勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第23話 王家の思惑

――ルビアス視点


私の名はルビアス。このボルドール王国の第三王女で、今年で十六になる若輩者だ。上には兄が二人に姉が二人いて、五人兄弟の末っ子でもある。王位継承権も低いことが理由で、私には兄上や姉上のようにすり寄ってくる貴族や商人も少ない。つまり、あまり期待されていないと言う事だ。父上と母上はそんな事を気にせず可愛がってくれるけど、兄上や姉上は時々私を見下したような態度を取ることもあるので、兄弟仲はそれ程良くない。


王位継承権のない王族の末路なんか大体が碌でもない。男子なら地方に小さな領地を与えられて、細々と暮らしていける事もあるし、大貴族に婿入りして、王家の血を増すことも出来るだろう。しかし女子の場合はそうはいかない。他国と縁戚になるため嫁に出されるならマシな方で、下手をすると独身のまま一生城で飼い殺しになる場合がある。


そんな人生はまっぴらご免だと思った私は、将来一人でも生きていけるように、普段から色々と鍛えることを日課としていた。幸いというか何と言うか、私は男勝りという評判なので、誰も私に教える事を躊躇したりしない。そのおかげで、剣や槍は勿論、馬術や軍の指揮、そして魔法に至るまで、戦いに関するありとあらゆる事を貪欲に吸収できた。しかし、立場的に実戦を経験できない私が戦える相手は、城に勤める兵士や騎士だけ。彼等との戦いで良い勝負を出来るようにはなったけど、王女相手に全力を出せるはずもないので、ここでの戦績などまるで当てにならないと言う事ぐらいは理解している。


城の中で出来る鍛錬には限界がある。私に必要なのは立場に遠慮することなく、厳しく指導してくれる優れた師だ。腕が立ち、相手が王女でも遠慮無く指導できる――そんな都合の良い人物がいないか、手の者達を使って日々情報集めをしていた時、私の耳に面白い情報が飛び込んできた。


王都から遙か南に、地方貴族のグロム伯爵が収める小さな街がある。そこは最近魔物の氾濫が起きて危機に陥ったらしいけど、なんと一人の女の子が、単独で魔物の軍勢ごと敵の大将であるリッチを討ち滅ぼしたらしい。私と変わらない歳頃で、剣も魔法も圧倒的に強いんだとか。しかもその娘は新しく出来た訓練所の教官を務め、優秀な生徒を何人も輩出するほど指導力があるらしい。私はその話を聞いた時、これだ! と思った。


その娘に師事すれば、きっと私は今までと比べものにならない強さを手に入れる事が出来るはず。たとえ短期間でも城を抜け出して、なんとかグロム伯爵の街に行けないかと思案していたところ、驚いたことに、その当人が王都にやって来ると言う情報を得た。


正に千載一遇のチャンス! 城を出ることさえ満足に出来ないのに、向こうからわざわざやって来てくれるのだから、これは神のお導きだと思った。彼女が城に到着するまで一日千秋の思い出待ち続けた私。父上が呼び出してからちょうど二週間目に、グロム伯爵と彼女は王城に到着した。


初めて見た彼女の印象は、ただひたすら可憐で可愛い――だ。私も容姿にはそこそこ自信があったものの、彼女を見たらそんな自信は木っ端みじんに吹き飛んでしまった。この世にこんな美しい生き物が居るのかと、信じられない思いだ。妖精種であるエルフですら、彼女ほど美しくはないだろう。でも同時に疑問が頭をもたげる。外見だけで判断した限りでは、とても戦えるように見えない。比喩ではなく、ナイフより重いものを持ったことがないんじゃないかと思えるぐらいに華奢だ。


しかし外見だけで侮るなど愚か者のする事。私は彼女の力を見極めるべく、敢えて口を出さず観察するに留めた。すると、一番上のスティード兄上を始めとする一部の貴族連中が、彼女の功績が嘘だと主張し始めた。我が国の誇る間諜や、彼女の戦いを目撃した多くの騎士や兵士の証言があるにもかかわらずだ。スティード兄上は頭でっかちなところがあって、目の前の事実より凝り固まった自分の常識を優先する人なだけに、今回の反発は十分予想の範囲だった。


結局兄達を納得させるため、ラピス嬢は模擬戦を行う事になってしまった。しかも相手は兵士、騎士の身分を問わず、王国の戦力でも指折りの実力者達だ。中でも千人隊長を拝命する王国一の剣の使い手、トランザルプは強い。私も何度か剣をあわせたことがあるが、手も足も出なかった。そんな男達に加えて、弓の名手と宮廷魔術師まで加わるのだから、模擬戦と言うより公開私刑か何かに思えてくる。


これには噂のラピス嬢も、何も出来ずにやられてしまうだろうと誰もが思った。実際私も勝つのは無理だと思って、せめて怪我をすぐに治せるように、治癒士を控えさせていたぐらいだ。でも結果的に、戦いはラピス嬢の圧勝で終わった。腕自慢の強者達が、彼女相手では剣を抜かせることも出来ずに打倒されていく。後ろに目がついているのではないかと疑いたくなるほど、彼女の動きは洗練されていて無駄がなく、的確に相手を戦闘不能に追いやる。飛んできた矢を手掴みで受け取ったかと思うと、弓以上の速さで投げ返し、宮廷魔術師の魔法はそれ以上に強く大きい魔法で潰された。挙げ句に地面を融解させるほどの火球を無詠唱で放ったのに、本人は息切れ一つおこしていない。


戦いを終えた彼女は優雅に一礼すると、自分が打ち倒した者達を瞬時に回復させていった。この戦いで確認できただけでも、彼女は火、氷、雷、回復と、四属性の魔法を使っている。しかも全て無詠唱。そんな事は我が国の宮廷魔術師はもちろん、名高い冒険者だって出来ないはずだ。


……化け物だと思った。こんな人間がこの世に存在すること自体が信じられなかった。伝説で語られる古の勇者程じゃないだろうけど、それでも十分勇者を名乗るにふさわしい実力だと思った。彼女がその気になったなら、たとえ魔王が復活していても問題ないんじゃないか? そう思えるぐらいに強かった。


模擬戦が終わった後、父上や一部の貴族連中が集まって会議が始まった。その中には当然彼女が住む街の領主、グロム伯爵に含まれている。会議の内容は彼女を勇者として公に認めるかどうかだ。現在各国では独自に勇者を認定して、それぞれが魔王討伐の功績を得ようと躍起になっている。当然我が国も勇者を擁立するべきなのだけど、まだ決まっていない。候補だけなら何人も居る。ただしそれは家柄だとか、ただ腕が立つとかを基準に選ばれた者達ばかりで、人格的に問題があったのだ。そんな連中を勇者に認定すれば、話に聞いたレブル帝国の勇者のように、国の評判を大きく落とすことになってしまう。なので勇者選びは慎重に行う必要があった。


そんな中、現れたのがラピス嬢だ。強さなら申し分ない。と言うか、彼女以上に強い者など存在しないと思う。では人格面は? これも問題ない。調査によると、彼女は日々街で地道に働き、犯罪などに手を染めた形跡もない。住民達とも仲良くやっているようだし、何より、自分の友人に暴行を働いたレブル帝国の勇者を自らの手で叩きのめしている。立場を気にせず、友を思って行動できるその心は、高潔な魂の持ち主だと感じさせた。


武官達は彼女を勇者にすることに概ね賛成だった。圧倒的な強さを見せつけられた彼等は、強い者こそが勇者になるべきと主張した。対して貴族連中は難色を示す。彼等は自分の息のかかった人物を勇者に据え、自分自身の影響力を王国の中で増大させたいので、彼女を勇者に認定するわけにいかないのだ。紛糾する会議。父上は腕組みしたまま深く黙考し、何も言葉を発しない。貴族連中に取り込まれたスティード兄上は明確に反対している。このままでは埒が明かないと思った時、父上がグロム伯爵に問いかけた。


「グロムよ。彼女自身はどう思っているのだ? 仮に我々が勇者になれと言った場合、彼女はどう言った反応を示すと思う?」


この会議に参加した中で最も位の低いグロム伯爵は、最初から一言も言葉を発していない。自分の立場をわきまえていると言うより、言っても無駄だと思っているような節がある。無駄な話し合いには参加せず、少ない機会に最大の利益を得る――それを目的に動いているような気がした。そんな男が父上から問われ、始めて口を開く。


「では……私見ですが。仮に勇者に認定しようとしたところで、彼女が受けるとも思えません」


ザワリと場が騒がしくなる。武人達は即座に意見を否定しようと立ち上がりかけるが、父上によって制止された。


「ふむ……その理由は?」
「はい。まず理由の一つとして、彼女は目立つことを非常に嫌う性格をしているからです。リッチとの戦いで勇名を馳せた彼女ですが、その後は極力目立つような事態は避け、毎日地道な仕事をこなしています。彼女ほどの腕や美貌を持っていれば、名を上げる機会などいくらでもあるはず。それを自ら放棄しているのは、目立つことを避けているのが理由だと判断しました」


何人かが手元にある資料を眺めながら頷いている。何か思うところがあるんだろう。


「第二の理由として、彼女はスーフォアの街を離れることを嫌がっています。あの街には彼女と親しくしている友人達が何人も居るので、それを捨ててでも勇者となるべく、王都に移るとは考えにくいのです」
「そんなもの、王命で従わせれば良いでは無いか!」


貴族の一人が机を叩いてそう叫んだが、グロム伯爵は小揺るぎもしない。彼は立ち上がった貴族を冷徹とも言える視線で静かに見返した。


「お言葉ですが、それで彼女の不興を買えばどうなるとお思いか? 既に彼女の力は皆様のご存じの通り、圧倒的です。力で従わせるなど論外。仮に命令したとしても、自己と周囲の人間の安全を条件に、他国へ移られる危険すらあるのですよ? あの力が敵に回った場合、一体誰が責任を取るおつもりですか?」


反論された貴族がぐっと唇を噛みしめ、荒々しく席に着いた。グロム伯爵の言葉が反論しようのない事実だと解ったからだ。そのやり取りを見ていた父上が、再びグロム伯爵に問いかけた。


「ではグロムよ。あの娘に対して、其方はどのような対応が最善だと考える?」
「恐らく……静観が最善と思われます、陛下」
「静観とな?」
「はい。下手に手を出して我等の手を離れるより、何も手出しせず、現状維持が最善でしょう。勇者に認定するのは勇者となる事を望む者にこそ行うべきかと。幸い彼女は教官として他の追随を許さないほど優秀です。何人かの勇者候補を彼女に鍛えてもらえば、その中から我が国の勇者が生まれる可能性があります」


グロム伯爵の言い分が正しいように思える。さっきまで彼女を勇者に推していた武官達もそれがわかったのか、苦虫を噛み潰したような表情で沈黙しているし、反対派の貴族連中は今後の対応を考えているのか、静まりかえっていた。


「……どうやらグロムの意見が正しいようだな。ではラピスなる者の勇者認定は取りやめ、彼女に勇者候補を鍛えさせる事にしよう。して、その候補だが――」
「父上! その役目、私にお与えください!」


突然名乗りを上げた私に、父上はおろか、会議に参加した誰もが驚いていた。当然だ。滅多に会議に参加すらしない私が突然参加した挙げ句、勇者候補として名乗りを上げたのだから。


「……ルビアスよ、何を言い出すのだ。其方が勇者になるなど、認められるわけがなかろう?」
「そうだぞルビアス! お前は引っ込んでいろ!」
「いいえ父上、兄上。この役目、私以外には考えられません!」


父上が反対するのは純粋に私の身を案じての事だろうけど、兄上は違う。彼はきっと自分の息のかかった人物を彼女の下に送り込む気だ。兄上の選んだ人物なんて直接会わなくても想像がつく。きっと居丈高で、端から平民を見下している人間に違いない。そんな人物が彼女と接触すればどうなるか? 結果は火を見るより明らかだ。それに、たとえ兄上に関係していなくても、ここに居る連中が選ぶ人間なら似たようなものだと思うし。それなら身分差も気にせず素直に頭を下げられて、王族という看板を掲げられる私が勇者候補として活動するのが一番だと思えた。難色を示す父上達に、私は一人、必死で説得を試みる。


「考えても見てください。仮に私が勇者候補となれば民草がどう思うかを。ボルドール王家は自分達のために、自ら剣を取って立ち上がってくれたと喜ぶでしょう。それに、対外的にも良いアピールになるはずです。他国が素性も解らぬ輩を勇者に仕立て上げる中、唯一ボルドール王国のみが王族を勇者とした場合、どう思われるのか」


私が指摘した事実に父上達が黙り込んだ。私が話したことは事実だけど、黙っていたことが一つある。それは私の自立する機会だ。このままだと間違いなく飼い殺しにされ、将来王位を引き継ぐことになる兄上の政治的な道具にされる可能性が高い。しかし勇者として名を上げた場合はどうなるか? ただの姫として扱われることはなくなり、上手く行けば男子の王族と同じように、自分の領地を与えられて、一生穏やかに過ごせるかも知れない。父上には悪いけど、そんな機会をみすみす見逃すわけにはいかなかった。


珍しく熱弁を振るい、必死に説得を試みる私を見て、やがて父上も諦めたのだろう。渋々という形だけど、一応納得してくれた。


「ルビアスよ。そこまで言うなら其方を勇者候補として、かの者の所に預けよう。しかし心せよ。一旦勇者候補になれば、王族としての立場を利用した振る舞いはゆるさん。ボルドール王国のみならず、人類全ての希望となるべく、己を鍛え上げるのだ」
「心得ております父上。私の我が儘を受け入れてくださり、感謝します」


その場で膝を折り深々と頭を下げる私に、父上は深いため息を吐いた。本当は反対だったろうに、父親としてより、国王としての立場を優先してくれた父上。そんな父上の期待に応えるためにも、私は誰よりも強くならなければならない。会議室を後にしながら、私は自然と気持ちが高揚するのを抑えられなかった。ラピス嬢――貴女に師事すれば、私はどれだけ強くなれるのか。今から楽しみだ。

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