた時に使う水瓶がいくつも設置してあったりと、いつでも戦える準備がしてある。城内に唯一存在する庭園は、城の規模から考えると猫の額程度の広さしか無く、そんなところからも軍事優先なのが見て取れた。


城に入った後は貴賓室に案内された。従者達は近くの部屋に何人かに別れて泊まり込むことになりそうだけど、俺達パーティーは一つの部屋で寝泊まり出来るみたいだ。まぁ、一部屋といってもちょっとした広間ぐらいの広さがあるし、ベッドが四つ並んでいてもまだまだ余裕がある。二階にある部屋なのでバルコニーはあるけど、見える景色が無骨な城内だけなので意味が無い。


「はあ~……疲れた」
「長かったね~。片道一ヶ月以上だから当然か」
「飛行魔法なら数日ってところなのにね」
「私も尻が限界です。もう馬車には乗りたくない……」


ふかふかのソファに身を沈めると、もう動きたくなくなる。視線を一点に固定して身じろぎもしない俺達の前には、メイドさんが用意してくれたお茶が並べられた。のろのろとした動きでそれを手に取って口に運ぶと、ほどよい甘さに疲れが少しとれたように感じた。


「おくつろぎの所申し訳ありません。皆様にはこの後、陛下と謁見していただくことになります。用意が出来ましたらお呼びしますので、それまではこの部屋から出ないようにお願いします」


部屋に入ってきたスーパーホークは、それだけ言うとすぐに部屋を出て行った。彼も彼で案内役や関係各所への取り次ぎで忙しいんだろう。立場は違えど同じ使われる立場の人間だけに、少し同情してしまう。


「さて……と」
「ラピスちゃん?」
「何処に行くの?」


立ち上がった俺は首をかしげるカリン達の横を通り過ぎ、そのままドアノブを捻った。突然出ていこうとする俺に三人が目を丸くする。たった今この部屋に居ろと言われたところなのに、いきなり出ていこうとしてるんだから驚くのも当然か。


「ちょっと散歩。案内が来るまでには戻ってくるよ」
「トラブル起こしちゃ駄目だからね!」
「目立つことは避けなさいよ」
「師匠、ここは他国だと言うことをお忘れ無く」


言うだけ無駄だと思われているのか、注意はすれど誰も止める様子は無い。そんな彼女達に手を振って、俺は貴賓室を後にした。気分転換に散歩がしたかったと言うのも理由だけど、本当の目的は敵情視察だ。いざという時に城内の造りを把握しているといないとでは、後の生存率が大きく違ってくる。それに他の国ならともかく、ここはレブル帝国。俺にとって良い印象を持たない人間が多く居る国だ。用心に越したことは無い。


「正門からさっきの部屋までのルートは覚えたから、後はこの周囲の造りを覚えておくか」


人の気配がした場合は気配を殺し、物陰に身を隠しながら進んでいく。巡回の兵士や騎士はすぐ近くに潜んでいる俺に気づくこと無く、そのまま通り過ぎていった。そんな事を何回か繰り返し、二階の地形をある程度頭に叩き込んだ時、俺の視界には三階へと続く階段が現れた。


「三階となると、皇帝やその家族が居る可能性が高いな」
「そこで何をしているのですか?」
「!」


突然声をかけられたことに驚いて振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。その少女は和やかに笑みを浮かべ、戸惑うように少し首をかしげている。格好からして神官ぽいけど、帯剣しているから騎士なのかも知れない。白を基調としたルビアスに似た鎧の上から、正義と光の神リュミエルをあしらった刺繍のしてあるローブを身に纏っている。油断していたとは言え、俺に気配を悟らせなかったのは大したものだ。


「貴女は、この城の人では無いのですか?」
「お――いえ、私はボルドール王国からやって来たラピスと言います。散歩してたら道に迷ってしまって」
「まあ、そうなのですか? 実は私もなのです。奇遇ですね」


予め考えていた言い訳を口にすると、同士を見つけたとばかりにニコニコと笑う少女。その笑顔を見ているだけで、自然と心が和んでいく。どこか間延びするそのしゃべり方と、緊張感の無いその笑顔に、俺は彼女の強さを図ることも忘れ、すっかり気を許してしまっていた。


「迷子と言うことは、貴女も別の国から招待されたのですか?」
「はい。私はリュミエルから招待されたフレアと申します。一応勇者の称号を与えられています」
「そうでしたか。私はボルドール王国勇者、ルビアスの従者です。以後、お見知りおきを」


そう言ってペコリと頭を下げる。リュミエルの勇者とは、意外なところで意外な人物と遭遇したな。彼女から感じるこの神聖な雰囲気は、かなり高位の神官と同じか、それ以上のものだ。勇者として名乗りを上げるなら剣を使えるはずだし、俺の後ろを取った気配の消し方と言い、相当な実力者に違いない。


「まぁ! 勇者の従者でしたの? 通りで強そうな気配がしたはずです。貴女ほどの従者を従えているのだから、ボルドールの勇者様はきっと物凄く強いのでしょうね」
「どうでしょう? 最低限の力はあると思いますが……」
「ご謙遜を。本当なら直接会ってお話ししたいところですが、どうやら時間がないようですから、そうもいきませんね」
「……そのようですね」


フレアが視線を逸らした先から、何人かが走ってくるのが見える。その内の一人は俺を案内してきたスーパーホークだ。きっと俺が部屋に居ないことに気がついて、慌てて探し回っていたに違いない。


「お披露目の後は自由時間もあるでしょうから、その時はお茶をご一緒してくださるかしら?」
「もちろん。喜んで」
「良かった。約束ですよ?」


駆けてきた従者に叱られながら、俺を盗み見たフレアはイタズラっぽい笑みを浮かべた。そんな様子に俺も自然と苦笑が浮かぶ。リュミエルの勇者――フレアか。なかなか面白い人物に出会えたな。彼女のような人物が参加する今回のお披露目。何かが起きそうな予感がする。

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