勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第26話 ある冒険者の一日

――ルビアス視点


師匠の紹介で訓練所に通うようになってからしばらく経った頃、私は師匠から冒険者登録を進められた。冒険者ギルドの依頼を受けるためには、冒険者としての資格が必須だからだ。もちろん断る理由など無いので二つ返事で了承し、私は晴れて冒険者の一員となった。


「これが冒険者の証しか……」


受け取ったブロンズランクのプレートを色々な角度から眺めてみる。巷の冒険者はこのブロンズランクから始まって、地道に依頼をこなしながら上のランクを目指していくと聞いている。もちろん全ての冒険者が自分の思い描いた未来通りに冒険者生活を出来るはずも無く、少なくない数の冒険者が依頼中の戦いで死に、多くの冒険者が夢半ばで引退していくと言う。その理由は様々だ。体力や才能の限界。切った張ったの生活に嫌気が差した。怪我で引退せざるを得なかった――などなど。登録したばかりの私では想像も出来ないような困難を、それぞれの冒険者が歩んでいるんだろう。


「これでルビアスも冒険者の仲間入りだな」
「ありがとうございます師匠。師匠に出会わなければ、私は一生冒険者登録など出来なかったでしょう」
「大げさだよ。それより初依頼を受けてみようか。実はルビアスの訓練にちょうど良いと思って、ある依頼を取っておいたんだ」


そう言って師匠が取りだした依頼書には、目立つように盗賊退治の文字が書かれてあった。盗賊――言わずと知れた盗人の集団だ。街道などで待ち伏せし、通りかかる人々から金品を巻き上げ、最悪の場合は命まで奪う極悪人達だ。ほとんどの盗賊団は身を隠すのに便利で、逃げやすい野外で活動しているようだが、中には街中に潜伏する集団も存在するらしい。この依頼書にある盗賊団は野外を活動場所にしているらしく、潜伏していると思われる場所は、このスーフォアの街と隣町の中間ぐらいだった。


「師匠?」
「ルビアスが勇者を目指すなら遅かれ早かれ人間と戦うことになる。数は少ないけど、魔王に味方する人間も居るはずだしね。いきなりそいつらと実戦で……って言うのは危険すぎるから、盗賊辺りで慣らしておいた方が良いと思って。もちろんルビアス一人で受けさせる気は無いぞ? 俺と一緒に暮らしてる冒険者の二人にも手伝ってもらうつもりだから」


師匠と一緒に住んでいる冒険者が居るのは話に聞いている。その二人の女性は師匠がこの街に現れるまで、ごく一般的な冒険者の域を出なかったはずなのに、今ではレブル帝国の勇者を倒すまでに強くなっているらしい。それもこれも、師匠が連日のように稽古をつけているからだとか。正直羨ましすぎる環境だ。そして師匠の弟子と言うことは、私の兄弟弟子と言う事でもある。つまり兄弟子ならぬ姉弟子だ。依頼云々を別にしても、是非会ってみたい人達だ。


「是非、受けさせてください! 姉弟子の方々と初依頼を受けるなど、名誉なことです!」
「……なんか凄いやる気だね。消極的よりは良いことだけど」


師匠が若干苦笑気味だ。いかんいかん。私はどうも熱意が空回りする悪い癖があるようで、気がついたら今のように相手が戸惑うような状況になっている時がある。治したいと思っているものの、生まれついての性分だから、なかなか矯正できていない。


ギルドを後にした私は、師匠に連れられて彼女の家にお邪魔することになった。始めて訪ねる師匠の家なのだから何か手土産でも買っていきたかったのだが、生憎寄り道もせずにギルドからやって来たものだから、買い物などしている余裕が無かった。それに家主に案内されているのだ。今更手土産もおかしいだろう。


「ただいま」
「お帰りなさいラピスちゃん」
「お帰り」


家に入った師匠を和やかに出迎える二人。普段着で寛いでいるからわかりにくいが、身のこなしから一人は戦士、一人は魔法使いだと思われた。二人とも私より年上のようだが、それでも冒険者の平均から考えれば随分若い方だと思う。たぶん二十代前半ぐらいだろう。戦士の方は人の良さそうな雰囲気を漂わせている女性で、突然訪ねた私を興味深そうに見ている。魔法使いの方は静かな印象の人だ。椅子に腰掛けて何かの本を読んでいる。あれはたぶん魔導書の類いだろう。こちらは戦士の方と違ってあからさまな視線は向けてこないものの、時折チラチラとこちらを観察しているようだ。


「二人とも、紹介するよ。この娘が昨日話したルビアス。本物のお姫様だけど、今は俺の弟子で二人の後輩なんで、敬語とかは使わなくて良いよ」
「ルビアスです! よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく! 私はカリン。戦士をやってるわ」
「私はシエル。魔法使いよ。よろしくね」


差し出された手を順番に握り、ガッチリと握手する。……強い。手を握っただけで解る。この人達は、私より遙かに腕が立つようだ。流石に師匠ほど人間離れはしていないだろうけど、それでも平均的な冒険者を大きく上回っている感じがする。


「早速だけど、二人にはルビアスを連れて依頼を受けて欲しいんだ。これなんだけどね」


テーブルの上に置かれた依頼書に全員の視線が集まった。盗賊団の討伐依頼程度なら緊張もしないのか、二人は敵の人数や戦力を聞いても緊張した様子がない。それに比べて私はまだ戦ってもいないのに少し緊張している。いかんな。今からこんな調子では、先が思いやられる。


「ここからならそんなに遠くないのね」
「街道から近いからね。連中の拠点はたぶん……この森の中だと思う」
「当然見張りも居るだろうし、警戒は必要だね」


街道沿いに北上すれば目的地周辺には問題なくたどり着けるはずだ。往復で二週間分の食料があれば十分足りるだろう――と思っていたら、シエルさんが妙な事を言い出した。


「近くまで飛んでいって、それから探すというのは無し?」


飛んでいく? まさかシエルさんは、師匠と同じように飛行魔法が使えるのか? 強いだろうと思っていたが、そんな魔法まで使いこなせるなんて、流石私の姉弟子だ。


「いや、止めておこう。今回はルビアスに冒険者の生活を体験させたいからね。一般的な冒険者は歩きで移動するし。途中で野宿や見張りを実際にやってもらう。魔境でそれが出来ないと死ぬだけだし」
「そっか~。ルビアスもそれで良いの?」
「もちろんです! 一人前の冒険者として独り立ちできるよう、精一杯頑張ります!」
「お、やる気だね! その意気だよ!」


そう言ってカリンさんは緊張した私の肩を叩いてくれた。……いい人だな。あまりしっかりしているようには見えないのに、側に居るだけで何処か安心させる魅力のある人だ。私には実の姉が居るけど、初めて会ったこの人の方が姉のように感じられるのは何故なんだろう。


§ § §


私の背には新品の道具袋が背負われている。この中には水や食料、火打ち石やポーションと言った、冒険者の必需品が詰め込まれている。もちろん格好は完全武装だ。身動きしやすい鎧を身に纏い、腰には剣を、そして反対側の腰には予備の短剣を差してある。私の鎧は魔法銀ミスリル制で、軽くて丈夫な上に魔法抵抗力も高い優れものだ。新人の冒険者の身に着ける物としては破格だけれど、立場が立場なので仕方が無い。他の冒険者と同じような装備を着けたいと言ったら反対されるに決まっているしな。剣も無銘だが業物だ。ちょっとやそっと無茶な使い方をしても壊れないだろう。


「初依頼だね。頑張ろう」
「緊張しなくて良いわ。私達がついてるし」
「はい。よろしくお願いします」


緊張していた私をお二人が解きほぐそうと気遣いを見せてくれた。冒険者の大半は粗野な人間と聞いていただけに、二人のように穏やかな人物とパーティーを組めたのは幸運だろう。まぁ、一番の幸運は師匠と出会えたことなんだが。


街道を歩いていると、様々な人とすれ違う。同業の冒険者や行商人。馬車に乗った貴族や豪商と言った具合に。馬車が通る時は歩きの者が道を避け、歩いている者同士なら軽く挨拶をしてすれ違う。馬車の場合は人が避けるしかないので当然として、すれ違う人全てに挨拶するのには理由があったらしい。


「街道で出会う人って、どんな人間かお互いに解らないでしょ? だから私には敵意がありませんよ、安心ですよって意味も込めて、挨拶を欠かさないんだよ」
「なるほど! そう言う理由でしたか。私はてっきりお二人が社交に積極的なのかと思っていました」
「本当ならそっちの方が良いんでしょうけどね。一応これは冒険者に限らずに、街道でのルールだと覚えておくと良いわ」
「勉強になります」


街道を歩いている途中の雑談でさえ、私の知らない情報が次から次へと出てきて、私は本当に世間知らずなのだと思い知らされた。


「知らないことは恥じゃないわ。これから勉強していけば良いんだから」
「そうだよ。それに、新しい事を覚えるって楽しいからね。ルビアスはこれからいっぱい楽しいことがあるんだよ」


解らないのは恥――貴族社会で隙を見せればつけ込まれる。そんな私と全く違う考え方に、目から鱗が落ちる思いだった。そして同時に、この人達が姉弟子であった事に心底感謝している。


スーフォアの街と隣町の間には森があり、猟師や木こりなどが生活の糧を得るため、日々出入りしているという。そんな彼等もここ数日は仕事を控えているようだ。理由は言うまでも無く、盗賊団の存在だ。連中は森の中のいくつかの箇所に拠点を設け、常に移動しながら街道を襲撃していると言う。もちろんグロム伯爵や隣町の貴族が討伐の兵を差し向けているものの、彼等が森に到着した頃には、霞のように消え去っているそうだ。


これは奴等が見張りなどを複数置いているのも理由だが、兵士達の動きの遅さにも原因がある。一般的に何か犯罪行為などがあれば、まず衛兵の所に届けが出される。彼等の手に負えそうにない場合はその上の兵士長に話が行き、それでも手に負えないと判断されれば、ようやく領主の下に報告される。各自の裁量がある程度任されているので、規模が小さい内は今のやり方の方が迅速に対処出来るだろう。しかし今回のように、数人の兵士で対処出来そうに無い場合は、どうしても後手に回ってしまうのだ。


騎士が兵士を引き連れて森に到着してみても、そこはもぬけの殻だった――と言う事が珍しくない。もっともそのおかげで、いつでもどこでも、迅速に行動できる冒険者が活躍できる場所が与えられるのだが。


「じゃあ今日はここで野営しようか」


街を出てから半日以上歩き続けてそろそろ足が棒になってきた頃、ようやくカリンさんが背負っていた荷物を下ろした。ここは街道から少し離れた草原で、辺りに障害物の類いのない見晴らしの良い場所だ。カリンさんと一緒にその辺から枯れ木や枯れ草をかき集めて来ると、シエルさんが火打ち石であっという間に火をつけ、たき火の出来上がりだ。


そして彼女達は街で購入してきた妙な草の束を火にくべる。なんの目的でそんな事をしているのか理解出来ずに首をかしげていると、シエルさんが苦笑気味に教えてくれた。


「ああ、今燃やした草は防虫草と言ってね。その灰を周囲にまくと、虫が寄ってこなくなるのよ」
「蛇にも効果があるんだよ。だから冒険者みたいに野宿する人達は、大体持ち歩いてるんじゃないかな」
「そんな物があるのですか。驚きました」


次に彼女達は道具袋から乾いたパンを取りだし、火で炙り始める。私も見よう見まねで真似してみると少し香ばしい匂いが漂ってきて、疲れた体が空腹を訴えてきた。グゥ――と鳴る腹を押さえて顔を赤らめる私を、二人は明るく笑い飛ばす。


「初めてのことだらけだもんね。そりゃ疲れてるだろうし、お腹も空くはずだよ」
「お世辞にもご馳走なんて言えない食料だけど、工夫次第で結構変わってくるのよ?」


次にシエルさんは、革の水入れを取りだしてコップに水を一杯注いだ。コップは鉄製なので火で炙っても問題なく、水はあっという間にお湯になる。そして出来上がったお湯に、道具袋から取りだした小さな木製の小瓶を振り、粉末状の物をコップの中に振りかける。何度かかき混ぜた物を差し出され、私は少し緊張しながら口をつけてみた。ただのお湯だったものが、濃厚なスープの味を出している。


「……美味しい」
「それはね、煮詰めたスープを冷まして粉末にしたものなの。だから少しのお湯でもスープが楽しめるのよ」
「それでこれがチーズね。熱したパンに挟んで食べると、こんな安くて硬いパンでも美味しくなるんだよ」


言われたとおり熱々のパンにチーズを挟むと、熱で溶け出したチーズがパンに染みだし、今まで以上に食欲をそそる匂いが鼻をくすぐった。


「さあ、召し上がれ」
「いただきます!」


空腹に耐えかね、挨拶もそこそこにかぶりつく。


「んん!?」


美味しい! 粗末な食材のはずなのに、私が今まで食べたどんな料理よりも美味しく感じる。何故だろう? パンを食べる口を動かし続けながら、私は理由を考えた。別に彼女達の料理の腕前が並外れているとか、王宮の料理人がそれ程でもなかったとか、そんな理由ではない。なら私が空腹だったから? それもある。しかし一番大きな理由は、この食事が命をつなぐ物だと、体が自覚しているからだろう。


特に働きもせず、訓練など自分の好きなことだけをやれて、時間になれば勝手に出てくる豪華な料理。それらを食べる時、私は今のように心の底から食べたいと感じていただろうか? 答えは否だ。私にとっての食事とは、日々起きたことの報告会と同義でもある。毒味をされて冷めた料理と、仲の良くない兄弟達。話をするのは父上と母上だけで、楽しいとは欠片も思えなかった時間。


それに比べて今はどうだ? 食材を確保し、自分の足で歩き、自分達で料理する――たったこれだけの事が、この粗末な食事を私の人生で最良のものにしてくれていた。感動して涙を流しそうになったのをスープを飲むことで誤魔化し、私は一気に料理を平らげた。


「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様」
「言い食べっぷりだったねルビアス!」


自分が食べたら次は仲間の番だ。今度は私が自分の道具袋から食材を取りだして、彼女達に振る舞わなければならない。二人に指導されながらおっかなびっくり出来上がったものを差し出すと、二人は満足げに食べきってくれた。自分が食べるだけでなく、自分が作ったものを人に食べてもらうというのは、結構嬉しいものなのだな。


食事が終われば就寝だ。獣避けと魔物が近寄ってきた時の視界確保を兼ねて、たき火は絶やさないようにしなくてはならない。三人居るので見張りは三交代だ。冒険者は体力を無駄遣いするわけにはいかないので、食事が終わればお喋りもせずにすぐに寝てしまうらしい。さっき燃やした防虫草の灰を周囲に振りまいた後、私とカリンさんはさっさと毛布に包まって横になった。


「野宿は慣れるまで大変だと思うけど、これも良い経験になるわ。お休み」
「じゃあ先に寝るね。三時間経ったら起こしてよ」
「私は最後ですね。お先に失礼します」


横になった途端、私は思い切り背伸びをして深呼吸を繰り返した。土の少し湿った匂いが肺いっぱいに充満したけれど、少しも不愉快な感覚は無い。なかなか寝付けないのではないかと少し心配していたが、私の意識はあっという間に眠りに落ちた。冒険者としての初日、これにて終了だ。

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