勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第28話 帝国からの招待

盗賊団の討伐が終わった三人は、今それぞれの部屋で休んでいるところだ。往復で二週間近く野宿をしていたのだから体を休める期間が必要だし、特に女冒険者の場合は風呂に対する欲求が切実で、冒険から帰って来た場合、数時間風呂に籠もる女性も少なくないという。


例の男女二人組に騙された男は盗賊捕縛の結果を聞くと会いたがったけど、奴等は現在城の牢屋に入れられているので、顔を合わせることはないはずだ。気の毒だけど、こればっかりは仕方が無い。ルビアスも初の実戦を経験して何か感じ取ったようで、帰って来たら少し顔つきが変わっていたように思えた。今の調子で伸びていけば、彼女は更に強くなれるはずだ。


そんな全てが順調に進んでいると思っていたある日、俺の下に一人の使者が訪れたことで、俄に周囲が騒がしくなった。


「ラピス様――ですね」
「そうですが、あなたは?」
「申し遅れました。私の名はブロス。レブル帝国皇帝、レブル五世陛下に仕える者です」


休日で買い出しに出ていた俺に対して、にこやかに声をかけてきた男は、そう言って深々と頭を下げた。馬鹿丁寧なお辞儀に加えて言葉遣いも丁寧なので、一見すると礼儀をわきまえた人物のように思えたが、その目は明らかに俺を――いや、平民を見下した貴族のものだった。


「……その皇帝陛下に仕える方が、俺に一体何の用です?」


俺はレブル帝国に対して良い印象を持っていない。大体の責任があの馬鹿勇者のせいだけど、そんな奴を国の代表に据えてなんとも思わないレブル帝国そのものに不快感を持っている。そんな俺の心情を知ってか知らずか、ブロスは貼り付いた笑みを浮かべながら答える。


「実は……我が主であるレブル陛下が、貴女を我が国に招待したいとおっしゃっておられるのです」
「招待?」


レブル帝国が俺を呼ぶ理由はなんだろう? 普通に考えれば、勇者を叩きのめした俺への報復だろう。地の利のないこのボルドール王国ならともかく、本拠地であるレブル帝国内ならどうにでも出来ると考えても不思議じゃない。その次に考えられるのはスカウトぐらいだけど、奴等に恥をかかせた俺を欲しがるとも思えないし。


「招待と言うのは、具体的にどのような?」
「陛下は貴女の活躍を耳に入れられて、一度会ってみたいそうなのです。我が国の勇者を素手で叩きのめしたその武勇、直接目で見て今後の参考にしたいと。もちろん旅費はこちらが全て負担しますので、金銭的な面の心配は必要ありません。お帰りになる際にはいくらかの報奨金も差し上げましょう。如何ですか?」


下手に出ていても俺が断る事を想定していない話し方だ。さて、どうしようか? 用件だけ聞いた限りでは悪くない話だけど、それだけで済むとはとても思えない。絶対面倒な事に巻き込まれるはずだ。となれば答えは決まっている。お断り一択だろう。


「申し訳ありませんが辞退させてください。レブル帝国に行くとなると長期間家を空けなければならないし、そんなに仕事を休むわけにはいかないので」


俺がそう言った瞬間、今まで和やかだったブロスの態度が一変した。あからさまな侮蔑の表情を浮かべ、嫌悪感を隠そうともしていない。


「……まったく。人が下手に出ていればつけ上がりやがって。平民風情に選択の余地があると思っているのか? 陛下がお呼びになっているとなれば、黙ってついてくれば良いのだ小娘!」
「……それが本性か? 随分と下品な男だな。皇帝の使いを名乗るなら最後まで態度を一貫させた方が良いぞ。でないと、お前だけでなく、お前の主まで下品だと思われるからな」
「――! 小娘、言わせておけば!」


ブロスが後方に跳んだ途端、周囲の物陰から複数の人間が飛び出してきた。顔は覆面で覆われ、体はゆったりとしたマントで覆われている。たぶん武器の類いを隠す目的なんだろう。典型的な暗殺者スタイルだ。そんな奴等が前後に五人ずつ、俺を取り囲む位置に展開している。


周囲にこいつら以外人の気配はない。たまたま裏道を通っていたのもあるけど、予め俺を襲撃するために人を寄りつかせないようにしていたはずだ。しかしまぁ、その配慮は俺にとってありがたい。周囲を気にせずに暴れられるからだ。全く動揺を見せない俺にイラついたのか、ブロスは癇に障る金切り声を上げる。


「大人しくついてくると言え! そうすれば少し痛めつける程度で許してやろう。だが断った場合は半殺しにしてから連れて行く。言っておくが、其奴等が集団で戦った場合、勇者達でも勝てんのだぞ。人間との戦いに特化した奴等だからな!」


コイツらだけで襲撃を行わせず、堂々と自ら俺の目の前に出てきた自信はそれが理由か。周囲の暗殺者達をチラリと観察してみると、なるほど、確かにそこそこの腕前を持つ連中のようだ。動きも素早く、連携も取れている。あの普段から油断しまくっている馬鹿勇者相手なら問題なく勝てるだろう。しかし――


「何度も言わせるな。断ると言っただろ? それに、こんな程度の連中を集めて俺に勝てるつもりだったのか? だとしたら舐められたもんだ」
「な――!? ええい! お前達、やれ!」


一斉に飛びかかってくる暗殺者達。その場に留まれば奴等の剣に刺し貫かれ、俺は一瞬で血の海に沈んだだろう。当然そんな事態はご免なので、真上に向かって大きく跳躍する。


「甘い! お前の戦い方は調査済みだ!」


飛び上がった俺を狙い澄ましたかのようにブロスの放った魔法が飛んでくる。いつの間に詠唱していたのか、なかなか早い。目の前に迫る炎の槍は間違いなく直撃コースだ。だが俺は慌てることなく拳に魔力を纏わせ、飛んできた炎の槍に対して拳を振り抜いた。


「なにぃ!?」


バシッ――と、何か乾いた物を叩く音が響いてブロスの放った魔法が四散する。まさか魔法を素手で払われるとは思っていなかったのか、ブロスの顔が驚愕に歪んでいる。魔法以外で空に飛び上がった俺に攻撃する手段なんて、弓矢か投石ぐらいしかない。しかし連中の格好はどう見ても弓を持っているようには見えなかった。となれば、後は一方的な展開だ。慌てて逃げようとしたブロス以外を雷の魔法でまとめて気絶させ、最後に残ったブロスは落下の勢いを利用した蹴りで倒した。


「ぐえ!」


蛙の潰れたような声を出したブロスは、這いつくばったまま何とか逃げようと悶えている。貴族の割には随分頑丈な奴だな。魔法を使ったことと言い、戦闘の心得があるのかも知れない。俺はつかつかと大股で近寄ると、そのままその背中を勢いよく踏んづけた。


「ぐっ!? お、お前!」
「逃げられると思ったのか? 他国の領土で誘拐と暴行未遂だ。タダで済むと思ってないよな?」
「ふ、ふん! そんなもの、レブル帝国の威光をもってすれば簡単にもみ消せる! たとえ捕まったとしても、すぐに無罪放免だ!」
「そう思うのはお前の自由だよ。とりあえず寝てろ」


再び雷の魔法を放ってブロスを気絶させた後、俺は衛兵を連れてこの場に戻ってきた。縄でぐるぐる巻きにされた挙げ句、口には猿轡、目には目隠しをされて連行されるブロス達。それで大通りを歩かされるわけだから、当然注目の的になっていた。そんな彼等を見送りながら、ようやく本来の目的を思い出す。


「気にはなるけど……。ま、もう顔を見ることもないか。忘れよう。それより早く帰って夕飯の支度をしないと」


ある程度有名になってから、いつかこんな事が起きる覚悟はあった。でも相手が力で来るならむしろありがたい。立場上逆らえない上司からの命令という形ならともかく、この程度なら苦にもならない。ブロスの存在を頭から消し去り、俺は急いで家へと急ぐ。今日の食事当番は俺だから、カリンとシエルの二人が腹を空かせて待ってるんだ。


§ § §


ブロスの一件があってから一週間ほどが経ち、俺の中で事件の存在自体が風化し始めた頃、俺は突然グロム様から呼び出しを受けた。貴族からの呼び出しに良い思い出がない俺は腹痛を理由にサボろうとしたのだけど、ギルドマスターのクリークさんに見破られて城まで連行されてしまった。若干呆れ気味な目で見られて居心地が悪すぎる。


「腹が痛いから休むって、君は子供か?」
「勘弁してくださいよ……。絶対何か厄介ごとに決まってるんだから」
「だとしても、今回サボったところで終わるはずがないだろう? 嫌なことならサッサと終わらせた方が気が楽だよ」


ぐうの音も出ない正論に出来る事なんて、ただ頭を下げることぐらいだ。まるで罰を言い渡される犯罪者のような面持ちで歩く俺が連れて行かれたのは、前にも来たことがある部屋だった。前回と同じようにテラスには大きなテーブルが置かれ、お茶とお菓子の準備が整えられている。そしてそこには表情の読めないグロム様と、何故かルビアスの姿があった。


「ルビアス?」
「師匠。今回の話、私も参加させていただくことになりました。……私にも関係があることなので」
「よく来てくれた。ラピス君、クリーク。まあ座ってくれ」


進められるままに椅子に座る。クリークさんはルビアスに対してどう言う態度で接するべきか悩んだようだけど、結局最低限の礼儀で十分と判断したのか、一礼して席に着いた。全員にお茶が回ってメイドさん達が場を離れると、ようやくグロム様が口を開く。


「今日来てもらったのは他でもない。ラピス君とルビアス殿下に、レブル帝国から招待状が届いたからだ」


レブル帝国……その単語を耳にした俺は、ようやく忘れかけていたブロスの事を思い出した。あまりにも興味がなさ過ぎて、あっという間に記憶から消えるところだったよ。


「招待状と言うのは?」
「ああ。ボルドール王国の勇者候補であるルビアス様と、その師匠であるラピス君を招待し、国威発揚を行いたいらしい。国威発揚と言うだけあって、他国の勇者や勇者候補も呼ばれているようだ」
「んん?」


思わず変な声が出た。レブル帝国の国威発揚? たぶん各国の勇者を集めて国民に帝国の――引いては皇帝の力を見せつけたいんだろうけど、なんでそんな事に付き合わなくちゃいけないんだ? 無視すれば良いだけじゃないの?


「ラピス君の疑問はわかる。普通ならこんな事に付き合う筋合いも義理もない。断って当然の話なんだが、そうもいかない事情が出来た」
「と言うと?」
「私が話します。師匠」


ルビアスの話によると、今回の話、参加を表明した国がいくつかあるようだ。各国の思惑は当人でも無い限り推測するしかないけど、たぶん自国の勇者の力を見せつけるか、他国の勇者の力を測るか、またはその両方じゃないかと言う話だ。参加する目的がそれでも、一応参加する国の勇者は国賓として招かれているので、招待されている手前断りにくいそうだ。


「それに、大陸一の国力を自称している我がボルドール王国が勇者を出さなかった場合、周辺国から侮られることにもなるでしょう。ボルドール王国に勇者は存在せず。居るのは腑抜けばかりだ――と」


そう言う事か。それなら確かに断るわけにはいかないんだろう。現時点でルビアスが勇者として公認されているわけではないけど、候補の一人として行かざるを得ないってわけだ。それにたぶん……今回の招待の真の目的は、俺をおびき出すことにあるんじゃ無いかと疑っている。そう思ったのは俺だけじゃないらしく、グロム様も腕を組んで難しい顔だ。


「ラピス君を呼び出した理由は、勇者候補であるルビアス様の師匠だから――なんだが、私には他の目的があるように思えてならない」
「師匠は先日もレブル帝国の貴族に襲撃されたと聞きました。彼等の目的は師匠をレブル帝国に移すためだったとか。奴等はどうにかして師匠の巨大な力をレブル帝国に取り込みたいのでしょう」
「ラピス君個人の戦闘力はもちろん、その指導力も類を見ないものだ。レブル帝国が欲しがるのも頷ける」


やっぱりそう思うよな。そう言えば、俺を襲った連中はどうなったんだろう? 確かこの城の牢に入れられたはずだから、まだ閉じ込めたままなのかな?


「グロム様。あの襲撃犯達はどうなりました? 懲役ですか? それとも無罪放免で本国に送還とか?」


俺の質問に、グロム様が嫌なことを思い出したような、そんな顔に変わる。……何かあったのか?


「……連中なら死んだよ。獄中死だ」
「死んだ!?」


俺に悪態つくほどあれだけピンピンしていたのに? 何か重い病気でも抱えていたのか? いや……そんなはずない。普通ならそんな人間に対して、他国まで行って人を攫ってこいなんて命令は出さないはずだ。それにあの男――ブロスは、捕まってもレブル帝国の力ですぐに出られると言っていた。自分が死ぬ事なんて欠片も思っていなかったはず。だとしたら――


「暗殺――ですか?」
「鋭いね。状況的には自殺に見えたがね。死に顔を見た限りでは、とても自分から死を望んでいたとは思えない。あれはたぶん魔法か薬物を使われたんだろう。囚われた時点で発動するような、そんな呪いのような方法で」
「暗殺者だけでなく、まさか貴族まで使い捨てにするとは……。レブル帝国の皇帝は随分怖い男のようですね」


ルビアスの表情は優れない。この状況で彼女が辞退する事など出来ないし、これから会うことになる皇帝がそんな男だとわかれば、怖さもあるんだろう。なら師匠として、可愛い弟子の面倒はみなくちゃな。俺の出来る事なんてそれぐらいだし。


「ルビアス、グロム様。そう言う事情なら参加します。ルビアスにちょっかい出されないように、しっかり守って見せますよ」
「ありがたい。君が参加してくれるならルビアス様も安心だ。しかし君も十分気をつけてくれ。いくら君が強かろうと、薬物や魔法で意思を奪われる可能性もある。用心しすぎて困ることはないぞ」
「わかっています。誰も傷つかず、欠けることなく戻ってくるとお約束しますよ。そう言うわけなんでクリークさん。ギルドと訓練所の仕事は――」
「わかっている。君が留守の間はシフトを組み直しておくよ。安心して行ってくれて良い」
「ありがとうございます」


守ると言っても、二十四時間つきっきりでルビアスに貼り付いているわけにもいかないからな。俺一人だと正直厳しい。となれば……助っ人が必要だ。彼女達に力を借りよう。

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